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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第三十話 ガーディアン

「こ、鉱山病だと!?」


 地下都市ソピアーの更に地下。

 掃き溜めのような貧民街のさらに奥に封印された

 当時の劣悪な労働環境を物語る暗い廃坑。


 その廃坑内にジャックの声が響く。

 反響音を耳障りに思いながらホーネウスは続けた。


「此処で採れてた鉱石は『誘爆石』だった訳だが

 この場所にはその成分を含んだ()()が噴出した。」


「そのガスが、有毒だったと?」


「当たり前だ! 魔力に反応し爆発する石だぞ!?

 そのガスを吸って影響が無い訳ないだろ!?」


 ここは魔法世界。住人は全て魔法使い。

 その体は当然魔力の塊。いわば歩く着火剤だ。


「ガスには起爆というほどの火力は無かったが、

 人体を蝕む猛毒としての効果は十分だった!

 だから当時の魔法連合は採掘を止めさせたんだ!」


 ホーネウスの言葉に熱が籠もる。

 まるで当時の被害者を代弁するかのような熱量。

 その熱気にジャックたちは気圧されていた。


「……けど、ホーネウス。これは過去の話だろ?

 今更その話を俺たちにして一体何の意味が?」


「ハッ! 過去の話、ねぇ?」


 廃坑を出るとホーネウスは遠くに目を向ける。

 貧民街の更に上。豪華絢爛な富裕層の黄金都市を。

 その目に、強い報復の意志を宿しながら。



 ――製薬会社『息災』・ソピアー支部――


 誰かとの通話を終え秘書イリエイムは部屋に戻る。

 そこには自分でばら撒いた書類を集める百朧がいた。

 老人はイリエイムに気付くと笑みを浮かべる。


「ひっ! ひっ! ひっ!

 イリエイムや。通話の相手は誰じゃった?」


「古いご友人からの、夜会のお誘いでした。」


「ふむ? 儂は忙しいのでな、しっかり対応したか?」


 イリエイムは静かに頷く。

 ならば良し、と言いたげに百朧は作業に戻った。


「して、イリエイムよ。(くだん)の鉱山病。

 その当時の資料は入手出来たかのぉ?」


「いえ、資料は一切見つかりませんでした。」


「ひっ! ひっ! ひっ!

 ()()()()()()! げに用意周到な奴じゃのぉー!」


 だが、揉み消したということはアタリということ。

 当時の伝聞を受け継ぐ者は少ないが、ゼロでは無い。

 情報を集める方法は他にも存在していた。


「資料ナシではやはり証明が出来んのだが……

 議員連中に疑念を抱かせるだけでも十分じゃろうて。」


 鉱山病は有毒ガスによる中毒症状。

 普通に生活をしていれば感染などするものでは無い。

 しかし今、地下都市には疫病の如く蔓延していた。


「調査は完了したか? イリエイムよ。」


「はい、大気中の濃度を測定した結果。

 ――微弱ながら、誘爆石が含む成分を検出しました。」


 此処は地下都市。密閉された封鎖空間。

 有毒ガスは換気されることも無く蔓延するだろう。


「いやー、きっと当時のガスが今尚漏れ続けて

 遂に街中に充満したんじゃろうなー、そうじゃろう。」


「…………」


「――んな訳無いじゃろ! ひっ! ひっ! ひっ!」


 当時からガスが漏れ続けていたのなら、

 この街に充満した大気中のガスは()()()()()

