第五話 イメージ
――未開領域・とある場所――
魔法世界には多くの未開領域が存在している。
未開となった理由は二つ。
一つは魔女狩りにより数の減らされた魔法使いにとって
地球と同規模のこの世界は過剰な面積であったこと。
そしてもう一つは、
開拓を行うよりも先に大量の魔獣が住み着いたことだ。
それは誰かが連れ込んだ動物が変異した物であったり、
実験により生み出された被験体であったりなど様々。
とかく、この世界には人類未踏の土地がある。
やがて其処には闇社会の人間が住み着いた。
魔法連合の目が届かない土地を開拓し、
悪意を育む本拠地として活用しているのだ。
「敵拠点を発見した。予定通り陥落させるぞ。」
そんな未開領域の一つであるこの森林地帯に
封魔局員が潜伏していた。計四人の少数部隊。
それぞれ遠くに離れて岩肌を囲む。
「アレックス、陽動を頼む。」
『了解、ドレイク隊長!
貴方の腹心アレックス! 暴れますぜぇ!』
「おう……だが腹心はフィオナだぞ?」
『…………』
「…………」
『貴方のッ! 腹心ッ! アレックス! 突撃ィイ!!』
崖の向こうで戦塵が巻き起こる。
やがて魔法陣や爆炎、雷撃、発砲音が乱れ飛んだ。
それを合図にドレイクらは三方向から侵入する。
「侵入者ッ!? 外のは陽動だ! ぐぉっ!?」
「すぐにボスに伝え……ガハッ!」
敵をなぎ倒し三人はそれぞれ所定のポイントへ急ぐ。
事前に入手した内部構造データを片手に突き進む。
『ドレイク隊長。武器工場の制圧完了です。』
『こちらデータベース保管庫。制圧完了しました。』
「よし、データはコピーを、武器工場は破壊に移れ。」
部下に指示を出し終えると、
ドレイクは火炎を吹き出し一気に加速した。
そのまま巨大な扉を焼き払い内部へ侵入。
瞬時にボスとその親衛隊を吹き飛ばし無力化した。
「ふぅ、制圧完了っと。」
直後、その上に数機の黒いヘリが急行する。
そして銃と盾を装備した一般局員たちが
雪崩れ込むように拠点の内部へと突入していった。
その様子を少し遠くの崖から一人の女が眺める。
「……精鋭だけでの高速制圧。
火竜が広範囲攻撃持ちだから人数絞ったのかしらね?」
バイクに跨がりながら女は戦況を分析していた。
そんな彼女の携帯がブルブルと振動する。
「チッ……何よ?」
『何でいっつもキレてるの? シックス?』
「アンタの声が不快なの、黒幕。で、何?」
要件だけ言え、と言わんばかりにシックスは急かす。
ふぅん、と溜め息を吐きながら黒幕は告げた。
『君、宗教に興味無い?』
「………………はぁ?」
――数時間後・屋外訓練場――
空がオレンジ色に染まりつつある頃、
屋外訓練場に七色の粘体が触手のようにうねる。
その攻撃を朝霧は大剣を片手に必死に回避していく。
(っ……! 意識すべきは身体の動かし方……!)
触手を回避しながら思考を巡らせる。
重たい大剣による独特の重心移動を活用し
続いて高い身体能力を駆使して跳躍する。
そんな彼女の足を粘体が掴んだ。
「あ。」
「それは悪手だろ。空中じゃ逃げ場が無い。」
「きゃぁぁあああ!!」
「あー、朝霧さんまた投げられちゃいましたね。」
訓練を眺めながらアリスは水分補給を行う。
その横で汗だくのアランは呼吸を荒らげていた。
「アリス……そっちは順調か?」
「うーん。結局エヴァンスさんの予想通り、
私の攻撃手段は銃に落ち着きそうですかね。」
「お前、射撃得意だったか?」
「普通です。あと反動の強い銃は厳しいですね。」
そちらはどうです?とアリスが聞き返すと
アランは明らかに気を落とすような素振りを見せた。
「逆調、ですか。」
「イメージはあるんだ。これだ、ってのが。
ただ俺自身がそれを実現出来るレベルじゃない。」
すると彼らの元にエヴァンスが近づく。
会話を聞いていたのだろう。口に指を当て何やら企む。
「アーサー、少しいいですか?」
「ん、分かった。朝霧、少し休憩だ。」
そう言うとアーサーたちは話し込んだ。
その間、疲れ果てた朝霧は寝転び空を見上げる。
(安易な跳躍は隙きを生む……
そういう無様を晒さないためにも動きの効率化は必須。
大剣での重心移動は悪く無かったから……
次はそこからの反撃や防御に移れる動きの習得を……)
そっと目を閉じイメージを構築していく。
多少の無茶は可能な肉体。思考に動きは追い付ける。
ならば理想とするべき動きは……
「あれだ……エヴァンスさんの動き……アクロバット。」
「お疲れ様です、朝霧さん。ドリンクありますよ。」
「ねぇ、アリス……ハァハァ、一つ聞いていい?」
何ですか?とアリスが朝霧の顔を覗く。
対する朝霧もゆっくり呼吸を整えながら問うた。
「空中を回転しながら大剣でぶった斬りに迫る敵。
そんな敵に襲われたら……どう思う?」
「何ですかそれは。滅茶苦茶怖いです。」
その反応を受け朝霧はニコリと笑う。
そして身体のバネと腕の力で跳ね起きた。
(行ける……練習を重ねていけば出来そう……!
