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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
序章 ようこそ愛しき共犯者
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第十五話 最期の声

 魔獣が咆吼する。ギラリと光る目が朝霧を捉える。

 しかし朝霧は魔獣を見てはいなかった。

 彼女はさらにその先のボガートのみを見据えていた。

 空はまだ暗い。朝霧は凜として大剣を構える。


「ギシャア――!!」


 魔獣が大口を開け襲い掛かった。

 迫る牙は大剣とパワーで受け止める。

 床を削って体が後方へと引きずられたが、

 朝霧は全身を捻って牙の拘束から抜け出す。


 それに合わせて魔獣が転び、

 再び彼女の視界にボガートが映った。


「ボガートォ!!」


 足に力を込めて朝霧は敵との距離を詰める。

 しかし、忠実な魔獣がそれを許さない。

 鋭い爪を地面に叩き付けて二人の間を塞いだ。


(っ……アーシャ……!)


「ギシャア――!!」


 ボガートを討ち取りたい朝霧を妨害するように

 繰り出された爪、牙、尾の連撃。

 巨体に見合わない速度で朝霧に襲い掛かる。

 朝霧は受けるか流すかで持ち堪えていたが、

 次第に足場や間合いに限界が迫り始めた。


(駄目だ。もう彼女は……!)


「――殺すしかないよ? お姉さん?」


 ボガートが煽る。目の前の女性封魔局員には

 自分の魔獣を倒すほどの力は無いと断定し、

 その表情は余裕に満ち溢れていた。


「ッ……貴様! なぜこんなことをする!

 なぜ子供たちを狙った!? なぜこの町を狙った!?」


「――多分大した理由なんかないぞ?」


 屋上の出入り口から声がした。森泉だ。

 突如現れ台詞を奪った彼に対し、

 ボガートは訝かしそうな表情を向ける。


「分かったような口を、誰ですか?」


「私立探偵だ。」


「あぁ貴方が……見てくださいよ探偵さん!

 貴方が『頑張った』からアーシャは

 こんな醜い姿になってしまいましたよ!?」


 ボガートが魔獣を指しあざ笑う。

 ケタケタと不快な笑い声に

 朝霧の怒りは頂点に達した。

 対して、森泉は冷静に言葉を続ける。


「今のがこいつの全てだ。全てはただの()()()()

 子供を狙ったのは小柄でひ弱な分、

 持ち運びに便利とでも思ったのだろう。」


「な……!? じゃあこの街を襲ったのは?」


「中央都市ゴエティアの目と鼻の先だからだろう。

 この時期の決行というのを鑑みるに……

 新規入隊を控えた封魔局への嫌がらせといった所か?」


 ボガートは拍手をしながら答える。


「……ふむ、流石は探偵。

 この一件だけでそこまで見破りますか。

 それともどこかでお会いしましたっけ?」


「――ふざ、けるなっ!」


 ボガートの会話を遮って、

 朝霧を中心に重たく濃い魔力が流れ始める。

 流石のボガートもこれに対して余裕の表情が消え、

 目の前に立つ女の異常性に気が付いた。


(この女……もしや危険か?)


 彼は即座に「殺せ」と指示を飛ばす。

 直後魔獣は再び大口を開け朝霧に襲い掛かった。

 バクッ、と一口で朝霧の体は飲み込まれる。


『――殺して……』


 魔獣の口内で朝霧の脳裏に声が反響した。

 死を悟ったアーシャの顔が浮かんだ。


(分かった。)


 刹那、魔獣から血が吹き出した。

 激しい血飛沫が辺りを染めて、

 悶え苦しむ魔獣が悲鳴を上げる。


 すると首の付け根を引き裂くように

 赫岩の牙が露出し、魔獣が倒れ込んだ。

 そして傷口から返り血で濡れた朝霧が立ち上がると、

 羅刹の如き気迫を敵に向ける。


(こいつッ! 一人で魔獣を仕留めやがった!)


