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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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第三話 玉石選択

 エヴァンスの攻撃にアランは倒れた。

 頭部にかけての回し蹴り。正に鮮やかな手並み。

 一撃を以て相手の中で二番目に強い男を無力化した。


「……っ! アリス! これは……!」


「そんなっ……! そんなことが……!」


 しかし、残された二人は別の事に驚愕していた。

 アランを倒すほどの攻撃。放つ前に殺気が出るはず。

 なのにその殺気をアリスが報告することは無かった。


()()()()()()()……ってこと、アリス?」


「いえ、ほんの僅かに……それこそ衝撃の直前に……!

 でもそれまでは本当に全く無くて……!

 それどころか……モーションに入った後も全然……!」


「アリス! とにかく今は落ち着いて!」


 アリスが出す焦りの感情で逆に朝霧は冷静となる。

 その言葉に気付かされるようにアリスも呼吸を整えた。

 すると、二人が落ち着くのを待っていたかのように

 エヴァンスは口を開いた。


「魔法使いの戦闘に、まさかそんな、なんて付き物。

 仲間の敗北に動揺するのは理解できますが、

 それで冷静さを失っては被害は更に増えますよ?」


「――ッ! 分かってます!」


「ほう? ではこれでも冷静に対処出来ますか?」


 瞬間、彼から身も凍るようなオーラが噴き出した。

 それは即ち殺気。身の毛もよだつとは正にこの事。

 眼を持たぬ朝霧にすらそれは知覚出来ていた。


(殺気が見える……いや、()()()()()()()……!)


 朝霧たちは理解した。彼は殺気を自在に操る。

 時には厄視の眼にすら映らないほど稀薄に。

 時には対峙する者が知覚出来るほど濃密に。

 そして、これほどの殺気はアリスには毒だ。


「っ……」


(マズイ、アリスの動きが鈍くなってる……!)


 朝霧は咄嗟にアリスを庇いに割って入る。

 と、同時に彼女の眼前にエヴァンスは接近した。


「次は貴女ですか、朝霧隊員?」


(……っ! さっきとは打って変わっての乱打!

 それも一撃一撃が――もの凄く重いッ……!)


 後手に回れば防戦一方。

 だがこのまま受け続ければ腕の骨を折られそうだ。

 朝霧は地面を蹴って足場を揺らし、反撃に移った。


「ほう、パワー系ならではの打開策ですね。しかし――」


 反撃の連打は次第に空を切り出した。

 エヴァンスが早くも対応し受け流し始めたのだ。


(なんで……! パワーも速度も私が上なのに……!)


「分からない、って顔ですね。教えてあげましょう――」


 その言葉と共にエヴァンスの動きが変わる。

 打ち込まれた腕を掴んで体を捻り攻撃を回避した。 


(アクロバット!? なんて身軽な人……!)


 縦横無尽に立ち回る彼を朝霧は捉えられない。

 そして、降り立つ彼にガラ空きの胴を晒す。


「貴女の動きは単調すぎます。」


「――ッ!?」


 衝撃。朝霧の腹へと打ち込まれる。

 視界が揺らぎ、やがて朝霧は意識を手放した。


「さて、残るは貴女だけですね。アリス隊員?」


 倒れた朝霧の横でエヴァンスは問う。

 アリスの返答も聞かずに再び眼鏡を取り出した。


「ご察しの通り、降参します。」



 ――――


「ほらよ、朝霧にも飴玉。

 魔力と糖分の塊だから魔法使いには効果覿面(てきめん)だ。」


「はい……ありがとうございます。」


 腰を落としたまま朝霧は飴を受け取る。

 はぁ、と溜め息を溢しながら飴玉で頬を膨らませた。

 その隣ではアランたちも落ち込むように休んでいる。


「そんなお前らに質問だ。

 エヴァンスは強かった。さて、それは何故でしょう?」


 質問を受け朝霧は首を傾げる。

 するとアリスが不服とばかりに声を上げた。


「殺気を自在に操れるのが強い、いやズルいです! 

 行動後も殺気を隠せる人なんて初めて見ました!」


「それはどうも。ただそれは魔術では無く技術です。」


「じゃあ祝福……あの眼が凄く強いとか?」


「ふむ、僕の祝福は『解析眼』です。

 一見して対象のあれこれを理解する能力ですが……

 皆さんはこれを強いと評価しますか?」


 朝霧たちは顔を見合わせ考えた。

 一目で相手の詳細を理解する能力。

 十分戦闘に役立てられるが、そのためには……


「使用者の基礎が無いと……

 少なくとも最前線は張れない能力かと。」


「ええ、僕もそう思います。

 しかし今の問答で大方の答えは出ましたね。」


「え?」


 三人はきょとんとする。答えなど出ていない。

 エヴァンスの強さの理由は何か? 

