第三十七話 無言の行軍
革命の火は灯る。それは人の心を燃やす業火。
全ての迷える者共を悪意の道へと誘う篝火。
『……始まりは貧民街における病魔の流行だった。
その症状は誘爆石による鉱山病と酷似していた。』
ホーネウスはマイクへ向け語り掛ける。
居場所を隠す暗がりの中、
ハウンドに見守られながら訴え続けた。
『そう……誰かがまた掘り起こしたんだ、あの鉱山を!
そして時期を同じくして……領主は貧民街を封鎖した。』
それはハウンドらに語ったものと同じ内容。
病魔の由来を知っていたかのような迅速な対応。
それでいて、今なお『これは流行病である』と騙る。
『こんな偶然があるか? 領主は目が眩んだのさ!
誘爆石を売るために……俺たち市民の安全を売った!』
住民たちは固唾を飲んで放送を見守る。
結婚式に騒いでいた手を止めて、
画面の向こうの男の言葉に耳を傾け続ける。
出店の前には人集り。食事の手を止め演説を聴く。
各家の中では大混乱。子供に見せぬよう大人が騒ぐ。
そして貧民街を繋ぐ正門の屯所では門番が騒いでいた。
「正門はどうすれば!? 領主邸から指示は!?」
「ま、まだ何も……!」
その時、門番たちは外の異常に感づく。
正門をぐるりと囲うように革命軍本隊が並んでいた。
熟年の門番が一人、屯所の中に隠れながら銃を取り出す。
が、それを若いもう一人の門番が遮った。
「何を……!?」
「先輩……アイツら……丸腰です!」
その言葉に嘘偽りは無く、
革命軍を謳う人々の手には何も握られていなかった。
その時、テレビからホーネウスの声が届く。
『だがこれはあくまで推測にすぎない……
だから我々がまず領主に求めるのは――「説明」だ。
我々にはまだ話し合いをする猶予があると考えている。』
それは無言の行軍。革命軍は丸腰で正門へ進む。
『現在、貧民街正門に向かい仲間が行進中だ。
もし、彼らが中心街に進むことが叶わぬのなら、
それは釈明の意志無しと見なすより他に無いだろう。』
屯所の門番たちは自分たちの立場を知る。
目の前に迫る無言の行進を止めようものなら、
この狭い地下都市で市民たちの殺し合いが始まる。
また、彼らは話し合いを望むとも公言した。
もしこれを無視し銃によるを弾圧など行えば、
領主側から正義が完全に消え失せてしまうだろう。
未だ領主邸からの指示は無い。
ならば門番たちにはもう選択権は無かった。
――中心街――
人々は大通りに目を向けていた。
貧民街から上がって来た行軍を見るために。
彼らは今にも崩れそうなボロ布を纏い、
栄養の足りない体を動かし前に進む。
「お……おい。どうなるんだ、この街は?」
「領主様の反応次第だろ……」
「……もし本当に領主様が原因だったら?」
「そ、それは……」
市民たちは互いの顔を見つめ合う。
その胸の内、本心を探るように目を向ける。
「その時は……俺は……革命に加わる……!」
「な!? 正気か!?」
「俺の親父は例の病気で死んだ。
もしあの病魔が人為的な災害なら……俺は許せねぇぞ。」
憶測とは……疫病に等しい。
一度その妄想に誰かが感染すれば、拡散すれば、
人々の脳裏に住み着き冷静な判断力を侵す。
地下都市全土にその病魔が広がった。
――――
「ふぅ……作戦の第一段階はこれで終了だ。」
放送を切りホーネウスは一息ついた。
革命軍本隊は無傷で中心街に到達し、
民衆にはこの革命が正当性を主張出来た。
作戦はとても順調に進んでいた。
「武力衝突を避けた作戦……アンタの指示通りだな。」
そう言うと彼はハウンドに目を向けた。
彼は腕を組んだまま特に反応を示すことも無く、
ホーネウスも感情を読み取ることが出来なかった。
「フン、まぁいい。どのみち後は領主の反応次第。
さて……俺たちも行くとするか、領主邸へ。」
――領主邸――
邸内では領主クレマリアが机を叩く。
近くには執事ミゲルと数人の使用人たち。
突如起きた革命に対応するために頭を悩ませていた。
「式場はどうなっている?」
「外と遮断していたため情報はまだ届いていません。」
その言葉を証明をするかのように、
邸内からはまだ楽しげな声が響いていた。
「皆様に危害が及ぶ前に中止にしますか?」
「……ッ!」
クレマリア公は過度な反応を見せた。
そして、中止はしない、と呟いた。
「何故ですか、旦那様?」
「……結局は、ただの我儘だ。
それは今から民衆にも説明せねばならないな。」
クレマリア公は立ち上がる。
窓の外をチラリと覗き、人々の動きに注意した。
まだ革命軍は領主邸まで到達はしていない。
対応準備を整えるのなら今しか無かった。
「ミゲル、お前に私兵たちの指揮を任せる!
だが間違っても革命軍を刺激してくれるなよ?