 睨まれたボガードの頬に冷や汗が伝う。

 実力差を見誤っていたと理解し、

 闇社会の実力者に緊張が走っていた。


「お前、名は?」


「朝霧桃香。覚えておけ。お前を殺す名前だ!」


「フッ……上等ォ!」


 ボガートは自身の二の腕を捲り、噛みつく。

 瞬間――彼の体は変化を見せ始めた。


 しかし先ほどまでの魔獣型とは違う。

 緑の体、鋭い爪、恐竜のような顔ではあった。

 が、その身体は人の形を保っていた。


「『人獣変容・恐嚇竜人(ビーストマスター)』!!」


「自分だけ人型? ふざけないで!」


 朝霧が駆け出す。ボガートも構える。

 二体の化け物が曇り空の下で激突した――



 ――ビル内部――


 室内で銃弾が飛び交う。


 足止め役を買って出たハウンドであったが、

 その数の多さにじりじりと追い詰められていた。

 今は上手く敵の視界を切り物陰に隠れている。

 が、このままでは彼が死ぬのも時間の問題だろう。


(あークソッ! 一服してぇ……俺一人で何人倒した?

 二十から先は数えて無かったからな……)


 弾丸は既に尽きた。ここからは先は肉弾戦だ。

 彼は自身に今まで以上の強化魔術を掛け、

 同時に心を落ち着かせる。


(ッ!? 足音!)


 コツコツと音が近づく。それも複数だ。

 まだこんなに居たかとハウンドは嫌になりつつ、

 普段よりさらに重く感じる腰を持ち上げた。

 そして、彼は物陰から一気に飛び出した。


「オラオラ! 俺はここだぞォッ!」


「はいはーい、ストップね。」


 現れたのはハウンドの上司、ミストリナだった。

 その後ろにはジャックら六番隊のメンバーが従う。

 そして彼女らの手には瓶に詰められた敵がいた。


 それらの様子から状況を理解したハウンドは、

 プツンと緊張の糸が途切れたように倒れ込んだ。


「ハハ……俺ァ、なんとか生き残れたのか。」


「まだ安心は出来ないぞハウンド。

 ボガート、それに朝霧たちはどこだ?」


「屋上です。向こうも無事だと良いんですが……」



 ――屋上――


 衝撃で変形した柵に凭れ掛かるように、

 その化け物はぐったりとしていた。

 ボガートでは無い。朝霧の方だ。


 ユラリと足に力を込めて起き上がるが、

 全身の痛みから受けたダメージが

 想像より大きい事を彼女は悟る。


()()()()()したッ! この私がッ!?)


 苦痛に歪む顔で朝霧はボガートを睨む。

 だが彼の顔にも既に余裕やお遊びの感情は無く、

 ただ刺々しい殺意のみが込められていた。


「くそっ……!」


 もう一度、朝霧は襲い掛かる。

 大剣を振りボガートの胴を断ち切ろうとした。

 しかしボガートはその一閃を正面から蹴り返す。

 大剣を伝い、手に強い衝撃が伝搬するようだった。

 朝霧がその痛みで怯むと今度は腹を張り手が撃ち抜く。


「ごはァッ!?」


 朝霧の体が少し宙に浮き、

 そして後方へと大きく吹き飛ばされた。

 やがて固い床に激突して沈黙した彼女を確認し、

 人獣形態のボガートは自身の握り拳に目を向ける。


(よし、俺の方が強い。だが……朝霧桃香か。

 隊長格の実力者。我々にとって十分脅威だ!)


 ボガートは再び倒れる朝霧に敵意を向ける。

 もう彼女を見逃す気は完全に無いようで、

 ゆっくりと、だが一歩ずつ間合いを詰める。


 するとそんなボガートよりも早く、

 倒れた朝霧の元に森泉が割り込んでいった。


「おい、生きてるか!?」


「っ……森泉さん……」


 彼女の意識は朦朧としていた。

 森泉を認識し会話も出来てはいたが

 衰弱した顔色に先程までの覇気は無い。


 しかしそれでも、

 彼女は森泉の袖を掴んで懇願する


「私の――制限を解いてください……!」


「!? 良いのか? 暴走するんだろ?」


「はい。なので森泉さんは隠れてて……

 私は……今は、この感情に従いたい!」


 痛む体を気力で持ち上げ、

 朝霧はもう一度力強く敵を見据えていた。


(もう一度だけ、力を――)

