第十四話 銃を向けちゃいけません
――大通り――
雨に打たれながら三人の人影が走る。
ミストリナからの通信を受け、
ボガートの捜索を開始した朝霧たちだった。
「おい探偵! ボガートの当てはあるのか?」
「奴の祝福は任意のタイミングでの魔獣化が可能だ。
しかしそれには対象を視認する必要がある。
恐らく透視魔術や視力強化で実用化しているが、
それでも地理的、物理的な限界は生まれるはずだ。」
「ならその弱点を補うために……!」
「ああ。少しでも負担を減らすため、
奴はミラトスが一望出来る高所にいるはずだ!」
極めて魔法使いらしい推測だった。
朝霧はその考えを信じ、重い大剣を背に並走する。
やがて三人の前には明らかに他よりも高いビルが現れる。
「僕たち、ミストリナ、他二ヶ所。
それらの地点から逆算すれば……あのビルに違いない!」
「当たりだ! 屋上に不審人物が見える!」
視力強化の魔術を使いハウンドは敵を見つけた。
そして彼がミストリナと連絡する間、
森泉は壁に張り付き速やかに内部の様子を伺った。
「一階から既に敵がいる。正面突破は無謀だな……。
隣の建物に移動だ。屋上から飛び移るぞ。」
――ビル内――
パリィンと音を立てガラスが割れる。
そこは明かりの灯っていない薄暗い廊下。
ビルの丁度中層くらいに位置するその場所に、
森泉、朝霧、ハウンドの三人が着地した。
そして森泉が無言で階段を指さすと、
三人は屋上を目指し一気に駆け上がる。
「ッ!? 誰かいるのか!?」
巡回していた敵三人に見つかった。
だが慌てて臨戦態勢を取る男二人を他所に、
朝霧が大剣の峰で速やかに薙ぎ払う。
(おおっ、スゲぇ……)
呆けて口を開く男二人を放置して、
朝霧はズカズカと上を目指していた。
その足取りは忙しない物だった。
「……ぐっ、て、敵襲。」
そんな彼女たちの影を見据えながら、
気絶の間際に敵は無線で呼び掛けた。
――――
「……どうやら、バレたようだな。」
建物内の物々しさにハウンドが気付く。
すると彼はショットガンを片手に、
一人で階段を降り始めた。
「ちょ!? ハウンドさん、何を!?」
「足止めだ。なーに、死ぬつもりはねぇよ!」
「でも! この先、私と森泉さんだけでは……!」
「十分だろ? 朝霧はアトラスを殺れるだけの力がある。
探偵は弱ぇが制限解除の権限がある以上必要だ。
……なら此処に残るべきはどう考えても俺だ。」
そう呟くと、彼はショットガンに弾を詰め始める。
そして朝霧に振り返る事も無いまま背中で語った。
「朝霧。俺には社会を変えたい、とか、
成り上がりたい、なんて分不相応な野望はねぇ。
俺はただ……『家庭の悪者』でいたい。」
「家庭の悪者?」
「俺の嫁と息子は、よく俺の事を悪者にするんだ。
先日も息子が美味いって喜ぶ嫁の料理が
俺には普段と全く変わらない気がしてな。」
ハウンドは俯き語る。
その目はまさに家族を想う父の目だった。
「それを話したらタバコばっか吸ってるからだ、と
二人して俺をバカにしやがるんだ……
俺はその時間が好きだ。そんな家族の時間が大好きだ。」
すると次第にハウンドの拳に力が込められ始めた。
朝霧にはそれが怒りの感情によるものだと理解出来た。
「……だからボガートの野郎のっ!
親を殺し、子を攫い、魔獣に変えるやり方は許せねぇ!
頼むぜ朝霧ッ! 俺の分もブン殴ってやってくれ!」
そう言うとハウンドは
朝霧へと振り返り拳を突き出した。
そして彼の頼みに力強く頷くと、
二人は更に上を目指して駆け上がる。
やがて十数人の男たちが下層から現れ、
先頭の一人が踊り場のハウンドに気付いた。
「貴様っ封魔局員だな……!」
「ああそうだ、闇社会のクソカス共!
全員纏めて――かかって来いやぁあ!!」
銃声と爆発音がビル内で轟き続ける。
――――
場所は移動し、さらに上層階。
屋上一歩手前の階段にまで到達し二人は止まる。
彼女たちの眼前に敵が立ち塞がったからだ。
その人物に朝霧たちは見覚えがあった。
森の建物で戦った女、アーシャだ。
「おやおや、これはこれはアーシャ・レインデルク。
てっきりボガートに捨てられ、
もう既に用済みと殺されているかと思ったよ。」
「探偵っ! あんたのせいで……!」
「熱烈だな。ボガートならそんな君に、
僕の暗殺を指示すると思ったから大通りを目立つように
移動したってのに……全く、振られた気分だ。」
「ふざっ……けるなぁ!!」
森泉の挑発を受け、
アーシャは高所の有利を捨て飛び掛かった。
そんな彼女のナイフを朝霧が大剣で弾く。
しかし戦場は階段。大剣では少し狭い。
対するアーシャは上へ下へと身軽に跳びながら、
絶えず朝霧へと猛攻を浴びせ続けた。
「邪魔だ! どけっ!」
「っ、なんでこんな酷いことが出来たの!?」
「……! 誰がッ! 好きでこんなことするかっ!」
思いの籠もった一撃が朝霧を押し退ける。
――と同時に、彼女は手すりに手を掛け
その遠心力を利用し鋭い回し蹴りを炸裂させた。
地の利を活かした戦法は効果的で、
朝霧は強く壁にぶつかり階段を転げ落ちた。
「ぐはぁ!?」
「どうだ封魔局! それが私の受けた痛みの一部だ!」
「何をっ……そんなに、憎んでいるの?」
「良いだろう……教えてやる!」
酷く感情的に震える声で、
アーシャは己のしてきた経験を語り始めた。
曰く――戦時中彼女の父親は、
魔法連合の敵対勢力に加わったらしい。
そして激しい戦闘の最中に戦士したという。
ただアーシャにとってそれは別にどうでも良かった。
きっと名誉の戦死だったはずだから。
悲しみはあれど魔法連合を恨む気にはなれなかった。
しかし真の悲劇はその後起きる。
家族を守るべき主人の居なくなったアーシャの家を、
周囲の関係無い人間たちが焼き払ったのだ。
勿論それは財産目当ての盗賊行為。
しかしその時、連合も封魔局も何もしなかった。
「っ……!」
「私は妹を連れて何とか逃げ延びたけど……!
