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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第十四話 幽明境

 ――ニ年前――


 サーカスとよばれる大衆娯楽の歴史は深く、

 その原型とも言える物は古代ローマにまで遡る。

 彼らの芸は死と隣会わせな訓練の集大成であり

 観客たちはその努力の結晶に対価を支払う。


 魔法世界でも根本は変わらない。


 魔術を使わない芸当には皆驚愕する。

 派手な演出には皆目を輝かせる。

 戦争終結から三年。皆の心は娯楽を欲していた。


「いいか? 今回の公演、成功は必須だ!

 ()最高議長殿がお見えになるのはもちろん

 この公演が戦後復興の達成を表しているからだ!」


 派手な衣装の、座長らしき男が檄を飛ばす。

 それを囲むはディレクターや裏方のスタッフ。

 そして()()を始めとした演者たちだ。


「特にパオラ! お前の火薬芸は派手だが危険だ!」


 座長の男が彼女を睨む。

 ディレクターも同意見のようで頷いていた。

 しかし、パオラと呼ばれた女は笑顔で返した。


「ウチのこと舐めてもろたら困りまっせ、座長はん?

 アクロバットにドカンとデカい花火玉!

 ウチのこの芸無くしてこの公演は完成せぇへんよ!」


 パオラは腰に手を当て胸を張る。

 その後、感傷に浸るように呟いた。


「あれだけエラい練習してん。失敗なんてあるかいな!」


 団員たちはその言葉に笑みを溢した。

 それは辛く危険な修行を共に積んだ仲間ゆえの笑み。

 湧き上がる自信と緊張、そしてどこか興奮する

 大舞台本番前の独特の雰囲気がそこにあった。


 ――そして、本番が始まる。


 前座は大ウケ。掴みはバッチリ。

 空中を団員たちが次々と飛び回り、

 湧き立つ観客のボルテージを更に引き上げる。

 雷鳴のような喝采。閑古鳥すら寄り付かない。


 やがて、彼女の出番がやってきた。


 いざ本番となっても彼女に不安は無い。

 あるのは程よい緊張感と高まる鼓動。

 そしてそれらを十分制御出来る覚めた脳みそ。


(行ける……! 最高のパフォーマンス見せたるで!)


 パオラの芸は複数個の火薬玉を使った大技。

 空中を回転しながら会場内に花火を咲かせる。

 それは戦争で大量使用された火薬が娯楽として

 平和利用されている姿を見せる意味があった。


(ここや!)


 パオラはこの芸の達人。

 万に一つも失敗などあり得なかった。

 はずだった……


『――速報です。

 ゴエティアで開催されていたサーカスの演目中に

 火災事故が発生。劇団のテントが全焼したとのこと。』


(…………なんでや。)


『えーまた、この事故による被害者として……え!?

 失礼。えー……ライズ・カルマン元最高議長が死亡。

 また劇団の座長を始め多くの死傷者が出たとのこと。』


(ウチはなんてことを……!)


『現在、封魔局がディレクターら劇団関係者に

 話を聞くなどして捜査を進めているとのことです。』


 ニュースの音が流れる個室。

 そこへ向けパオラは暗い廊下を真っ直ぐ進む。

 中には頭を抱えたディレクター。彼女は声を掛ける。


「ッ!? なんだお前か、パオラ。」


「あ……あのっ、ディレクターはん…………ウチ!」


「もういい、故意じゃ無いのは分かっている。休め。」


 ディレクターは手を払う。

 しかしパオラの口は震えたまま止まらない。


「テントも焼けた……団員が何人も……座長はんも……!」


「もういいと言っている……」


「これから捜査も仰山(ぎょうさん)……ディレクターにも迷惑が……」


「もういいからッ! 黙れ!」


「けど……劇団の顔に泥も……!」


「黙れよッ! パオラァッ!!」


 ――剣幕。机を殴る鬼の形相。

 責任者(ディレクター)の苛立ちは頂点に達した。


「もうこの劇団は終わったんだッ! 再興は不可能だ!

 被害者遺族に償い切れない……! お前のミスでな!」


「っ……ディレクターはん……!」


「俺はもう疲れた……もう、帰れよ……疫病神……」


 その言葉で彼女の心は砕かれた。

 積み上げて来た自信が、プライドが粉々に。

 彼女はこの場に居ることが出来ず走り出した。


「あ! いや違っ……! そんなつもりじゃ……パオラ!」


 彼の声はもう届かない。

 パオラは抜け出し街中を走った。

 宛もなく地下列車に乗りどこか遠くを目指す。


(やってもうた……何処に行くねん……)


 辿り着いたのはソピアー近郊の小都市。

 寂れに寂れ、廃れに廃れた戦争跡地。

 じきに人々は移住し消えゆく都市だ。


「あ……雨や。」


 瓦礫も残った都市の空は曇天。

 消えゆく都市が消えゆく命を憐れみ泣いた。

 大粒の雨。頬を伝い地面に落ちる。


「……なんやねん。戦後復興、まだまだやん。」


 小馬鹿にするように鼻で嗤う。

 やがて立っているのが辛くなり瓦礫に座り込む。

 汚れた膝を抱えて気付く、練習で付いた傷の跡。


(あないに練習、したのになぁ……)


 ぼろぼろと、ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。

 崩れるように下を向き、止まらぬ雫を手で拭う。


「ッ……あぁ! っ……うぅ……はぁッ!」


 何度拭いても止まらない。後から後から溢れ出る。

 声にならない嗚咽が続き歪んだ口も戻らない。


「……死にたい。」


「――じゃあ死にますか? くすくす。」


「ッ!? な、なんやジブン?」


「テスタメント。私の名にして我らが教団名。

 教義は『魂の解放』、即ち――『()()()()()』。

 辛い時はスピリチュアルですよー? くすくす。」



 ――――


「――っちゅうことで、ウチは死んでもうた!」


 飲み会での身内に明かす失敗談かのように、

 霊は頭に手を当てアハハと笑い飛ばしていた。

 無論、ジャックと体を預けている朝霧は反応に困る。


「そ、そうか。しかし自殺教唆とは……

 テスタメントはそんな事をやって一体何を?」


「あー、ちゃうちゃう! 死は手段や無い、目的や!