(まだやるか? 良いだろう――)


 化け物二体。再び曇天の屋上にて対峙する。


「「こいつはここで――今殺す!!」」


 朝霧の決意に森泉も覚悟を決めた。

 そして朝霧の背に手の平を優しくかざす。


 彼はあくまで私立探偵。

 封魔局の制限魔術の詳細など知らされてはいない。

 故に彼は、彼が唯一できる魔法を注ぎ込む。


「今、あらゆる秘密は暴かれる。」


「ッ!! ゥゥウガァァァシャアァァアァ!!!!」


 曇天に向けて赫き獣が吠える。

 今此処に朝霧の狂気が暴かれた。

 溢れ出す魔力にボガートは驚愕する。


「!? なんだこの魔力量……まさか?

 ――ッ、しまッ!!」


 気づいた時にはもう遅い。

 晒してしまったのは瞬き一回の僅かな隙。

 しかしその隙で化け物はやってくる。


 お返しと言わんばかりに、

 だがそれでいて比較にならない威力の

 掌底突きを彼女はボガートに打ち込んだ。


「ガハッ!! なんてッ……馬鹿力ッ!?」


 朝霧はグッと腕と足腰に力を込め、

 空をめがけて腕を振り上げる。

 しかしそれに対応しボガートは術を使った。


「っ……来い! 我が眷属よ!」


 倒れたアーシャに命令を送り、

 もう動かない彼女の肉を流動させる。

 そして粘土の如く変容した魔獣の巨躯を

 ボガートは自身の左腕に巻き付けた。


「『人獣変容・合成魔銃(キメラティックカノン)』!」


 生み出されたのは肉の大砲。

 魔獣の口を模した禍々しい砲門が朝霧を狙う。

 しかし今の彼女に銃口を恐れる理性は無い。

 故に彼女は臆する事無く駆け込んだ。


「ふはは馬鹿が! これで終わりだあ!!」


 咆吼を号砲にボガートの攻撃は放たれた。

 彼は変容した四肢で全身を完全に固定すると、

 合成魔銃のエネルギーを集約し引き金を引く。


 その弾道には一切の狂いが無く、

 一直線に朝霧へと向かっていった。


(防ぐ術無し! 俺の勝ち――!)


「それは失策だったな、ボガート。」


 何かを悟った森泉がポツリとそう呟いた。

 すると次の瞬間朝霧は――手にした()()()()()()()