 また、ガスの溜まり方も不自然極まりない。


「流したんじゃろ? 疫病を装って、のぉ厄災?」



 ――ゴエティア・魔法連合総本部――


「……可怪しいな。よく考えれば。」


 ゴエティアの夜景を眺めながら

 厄災、ローデンヴァイツはサングラスを拭く。

 その背後から一人の凛とした女性が接近した。


「何が可怪しいのでしょうか、最高議長。」


「百朧だァ。奴は私にホットコールをしてきたが、

 会議の際には無能を演じていた。これはつまり――」


「――個人的に話はしたかったが

 タイミングを逃したので口を閉じた、と?」


「……まぁそんな所だろう、流石は衛士長だァ。」


 衛士長。そう呼ばれた女の名はシーラ。

 最高議長直属の憲兵にしてゴエティア領私兵。

 中央都市の最後の砦『ガーディアン』のリーダーだ。


「しかし、あの老人は面会をして何を?」


「さぁな。昔から考えの読めないジジイだァ。

 まぁ恐らく――私が()()()()()と感づいたのだろうな。」


「そうですか。そういえば封魔局から連絡が入りました。

 厄災の勢力(われわれ)が動き出しているから注意せよ、と。」


 部外者が聞けば恐らく耳を疑うだろう。

 魔法連合のトップ最高議長と憲兵のトップ衛士長。

 その二人が闇社会側の人間として話しているのだから。


「ふむ? 確かに傘下の組織は動かし始めたが

 流石に早すぎるな。…………黒幕あたりが漏らしたかァ?

 まぁいい。正体に気付いていないのなら問題無い。」


 それよりも、とローデンヴァイツは席につく。

 サングラス越しにシーラを冷たい眼が刺した。


「現在進行中の二つの作戦、その首尾は?」


 立ち込める威圧感。部屋を支配し空気を変える。

 常人ならたじろぎ、立つことさえままならないだろう。

 しかしシーラは平静を崩さずに口を開く。


「『百朧失脚作戦』と『封魔局分散作戦』。

 どちらから聞きたいですか? どちらも順調ですが。」


百朧(ジジイ)。」


「……現在作戦は最終段階です。三年前より地下都市で

 蔓延させてきたガスにより民衆の不満は爆発寸前。

 現領主クレマリア公の責任追求の準備は万端です。」


 それは気の遠くなるような暗殺計画。

 空中都市への左遷が失敗した時のセカンドプラン。

 目障りな領主、百朧を地下都市に封じる陰謀だ。


 クレマリア公失脚後、

 有毒ガスと不信感に満ちた地下都市を百朧に押し付け、

 政治の中心から遠退かせることが狙いであった。


「あーソレだが、作戦に少々変更を加えたよォ。」


「は?」


「クレマリア公が娘の結婚式を上げるそうだァ。

 何でもその娘に自分の尻拭いをさせるつもりらしい。」


「はぁ……で、どうしますか?

 その結婚式を壊して、その娘を暗殺しますか?」


「いやいや逆さぁ。その娘とはミストリナ。

 勝手に封魔局の六番隊隊長が引退するんだァ。

 あの地下都市(こえだめ)は彼女に押し付けた方が面白い。」


 本来は百朧を陥れるために用意された陰謀。

 急遽、その対象をミストリナへ変更するということだ。

 二つ目の『封魔局分散作戦』の一環として。


「はぁ……では百朧は放置ですね。」


「いや、あの街に潜伏させていた()()()がいただろォ?

 奴に百朧を暗殺させる。適任だと思わんかね?」


 その問いに対しシーラは首を傾げた。

 もちろん監視役の人物を知らない訳では無い。

 もっと別のことに疑問を抱いたのだ。


「なんだ、どうした?」


「あの老人に拘り過ぎでは?」


「ふっ! なんだそんな事かァ?

 私は奴を魔法連合の人間で唯一買っているのだよ。」


 はぁ、とあまり納得していない態度をシーラは返す。

 そんな彼女を無視しローデンヴァイツは話を戻した。


「そうそう、その件でもう一つ。私は慎重派でねェ。

 監視役(ヤツ)の失敗を想定し君の部下を拝借したよ。」


「ガーディアンを、ですか。それは構いませんが……

 意外に信用が無いのですね、その監視役は。」


「……信用ほど無価値なモノは無いのでねェ。」



 ――ソピアー・領主邸――


 長い、長い廊下を進む。

 普段も距離を感じているが今宵は特別長く感じた。

 何せ自分の婚約者と初めて面と顔を合わせるのだから。


(改めて考えれば歪な結婚だな、霧亜。)


(そうですね、お嬢様。)


 ミストリナと朝霧は廊下を進む。

 向かうは食卓。長い廊下をただ進む。


(ところで、アリスやアランから連絡は?)


