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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない

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第二十三話 隔離状態

 倒木の周りに立ち込めた砂埃。

 それがサラサラと地面に落ちていく。

 粉塵がすっかり落ちきった頃、

 ようやく朝霧は質問に対する答えを声に出した。


「っ……! 新人メイドの霧亜モカです! 旦那様!」


 今回の潜入任務はミストリナの独断。

 メイド長を始め一部の使用人は協力しているが、

 邸内のほとんどの人間は認知してはいなかった。


「まぁその服装だ。そう言うだろうな。

 いいから事実を述べなさい。その方が身のためだ。」


 特に、領主クレマリア公にだけは知られてはならない。

 家主に一切の断りも無い潜入調査など、

 気配を察されるだけでもアウトの綱渡り任務だった。


(まずい……! 目立ち過ぎた……!)


 もはや本人の弁明だけでは状況は覆らない。

 朝霧は助けたメイドをチラリと見つめた。

 しかし彼女はその視線にすら気付かず震えている。

 どうやら潜入任務を知らないメイドのようだ。


「ほ、本当に最近雇っていただいたメイドです!

 さっきのは私の祝福です! 身体強化系でして……!」


「それは分かる。だがそれだけでは足りない。

 あの無駄の少ない動きをどう言い訳するのだ?」


「そ、それは……えっーと……」


「――彼女は元女子レスリングの選手です、旦那様。」


 聞き馴染みの無い声が朝霧を擁護する。

 振り向けばそこには、一人の執事が立っていた。

 クレマリア公は彼をミゲルと呼んだ。


「女子レスリングだと? それなら何故隠す?」


「辞めた理由が『練習が厳しかったから』だそうです。

 その怠惰な理由を新たな職場のトップに知られるのは、

 流石に気が引けたのでしょう。ね、霧亜モカさん?」


 ミゲルは朝霧に視線を送る。

 差し出された救いの手。藁にもすがる思いで便乗した。


「お、お恥ずかしい限りで……」


「ふむ、元格闘技選手か……

 まぁミゲルの言であれば問題は無いのだろう。」


 どうやら一応の納得はしてくれたようだ。

 既に周囲は庭師やメイドなどの使用人たち。

 メイド長とアリスが駆けつける姿も見えた。

 クレマリア公はその場の者たちに指示を飛ばす。


「木を伐採するだけのはずだったが……まぁ仕方無い。

 芝生も直さねばだが、庭師だけでは日が暮れるな。

 急ぎの業務が無い者は全員手伝いなさい。」


「「承知しました。旦那様。」」


 ミゲルを始め、周囲の使用人たちは淡々と動き出す。

 疑いが晴れたことに安堵しながら、

 朝霧は手伝う素振りを見せながらメイド長に近づく。

 そのとき――


「――霧亜モカと言ったな?

 お前には()()()()()()()()()()()。着いてきなさい。」


「!?」


 クレマリア公は朝霧だけを呼び出した。

 その言葉に反応しメイド長も話に割って入る。


「恐れながら旦那様。霧亜は新人メイド。

 特別な仕事を当てるのは荷が重いかと。」


「ん。心配いらない。素質は先程見せてもらった。

 常人よりも高い身体強化とそれを使いこなす身体能力。

 そして、叫び声に思わず飛び出してしまう正義感。」


「あの……一体何の仕事を任せるつもりで?」



 ――ミストリナの部屋――


「え゛ッ!」


 ミストリナは思わず声を漏らす。

 何故なら父親と共に――朝霧が入室してきたからだ。


「ミストリナ。これはお前の()()の霧亜モカだ。」


(えぇ……何をやってるんだ? 朝霧……) 


(ごめんなさい! ミストリナ隊長ぉおお!)