「ウガシャアアアア!!」


 二つの殺意は狭間でぶつかり、そして爆ぜた。

 その衝撃は凄まじく余波だけで空の雲は裂け、

 ビルの上にだけ明るい日の光を出現させた。

 だが尚も――飛来する大剣の勢いは止まらない。


「な!?」


 射撃のために足を固定していたボガートには、

 その刃の襲来を回避する事が出来なかった。


「『人に銃を向けちゃいけません』……だとよ。」


 コンマ数秒の後、

 大剣は防ごうとしたボガートの左腕を落とし、

 そのまま彼の心臓を貫いた。


「ごふっ……! こんなっ……馬鹿、な……!」


 やがてボガートは膝を突き、

 口から大量の血液を吐き出した。

 しかし彼の戦意はそれでも削がれず、

 眼前で沈黙していた朝霧に向けて叫ぶ。


「このッ小娘ガァ! 貴様なんぞにィィイイイ!!」


 その瞬間、落とされた彼の左腕が動く。

 否、素材となった魔獣の首が動いた。

 そして大口を開けて、ボガートを襲う。


「――ギシャア!!」


 悶絶の声は無し。絶命の音のみが不快に響く。

 魔獣の牙に噛み千切られてボガートの首が消えた。

 やがて残された彼の死体が、力無く脱力した。



 ――――


 数秒後、朝霧もまた膝を両手を突いて倒れる。

 森泉はすぐに彼女の元に駆け寄ったが――


「ウガシャア――!!」


「――ッ!?」


 その目にまだ理性は戻っていなかった。

 怪物は森泉を次の標的と認識し、拳を振るった。

 森泉は回避こそ出来たが当たれば即死と理解する。


「おい朝霧! 戻ってこい!」


 森泉が呼びかけるが大剣を拾い上げた朝霧は

 鋭い敵意によってそれに応答する。

 そして殺意に満ちた重い一撃が振り下ろされた。


 ――瞬間、森泉は朝霧目掛け走り出した。

 即死の一撃をギリギリの所で回避すると、

 彼は無我夢中で朝霧を抱擁した。


(いくら馬力に差があったとしても……!

 相手の動きを制限出来る拘束の仕方はあるっ!)


 抱き締めるように手を回し、

 暴走する朝霧を必死に拘束する。

 彼女に味方殺しの汚名を背負わせまいと。


(報告書によればこの状態でも記憶はある……!

 なら声は届く! そして今の()に出来ることは――)


 力強く、しかし優しく、

 彼は諭すように語り掛けた。


「朝霧! 良くやった! 敵はもういない!

 もういいんだ! もう、終わったんだ!」


「ア……アァ……」


 わずかに朝霧の力が緩む。しかし――


「ウガシャア――!!」


 怪物の狂気が見えた理性を押し退けた。


「くっ! これ以上はっ……!」


「意識無い女性に抱きつくとかセクハラだよ?」


 その瞬間、出入り口から人影が飛び出す。

 現れた小柄な影の正体はミストリナだった。

 そしてミストリナは素早く朝霧に触れると、

 暴走する彼女の体を一瞬にして縮めていった。


「お疲れ様、朝霧隊員。」


「終わっ……たか……」


 やがて瓶に詰めた朝霧が

 力尽き意識を失ったのを確認すると、

 森泉は安堵の表情を浮かべて柵に倒れ込む。


「探偵もご苦労様。……どうだったこの子は?」


「まぁ……危なっかしいけど、

 もう立派な封魔局員なんじゃないですか?」


 森泉はビルの屋上から下を見る。

 そこでは避難していた住民たちが空を見上げていた。

 朝霧が雨雲を切り裂き作った光の亀裂。

 それを見て勝ったのだと住民たちは歓声を上げている。


「これは……フッ、一躍時の人になりそうだな。

 朝霧の手柄だとすぐに知れ渡るだろう。」


「僕はどっちでも良いですけどね。」


「……ギ、ギシャア。」


「「――!?」」


 ミストリナたちの後ろで魔獣が鳴き声を発する。

 弱々しく、起き上がることも出来ない体が僅かに動く。

 その魔獣の再起を警戒する二人だったが――


「――ア、リガトウ……」


「ッ!? 魔獣が喋ったのか?」


「……いや、違うなミストリナ隊長。

 僕たちの脳が、()()()()()()()()()だ。

 魔獣の鳴き声を、意味を持った最期の声を……」


「そうか……その言葉を一番聞くべき功労者は、

 今眠ってしまっているがね。」


 ミストリナたちの見守る前で、

 アーシャは静かに息を引き取った。



 ――一週間後・封魔局本部局長室――


 日差しと風がカーテンを揺らす。

 整理の行き届いたその部屋には

 マクスウェル局長と彼が雇った探偵がいた。

 探偵は資料をデスクに置く。


「これが今回の調査報告書です。」


「うむ。」


「……まぁ、もう必要無いでしょうがね。」


「……と、言うと?」


「世間が朝霧を知った。アトラスだけじゃ無く、

 ボガートを撃破した大型ルーキーとしてね。」


「あぁ、それもそうだな……私も腹を括ろう。」


 目を閉じ、覚悟を決める。

 そして不安や心配を始めとした

 あらゆる負の感情を一気に飲み込むと、

 彼は「よかろう」と呟き再び目を開けた。


「――朝霧桃香を正式に封魔局員として認める!」


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