第二十八話 滅びの予言
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恐れ戦き伏して拝せよ
是なる災厄は秩序を滅する
是なる災害は世界を滅ぼす
罪の意識が溢れだす
心が罰を超克す
供物が悪へと貢がれる
悪魔より権能は授けられる
怒れる悪鬼は地獄を現す
不遜なる王は烏合をも導く
慳貪なる商人は奇蹟も欲す
餓えた獣は肉叢を喰らう
自堕落な囚人は座して眠る
悶える罪人は神にも縋る
欲する弱者は決して勝てない
七つの悪罪は滅ぼし尽くす
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それは『滅びの予言』に記された七つの破滅。
人外へと覚醒進化した魔法使い――『サギト』。
覚醒者は自らの祝福と引き換えに、
人智を超越した強靭な肉体と固有の権能を獲得する。
或る者の権能は『悪霊の金貨』。
他者の魂に宿った祝福を奪う、強欲な権能。
或る者の権能は『厭人の檻』。
絶対不可侵の結界に鎮座する、怠惰な権能。
人を悪へと導く『七つの大罪』。
サギトとは、それらと深く結び付いた存在であった。
魔法連合はその予言を、災厄を恐れ、
無条件でサギトを最優先討伐対象として認定してきた。
仮にその覚醒を目論む者が現れたのなら、
その人物は封魔局が全力を以て処理するだろう。
――魔法連合総本部――
空は既に青い。人々が仕事を始める時間だ。
魔法連合本部の会議室でも数人の領主が集っていた。
巨大な円卓。ちらほら見える空席にはホログラム。
そして中央にある一際豪華な空席は議長席だった。
「最高議長は?」
「勤勉な方ですからね。じき来られるのでは?」
「おや。噂をすれば。」
皆、一癖も二癖もある領主たち。
そんな彼らが一同に顔向け会釈する。
接近し覚えを良くしようとする者もいるだろう。
僅かな挨拶のみで沈黙する者もいるだろう。
どうあれ≪厄災≫は世界の中心に食い込んでいた。
「ローデンヴァイツ最高議長閣下!」
「おぉ、君がアンブロシウスの新たな領主かァ。
以前の領主の弟。アウレリアヌス殿だったか?」
「左様でございます。市民から祀り上げられましてな。
まぁ、空中都市復興のために尽力するだけですがな!」
そんな会話をしていると、
一人の領主がローデンヴァイツに歩み寄る。
それは以前朝霧も出会った砂漠の領主。
「おやァ。アシュラフ殿ではないかァ。
マランザードは何やら景気が良さそうだなァ。」
「いえ、あれは偶然の産物でございます。
強欲のサギトとの戦いから街が復興出来たのも
全て貴方様のご支援があっての事です。」
「そう畏まるなァ、アシュラフ殿。
私が贈った鏡を壊した件をまだ気にしているのかァ?
経済を回せているのは全て、貴公の実力だァ。」
甘い言葉が、ねっとりとした口調から贈られる。
薄気味悪さがあるはずなのに、嫌に心を落ち着かせた。
すると突如、その話題の矛先が別の人物に向いた。
「それに引き換え……地下都市ソピアーだァ。
どうしたと言うのかねェ? クレマリア殿?」
ローデンヴァイツは立体映像の一つに語りかけた。
静まる室内。誰かが唾を飲む音が聞こえた。
冷たい緊張感の中でクレマリア公は目線を合わせる。
『経済の低迷は疫病による一時的なもの。
いずれ、時間が解決してくれます。』
「仮にそうだとして、大事なのは今じゃないのかなァ?
浮上する前に沈没してしまっては意味が無い。」
以前変わらぬ、ねっとりとした口調。
しかし『追求』となった時の嫌味ったらしさは凶悪。
誰もが飛び火を避け我関せずを貫くほどに。
その時――
『ひっ! ひっ! ひっ!
いやぁー、遅れてしまったかな、皆の衆!』
能天気な老体の声が会議室の空気を変えた。
小都市ミラトスの領主、百朧だった。
彼の立体映像が会議室の一席に映し出される。
『おー! これはクレマリア公!