 互いに目と目で会話をする。

 そんな裏の問答にも気付かず、

 クレマリア公は朝霧に命令を下した。


「霧亜。今から二週間後の結婚式終了までの間、

 お前は我が娘ミストリナの身辺警護をしろ。」


「身辺警護、ですか?」


「そうだ。先程の動きが出来るのなら、

 そこらの衛兵に任せるよりも確実だろう。」


 では任せたぞ、と言うとクレマリア公は退出した。

 部屋の中では朝霧とミストリナのみ。

 だが、その空間はとても気まずい空気になっていた。


 どう説明しようかと朝霧は悩む。

 とはいえ任務遂行に支障が出たのは変わらない。

 それを理解している朝霧は目線を逸していた。


「あのっ……! ミストリナお嬢様……!」


 ――突如、朝霧の体に何かの重量が乗る。

 肌には温もりが伝い、鼻には仄かに清香が漂う。

 それがミストリナの()()だと気付くまでに、

 朝霧は数秒の時を必要とした。



 ――邸内・中庭――


 朝霧が連れて行かれ、

 邸内を自由に動けるのはアリスのみとなっていた。

 今はメイド長の側で後片付けの手伝いをしているが、

 そんな彼女に一人の庭師が接近してきた。


(うわっ。驚かせないでください、()()()君。)


(人の顔を見て『うわっ』は無ぇだろ、アリス。)


 それは庭師に扮したアランだった。

 領主邸からの出入りを必要とする伝令係。

 その最適な変装先としてミストリナが手配したのだ。


(朝霧のは見ていた。いきなり災難だったな。

 他にハウンドさんたちに伝えることはあるか?)


(進展なんか微塵も無いですよ。

 それよりも、この事故の原因って何ですか?)


(あぁ、本来庭師がするはずの作業を

 メイドが手伝ったことによるヒューマンエラーだ。

 その瞬間も見ていたが、あれは完全な事故だな。)


(はぁ? そこまで見てたなら助けに入ってください!

 おかげで朝霧さん連れて行かれちゃいましたよ!)


(俺が助けるより速く朝霧が飛び出したんだ!)


 などと話し合っていると、

 彼らの後ろでメイド長が咳払いをした。

 お前ら目立つぞ、というサインだろう。

 二人はそれぞれ別の方向に離れる。


(事故、か。じゃあ何だったんだろ?

 さっき一瞬だけ見えたあの()()()()は?)


 アリスは調べるべき対象がいることを理解しながら、

 メイド長に従い一旦この場を離れることにした。



 ――貧民街入口――


 原初の三都市が一つ、地下都市ソピアー。

 かつて此処は鉱山資源によって栄えていた。


 採掘出来る鉱石の名は――『誘爆石』。

 魔力に触れると自爆する危険な鉱石である。

 誘爆石は高値で取引され、

 魔法連合はもちろん闇社会でも重宝された。


 しかし、それも今は昔のこと。


 ソピアーにおける誘爆石の採掘量は年々減少し、

 遂には魔法連合から採掘禁止の法が下された。


 次第に鉱夫たちの住処だった地下街は廃れ、

 誘爆石の生み出す利益を享受していた中心街との間に

 巨大な貧富の格差を生み出す結果となった。


「この話はソピアー出身のおっさんなら知ってるよな?」


「もちろんだ。ガキの時はまだ活気があったがなぁ……」


 貧民街へ続く門を目指し、

 ジャックとハウンドは進んでいた。


「そういえばおっさんの家はどっちだ?」


「俺の家はあそこで鍾乳石のように垂れてる建物の一つだ。

 中心街でも貧民街でも無い、至って平均的な家だよ。」


「あぁ、この街で一番マシかもな。」


「いやいや、買い物に不便だぜ?」


 そんなことを話していると、

 遂に貧民街への入口である門の前についた。

 係員に通行許可証を見せると、重たい門が音を立てる。


「えー許可証を貰った時に聞いたと思いますが、

 現在、貧民街は非常に危険な状態です。」 


「あぁ、さっき病院でも聞いて来たよ。

 例の病の温床――いや、()()()の疑いがあるってな。」


「くれぐれも、住民たちを刺激しないように。」


 係員はそう告げるとハウンドたちを見送った。

 かと思えば、彼らが抜けた瞬間すぐさま閉門する。


(厄介事は絨毯の下へ、ってか。

 まぁ感染するなら隔離は正しい処置か。)


