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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第三十八話 ゴロツキの流儀

前回までの四話(第三十四話〜第三十七話)にて展開を大幅に変える改稿を行いました。対象話を再読する必要が生まれましたが、何卒ご容赦ください。詳しくは活動報告をご覧ください。

 ――領主邸前――


 革命軍は領主邸の付近にまで進軍する。

 革命といっても今はまだ対話を望む抗議デモ。

 疑わしき領主の解答を待つ無言の群衆に他ならない。


 彼らの背後には野次馬たち。

 領主の声をその耳で聴こうとする物好きたち。

 クレマリア公の返答によっては革命に加わる予備軍だ。


 しかし、今の彼らを止めているのは別の人物。


「どうした? 何故進まない?」


「ホーネウスさん! それが……あの野郎が。」


 領主邸前に立ちはだかるは支部封魔局員たち。

 だがその指揮をとっているのは、ジャックだった。

 義賊として貧民街を救ってきた青年が、

 敵として貧民街の総意を阻むために其処にいた。


「よぉジャック。そんなとこで何をしている?」


「ホーネウス、みんな……頼む。手を引いてくれ。」


 丸腰の集団を前に、

 ジャックも一切の武器を持たずに対応する。

 言葉による説得。彼の出来る精一杯の抵抗だ。


「お前たちの怒りは理解出来る。

 だが一触即発のこの状況を作る必要は無いだろ!?

 お前らにだって危害が及ぶ。だから今日は退いてくれ!」


「何だよ、俺たちの心配をしてんのか?

 やっぱりお前は優しい奴だな~、ジャック!」


「ああ、そうだ! だから今日は――」


「――違うだろ? お前が守りたいのはミストリナ(あのおんな)

 いや……もっと正確に言えば彼女の結婚式そのものだ。」


 冷めた瞳でホーネウスは睨む。

 対するジャックは図星を突かれたことを理解した。

 彼が守りたいのはミストリナの幸せ。

 革命が成功しようが失敗しようがどうでも良いのだ。


「…………あぁ、そうだ。俺は結婚式を成功させたい。」


「なら交渉決裂だ。

 俺たちの意志を無視する奴に話すことは何も無い。」


 そう吐き捨てるとホーネウスはジャックの横を通る。

 しかしジャックは通り抜けようとする彼の腕を掴んだ。


「なんだ?」


「俺は……彼女の人生を傷つけた……!

 俺が連れ出さなきゃもっと早くに家庭を築けたはずだ。

 俺が連れ出さなきゃ顔に火傷も負わなかったはずだ!」


「……」


「だからっ! 俺にはそんな資格は無ぇけどよ……!

 これから先……アイツの人生は幸せであって欲しい!

 そのためには…………お前らの革命は邪魔なんだ!」


 それは単なる我儘に他ならない。

 いつまでも成長出来ない子供(ガキ)の我儘に他ならない。

 しかし、だからこそ、嘘偽りの無い本音だった。


「ハッ。言えたじゃねぇか!

 そうなりゃ俺たちは殴り合うしかねぇな!!」


「……ッ! ホーネウス……!」


 それは貧民街のゴロツキの流儀。

 互いに拳を握り、喧嘩上等の臨戦体勢に入った。

 その時、領主邸側に目を向けていたジャックは

 二階の窓に配備された私兵たちに気がついた。


「!? 伏せろ、ホーネウス!!」


 ――刹那、雷鳴の如き轟音。

 領主邸前を抉り取るような()()が轟いた。



 ――式場――


 挙式は既に始まっている。

 牧師の挨拶も賛美歌の斉唱も終わり、

 遂に誓いの言葉を述べる段階にまで来ていた。


「新郎、ミシェル。汝健やかなる時も病める時も、

 汗臭いと言われた時も、常連だった店が潰れた時も、

 せっかくの休日が上司のゴルフで潰れた時も。」


(???)