(まだ何も。無線使用を控えている分、

 連携も頻繁には取りにくく情報共有が出来ていません。)


 ふーむ、とミストリナは悩ましそうな声を上げる。

 ――その時。彼女の元に二人の黒服の女性が近づいた。


「お初にお目に掛かります、ミストリナさん。」


「! その服装……ゴエティアのガーディアンか?」


 二人の黒服の人間。一人はボーイッシュな高身長の女。

 もう一人は前髪で目元の見えない小柄な女だった。

 高身長の女はミストリナとの距離を詰める。


「いかにも。私はレイ。こっちはアネット。

 ゴエティア領主ローデンヴァイツ公の使者兼、

 結婚式における警備の一員として馳せ参じました。」


「なるほど? 確かに結婚式には有力貴族やその親族が

 数多く参列されるからな。警備のプロなら心強い。」


「恐縮でございます。……して、そちらの方は?」


 レイは朝霧の方へ目を向けた。

 朝霧は慌てながらも自己紹介を行う。


「せ、専属メイドの霧亜モカです!」


「なるほど、さしずめミストリナさんの護衛ですか。

 では我々の目的は同じ! お互い頑張りましょう!」


 綺麗な笑顔を向けるとレイたちはすぐに立ち去った。

 朝霧は突然の挨拶に動揺した心を落ち着かせる。


「ふぅ、予想外の人で驚いちゃいました。」


「……なぁ、何で彼女は霧亜の事を尋ねたんだ?」


「え? どういうことですか?」


「今の君の格好はどう見てもメイドだ。

 街中じゃ無いんだし、それくらい見たら分かるだろ?」


 確かに?と不思議がる朝霧だったが、

 視線を落とした先に見えた自身の脚でハッとする。


「もしかして……」


「もしかして?」


「他のメイドさんと比べてスカートとかの丈が短いから

 浮いていたんじゃ!? え、何この人、みたいな!?」


「ぷっ、アハハハ! だとしたら恥ずかしいな!」


 笑い事じゃ無いです!と朝霧は赤面する。

 ひとしきり笑い終わるとミストリナは思考を巡らせた。


(まぁでも、一応警戒しておくか。)



 ――――


「レイ、墓穴掘った。」


 朝霧たちから離れた廊下で、

 終始無言だったアネットが口を開く。


「ん、何が?」


()()、聞く意味無い。アレ、良くない。」


「おっと! これは失敬。今度から気をつけるよ。」


 レイは先程よりも純木な笑顔を向ける。

 しかしアネットはその表情にムスッと膨れた。


「悪かったって、気をつけるから。

 じゃあさっさと監視役さんにも会ってきますか!」


「それも、言う意味無い。」


「これまた失敬。」



 ――貧民街――


「おい、ホーネウス……今何て言った……?」


 ジャックは戦慄する。

 顔を引きつらせ、汗を流し、口を震わせる。

 それはハウンドも同じ。ゴクリと息を飲んだ。


「聞こえなかったのならもう一度言うぞ。

 今の領主は病魔に苦しむ貧民街(おれたち)を救う気が無い!

 病原と決めつけ中心街に感染することを恐れている!」


 真実は鉱山病。厄災による毒ガス散布が原因だ。

 しかし領主も貧民街の住民もそこまでは知らない。

 今の彼らには互いが『悪』に見えて仕方が無かった。


「なのに聞いたか? 娘の結婚式だとよ?

 金持ちを大勢呼んで盛大に行う気でいるらしい……!」


「ま、待て……! 待ってくれ……!」


「ジャック、俺たちはもう決めたんだよ。」


 悪意は引火を待つ。起爆剤は十分だ。

 それぞれの曖昧な判断が結果を歪に狂わせる。


貧民街(おれたち)は挙式当日――領主邸に攻め込むぞ!」


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