邸内の警備を強化し、式の終了を支援しろ!」
「…………」
「ん? どうした、ミゲル?」
執事は反応しなかった。
その顔には嘲笑に似た不遜な笑み。
真っ直ぐ主人を見つめ嘲笑うように鼻を鳴らす。
「兵士どもの指揮、これは承知しました。ですが――」
ミゲルはバッと両手を広げた。
その時クレマリア公は彼の右腕に違和感を覚える。
袖口に付いているはずの、ボタンが一つ足りなかった。
「その目的は我が主≪厄災≫のご意向のままに!」
「――ッ!? 誰か、コイツを取り押さえろ!!」
その号令が飛ぶと同時に、
部屋の中にいた他の使用人たちは血を吹き出す。
噴出する赤い液体が壁一面を瞬時に染め上げた。
「……! 貴様……まさかずっと?」
「その通りでございます、旦那様。
何せ病魔をばら撒くという大任を仰せつかりました故。」
その時、部屋の扉が音を立てて開く。
クレマリア公は藁にもすがる思いで助けを求めた。
「そ、そこの者! この男をどうにかしろ!」
「いやー、無理ですね。一応ソイツ味方なんで?」
そこに現れたのはレイとアネット。
既に厄災の配下に堕ちたガーディアンの二人だった。
レイは驚く領主に一瞬で迫りその腹を殴りつけた。
「がはっ!? 貴様……ら……何が……望みだ?」
「うーんそうですねぇ。任務として欲しいのは大混乱。
ですが強いて言うのなら……ご息女の命、ですかね?」
「くっ……! させ……る、か!」
最後の力を振り絞るように
クレマリア公はその拳に魔力を貯めた。
が、それを遮るようにレイの拳が顎を撃ち抜く。
その一撃に脳を揺らされクレマリア公は沈黙した。
「殺さないのですか、レイ殿?」
「あ? 私は不殺制圧を崇拝してんだ。
それに領主だぞ? 生かしときゃまた利用できんだろ?」
そう言い切るとレイはソファに座り込む。
血飛沫に汚れたソファだが、一切気にせず深々と。
「で、これから厄災勢力は何をすればいいんだ?」
「主目的は封魔局の戦力をこの街に留めることです。
叛乱が起きれば自動的に成功と考えていました。
ですが少々、私の予想とは違う展開になっている。」
ミゲルの思い描く筋書きでは、
革命軍は玉砕覚悟の武力行使に及ぶと考えていた。
病魔と貧困が余裕を奪い冷静さを欠かせる、と。
しかし彼らは予想に反して理知的であった。
「これは誤算ですね。恐らく助言者がいたのでしょう。
封魔局のハウンド。恐らく彼でしょうか?」
「聞かれてもそいつの事は知らん。」
「これは失礼。」
ミゲルは胸元からリストを取り出した。
そこにはミストリナ、ジャック、ハウンドを始め、
メイド姿の朝霧、アリス。そしてアランの写真があった。
(家族を失ったハウンドはやはり革命に加わりましたか。
流石にジャックの方はこの混乱に乗じて
ミストリナを奪い去るなんて度胸は無いようだ。)
「おい、それで結局これからどうすんだ?
私は長ったらしい話を聞くのは不得意なんだ。」
「封魔局員どもの数と位置は把握済みです。
望む混乱が起きないのであれば……起こせば良いだけ。」
そう言うとミゲルは魔力を開放する。
それと同時に彼の肉体も大きな変容を遂げた。
鋭い爪にグリフォンのような猛々しい翼。
その異形を禍々しいオーラが包み込む。
その姿は一目見て人外のソレであると理解出来た。
「監視役として潜入して数年。衛兵は全て私の眷属。
私はこれから、彼らを指揮して革命軍を攻撃します。」
返答の無い領主邸から来る衛兵の攻撃。
これを革命軍が見れば『弾圧』と捉えるだろう。
そうすれば無言の行軍は武器を手に取り攻め込む。
「また、半数は領主邸内の制圧に充てます。
貴女たち二人はその混乱に乗じ敵を抹殺しなさい。」
敵、即ち領主邸内に潜む封魔局員たちだ。
だがその大本命は花嫁ミストリナでは無い。
可能なら暗殺したい所だが、どうせ引退する身。
ならば今後最も厄介になってくるのは――朝霧だ。
教祖テスタメントを単独撃破した有望隊員。
レイとアネットの標的は彼女だ。
「ミストリナにはこの街の後始末を押し付けましょう。
より良い結末を望んで結婚に踏み切ったはずなのに、
残ったのは部下と民衆と家族の死骸。傑作ですね!」
ミゲルは腹を抱えて爆笑した。
それは正に人を誑かし嘲笑う、あの種族。
「おー……流石は悪魔。
殺戮大好きなグラシャラボラス大総裁殿だ。」
「レイ、真名、話す必要無い。」
「これは失敬。」
既に先手は打たれ続けた。これは最早『詰め将棋』。
容易に起爆する革命軍が目の前に。
正体を隠し続けた悪魔がすぐ側に。
邸内を囲むは悪魔の眷属に堕ちた衛兵たち。
持ちうる情報は非対称。情報戦では大敗北。
それどころか、仲間の一部は革命側に。
やはりこれは『詰め将棋』。
盤面には既に敗北が運命付けられていた。
「ではアネットさん。貴女の祝福を。」
「了解。祝福発動――『忘却海図・三角領域』。」
――式場――
外部の喧騒にも、内部の陰謀にも気づかず、
挙式は既に新婦ミストリナ入場の儀が
執り行われようとしている所だった。
「父は?」
「は、執事ミゲルより欠席との連絡が。」
「フン、所詮はその程度か……。」
クレマリア公不在の中、
ミストリナは式場へと歩み始めた。
広い会場、もはやほとんど披露宴。
見知った顔もいくつかある。
ふと視線を前へ向けると、
新郎ラインハルトがこちらを見て微笑んでいた。
彼の側までミストリナは歩み寄る。
「とても綺麗だ。ミストリナちゃん。」
「あぁ…………どうも。」
舞台に上がるは操り人形。まるで子供の寸劇だ。
演目名はそう――悪意に満ちた結婚式。
劇場の役者たちを眺め、脚本家気取りの悪魔は嗤う。