いやはや、中々実際に対面出来ないものですなぁ!』
(チッ、老僕め。まぁいい……)
追求の雰囲気は完全に壊され、
ローデンヴァイツは内心で悪態をつく。
その感情は表に出さず、議長席へと腰を落とした。
「では諸君、始めようかァ。今日の議題は二つ。
――『ミラトス併合案』と『ソピアーの実情報告』だ。」
『……ッ!』
『ひっ! ひっ! ひっ! お手柔らかに頼むよ?』
――封魔局本部――
二つの特異点による不可侵協定締結。
このビックニュースは封魔局内部を震撼させた。
「嘘だろ!? よりによって厄災と黒幕が!?」
「情報を得たのはエヴァンスさんだ。確度は高い。」
「とにかく確認だ! 急がねば手遅れになるぞ!」
本部内の喧騒は局長室にも響き渡る。
マクスウェルの額には、じわりと冷たい汗が溜まった。
その局長室に隊長たちが入室する。
劉雷、ドレイク、アーサー、シルバの四人だった。
「来たか。早速で悪いが皆には任務を与える。」
「情報の裏は取れたの、局長?」
「まだだ、劉。しかし闇社会に動きがあった。
以前から厄災の配下と疑われていた複数の組織、
その活動がここへ来て一斉に活発化したのだ。」
任務は単純、活発化した敵組織の殲滅だ。
しかしその組織の数は隊長の数よりも多かった。
四人が出撃したとしても制圧には時間が掛かるだろう。
「エヴァンスとミストリナは?」
「エヴァンスには既に調査を続行してもらっている。
ミストリナに関しては……動けないだろう。」
「はぁ!? なんで?」
「結婚式直前という理由であらゆる面会が断たれた。
何故か近くに朝霧桃香が待機しているらしく、
彼女経由で何とか協定の情報は共有出来たがな。」
その発言にアーサーは苦笑する。
それをシルバが咳払いで窘めた。
「ミストリナの件は了解した。しかしマクスウェルよ。
つまり全隊長が中央都市を離れることになるのだろう?
危険では無いのか? それこそが狙いかもしれない。」
「問題は無い。そのための『ガーディアン』だ。」
中央都市における憲兵隊――『ガーディアン』。
ほぼ独立組織である封魔局とは違い、
魔法連合の命令に絶対服従する中央都市最後の砦だ。
「平均値や練度で言えば封魔局の方が上だろうが、
ガーディアンの中には隊長に匹敵する猛者もいる。
仮に敵が侵攻してきても彼らが足止めしてくれる。」
時間稼ぎさえしてくれれば、
後は駆けつけた封魔局員で対応出来る。
このシステムがあるからこそ、
封魔局は気軽に戦力を遠くに派遣出来ているのだ。
「不可侵協定についてはまだ公開しないが、
ガーディアンとは連携を取る意味でも共有しよう。」
「了解した。我々は局長の指示に従おう。」
「頼むぞ、お前たち!」
四人の隊長は急ぎ出撃の準備を開始した。
敵は準備の出来た多勢。任務は長期間になるだろう。
中央都市に、隊長不在の期間が発生する。
――――
作戦の最終目標は至極単純――サギトへの覚醒だ。
識者曰く、滅びの予言には三つの情報があるらしい。
一つはサギトの脅威。世界を滅ぼすぞ、という警告。
一つはサギトの権能。抽象的にその能力を表している。
そしてもう一つが、サギトへの『覚醒条件』だ。
――罪の意識が溢れだす
罪の意識とは、心に芽生えた七つの大罪。
その感情が暴走したとき覚醒は始まる。
――心が罰を超克す
怠惰の証言によれば、
覚醒の際には激痛が精神を直接攻撃するとのこと。
この罰を乗り切った先に、進化の道は続く。
――供物が悪へと貢がれる
そして最も重要な要素が、供物。
要は覚醒に使用するためのエネルギーの確保だ。
(古典的な生贄を用意しても良かったがァ、
目立たないことを優先し地道に魔力を確保してきた。)
その一つがテスタメント。
二年に渡り収集した死者の魂二百。
本来はサギト覚醒の生贄にされる予定だった。
(しかしこれは大失敗。魂の回収は未達成。
……まぁいい。複数のサブプランは依然進行中だァ。)
厄災は念入りに準備を進めていた。
影に身を潜め、露悪を極めて引火を待ち続けた。
既に覚醒のために十分な魔力は確保していた。
(後は、私の降臨に相応しい舞台の準備だァ。
中央都市ゴエティア……場所としては申し分無い。)
狙うはゴエティア。行政の中心地。
自らが領主を務めるこの都市を祭壇とする。
そのために邪魔な存在は、たった二つ。
(一つはミラトス。彼処は近すぎる!