 壇上にて首を傾げるミストリナ。

 それを朝霧とアリスはそれぞれ離れた位置で見守る。


「妻ミストリナを愛し、記念日には毎回違う贈り物を届け、

 高級感溢れるリゾート地へ毎月旅行に連れて行き、

 他の女性とは連絡先を交換しない事を誓いますか?」


「うっ、ぐっ……誓います。」


(言ったなコラ?)


 粛々?と進められる結婚式。

 そんな会場の周囲には武装する一団が暗躍していた。


「では新婦ミストリナ。汝いかなる時も夫ミシェルを支え、

 夫が辛い時には共に美味い酒をこうクッーと呷り、

 たまにはパーっと大胆に財布の紐を緩めてしまい……」


(誰だ、この破戒僧を呼んだ馬鹿は?)


「夫ミシェルと――()()()()()ことを誓いますか?」


 ミストリナは不意を突かれたように目を見開く。

 この質問を答えてしまえば……一つの愛が終わる。

 諦めたようにミストリナは口を動かした。


「誓いま――」


 ――瞬間、会場の照明が落ちた。

 突然の暗がり。会場内では悲鳴も聞こえる。

 暗闇の混乱の中、会場の扉が開く音が響いた。


「皆様、お鎮まりください。」


 武装した私兵団を引き連れて

 執事ミゲルとガーディアンの二人が入場する。


『現在、邸外にて叛乱軍が武力蜂起しました。』



 ――――


 数回に渡る雷鳴の連続。肉を穿ち地面を抉る。

 血煙と土煙が混ざり辺り一面を赤い霧が包み込む。

 そんな領主邸前にてジャックは倒れていた。


「ッ……! うっ……一体……何が?」


 爆音で狂った耳が徐々に回復する。

 聞こえて来るのは地響きのような足音と怒号。

 ジャックの周囲を――革命軍が進んでいた。


「武器を取れぇ!! 攻め込めー!!」


 武装した人々が領主邸へと雪崩れ込んでいた。

 ジャックは理解する。革命を止められなかったと。


(まただ……また俺は……何も……!)


「ジャック! 生きてるか!?」


 彼の背を誰かが叩く。

 振り返ればそこにはホーネウスとハウンドがいた。


「お前ら……」


「悪いなジャック。始まってしまった。」


「ッ……! 俺は一体どうすれば……」


「知らん。自分で考えるんだな。」


 そう言うとホーネウスはハウンドから武器を受け取る。

 地に伏すジャックを越えて領主邸へ体を向けた。


「まぁ強いて言うなら……

 今この瞬間、理屈で動いているやつは居ねぇ。」


「?」


「領主は俺たちを撃った。俺たちはキレた。それだけだ。

 皆きっと感情で動いている。ならお前もそうしろよ。」


 ホーネウスは振り返る。

 その目は敵では無く、友人に向けられていた。


「さっき銃撃の時、お前が俺を守ってくれた。

 覚えて無いくらい咄嗟だったんだろうな。」


「あ、あぁ。」


「多分だが、お前は()()()の方が強えよ?

