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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第八話 信徒

 ――最後尾・車内――


「ひっ! ひっ! ひっ!」


 鋼鉄の箱の奥の座席。杖をつく老人が不敵に笑う。

 周囲には乗客たち。皆額に汗を滲ませる。


「何やら()が騒がしいのぉ、イリエイムや。」


 老人は秘書の男に声を投げた。

 この車両の唯一の出入り口。ドアの側の男に。


 男は主人に返事はしない。

 ただボーガン片手に臨戦態勢でいた。

 彼の足元には意識の無い男女が数名。

 全て肩や背中に矢が突き刺さっている。


 そして、そんな男と対峙する白いローブの人物。

 赤い目を模した線の入った黒い仮面。

 右手には短刀。左手には――黒煙が残留した小瓶。


 周囲の乗客たちは額に汗を滲ませる。

 彼らの一部は恐怖で体を震わせている。

 その内の一人が老人に声を掛けた。


「びゃ……百朧さん……? これは一体……?」


「ひっ! ひっ! ひっ!

 さぁてね? 一体何が起こっているのやら。」



 ――同車両・屋根の上――


「こ……殺したんですか……?」


「首や頭部、あるいは心臓なら即死です。

 ですが今回は足に当てたので死にはしません。」


 が、とエヴァンスは続ける。

 倒した二人の男を眺めて嫌悪の表情を見せた。


「普通はもっと苦しむように倒れるはず。

 なのに彼らは無言で倒れ、そして……」


「うっ……あぁ……! 魂ぃのぉ……解放を……!」


「ご覧の通り、今なお向かって来ようとしている。」


 体は鎖によって壊されているので再起は出来ない。

 しかし彼らはゾンビのような執着心を見せていた。


「何……これ……?」


「加えて。あちらの女性。」


 指をさしたのは残る一人の敵。

 仲間が倒されたというのに、戦力差は明らかなのに、

 逃げることも怯えることも無く眺めているだけだった。


 不気味。その言葉が朝霧の脳裏を走る。

 そしてあの呪文がその不気味さを助長した。


「魂の解放を。」


「そうです、()()の方。我々は魂の解放を!」


「「――ッ!?」」


 女の背後に二名の見知らぬ人物たちが現れた。

 彼らは明確な『言葉』を発し女のことを信徒と呼ぶ。


 しかしゾンビのような女とは違う異様さがある。

 列車の屋根の上(こんなばしょ)に現れる時点で怪しいが、

 何より異様だったのは仮面にローブというその風貌だ。


「しかしその体では不足ですね。」


 一方の男が瓶を取り出し栓を抜く。

 同時に信徒と呼ばれた女から例の黒煙が抜け出た。

 見る見る内に瓶に収容され、やがて女は気を失う。


「エヴァンスさん……!」


「はい。解析しなくても理解りますね。

 どうやら我々が倒すべき相手のようです。」 


 朝霧たちは臨戦態勢に入った。

 それに合わせローブの人物たちも武装する。

 片方は両手にかぎ爪。もう片方は伸縮する棒だった。


「「では、魂の解放を――」」


 その言葉を言い切る前に動き出したのは朝霧だった。

 狂気限定顕在の第一段階開放。超人の速度で迫る。

 しかし棒を構える男の咄嗟の防御が間に合った。


(棒術……! しっかり鍛えている! けど!)


 朝霧は攻撃の勢いを利用し大きく体を捻った。

 構えられた棒すら足場として空中を回転する。

 そして、着地と共に全身を使った鋭い蹴りを放つ。


「その動き、アクロバットですか? 朝霧隊員?

 僕はまだ教えていないはずですが、一体何処で?」


「見て盗みました! たぶんまだ無駄も多いです!」


「ふっ。人間離れした身体能力ゆえの芸当ですね。

 確かに荒削りですが、これなら習得も速そうだ!」


 愉しそうにそう言うと

 棒術使いの方を朝霧に任せ、爪持ちの方へと向かう。


「これは負けていられませんね!」


 爆走する列車の上で、両手の鎖を振り回す。

 壁や床とぶつかり火花を散らしながら迫り、

 一つ前の車両までジリジリと後退させた。


 だがかぎ爪の男も負けてはいない。

 防戦一方とは言え鎖が体に当たるのを必死に防いだ。


(おのれ、封魔局……! これでは負けるぞ!)


 棒を振り回しながら男はチラリと仲間を見る。

 凶暴に振り回された鎖の連撃。全て即死の一撃だ。

 仲間はよく防いでいるが、負けは時間の問題。


 対して朝霧の攻撃は速く、重く、鋭い。

 これも打ち合い続ければ武器や体が壊れかねない。

 棒術の男は、ここしか無いと勝負に出た。


「伸びろ……!」


 瞬間、彼の持つ棒の長さが格段に伸びた。

 決して広いとは言えないトンネル内。

 突如伸びた間合いに朝霧は対応が間に合わない。


「まずはお前からだ! 女ァ!!」


(しまっ……! 避けきれ無い……!)