後はこれが、果たして実戦で有効かどうかだけど……)
「朝霧隊員、アリス隊員。今日の訓練はここまでです。」
エヴァンスの声で朝霧たちは振り返る。
見ればアランたちも物品の片付けを始めていた。
既に夕焼けの赤を過ぎ去り青黒く染まる時刻。
撤収も頷ける時間であった。
「今日は本当にありがとうございました。」
朝霧はエヴァンスらに感謝の言葉を述べる。
しかし、エヴァンスの反応は予想外の物だった。
「いえ、この後もしばらく同行しますよ?」
「え?」
「さっき決めましたが、これから外出します。
汗も流してしまって私服に着替えてください。」
「は、はぁ……それは分かりましたが、一体何処へ?」
それは、とエヴァンスはクイッとメガネを上げる。
しかし美味しい所を掻っ攫うようにアーサーが続けた。
「地下都市ソピアー。
朝霧。お前にとっては三つ目となる原初の都市だ。」
――ソピアー近郊転移港――
場所と場所とを繋ぐ空間転移魔法陣。
技術としては既に確立されている物なのだが、
魔法世界全体への普及はまだまだの代物だ。
これの配置が認可されているのは、
封魔局のような魔法連合直下の重要施設。
そして主要都市近郊に配備されたこの転移港のみだ。
地球と同規模の魔法世界でこの転移港は
民間用最大の交通機関として重宝されていた。
「えー、ゴエティア方面からの車ごとの転移ね。
じゃあ二番ゲートの列にそのまま移動してください。」
窓口からたるんだ顔を覗かせ係員は誘導する。
そんな彼に運転席の片仮面の女は労いの声を掛けた。
「了解した。そちらもお仕事ご苦労様。」
「ん? おぉ!? 封魔局のミストリナ隊長か!?
いやー、これはどうもすみません! お仕事で?」
「だと良かったが……私用だな。」
「? まぁ、とにかく応援してます! 良い旅を!」
そんな会話を終え、ミストリナは車を走らせた。
転移港内部を誘導通りに進んでいくが
アクセルを踏む彼女の足には力が乗っていなかった。
「はぁ……もうすぐ着いてしまうな。」
ゲートが開く。荒野に伸びた一本の道。
向かう先は原初の三都市、その一角。
最も深淵に近い地下の巨大都市――『ソピアー』。
「何年ぶりだろうか、我が故郷は……」
――――
「スリー、ツー、ワン。どーん!」
女は遠くで上り始めた黒煙を確認すると
バイクに戻り忌々しい上司に報告を入れた。
「こちらシックス。分断成功よ。
すぐに帰…………はぁ!? またぁ?」
――――
「おや、それは厄介じゃのぉ。」
とある老人がヒゲを愛でながら呟いた。
リムジンの中で秘書の男に指示を飛ばす。
「イリエイムや。地下列車に席を手配しなさい。
それと……念のためラニサをミラトスに待機させよ。」
秘書の男はその鋭い目を老人の向ける。
ブロンズのマッシュヘアーをした細身で長身の男だ。
すると内ポケットからスティックを取り出した。
「承知しました、百朧会長。」
スティックは半透明のタブレットへと変わり、
イリエイムは画面を叩き淡々と指示を実行する。
その間、百朧は景色を眺め思いを馳せていた。
「さてさて、運命はどう転ぶかのぉ。
――ひっ! ひっ! ひっ!」