第三十六話 知友の言
――結婚式当日――
金と黒に彩られた荘厳たる地下都市。
厳格の都市とも呼ばれるここソピアーの中心街には、
過去に例を見ない規模で賑わいを見せていた。
「ミストリナ様の結婚式だぁー!」
「俺ぁあの子がこぉーんな小さい頃から知っててよぉ?」
「今日はサービスデーだ! 安いよ安いよー!」
通りには屋台が並び、
建物の合間には魔法連合とソピアーの旗が並ぶ。
ここは富裕層たちの中心街。
一度金を落とすと決めたのならその額は膨れ上がる。
「しかし良いのかねぇ、こんなに騒いじゃって。
疫病が流行っているんだろ? 危険なんじゃ……?」
「おいおい……! 楽しい空気に水差すんじゃねぇよ。
それになんかアレ、感染症じゃ無いって噂だぜ?」
「感染症じゃない? だとしたら何で流行したんだ?」
「どーでもいいだろ! 今日くらい忘れさせろ!
せっかく久しぶりに皆でワイワイ騒げる日なんだ!」
民衆は望んでいた。明るい話題を。
恐怖を与えた病魔は互いの繋がりを断ち、
心の支えと成り得たはずの宗教は悪として排除された。
交通網も遮断され街のシンボルも倒壊。
青空の見えない地下都市では心も荒む。
そんな中に与えられた、ミストリナの結婚話だ。
誰もがこの朗報に便乗し気分を盛り上げたいのだ。
「ミストリナ様には感謝だぜ。
今このタイミングでのご結婚、ソピアーは安泰だ。」
――領主邸――
中心街が祭りのような雰囲気で賑わうように、
領主邸内もまた賑わいを見せていた。
しかし例えるならそれは社交界。
貴族の娘の結婚式。その参列者も当然大物揃いだ。
(うわー、政治家や大金持ちの貴族たち!
もう顔中靄だらけで表情の見えない人も多いや……)
アリスは依然メイドの一人として邸内にいた。
飲み物を配り、食器を並べ、用事を頼まれれば走る。
今回ばかりはメイド長も気が回せないらしく、
アリスを一人の戦力として起用していた。
「いやー! やはり婚姻とはめでたいですなぁー!」
「そうですなー! そういえばそちらのご息女は?」
「それがまだなのです。どこかに良い方はいませんか?」
「それでしたら私の息子が丁度成人しましてなー!」
「やや! これは偶然! ではどうです、ここは一つ?」
(うわ……わざとらしい会話。)
参列者の多くは魔法連合の権力者。
横の繋がりを強め甘いミツを吸うために、
互いに互いと『仲良く』することに精を出していた。
特に今回の新郎は
最高議長の覚えも良い若手議員ラインハルト。
参列者の中には彼と親しい者も当然多い。
となれば、その者たちが目的の人間も多くいた。
(祝う気無いなら帰れ!)
「もし、少しいいかしら?」
(全く……やっぱり政治家は苦手だなぁ。厄が凄い。)
「あれ無視? あのー、メイドさん?」
(ミストリナ隊長もこの世界に入っちゃうのかー……)
「え、ちょ、あのー? ちょっとー? もしもーし?」
アリスは自身に向けられた呼び掛けにも気付かず、
一人考えこんでは苛立っていた。
すると声を掛けた少女は震え出した。
「ねぇ、アリスちゃん! 無視しないでってば!」
「ふぇ? ふぇぇえッ!?」
アリスは振り向き驚愕した。
そこにいたのが顔馴染みの人物であったからだ。
「ま、ま、マナさん!?」
「久しぶり! 直接会うのは豪華客船以来かしら?」
声を掛けた少女は都市マランザード領主の娘にして
以前アリスたちが護衛に当たったマナであった。
現在はゴエティアにて勉学に励んでおり、
中央都市に馴染んでかどこか垢抜けた様子であった。
「ど、どうして此処に!?」
「はぁ? 元々ミストリナとは友人関係なのよ?
というかむしろ、貴女がいる方が不思議よ?」
そう言うとマナはアリスのメイド服を指差した。
正直に答えるか一瞬悩む相手であったが、
アリスは任務の事は隠すことにした。
「護衛兼お手伝いです……! 人手が足りないらしく!」
「ミストリナが頼んだの? 職権乱用じゃない?」
「ぼ、ボランティアですよ! もちろん!」
「アリスちゃん……
嘘を見抜くのは得意だけど吐くのは苦手ね……」
うっ、と小突かれたような声を上げる。
だが任務ということは察してくれたらしく、
それ以上追求してくる事は無かった。
すると、彼女たちの元に一人の男性が近づいた。
周囲の女性の目線を集める金髪に浅黒い肌の好青年。
アリスは面識の無いその男に声を掛けられた。
「随分マナと親しそうだが、君は?」
「誰ですこのイケメン?