世間知らずな私たちが生きていくにはッ!
妹を守るには……私が汚れるしかなかった!」
悲痛な叫びがビルの中に木霊する。
気付けば朝霧は自然と眉を歪めていた。
するとその会話に静観していた森泉が割って入る。
「それでボガート。いや――暴食の魔王に拾われたのか?」
(暴食の……魔王?)
「あぁそうだ! 私が魔王の部下になれば、
妹は関係ない場所で安全に暮らせると約束してくれた!
貴様らを簡単に殺せる――『銃』をくれた!」
そう言うとアーシャは森泉にナイフを飛ばし、
同時に懐からボガートに渡された銃を取り出す。
黒い銃身は殺意の塊。軽い引き金は怒りの証左。
アーシャはその激情を朝霧へと向けた。
――がその時、朝霧の瞳がギラリと光る。
直後、彼女は床や壁を蹴飛ばし
狭い階段を螺旋状に駆け上がると、
そのままアーシャの眼前に迫り銃身を掴んだ。
(速い……!?)
「学校で習わなかったの?」
「あ?」
「『人に銃を向けちゃいけません』。」
「ッッッ!?」
鋭い痛みがアーシャの腹に直撃した。
朝霧の膝蹴りが至近距離で打ち込まれたのだ。
しかもただの膝蹴りでは無い。
強い魔力と感情の籠もった渾身の一撃だった。
「貴女の過去には同情するし、助けてあげたい。」
衝撃で吹き飛ぶアーシャに向けて、
朝霧は冷静かつ迅速に言葉を贈る。
「でもこの世界はまだ貴女のように悲しむ人を作る……」
やがて落下途中のアーシャに向けて、
朝霧は再びギロリと睨みを効かせる。
「だからまずはこの世界から変えていく!
だから今は、今だけはッ! 黙って捕まれ――ッ!!」
グッと足に力を込め、彼女は一直線に跳び上がる。
今出せる魔力出力の限界。制限内での最大値。
その力を以てアーシャの体を片手で突き上げ、
朝霧はもう片方の手にある大剣で天井を突き破った。
けたたましい轟音と共に
朝霧たちは屋上に突き抜け空高く舞い上がる。
やがてアーシャは朝霧から剥がれ落ち、
屋上に墜落しボールのように転がっていった。
(広い屋上なら大剣の方が有利!)
朝霧は空中で状況を確認する。
アーシャが転がっている、その先に誰かいた。
着地し、再びしっかりと見たその姿は、
褐色の肌にピンクのモヒカンの奇抜な格好。
服は虎柄、目は本来白い部分が黒く、
金色の冷たい瞳が輝く男がいた。
その人物に気付いた途端、アーシャが喚き散らす。
「も、申し訳ありませんボガート様……!
私はまだやれます! だから妹だけはどうか、どうか!」
(ボガート! こいつが!)
「妹? あぁ君の妹! 居たね、そんなの。」
「……え?」
「君を引き入れた時だったかな?
養うの面倒くさかったから殺したよ。」
「「な!?」」
「いやーこれがなかなかコスパ良くてね?
存在しない人間を人質に健気なお姉ちゃんが
良いように使役できるんだもの!」
絶望でアーシャの思考が止まった。
また朝霧も状況が理解出来ず、
否、理解しようとする事を拒み体が硬直する。
今にも泣き出しそうなアーシャ。
そんな彼女にボガートは顔を近づけ嗤った。
「まぁ君も使えないことが分かったし、
もういいよ。あとはその体だけ借りるね?」
そう言うとボガートはアーシャを抱き寄せ、
その白い首筋に噛みついた。
嫌悪感を催すような唾液を滴らせながらゆっくり離す。
やがて目線を朝霧に送り、また微笑む。
「さあ封魔局員のお姉さん。
仕事の時間だ。『悪い魔獣』を退治しなきゃ。」
朝霧の方へアーシャを突き出した。
アーシャの顔からは希望は消え、言葉を漏らす。
「殺して……」
――刹那、閃光と爆発音が空気を揺らす。
先ほどの女性がいた場所には、
バチンと長い尾を地面に叩き付ける緑の巨体。
刺々しい見た目と牙を通り抜ける荒い息遣いは
恐竜にも似た鋭い爪牙の獣の凶暴性を印象付けた。
「そんな……」
放心する朝霧を見つめて魔獣の後ろでボガートが嗤う。
いつの間にか雨は止み、どんよりとした
曇り空だけを置いていった。
やがて朝霧は大剣を握りしめた手を震わせる。
「殺すっ!!!!」