第十五話 使徒
――中心街――
岩肌の天幕の下、建物の屋根の上には一人の男。
朝霧を追うエヴァンスが無線を片手に佇んでいた。
「ジャックが朝霧隊員を見つけましたか。
とりあえず僕も合流するとしましょう。」
「――いや、各個撃破したい。ここで死ね。」
「!?」
――瞬間、何者かの奇襲により
エヴァンスのいた屋上から戦塵が巻き起こった。
――数分前・聖堂――
ステンドグラスから射し込む光を背に、
テスタメントは霊たちを侍らせていた。
その様子を黒幕はジッと眺めて言った。
『約二百体の霊魂。良く集めたもんだ。』
「頑張りました。くすくす。
ですけどー? 最も欲しい魂はまだ其処に。」
そう言うと彼女は黒幕に顔を向け、
コツコツと靴音を鳴らしながら接近した。
そして彼の被る竜骨のマスクにそっと手を当てる。
「一番欲しいのは貴方の魂です。『亡霊達』黒幕。
闇社会に君臨する王、特異点の魂。」
『…………』
「亡霊達と名乗るほどです。死にたいんですか?
それとも会いたい死者でもいるんですか?
叶えてあげます、私に身を委ねてみませんか?」
テスタメントはコツンと額を押し当てる。
一見誘惑しているようだが、要求は魂を寄越せだ。
『死こそ救済、って奴か?』
「そうです、素敵でしょ? くすくす。」
『――帰る。この街は息が詰まりそうだ。
シックスがそろそろ着くから後は彼女に任せる。』
その返答を心底つまらなそうに聞き彼女は離れる。
すると置き土産かのように黒幕はポツリと呟いた。
『俺はまだ、特異点の椅子を降りるつもりは無い。
このことを――お前の上司にもしっかり伝えておけ。』
「…………何のことやら、くすくす。」
しばらくして、黒幕は立ち去った。
一人残されたテスタメントは深いため息を溢す。
それと同時に新たに五人の信徒が入室する。
「お? お? お! フラれましたか? 教祖様!」
「うるさいですよ? 早く戦場に向かいなさい。」
テスタメントは彼らの顔すら見ずに呟く。
そんな彼女を信徒たちはさらに茶化す。
「態度が違いすぎでしょ! ひどいなー!」
「貴方たち『使徒』の役目は邪魔者の排除。
戦闘面以外まっっったく期待していませんから。」
そう吐き捨てるとステンドグラスからの光が収束する。
やがてそれはモニターの如く画像を映し出した。
そこには三人の封魔局員の顔があった。
エヴァンス。アーサー。そして朝霧だ。
「彼らが邪魔です――救済しなさい。」
「「御意。今ここに魂の解放を。」」
――現在――
教団テスタメントが蜂起した。
死を肯定する宗教の暴動に民衆たちは混乱する。
各地で戦塵が巻き起こる中、
朝霧たちは状況の確認を急いでいた。
「計四ヶ所。また黒煙が撒かれたようだ……!
マズいぞ……! 早くしないと被害が広がる!」
「ジャックさん! 私支部で赫岩の牙を貰って来ます!」
「難義だな、大剣ってのは……! だが了解した。
なら俺は先に報告にあった現場に向かって――」
『――あーあー。こちらアーサー。聞こえる?』
突如、無線からアーサーの声が届いた。
その声に慌てたジャックが応答する。
「アーサーさん!? こちらジャック!
朝霧といます。これから近くの現場に向かって!」
『うん、必要無い。今三ヶ所目を制圧した。』
「……は? はあぁ!?」
『あと一ヶ所も俺が向かうからいらない。』
アーサーの発言に思わず朝霧も驚愕する。
確かに彼の飴細工の祝福は制圧に向くが、
やはり隊長の格の違いを見せつけられた。
『それよりもエヴァンスと繋がらない。
大丈夫だとは思うが一応探してくれ。』
「りょ……了解。」
通信を終えると、
ジャックは半ば放心状態で朝霧に振り向く。
「じゃあ……エヴァンスさん探してくる。」
「あ、はい。いってらっしゃい。」
――――
粉塵と瓦礫の津波の中からエヴァンスは抜け出した。
周囲を包むように鎖を回し自身に向かう破片を弾く。
無事に着地を決めると眼鏡を外し敵を睨んだ。
「……テスタメントの使徒、グローリア。
祝福は『有翼』。強靭な羽根を生やす能力、ですか。」
すると土煙の中から天使のような男が現れる。
白いローブに身を纏い、白い四枚の翼を広げていた。
「流石だ自壊欲。それが噂に聞く解析眼の祝福か。
一応確認しておきたいが……貴様のは聖遺物か?」
「…………」
「まぁいい。どのみち殺すことに変わりは無い。」
そう言うとグローリアはフワリと飛び立つ。
顎を上げ、見下すように見下ろした。
対するエヴァンスは攻撃に備え鎖を構える。
「そう焦るな封魔局! 奇襲に失敗した今、
俺はもう、直接お前の相手をする気は無い――」
――直後、建物の壁を突き破り、
巨大な鋼の球体がエヴァンスを襲撃した。
それ装甲車のように突撃し、回避されたと分かると
まるでバイクのような旋回を見せ襲い続けた。
「くっ……! 『蠍座の鎖』!!」
迫りくる球体へ向け鎖を放つ。
だがその攻撃で鎖の特殊効果が発動することは無く、
僅かに軌道を逸しただけだった。
「そいつの事は知っているな?