領主が愚者ならそれでも良いが……領主は百朧だ。)
厄災が最も警戒していた個人、それこそが百朧だ。
彼の者の老獪さは人より熟知している自負があった。
だからこそ、彼には多くの工作を行い続けて来た。
ミラトスのゴエティア併合案の提案。
闇社会の人間を使った治安悪化の破壊工作。
領主不在のアンブロシウスへの左遷など、だ。
しかしどれもこれも、のらりくらりと躱された。
空中都市には新たな領主が誕生し、
併合案も議会にてあまり賛同を得られずにいた。
(毎回私の上を行く。忌々しいジジイだァ。
テスタメントに地下列車での暗殺も指示したが、
運悪く封魔局の隊長共と当たってしまった……)
そう、封魔局。それこそが二つ目の障害だ。
より正確には封魔局の最高戦力、隊長たち。
しかし彼らの全てを確実に殺し尽くすのは困難だ。
(であればサギトへの覚醒後に殺せば良い。
そのためには……ゴエティアから出ていって貰おう。)
『……以上がソピアーの現状ですじゃ。
疫病の正体は不明。ワクチンもまだ作れそうに無い。』
ローデンヴァイツが考え込んでいる間、
議会は百朧によるソピアーの現状報告に移っていた。
「報告ご苦労、百朧殿。何の役にも――」
『――いやはや、歳は取りたくないですな!
製薬会社の社長ですが、儂に薬が欲しいくらいじゃ!』
百朧の言葉に領主たちの口元が若干緩む。
ローデンヴァイツの嫌味を自虐で牽制したのだ。
不満げに、ローデンヴァイツは標的を変えた。
「現状はどんな対策を? クレマリア公。」
『……発生源を特定し、隔離しました。』
「貧民街……か?」
ホログラムのクレマリア公はコクリと頷く。
貧民街の隔離。それは実質『見捨て』だった。
中心街を守るための、少数を切り捨てる判断だった。
「まぁ良いんじゃ無いかァ? 中心街の方が大事だァ。」
『……痛み入ります。』
「だが民衆に不安は広がるだろォ? それはどうする?」
『……我が娘ミストリナを結婚させます。
そして、新たな領主として私の跡を継がせます。』
その言葉に多くの者が動揺した。
それが封魔局隊長の結婚と引退を意味するからだ。
「封魔局の若き隊長格。
それもアイドル的人気を持つミストリナか。
確かにそれが領主となれば領民は喜ぶだろうな。」
『期間は娘が産む跡継ぎが成人するまでの間。
それまで婿殿の支援も受けつつ公務を務めさせます。』
それこそが、彼女の結婚の真意だった。
まだ動揺の熱が残る室内、厄災はニヤリと笑う。
「それで、その婿殿というのはァ?」
――ソピアーへ向かう陸路――
「かなりの長旅だけど、まだ着かないの?」
「転移港も地下列車も封鎖中ですからね。
でもまぁ、もうあと数時間で地下都市に入りますよ。」
そっか、と明るく返事をすると、
男は広げた数枚の写真に顔を埋める。
深く深く深呼吸を済ませると、全て燃やした。
「証拠隠滅! 実物に会えるから問題ナシ!」
魔法の火は瞬く間に写真を焦がす。
パラパラと車内に零れ落ちる燃えカスたち。
凛々しい箱庭姫の顔が黒く焼け死ぬ。
「待っててねぇ〜! ミストリナちゃあ〜ん!」
結婚式まで残り十三日。厄災はまだ潜む。