まさかマナさんの……彼氏オワ未来の旦那さん!?」
アリスはギンギンに見開いた目をマナに向けた。
そんな彼女にマナは呆れたような声を上げる。
「違うってば! この人は私のお兄ちゃんだよ!」
「!?」
「兄貴のルシュディーです。
現在はゴエティアの大学で勉学に励む学徒です。」
アリスはまたも驚きの声を上げた。
彼曰く、彼はミストリナとはあまり交友は無く、
今日は父アシュラフの代理で来たそうだ。
「さて、俺の情報をここまで開示したんだ。
メイドさん、君についても色々と教えてくれないか?」
「あ、えと。それは……」
動揺し口が回らぬアリス。
そんな彼女を見かねてマナが取り繕う。
「彼女は以前私を守ってくれた封魔局員なの。」
(え、ちょっとマナさん!?)
「その時の功績を買われて今回、
要人が集まるこの式の護衛任務を任されたらしいよ?」
それは半分本当、半分嘘。
封魔局員なのはそうだが任務は護衛では無く調査だ。
それはメイド姿で潜伏している点から明らかだろう。
(まさかマナさん……! そこまで察して!)
アリスは彼女の顔を見つめる。
するとマナはウインクで返事をした。
そんな妹に気付かずルシュディーは納得した様子だ。
「ほー、護衛任務か。なら邪魔したら悪いな。
マナもあまり引き止めて彼女を困らせるなよ。」
「はーい。」
(あの、マナさん! ありがとうございます!)
アリスは小声で感謝の言葉を述べる。
するとマナは、少し驚いた後、口元を緩めた。
その表情に毒気は無く慈愛に満ちた美しいものだった。
「『ありがとう』はこっちだよ、アリスちゃん。
あの時は全力で護ってくれてありがとう!」
そう言うと彼女は兄の元に駆け寄った。
去り際に、再びアリスに向けて笑顔を見せる。
「じゃあね! 今回もまた――しっかり護ってよね!」
その言葉はアリスの胸の中に染み渡る。
朝霧も言っていた『感謝されること』の心地良さ。
そして心からの励ましが有する力強さ。
彼女は今、その感情を体感を以て理解した。
「…………任せてください!」
――ミストリナの部屋――
「もうじきですね。ミストリナ隊長。」
「……そうだな、朝霧。もうじき私は引退する。」
「…………寂しいです。」
ミストリナの髪を束ねながら朝霧は呟く。
綺羅びやかなウエディングドレス。
ミストリナの希望による色付きの特注品だ。
その色とはもちろん――幸せを呼ぶ青。
「ジャックさんは……」
「言うな。考えないようにしているんだ。」
(それってつまり……まだ未練が……)
朝霧はふと、ある友の事を思い出す。
それは二週間前に僅かな時を共にした知友。
心に大きな後悔を残した幽霊、パオラだ。
「……友達が言ってました、消化不良は後に残るって。」
「はは、今の私には少々手厳しいな。
だがまぁ……そうだな。肝に命じておこう。」
そうこうしているうちに時が来る。
結婚式の幕開けだ。
ミストリナたちは式場へ向けて歩み出した。
「さて行こうか、霧亜。」
「承知しました、お嬢様。」
――貧民街――
街は賑わいを見せていた。
中心街では明るい賑わい。歓喜に満ちた笑顔の声。
その光が上空より差し込める貧民街。
ここでは真逆の賑わいが集い、群れていた。
「ケッ……楽しそうだな。富裕層共は……!」
「おい口を慎め。病魔の被害者に貧富の差は無い。
その差を作っているのは領主クレマリア……アイツだ!」
「あぁそうだったな、悪かったよ。
革命の目的は領主クレマリアの悪行を暴くこと!
病魔の真実を白日の元に晒してやることだ!」
民衆……いや、革命軍は動き出していた。
貧民街の多くはその動きに参加し、
正門付近をぐるりと囲むように潜伏している。
「作戦の第一段階がもうじき始まる。合図を待て。」
――領主邸――
「旦那様! 旦那様!!」
「どうしたミゲル? 式はもう始まっているぞ?」
「それが……! 都市内部で謎の放送が……!」
――――
突如ソピアー全域において電波障害が発生した。
革命軍の作戦、その第一段階の始まりだ。
電波障害は都市内全てのテレビに及ぶ。
不快な音を立てる砂嵐。
人々は突如として起きた異常に混乱する。
そこに現れたのは革命軍のリーダー、ホーネウス。
居場所の分からぬ真っ黒な部屋にて
画面の先の人々に訴え掛けるように視線を送る。
「突然の放送、申し訳無い。
我々は領主の闇を暴く者。即ち――革命軍である。」
地下都市にて多くの市民が彼を見る。
富裕層、貧民街、そしてどちらでも無い一般市民。
その全てがこの放送に釘付けとなった。
見ていない者といえば……結婚式参列者くらいだ。
「聞け、地下都市に住まう全ての同胞たちよ!
皆を苦しめ続けたあの病魔。あれは領主の陰謀だ!」
――中心街――
放送するホーネウスの声を、
ジャックは腰に下げたラジオから聞いていた。
愛する人を厄災へ導く、知友の言を聴いていた。
「させない……ようやくミストリナが幸せになるんだ……」
それは自責、それは贖罪。
かつて無責任な行動と身勝手な劣等感ゆえに
その人生を振り回してしまった女性への――償いだ。
「俺が……この結婚式を壊させないッ!」