第一話 勢力図
強欲死亡から早くも二ヶ月が経った。
その間、成り上がりを望む闇社会勢力との
激動とも呼べる交戦状態を封魔局は強いられていた。
しかし、その間に起きた特異点勢力との武力衝突は、
一ヶ月前起きたアンブロシウスの一件のみ。
(……そのアンブロシウスの襲撃も、
半ば暴走した第四席による独断専行だったと聞く。
即ち、全ての特異点たちが静観を決め込んでいた。)
封魔局本部の一室。
円卓の広がる部屋の奥に局長は鎮座していた。
資料を睨みつけながら億劫な溜め息を溢す。
(静観……即ち力を蓄える期間!
下手な攻勢に出てくれた方がずっとマシだった……!)
するとそこへ数人の人間たちが入室する。
それは封魔局の最高戦力。魔導戦闘部隊の隊長たちだ。
(今一度、封魔局の戦力を確認しておく必要があるな。)
局長は彼らの顔をじっくりと眺めた。
一人一人を査定するかのように――
――――
「どうした、マクスウェル? 私たちの顔など眺めて。」
局長の視線にタメ口の男が気付く。
ウェーブが掛かった金髪ロングパーマの黒人。
ワイルドさとクールさを兼ね備えた人物。
(五番隊、ブライム・シルバ。通称≪森羅≫。
戦争前から封魔局を支える『不屈』の古参隊長。
特定の戦場下では反則級の力を発揮する武人ッ!)
「劉、そこは僕の席です。退いてください。」
他人を足蹴に男が自分の席を確保した。
真っ白な短髪に度の入っていない伊達眼鏡。
何処か闇を感じさせる冷たい眼をした人物。
(四番隊、エヴァンス・プレスティア。通称≪自壊欲≫。
封魔局員の中で最も『暗躍』に長けた貴重な人材。
高い戦闘センスと達観した視点を有する暗殺者ッ!)
「ヤッベ、身体重た……アーサー、飴ちょうだい。」
働き詰めなのか疲労に苦しむ男がねだる。
サラサラとした金髪を持つホストのような青年。
疲れ切っているのに清潔感がある優秀そうな人物。
(三番隊、ドレイク・C・ウォーカー。通称≪火竜≫。
こと単純な『火力』で彼に勝る者は居ないだろう。
捕捉さえすれば瞬く間に敵を討ち取る遊撃士ッ!)
「疲れた時の糖分は大局的には悪影響だぞ?」
杖を突きながら男は指先から飴玉を渡す。
スチームパンクの服装にシルクハットを被った紳士。
キリッとした顔つきに騎士の高貴さを持つ人物。
(二番隊、アーサー・H・オーウェン。通称≪騎士聖≫。
極天魔術を完全習得した『最高』の封魔局員。
人々の希望たらんと立ち振る舞う民衆たちの英雄ッ!)
「……眠い。」
倒れるように机に伏した男が呟く。
漢服を混ぜ合わせたような特注の隊服を着た怠け者。
たるんだ顔には強者ゆえの余裕すら伺える人物。
(そして……一番隊隊長、劉雷。通称≪救世神仙≫。
祝福一つを極め万能に至った『最強』の封魔局員。
凡人相手では戦闘すら発生しない仙人ッ!)
計五名の隊長たちが席に着く。
どれも特徴的な粒揃い。頼れる精鋭だ。
そこへ、少し遅れて一人の女が現れた。
「いやぁ、遅れてしまったかな?」
「お、ミストリナ。復帰おめでとう。」
六番隊隊長、ミストリナだ。
一般隊員なら気迫と魔力に圧されかねないこの部屋で
毅然と優雅に振る舞っていた。
(ミストリナ。もちろん彼女も優秀な局員ではある。
だが、やはり……他の隊長たちと比べると…………)
一歩劣る。その認識が局長にはあった。
それは戦争以前から歴代の隊長たちを見てきた
彼なりの評価であり、本人も自覚している事だった。
――――
「マクスウェル。全員揃ったぞ。早く始めよう。」
「う、む。そうだなシルバ。諸君、事前に通達した通り
今回の議題は我々の敵、即ち『特異点』についてだ。」
「全員潰す。以上終わりじゃ駄目なの?」
「最終目標はそうだな、劉雷。
だがそれを実現する過程では当然、順序が発生する。
倒す順序、いや……倒すべき順序と言うのが適切か。」
そう言うと局長は資料を会議机に乗せる。
すると各席の前にデータが投影された。
データの内容は特異点たちについての情報だ。
「闇社会に多大な影響力を持つ存在、『特異点』。
ガイエス亡き今、残る特異点は――四つ。」
目の前の資料が必要な情報のみを拡大する。
でかでかとドラゴンの頭蓋骨が映し出された。
「特異点≪黒幕≫。詳細不明。戦後最悪の教唆犯。
闇社会にあちらの世界から連れ込んだ手駒を放ち、
多くの組織を裏から操る仲介人兼武器商人。
こいつが活動する内は闇社会の衰退は無いだろう。」
「僕たち封魔局の最重要処理対象ですね。」