 閉ざされた門を眺めながら、

 ハウンドはそのようなことを考えていた。

 しかしその考えは数秒後、一瞬で覆る。


「ジャック? どうした、いきなり立ち止まって?」


 門のから出て数歩。ジャックは静止した。

 彼の視線の先に転がっていたのは――死体。


 門に向かって懇願するように正座した女性と、

 彼女の手の中で衰弱死した赤子の死体であった。

 ここは地下都市。カラスは来ない。

 死体は悪臭を漂わせながら、ただ其処に落ちていた。


「おっさん。これが中心街と貧民街だ。」


「あぁ……どうやら本当に俺の所が一番マシらしい。」



 ――ミストリナの部屋――


 突如なされたミストリナからの抱擁。

 彼女は朝霧の身体の隅々を手を撫で回す。


(これは……何? 私は今、何をされているの?

 え、もしかして隊長流のお仕置きの時間?)


 朝霧は状況が分からず困惑していた。

 しばらく黙って撫でられていると、

 ミストリナは良し、と呟いて離れる。


「あのっ……! ミストリナお嬢様?」


「ここでは隊長で良いぞ、朝霧。

 今しがた()()()()()()()()()ことを確認した。」


 朝霧はようやくミストリナの行動の意味を知る。

 彼女は朝霧の体や服が安全であることを確認したのだ。

 そのままベッドに腰掛けると朝霧に笑顔を見せた。


「全く! どうして君はいつも愉快なことになるんだ?」


「うぅ、本当に申し訳ありません。」


「怒ってはいないさ。若干呆れてはいるがね?

 まぁ、この部屋はセーフハウスとして使ってくれ。」


 そう言うとミストリナは机の引き出しへ手をのばす。

 そこから取り出したのは一つの装飾品。

 真ん中に青いガラスのついたループタイであった。


「後で君に渡そうと思っていたのだが、丁度いい。」


「ミストリナ隊長。これは?」


「ガラス部分が懐中時計のように開く仕掛けだ。

 開けて()()()を確認してみたまえ。」


 言われるがまま青いガラスの側面を構う。

 小さなボタンが反応しガラスは音を立てて開いた。

 その中の物を見て朝霧は用途を察する。


「必要になったら使え。遠慮はいらん。」


「了解しました。」


 朝霧は力強く頷き、ループタイを首に巻きつける。

 宝石のような青いガラスが胸元で頼もしく光った。


「さて、しかし私の護衛とは随分暇な雑務だな。

 どうする? せっかくの機会だ。何か聞いておくか?」


 その言葉に朝霧は反応した。

 彼女の中にははっきり聞きたいことがあった。

 それは今回の縁談におけるミストリナ本人の考えだ。


「メイド長から聞きました。結婚相手のことを。」


「あぁ、ラインハルト殿のことか。

 貴族出身では無いようだし、別に品格は求めないさ。

 まぁまだ一回も話したことすら無いのだがね。」


「それで良いんですか? 隊長は……本当にそれで?」


 朝霧の目にはミストリナが

 望まない結婚を押し付けられたようにしか見えなかった。

 事実、彼女自身最初は断るつもりでいた。しかし――


「貴族の結婚など所詮そんなものだ。

 それよりも今はこの街の未来の方が大事さ。」


 ミストリナはメイドから病のことを聞いていた。

 貧民街が今どのような状態なのかを聞いていた。

 自分の縁談一つで事態が好転するのなら本望だった。


「この街は四六時中暗いからな。

 明るい話題の一つくらいあっても損は無いさ!」


「…………」


 納得は出来ない。だが本人がそう言う以上、

 縁談に関しては部外者の朝霧には何も言えなかった。


「分かりました……ならもう一つだけ、

 全く別の事を聞いてもいいですか?」


「もちろんだとも! 何かな?」


「ミストリナ隊長とジャックさんって、

 どういう関係なんですか?」


 朝霧からすればこれは別の話題だった。

 何となく二人の距離感が不思議であったから、

 その程度の理由から来た質問だった。


「はぁ、全く……まぁいいだろう。

 この際だ。私と彼の関係も把握しておけ。」


 ミストリナはゆっくりと口を動かし始める。

 それは二人の出会いであり二人の旅立ち。

 ――終わりへ向かう始まりの昔話。


「これは――青二才たちが青い鳥を追いかけた話だ。」


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