第二十七話 厄災の男
貧民街は現在、病魔の巣窟となっていた。
至る所で衰弱死した住民たち。
耳をすませばどこからともなく咳の音。
しかし今、巻き起こっているのは戦闘音。
粉塵と罵声が立ち込め、ただならぬ空気が漂っていた。
ジャックとハウンドを囲む住民数名。
彼らの手には刀剣類に拳銃。
貧困に苦しむ民衆にしてはやたらと装備が良い。
「ハァハァ……!」
「撃たれたのか、ジャック?」
「掠っただけだ……それよりも……!」
ジャックは二丁拳銃を構えた。
開いた瞳孔を、かつての友人に向け狙いをつける。
殺気の混じったその表情に住民たちはたじろいだ。
「ったく……したっぱ局員にビビってんじゃねぇよ。」
敵意を向けられたホーネウス。
しかし彼は一切動じることは無かった。
むしろジャックらを推し量るような態度だった。
「ホーネウスさんの言うとおりだ! 行くぞ野郎ども!」
「ジャックッ! 相手は民間人! 無傷で抑えるぞ!」
戦況そのものは多勢に無勢の地形不利。
しかし熟練の封魔局員とただのチンピラとでは
戦闘の練度と潜ってきた修羅場の数が違った。
ジャックは少し飛び上がり敵の注目を一身に受ける。
その隙にハウンドが威嚇の爆撃を連発した。
粉塵と爆音が陣形を乱し、烏合の衆を浮足立たせる。
「今だ、ジャック!!」
「廻天速射――『ターミガン』!」
それは一見、乱射。
宙に舞うジャックはその場で縦横無尽に回転し
周囲に向け弾丸の雨を放ち続けた。
だが狙っていない訳では無い。むしろその逆。
その弾丸は確実に、敵の武器を弾き飛ばしていた。
「くっ……! ホーネウスさん! このままじゃ……!」
「へぇー……」
粉塵が晴れる。そこにはたった二人の封魔局員。
しかし武器を失ったチンピラたちは、
そのたった二人の局員にすら勝てないと悟った。
「コイツらを下がらせろ、ホーネウス!!」
ジャックは拳銃を向け怒鳴りつけた。
するとホーネウスは頬杖を付きニヤリと笑う。
「……そうだな。これ以上は不毛だ。お前ら、引け。」
(!? 意外だ、素直に引いてくれるのか。)
警戒しながらもハウンドは周囲を観察する。
囲んでいた住民たちはジリジリと撤退していった。
その後、ホーネウスは彼らの前に飛び降りる。
「そ、れ、と、ジャック! そしてとなりのおっさん!
――合格だ。ぶっちゃけ期待以上だったぜ。」
「は? 何を言って――」
「――調べているんだろ? あの病気について。
なら着いてこい。お前らに見せたいモンがあるんだ。」
――ミラトス・倉庫――
空は曇天。まばらではあるが雨も降り出す黄昏時。
黒幕の出現した現場には多くの局員が動員されていた。
数々の魔法具を用い、過去の情報を解析していた。
「! エヴァンス隊長! お疲れ様です!」
「ええ、ご苦労さまです。収穫は?」
「……ほぼ無し、ですね。見事に隠滅されています。
土地の記憶から得られる情報は……何も。」
局員曰く、確定したのは黒幕が単身、『誰か』と
何らかの協定を結ぶために面会したということのみ。
無防備にも黒幕側は何度か情報を口にしていたが、
その『誰か』側によってその全てが隠蔽されていた。
「ふむ。では聞き込みに移るしかありませんね。
まぁ目撃者など、とっくに始末されていそうですが。」
「エヴァンス隊長ー! 目撃者が見つかりました!」
「…………こんなことあります?」
問われた局員は苦笑いしながら曖昧に返事をした。
そんな彼らの元に浮浪者のような男が連れ込まれた。
その浮浪者によると、特徴的な骸骨頭を目撃したらしい。
「おれよ! すっかりたまげちまったんだ!