 ――刹那。棒術の男の足元から三本の光線が放たれる。

 二本が腕と太腿を貫き、残る一本は盛大に外れた。


 いや、外れてはいない。

 当たらなかった一本の軌道が空中で変わる。

 男はその光線の正体が、輝く矢であると理解した。


「ヅッ!!」


 最後の一矢が仮面を叩き割る。

 男は顔中に傷を負い、思わず棒を手放した。

 ――瞬間、朝霧の踵落としが炸裂する。


「ハァァアアッ!!」


 その攻撃は屋根を崩壊させ、

 男と朝霧の二人をそのまま落下させた。



 ――――


 けたたましい音を立て屋根が崩壊する。

 ボロボロのローブの男と朝霧桃香が落ちてきた。

 落下したのは最後尾車両の内部。

 すぐさま周囲を確認すると、数人の人間が目に映る。


 額に汗を滲ませ、身を寄せるように怯えた乗客たち。

 そんな彼らを守るように立ち塞がる細身で長身の男。

 彼の右手にはボーガンが確認出来た。


 次いで反対のドア側に目を向ける。

 そこには先程倒した棒術の男の他に、

 矢を受け倒れたローブの男が一名。

 更にその周りを囲むように人々が横たわる。


(この人が……防衛していた?)


 そう考える朝霧だったが、

 確認する間も無く次の危険が差し迫った。

 ドアの向こうから新たに黒煙被害者たち、

 ――いや、信徒たちが現れたのだ。


「! 皆さん、私は封魔局です!

 皆さんはそのままこの場所で待機していてください!」


 そう叫ぶと朝霧は信徒たちの中に飛び込んだ。

 この最後尾車両から追い払うように、

 その体を押し当て自分ごと前方車両へと押し返した。


「ひっ! ひっ! ひっ! 相変わらず元気じゃのぉ。」



 ――前方車両――


 天井から金属のぶつかる不快な音が聞こえてくる。

 恐らくエヴァンスたちの戦闘音であろう。

 黒い煙で充満した車両の中で朝霧はそう考えた。


(念のため呼吸を止めてて良かった……!

 けど長居は出来ない。すぐに片付けなきゃ!)


 顔を上げ周囲を見回す。

 すると見えて来たのは異様な光景だった。


 車両上部に溜まった黒い煙と床に伏した人々。

 朝霧以外、その場の誰も動いていない。

 先程乗り込んで来たはずの信徒たちすら動かない。


(何が……!? とにかく煙を外に出して……

 いや、地下トンネルに放出するのは不味いかな?)


「ぁ……ぁあ……魂の……解放……ぉ」


 そんなことを考える朝霧の足を信徒が掴む。

 驚いた朝霧は思わず黒煙を吸ってしまった。


「!? これ……は……!」



 ――屋根の上――


 鎖が飛び交い、片手のかぎ爪を払い飛ばす。

 カンカンと金属音が落下していくと、

 ローブの男は仮面の中でギリッと歯ぎしりをした。


「詰みですよ、貴方たちは。」


「…………」


「ふむ、視させてもらいましたが……なるほど?

 貴方たち、()()()()……『テスタメント』ですね?」


「……!?」


 仮面の下の感情が読み取れた。図星という感情が。

 投降を勧めるエヴァンスだったが聞く耳を持たない。


(……信徒たちも()()()()だろう。任務は失敗か?)


 物音の消えた足元。明かりの灯った最後尾車両。

 列車は間もなく目的地に着くであろう。

 この場にエヴァンスがいるのだから、

 既に駅にも大量の封魔局員が待ち構えているはずだ。


(……いや、まだだ! まだ引き分けに持っていける……!)


 決心した男はエヴァンスにかぎ爪を向ける。

 それと同時にその刃が弾丸のように射出された。

 鎖で打ち払うエヴァンスだったが、

 ローブの男が自由に動く隙きを与えてしまう。


 その隙きを突いて男は車両間の連結部分を爆破した。


 線路の内部を爆発音が駆け抜ける。

 爆炎と閃光が一瞬だけ発生し車両を大きく揺らす。

 脱線こそしなかったが、最後尾車両と

 その前方車両の計二車両を本車両群から切り離した。


「チッ、最後の最後まで……!」


 男を無視しエヴァンスは鎖を放つ。

 しかし爆速で離れて行く列車に既に鎖は届かない。

 それどころか、彼の背後を男がナイフで襲った――


「これは、マズいッ――」


「――なーにやってんだ? エヴァンス?」


 瞬間、七色の粘体が前方より飛び出した。

 分断された車両を繋ぎ止め、一気に引き寄せる。


「そんな!? これでは我々の任務が……!」


「! ナイスですよ、アーサー!!」


 振り向きざまに鎖を振るう。

 同様してがら空きとなった胴に直撃した。


「追撃しろ! ――『蠍座の鎖(アズラエル・イデア)』!」


「ぐぉおおおおおッ!?」


 唸る鎖が男を吹き飛ばす。

 引き寄せられる列車の勢いと合わさり、

 ローブの男の体は一瞬にしてトンネルの奥へと消えた。


「一件落着、ですかね。」


 エヴァンスは一息付くように腰を落とした。

 間もなく列車はホームに到着する。

 この鉄道の終点駅。地下都市ソピアーへ。


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