 才能とも呼べる技術。戦闘向きでは無い祝福。

 それらを『強さ』に昇華しているのは彼の――


「身体能力……つまり地の力ですか?」


「概ね、正解。」


 エヴァンスは回答した朝霧に指を向けた。

 するとその答えに呆れたようにアランがぼやく。


「何です? 結局基礎能力高めましょう、って事ですか?

 それなら今までの訓練でも十分意識してきました。」


「待て待て、アラン。重要なのはソコじゃない。

 エヴァンスの場合は身体能力だったって話だ。」


「……?」


「じゃあお前らに聞くが……

 効率的な強化を行うためには()()()()()()()()と思う?

 効率的……つまり短期間で、最も効果の出る鍛え方だ。」


 朝霧たちは発言の意図を探る。

 エヴァンスの場合は身体能力だった。

 これはつまり人によって詳細が変わるということ。

 体力とか筋力とか、答えるべき内容はそこでは無い。

 ここでの正しい回答とは即ち――


「――長所の強化、あるいは短所の克服?」


「大正解。」


 賞賛するかのようにアーサーは手を叩く。

 そして今一度三人の顔を見回した。


「急遽来られなくなったとはいえ、

 ミストリナはお前ら三人を次代のエースと信じている。

 朝霧に至っては隊長にしたいと推薦するほどにな。」


 その言葉に朝霧はギョっとした。

 あまりの衝撃に思わず嘘では無いのか聞き返す。


「事実だ。その証拠が代わりに寄越した俺たちだ。

 魔術を極めた俺と、解析眼持ちの芸達者エヴァンス。

 代行にしちゃあ豪華な人選。あいつは本気だ。」


 ミストリナに期待されている。

 その事実を受け三人の抱いた感情は、複雑。

 うれしさと未熟さゆえの申し訳なさが混在した。


「先の組み手で皆さんの詳細は把握しました。

 長所もあれば、残念ながら致命的な短所もある。

 最初にも言いましたが、皆さんは『原石』です。」


「つまり、隊長格(おれたち)のような宝石になるか

 鳴かず飛ばずの石ころになるかはお前ら次第。

 どうする、原石たち? どっちに成りたい?」


 彼女たちに選択肢など無い。今の気持ちはただ一つ。

 掛けられた期待に応えたい、それだけだ。


「「「もちろん宝石です、ご指導お願いします!」」」


 その返事に二人の隊長は満足そうに笑った。


「なら早速始めよう。ハハっ、鍛え甲斐がある!」



 ――――


 其処は深淵に近しい場所。

 魔術的な話では無い、ただの距離の話だ。

 要するに地下。地上の何処よりも深淵に近い。


 だが其処には深淵に類する神秘は存在していない。

 何故なら既に開拓が進んでいるからだ。

 人々が往来し、日常の一背景として溶け込んでいる。


『間もなく、二番ホームに列車が参ります。』


 洞窟的な暗さはある。恐怖を煽るに足る暗さがある。

 しかし、その場の誰もがそんな物を見てはいない。


『危険ですので魔障壁の内側でお待ち下さい。』


 ホームに張り付けられた半透明の結界。

 その前で人々は各々の暇つぶしをしながら列を成す。


「あちゃー……やっぱり一本早かった。」


 その列にも並ばず、頭を掻く()がいた。

 映し出されたダイヤ表に目を向けながら、

 独り言のようにブツブツと呟いている。


「ヨシッ! ここはトイレで待機だな!」


 女はコツコツとホームを出て行く。

 丁度その時、彼女に一人の通行人とすれ違う。


(うわ、凄く綺麗な人だなー。)


 通行人はただ彼女に見惚れているだけだった。

 そのまま眺めていると女は()()()()()に入って行く。


「…………え?」


 トイレに入ると女は個室に駆け込んだ。

 胸ポケットから呪符を取り出しライターで燃やす。

 すると周囲に消音の効力を持つ結界が展開された。


「さてさて、ホウレンソウっと。」


 女は携帯を取り出す。

 それと同時にその顔が、身体が変質を始めた。


「あ、もしもし? オレオレ!」


 声色が変化する。肉つきが変化する。

 髪の色も地毛とは思えない青色へと染まり、

 顔も先程までとは別人の中性的な様相に変わる。


「流石に早く来すぎた! うん、うん、あぁ待機?」


 時計に目を向けながら電話の相手から指示を聞く。

 便器に腰掛け足を揺らし、笑みを貼り付け悪意を抱く。


「オッケー()()()()! 今回も任せてよ!」


 神秘無き地下を鉄柱が走る。

 空気を撃ち抜く弾丸のように、爆速で。

 その振動を味わいながら亡霊は不敵に嗤った。


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