そんでその骸骨頭がこの倉庫にすすーっと入ってよぉ?」
「ふむ、その骸骨頭の他には? 周りには誰が?」
「あぁ! 数人いたな!
そいつを守るように周囲を囲んでる黒い集団が!」
「ほぉー? 守るように、ですか。」
するとエヴァンスは伊達眼鏡に手をのばす。
局員たちは知っていた。それが何を意味するのかを。
何も知らない浮浪者は喋り続ける。
自分がミスを犯した事にも気付かずに。
「隊長。結果は?」
「結果? 何のことですかい、封魔局員さん?」
「はい、黒も黒。彼は――闇社会の人間です。」
瞬間、周囲の局員たちが一斉に動き出した。
そして一瞬で浮浪者の腕を背中に回し押し倒す。
「へ? ――へぶっ!?」
「確保ー!!」
「目撃者は都合が良いと思いましたが、
闇社会の人間とは……都合が良すぎて気味が悪い。」
倒された浮浪者は口を抑えられ、
服の中から数々の暗器が没収される。
必死に抵抗しているが、流石にもう遅すぎた。
「ま、待ってくれ! 俺は金で雇われただけだ!
偽情報を掴ませろと、黒幕……! あの骸骨頭に!」
「そうですか。巻き込まれたのなら仕方ない。
余罪が無ければ減刑しますよ、≪詐称師≫パール?」
「ッ!? は、エヴァンス……! そうかお前が……!」
浮浪者あらため詐称師は、
自身の命運が尽きたということを理解した。
その瞬間、彼は恥も外聞もない命乞いを始める。
「わ、分かった! なら情報だ! 情報を出そう!
だから減刑してくれ! 頼む……お願いだ!」
当然、減刑の判断を下す権利はエヴァンスに無い。
だが今の詐称師の口は軽い。解析眼もある。
冷静でない内に全ての情報を吐かせるのが得策だ。
「言ってみなさい。検討してあげましょう。」
「へへ……! アンタらが一番欲しい情報だぜ。
なんとあの特異点≪黒幕≫と特異点≪厄災≫が――」
――――
倉庫を視界に収められる建物の屋上。
足をプラプラと揺らしながら龍の頭蓋骨が眺めていた。
そんな彼の背後で、地面を突き抜け一人の女が現れる。
元強欲魔盗賊の一員。『同化』の祝福、アヴァリスだ。
「――リーダー。詐欺師が捕まった。」
『詐称師、な。……まぁどうでもいいか。
それよりも役割を果たしてくれればそれでいい。』
「捕まったら役割が果たせない。助けに行く?」
『必要無い。何せ、捕まって命乞いすることが役割だ。』
黒幕は立ち上がり倉庫に背を向けた。
助ける気は皆無。彼は最初から捨て駒だった。
一見、その目的は詐称師による偽情報の付与。
しかし解析眼によってその目論見は崩れた。
ではその後に出される情報はどうだろうか?
危険な罠を回避した先の、命乞いから出された情報は?
『奴にあの情報をそれとなく吹き込んでおいた。
あれは封魔局側も知るべき情報だからな。』
――時は遡り数時間前。
――倉庫――
二人の特異点、黒幕と厄災。
それらが放つ殺気は一つの攻撃手段となっていた。
紫と緑色の衝撃波。二つのドス黒い魔力の衝突が、
何人も寄せ付け無い結界を生み出していた。
「黒幕様、厄災様! お収めください!」
厄災の部下たちが一人も動けないでいる中、
仲介人のヴォルフはその間で声を上げた。
しかし呼び掛けに二人の王は答えない。
このままでは互いに殺し合いを始める勢いだ。
「このッ……! いい加減にしろやぁ、人類ッ!」
「――ッ!」 『ッ!』
ヴォルフは鋼の地面を叩きつけ地割れを起こす。
特異点たちは咄嗟に飛び退き衝撃から身を守った。
「テメェらはガキか!? あぁん!?
テメェの機嫌くらいテメェで取りやがれ!