 死んで何かしたいんやなくて()()()()()()!」


 は?とジャックは疑問の声を上げた。

 そんな彼にパオラは丁寧に説明を加える。


 曰く、テスタメントとは『死』を救済(ゴール)とする宗教。

 かの教団が信者とする人間は大きく分けて二種類。

 死別した大切な人と再会したいという者。

 そして、パオラのような自殺志願者たちだ。


「なるほど……ならあの黒煙、

 お前ら霊の正体は自殺志願者ということか。」


「んー? 五十点。あれは教祖はんが()()()()()や。

 今話した二種類の信者、その両方の成れの果てや。」


 彼女の言葉に驚き、

 その内面から思わず朝霧が飛び出した。


「信者を殺す!? どうしてそんなことを……!?」


「朝霧戻れ、お前が出てると彼女が話せない。」


「あ……すみません。――おお、戻った! まぁなんや?

 さっきも言うたけど()()にとって死は救済なんや。」



 ――聖堂――


「教祖様……! 息子に会わせていただき……!

 何とお礼を申し上げたら……! 本当に……!」


「良かったです、私も嬉しい。くすくす。

 それでは――()()()()()()()?」


「……! はい! お願いします!」


 薄暗い聖堂。信者の前で教祖は儀式を始めた。

 その様子を暗がりの長椅子から黒幕が眺める。

 すると彼女は両手を広げ祭壇の前で舞う。

 舞姫の如く優雅で可憐なその姿に信者は魅入る。


「神より授かりし我が祝福――『幽明境(ゆうめいさかい)』。」


 突如華やかさは禍々しさに一変した。

 どこからともなく現れたエネルギーが、

 信者の魂を刈り取るように包み込む。


「おぉ、おお……! これで私は一生……!」


「はい。憑依で実際に体験したように、

 私の祝福を以てすれば死は終焉と成り得ない。

 息子さん。霊になった後の方が元気だったでしょ?」


「はい! それはもう!」


「一切の不安も無いのですから当然ですね。くすくす。

 であるなら――生きてる意味なんてありますか?」


「いえ! ありません! 今こそ魂の解放を!!」


 半月状に口角を上げテスタメントは術を放つ。

 ――瞬間、信者は肉体ごと消失し

 代わりに黒煙のみがその場に漂っていた。


「また一人、魂の解放を。くすくす。」


 テスタメントは漂う魂を丁重に胸にしまう。

 そして、貼り付けたような笑顔を黒幕に向けた。


「どうですかー? 黒幕さん? くすくす。

 ちなみに可愛かった以外の解答はいりません。」


『ほー? 今のがお前の祝福か。つまり……

 お前の言う信者とは死者の魂そのものだったと?』


「ケチんぼ。はぁーあ、その通りですよ。」


『となると、教団本来の信者数は俺の認識よりも……』


 先ほどまで萎えていたテスタメントは

 その言葉を聞き再び口元に笑みを貼り付ける。

 それと同時に、彼女の周囲を莫大な黒煙が囲む。


「二百と十四。それが私を慕う信徒(ゴースト)の数です。」



 ――――


「祝福『幽明境』。この祝福によって殺された人間は

 黒い煙状の霊体となってこの世に残留出来るんや。」


 パオラからテスタメントの実態を聞き、

 ジャックの背中には悪寒が走った。

 敵は彼が認識しているよりも多いからだ。


「あぁ、けど霊体で居続けるには

 教祖はんと魔力の繋がりを保つ必要があるから、

 あまり長時間離れると消えてまうねん。」


「地下列車の黒煙が消えたのはそれが原因か……

 今現在お前が消えていないのは、憑依のせいだな?」


「せや。憑依させすれば教祖はんの魔力は要らん。

 ――ほんま助かってるわ、この体!」


 ふむ、とジャックは考え込んだ。

 彼が一人脳内で情報整理をしている間、

 朝霧はパオラに対して疑問を投げかける。


「どうしてここまで情報をくれたの?

 パオラって教団員なんだよね?」


「いや? あんま信仰心なんて無いねん。

 ウチは憑依先が見つかればそれで良かったんや。」


 朝霧の脳に疑問符が浮かぶ。

 そんか彼女に打ち明けるようにパオラは続けた。


「テスタメントとかホンマどうでもええ。

 もういっぺん……もういっぺんだけでええから

 ウチは芸を成功させてあの失敗を忘れたいんや。」


 憑依されているからこそ、

 朝霧はその言葉が本心なのだと直感出来た。

 それと同時に、彼女の心の傷に気付く。


「もしかしてパオラ……自殺したことを――」


 ――その時、激しい爆発音が街の至る所から発生した。

 すぐさまジャックは無線を取り出し状況を確認する。

 無線の先からは支部局員の声が響いた。


『――教団「テスタメント」の襲撃です!』


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