戦時中、都市防衛の目的で大量導入された
魔導自律迎撃機構。通称『ワルキューレ』!」
「えぇ知っています。ですがコレは
あの悪名高きベーゼが作り出した機械兵器。
これといった問題点は発見されませんでしたが、
それでも安全を期し廃棄処分となったはずです。」
「そうだ。今回はお前のために引っ張りだした。
生物特攻の鎖を持つ隊長格を殺すためにな?
その間俺は、文字通り高みの見物と洒落込もう。」
その声に反応し、ワルキューレは変形を開始した。
まるで人体の肋骨のように巨大な刃を露出させる。
その本数は計六本。内部には魔導砲も見えている。
「自慢の鎖はソイツには効かないし、俺には届かない。
もう詰みじゃねぇのか? エヴァンスさんよぉ!?」
魔導砲にエネルギーが貯まる。
溜め込まれた高熱がエヴァンスに向け放たれた。
――暴動現場・四ヶ所目――
(ここが現状ラストか。)
七色の結晶を足場にアーサーは現場に急行する。
他の現場や地下列車の時と同じく、
この場所にも黒煙被害者が蠢いていた。
(よし、上から粘体の飴で一気に――)
「――バキュウウン!!」
アーサーを狙い数発の弾丸が放たれた。
咄嗟に星剣で弾き飴細工で射線を切る。
が、その間も弾丸は撃ち込まれ続けた。
(……十五……十七……十九! まだリロード無し。
実弾銃じゃねぇな。魔力を弾丸に変換する無限銃か。)
「堅い飴だな!? 出てこいよ、騎士聖!
我こそは使徒アニュス・デイ! 一騎打ちといこう!」
――封魔局ソピアー支部――
暴動を受け局員たちは対応に追われていた。
そんな多忙の支部に朝霧は辿り着く。
「! 朝霧隊員? どうした!?」
「本部から専用武器、赫岩の牙の転送をお願いします!」
「わ、わかった! よし、要請完了。しばらく待って――」
――その時、朝霧に対応していた局員の顔が吹き飛んだ。
「な!? 何が……! ッ!!」
先ほどまで話していた相手が突如
目の前で血飛沫を上げた事にショックを受けながらも
朝霧はすぐさま物陰に隠れて身の安全を確保した。
それと同時に支部内では
封魔局員たちによる同士討ちが始まっていた。
(何故こんな……! ッ!? あれは……!)
物陰から状況を伺う朝霧の視線の先には
地下列車で目撃した黒煙の入った瓶が転がっていた。
(霊に憑依された……! いやでも……!
あの瓶がこの場所で転がっていたということは……!)
朝霧は周囲を必死に見回す。
彼女の想定ならば必ずいるはずだ。
(この中に……テスタメントの信者がいる!)
そんな朝霧を柱の陰から覗く者がいた。
彼女と同じ封魔局員のジャケットを羽織った男。
周囲の暴動も意に介さず、朝霧を警戒する。
(…………気付いているな、私の存在に。)
男はニヤリと笑い、
滾る闘志に高揚しながらも息を潜めた。
(さぁ、かくれんぼだ! 朝霧桃香!
この私、使徒クレドを見つけられるかな?)