そのくらい社会人の常識だろうがよぉ!? アォーン!」
『ゴメンて、ヴォルフさん。
あと、今一番感情コントロール出来てないの君だよ?』
「まったく、野蛮な犬だなァ……人狼王ヴォルフ。」
人狼王。その名に違わず彼の容姿は人を辞めていた。
二の腕の剛毛。鋭い爪。牙を震わす大きな口。
ヴォルフはその鋭い目で特異点たちを睨む。
「テメェら……我が主の顔に泥を塗る気か?
特に厄災! アンタが協定を結びたいと言うから
俺はこうして立会人としてこの場に来たんだぞ?」
「……あァ、分かったよ。特異点≪女帝≫の使者殿。
これは三つの特異点が関わる協定。大事にしよう。」
ヴォルフは舌打ち混じりに場を整え始めた。
半透明の契約書が二枚、特異点たちの手元に向かう。
それは、歴史の変わる日。
封魔局が治安を維持出来ているのは、
あくまでも特異点たちが独立しているからだ。
「では、改めて。特異点≪女帝≫立ち会いのもと、
特異点≪黒幕≫と、同じく特異点≪厄災≫の間に――」
裏を返せば、協力されては対抗出来ないのだ。
だから隊長たちの会議では厄災を後回しとした。
奴が一番、他と食い潰し合うと期待していたから……
「――相互不可侵協定を締結する。」
――ゴエティア――
もうじき日が沈む。遠くには曇天。近くは黄昏。
その景色を眺めながら厄災はリムジンにてくつろぐ。
長い髪をイジりながら、サングラスを下げ外を眺めた。
「如何されましたか、ローデンヴァイツ様?」
「……テスタメントからの連絡が無いのが気がかりでなァ。
封魔局に負けたのは聞いたが……死んでしまったかァ?」
「うーむ。封魔局も侮れませんな。」
「フッ! ハハハ! どうせ黒幕だよ!
あの若輩者め。最初から手を組む気など無いさァ!」
バンバンと、さぞかし愉快そうに膝を叩く。
そんな上司について行けず部下は困惑していた。
「で、では……! 黒幕は裏切ると!?」
「フン、裏切りは当然。だからこその相互不可侵協定だ。
分かるか? 『同盟関係』では無い『不可侵関係』だ。」
例え裏切られていても推定の段階では追求出来ない。
そして同盟関係を結んでしまうと懐深くに入られ、
盛大な裏切りにあった際のリスクが大きるなる。
どうせ暗躍してくる事は明白。
不可侵関係には直接的な介入を牽制する意図があった。
「は、はぁ。しかしそれで黒幕を止められますか?」
「問題無い。立会人はあの≪女帝≫だァ。
この協定を反故にすれば彼女の顔に泥を塗る。
私に一泡吹かせ、あの魔女を敵に回すかな?」
そのリスクは、例え黒幕でも冒せまい。
厄災が生き残れば実質特異点二つから敵視される。
それだけでは無い。この協定を無視したとなれば、
闇社会のブローカーとしての黒幕の信用は地に落ちる。
「つまり、後顧の憂いは断ったと言うわけだァ。
我が野望――『サギトへの覚醒』に向けてのなァ。」
厄災を乗せたリムジンは中央都市の奥部へと侵入する。
そこは封魔局本部よりも一回り大きな建造物。
中央都市のさらに中心部。世界と行政の中心地。
――魔法連合総本部――
「おかえりなさいませ。ローデンヴァイツ様。」
「んー。業務連絡だけしてくれたまえェ。」
男の名はダミアーノ・ローデンヴァイツ。
最古参の特異点にして戦前からの闇社会の重鎮。
その陰湿さと悪辣さを恐れ人は彼を≪厄災≫と呼ぶ。
「ミラトス領主、百朧様より至急対話したいとの連絡が。
何やら……地下都市ソピアーについての話だとか。」
「ふん、目聡い爺め。どうせ明日には首脳会議がある。
そこで好きなだけ喋って貰うとしよう。伝えておけ。」
だが、ローデンヴァイツという名は、
表社会の人間にも広く知られていた。
魔法連合における最大の権力者として。
「承知しました――最高議長。」