 ウダウダ姑息に考えるより、感情に任せた方がな。」


 ジャックにその言葉が染み渡る。

 そしてホーネウスは銃を構えながら笑顔を見せる。

 それは悪ガキのような純粋な笑顔。


「何より――その方が貧民街のゴロツキ(おれたち)らしくて良いや!」


 ホーネウスは領主邸内へと侵入した。

 残るジャックに、ハウンドは二丁の拳銃を渡す。


「俺も今は感情で動いている。

 いや、あえて『自分の中の正義』と言い換えよう。

 きっと皆がそうしている。だからお前もそうしろ。」


 ジャックは拳銃を手に取った。

 彼の感情は訴え掛ける。ミストリナを守り切れと。


「革命に加わりやがって……! 後で処罰してやる!」


「おう! さっさと行って来い!」


 ジャックはその場を飛び立った。

 ミストリナのもとへ向かい、真っ直ぐに。

 そんな彼を見送りながらハウンドは無線を取り出す。


「ジャックが向かった。そっちも動け。アラン。」



 ――――


 邸内では私兵たちと革命軍との戦闘が起きる。

 武装だけで言えば私兵たちの方が優勢だが、

 革命軍は地下都市の市民を取り込み肥大化していた。


 流石にその戦闘音は式場にも響き渡る。

 魔法世界における有力者たちが集う会場。

 皆が自分の命が取られるのではないかと不安がる。


「おい、兵士! 何故私たちを監視する!?」


「命令です。逆らえば敵と見なし攻撃します。」


「な!?」


 私兵たちは既に悪魔の眷属に堕ちている。

 執事ミゲルことグラシャラボラスの意のままだ。

 そんな現場でルシュディーは携帯へ目を向ける。


(……通信が出来ない? 電波障害か?)


 ふと彼が視線を会場の隅へと移すと

 ガーディアンの一人に声を掛けられるメイドが見えた。

 朝霧だ。朝霧がレイに声を掛けられていたのだ。

 ルシュディーは彼女たちの口元に意識を集めた。


(封魔局……応援、来てくれ……朝霧?)


 読唇術。口の動きから会話を盗み取る。

 翻訳魔法の働いている魔法世界においては

 超高難易度の芸当だ。


 ルシュディーは連れ出される朝霧を眺めると、

 妹であるマナの耳元に向けて囁いた。


「衛兵たちが怪しい。お前の祝福を準備しておけ。

 ミストリナと……朝霧桃香。二人を対象にな。」


「え? わ、分かった。」



 ――廊下――


 朝霧はレイに連れ出される。

 予想以上に革命軍が厄介であるため、

 朝霧に援軍に来てほしいと頼まれたのだ。


「いやでも驚きました。まさかバレていたとは……」


「えぇ、最初に見たときからね。分かっていましたよ。」


 気さくに会話しながら二人は廊下を進む。

 しかし、すぐに行き止まりに突き当たる。


「外はこっちじゃないですよ。レイさん。」


「分かってますよ。朝霧さん。」


 レイは朝霧の方へと振り返る。

 互いに互いの目を見つめ、しばしの沈黙。

 しかし耐えられなくなったのか、レイは吹き出した。


「あっははは! 凄い警戒心! 隙がない!」


「あっそう……ならどうするの?」


「不意打ちは失敗だ! アネット!」


 その言葉を言い終わるより早く、

 朝霧の背後からナイフを握るアネットが襲いかかる。

 それを朝霧は華麗に避けその勢いのまま投げ飛ばした。


「ヅッ! レイ。私の存在、言う必要無い!」


「失敬、失敬! けどどのみちバレてたよ。」


 その言に違わず、

 既に朝霧はガーディアン二人を敵と見なしていた。

 手袋内に仕込んだ無線に声を掛ける。


「ミストリナ隊長。こちら朝霧。」


「無駄。通信は遮断した。」


「ち! ならいい、一人で倒す!」


 そう言うと朝霧はブレスレットのレバーを引く。

 魔力上限第二段階、解放。狂気限定顕在・≪(ザ・セカンド)≫。


「うひー、えっぐい魔力! サポートよろしく。」


「分かった。レイ、頑張れ。」


「じゃあ行きますか! 祝福開放――『残像錯視(クロノスタシス)』。」



 ――――


 邸内各所で戦闘が巻き起こる。

 陰謀の集大成。暗躍者たちの詰め将棋。


 ハウンドは革命軍と共に領主のもとへと向かう。

 ジャックはミストリナを守るため邸内を飛ぶ。

 アリスは式場内部で衛兵たちを監視する。

 朝霧は邸内廊下にて敵主力と交戦する。


 そんな中、アランは一人領主邸の外にいた。


「始まってしまいました。もう猶予はありません。」


 アランに声を掛けられ、

 男は荷物を纏めて立ち上がる。

 その影はアランよりも二回り以上高かった。


「承知しました。では、我々も行きますか。」


 やはりこれは詰め将棋。たった数手で棋士は笑う。

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