第四十一話 クーデター
――数時間前――
いつもと変わらぬ日常。いつもと変わらぬ風景。
都市を囲む絶海から、潮の香りを風が運ぶ。
此処は海上都市ゴエティア。魔法世界の中央都市。
まだ日も高く、やはり人々は日常を送る。
そんな行政の最重要都市に悪意は蠢いていた。
街の中には三台の黒い車両。
軍のように列を成し、検問の前まで忍び寄る。
「はーい、止まって! 積荷を確認するよ。」
「…………」
無言の運転手たち。愛想が悪い。
警備員は機材を使い内部をスキャンする。
異常無し。笑顔を絶やさず見送った。
「……こちら武器輸送班。検問を突破した。」
『了解した。予定通り地下駐車場で落ち合うぞ。』
黒い車両は本部に入る。
トンネルへと侵入し暗い空間に身を隠す。
運転手たちが降りると彼らに近づく封魔局員数名。
先頭を征くは頬に傷のある男性局員であった。
「こっちは楽勝でしたよ。」
「私語は慎め。さっさと支度を済ませるぞ。」
その怪しげな封魔局員の一団は
荷台を開け各々の役割に合う装備に手を伸ばす。
主に通信系の大量の機材や装備、そして銃。
「闇社会に広く出回る魔術要素皆無の銃。
連合御用達のスキャンに引っ掛からない特別製か。」
「戦争末期にアビスフィアの連中が作った銃だ。
着想自体はもっと古い世代からあったらしいがな。」
「とっくの前から、魔法世界は銃社会、ってか?」
怪しげな局員たちは銃を見て笑う。
さながら特殊部隊のように、
いくつもの潤沢な装備をその身体に纏わせながら。
「私語は慎めと言ったはずだ。これは『遊び』じゃない。」
傷の男に睨まれ局員たちは身支度を急ぐ。
一通りの装備を身につけると、それらを覆い隠すように
封魔局員の証である青いジャケットを羽織る。
また、武器を運んだ運転手たちは、
今度は「整備スタッフ」という文字の入った服を纏い、
荷台の中の機材を担ぎ出した。
そして仕上げと言わんばかりに、
各員の耳に取り付けられた無線インカムを起動する。
全ての準備が整ったことを確認すると、
傷の男は周囲の仲間の顔を見回し頷いた。
「それでは――決行だ。」
不審な一団は各フロアへ散らばった。
――封魔局本部・宿舎――
二名の不審者は宿舎前に歩を進める。
本部暮らしの封魔局員の居住スペース。
今も何人かの局員がその中にいる。
「よし、飛ばせ。」
片方の指示に従いもう片方がバックを下ろす。
重量を感じさせるそのバックを開くと、
中から大量の機械で出来た虫が飛びたった。
無数の虫たちは静寂を破ること無く各部屋の扉にとまり、
その扉と壁とをつなぎ止める楔へと変形した。
「こちらD班。宿舎の扉を封じた。」
――本部・警備室――
扉を蹴破る音が響く。
銃を片手に持った局員数名の侵入を許す。
「な!? なんだお前ら!? ぐあッ!」
消音の刻印を銃に付け、
問答無用で警備員たちの脳天を撃ち抜く。
その弾丸に躊躇いは無く、ただただ殺戮を生む。
(ッ……! 一体何が起きている!?)
一人の警備員は机の下に身を隠す。
周囲からは肉が破裂し血飛沫が飛ぶ音。
その恐怖に怯える彼の目に、銃が見える。
(非常用の護身銃! これで……やるしか!)
男は机の下に取り付けらた銃を抜く。
怯える自分を奮い立たせ敵の一人の肩を撃つ。
「よし……! 早く警報を!」
「――遅い。腑抜けが。」
直後、無謀な男は一団の集中砲火を浴びた。
途切れ逝く意識の中、彼は自分の撃った敵を見た。
苦痛に歪んだ顔こそしているが、血が出ていない。
防弾装備。そもそも武装の質が違いすぎた。
警備員たちは為す術も無く虐殺された。
封魔局本部の更に内部にいるという油断と、
監視カメラを眺めるだけの日常が生んだ敗北だ。
「こちらC班。監視カメラは全て掌握した。」
――電気室――
重たい扉がゆっくり開く。
それと同時に倒れ込むは血塗れの警備員。
既に息は無く、光無き目が虚空を眺める。
そんな彼の体を中へと引きずり、
数人の整備スタッフが侵入する。
「勘の良い警備員だったなぁ。まさか気付くとは。」
「そのせいで犬死にしたがな! さ、取りかかるぞ。」
彼らは機材を取り出すと室内の設備に取り付ける。
コードを繋ぎ、魔方陣を描き、刻印を刻む。
一通り機材の稼働を終えると、
出入り口に小さな箱状の物品を取り付け退出する。
「こちらB班。電気室に仕掛け終わったぜ。」
――局長室――
(今日は一段と……闇社会の動きが活発だな。)
報告書を片手に局長マクスウェルはため息を零す。
依然として隊長たちは不在。
本部は静寂とまではいかずとも寂しさに包まれていた。
ふと局長は目線を落とす。
その先にあったのは未開封の小さな箱。
数日前に最高議長から届けられた労いの品。
しばらく眺めた後、彼はその箱に手を伸ばす。
現れたのはオルゴール。
金色の装飾がクドい悪趣味な一品だった。
魔法世界においてデータの多くは魔法陣にて刻む。
局長はその刻まれた魔法陣を覗き曲の内容を確認した。
「……何の曲だ? 知らない歌だな。」
――その時、局長室の扉が叩かれる。
現れたのは四、五人の若い封魔局員。
その戦闘にいるのは頬に傷のある男だった。
オルゴールを仕舞い姿勢を正す。
日頃の激務。その疲れを見せまいとしたのだ。
「何の用だ?」
「はい局長……いえ、エドワード・J・マクスウェル。」
「?」
「貴方の時代は終わりました――」
――瞬間、裏切り者たちは凶弾を撃ち込んだ。