――――
街中での暴動も鎮圧へ向かう中、
ジャックはエヴァンスを探し飛行を続ける。
(この辺りは避難誘導も済んでいるな。
となると、ここにエヴァンスさんは留まらないな。)
「祝福――『ジャンクボール』。」
突如、空を征くジャックを狙い
二本のナイフと一丁の斧が投げつけられた。
すぐさまジャックは双剣を取り出し
空中でその奇襲攻撃の全てを弾き返した。
が――
「――無駄。この投擲は地獄の底まで追尾するッ!」
「な、何ッ!? 空中で……軌道が曲がった!?」
攻撃は何処までも何処までも追尾した。
接近のたびに弾き、弾くたびに再び迫る。
それは決して逃れられない天罰の如く。
「テスタメント幹部、サンクトゥス。
覚えておけ、貴様を救済する使徒の名だ。」
使徒はジャックを指差し名乗りを上げた。
追尾する凶器の対応で手一杯の中、
さらにもう一本のナイフを取り出した。
「チェックメイト。」
「――おい、何勝った気でいるんだ?」
刹那、空気を揺らすほどの振動が使徒を襲う。
背後から襲われた彼は吹き飛び転がり落ちた。
「だ、誰だ!?」
「封魔局六番隊、アルガー・ハウンド。
覚えておけ、お前を逮捕する局員の名だ。」
「ほざけ……! たかが隊員如きが!」
「ハッ、魔導戦闘部隊は全員強えんだ。
もしこの程度で勝算ありと踏んだのなら――」
――――
「――舐めすぎですね。僕たちを!」
魔力の塊である光線をエヴァンスは鎖で打ち消した。
そして粒子となって霧散した光の中を抜け、
一気にワルキューレの懐深くまで接近した。
(速い……! だがそれでは足りないだろう。)
ガキィン、と鳴り響く金属同士の衝突音。
鎖と凶刃がぶつかり火花が散っている。
縦横無尽にうねるエヴァンスの鎖を
ワルキューレは六枚の刃で正確に防いでいた。
「速度、強度、思考能力。どれもが一級品ですね。」
「ハッ、小賢しい搦め手使いなど真正面から粉砕だ!」
「ふむ? 搦め手使い、ですか。」
エヴァンスは一瞬の隙を生み出すと、
後方へ跳びワルキューレから距離を取った。
(馬鹿め、離れれば魔導砲の餌食だ!)
しかし、自律兵器は一切、
エネルギーを貯めようとはしなかった。
「おや? 相当賢いですね。
今は撃ってはいけないと理解している。」
「ッ! 砲塔が曲がっている!?
まさか……さっきの打ち合いの時に!?」
「出来れば破壊まで持って行きたかったですが、
心臓部は硬すぎて歯が立ちませんでした。」
するとワルキューレは喧しく不快な駆動音を上げる。
巨大な六枚刃をガチガチと鳴らし闘牛の如く昂った。
「! まだ終わっていない! 貴様如きでは破壊不能!
流石は稀代の天才が造り上げた戦闘兵器だ!」
「……はぁ。舐めすぎだ、と言いました。
搦め手使い? 一芸特化で隊長が務まるとでも?」
瞬間、エヴァンスの周囲に暗いエネルギーが貯まる。
それとほぼ同時に彼の足元に魔法陣が浮かび上がった。
「アンブローズ・マーリンが愛用した極天魔術。
これは彼と並び称される魔術師が生み出した術式。」
それは世界創生、偉大な三人の魔法使いが一角。
その名は悪魔の魔導書であり天使への儀式でもある。
「彼の者の名は――ゲーティア・テウルギア。
術式の名は神域降神術『魂源魔術』!」
「ッ!? 殺せぇ! ワルキューレ!!」
兵器は刃を剥き出しに突進を仕掛けた。
同時に、黒と紫の渦がエヴァンスの腕に集約する。
やがてそれは一羽のカラスを形作った。
「――其は大いなる地獄の伯爵。
都市を壊し、人を壊し、尚も止まらぬ不吉の黒鳥!
魂源魔術。悪魔の章、第四十節――『ラウム』!」
黒い不吉の象徴が、一直線に飛びかかる。
魔力の塊であるその鳥は兵器の中心を貫き穿つ。
――刹那、兵器は木っ端微塵に粉砕された。
「ば、馬鹿な……! これが隊長格……!」
「この位出来て当然です。……さて、残るは貴方だ。」
「ひっ……!」
グローリアは堪らず身を翻す。
既に鎖の射程外だがそれでも必死に飛び続けた。
そんな使徒に、呆れたようにため息を溢す。
「――其は偉大なる地獄の公爵。
四人の王を従えし、警笛鳴らす生命の狩人。」
突如、彼の手の甲に紋章が浮かぶ。
やがてその左手は緑色に輝く弓へと変わり、
右手にはいつの間にか一本の矢が携えられていた。
「魂源魔術。悪魔の章、第八節――『バルバトス』。」
一閃。ヒュンと音を立て緑の筋が空を駆ける。
そして、寸分の狂いも無く敵の翼を撃ち抜いた。
「制圧完了。詠唱破棄が出来ればもっと速いのですが……
せめてこの程度は出来てください。未来の隊長さん?」
この場にいない誰かに向けポツリと呟いた。