次に映し出されたのは野人のような男。
歯をむき出しにし威嚇の形相を見せる野蛮人だ。
「特異点≪暴食の魔王≫。本名ヴァル・ガーナベック。
アビスフィア帝国の幹部残党で資料は当時の物だ。
現在は高度魔界文明『ホロレジオン』の王にして、
現状特異点唯一の……サギトに進化した男だ。」
「ホロレジオン。あれはもはや一つの国だ。」
続いて画面を独占したのは女性。
こちらまで凍りつきそうな瞳を持つ高圧的な美女だ。
「特異点≪女帝≫。本名フローレンス・ラストベルト。
戦後、独立を望む勢力を掻き集め統治を行い、
魔法連合に対抗して『魔法連邦』と称した魔女だ。
ただ今は以前の活発さも無く内政に力を入れている。」
「考えが読めない、という意味では一番厄介かもね。」
最後に画面に映し出されたのは、『No Image』。
その一文のみが書かれた真っ黒な画面であった。
「特異点≪厄災≫。黒幕以上に詳細不明。
他の三人が戦後に成り上がったのに対して、
戦争以前から闇社会の前身となる界隈にいた古株。
呪具や薬物などの真っ黒な商売を牛耳る悪人だ。」
「よくもまぁ……ここまで姿を隠せる物だ。」
資料が移り変わり四人が一列に並べられた。
誰かが溜め息を溢す音が聞こえる。
「さて、ではこの四人を効率良く撃破する順序……
いや――『特異点封魔作戦』を練るとしよう。」
局長は隊長たちを見回した。
するとドレイクが最初に口を開いた。
「順序を決めるなら何を基準にしようか?」
「直近での戦果で考えるなら、魔王軍からじゃないか?」
魔王軍。最高幹部である魔王執政補佐官。
その第九席と第四席を既に封魔局は撃破済みだ。
しかし、その提案をシルバが否定した。
「反対だな。第四席一人を撃破するのに、二人の隊長と
隊長同等の戦力である守護者が出向いたのだろ?
それに、魔王軍の戦力は執政補佐官だけじゃない。
今の封魔局の全てをぶつけて……勝てるかどうか。」
「劉、貴方はどう思いますか?
強欲のサギトと互角の勝負をした貴方としては?」
「シルバに賛成。確かに強欲とは互角だったが、
元を辿れば、あいつはただの高学歴会社員だ。
それがサギトと成っただけで封魔局最強の俺と互角。
……あと言いたいことは分かるな?」
戦闘経験の浅いガイエスですら劉雷と互角。
権能の差はあれど、元帝国残党の暴食ともなれば……
「なるほど、確かに魔王軍の殲滅は現状不可能だ。
今まで通り小競り合いの中で戦力を削ぐしかないか。」
「うむ、そうだろう。」
「となると、似た理由で『魔法連邦』も厳しいのでは?
恐らく女帝はサギト未進化ですが、
それでも軍事力という面では魔王軍に次ぐ規模だ。」
「うむ、そうだな。」
「それを言ったら黒幕もだ。あれは実質闇社会そのもの。
ヤツ直属の『亡霊達』が厄介なのはもちろん、
その傘下の勢力全てが団結したらまた戦争が起きる。」
「う、む。そうなるな……」
徐々に局長の返答が暗くなる。
それを見て話をシルバは纏めようとした。
「では、最初は厄災からか?」
「いや、それはマズイ……!」
「? 何故だ、マクスウェル?」
局長は資料をいじる。
すると投影させた四人の位置が動く。
やがてそれは相関図のような様相を見せる。
「特異点たちはそれぞれが牽制し合い、
それと同じくらい互いに取引し、利益を共有している。
だが唯一厄災だけが明確に敵対し孤立しているのだ!」
「孤立しているのなら、それこそ狙い目では?」
「いや、逆だ。もし厄災から排除すれば
残る特異点は全て商売相手だけとなってしまう。
場合によっては三者が同盟関係になりかねない……!」
特異点間における不和の象徴。それが厄災。
わざわざ封魔局が労力を掛け倒すより、
特異点同士での潰し合いを狙ったほうが得策だ。
「納得した。確かに厄災は後半の方が望ましい。
しかしマクスウェル。そうなれば最初は誰にする?」
「それは……」
局長は再び隊長たちを見回した。
皆が彼の回答を待っている。だが特異点はどれも強力。
安易に回答を出すことは出来なかった。
「……マクスウェルよ。私はやはり黒幕からだと考える。」
「! シルバ……。」
「どれも難攻不落。『倒し易さ』では議論も進まん。
であるならば、判断基準を変えるべきだ。
なら、やはり私は『影響力』を基準に据えたい。」
シルバは意見を求めるように隊長たちを見回した。
それに呼応するように彼らも各々の意見を出す。
「賛成だな。元々奴は最重要処理対象の仲介人。
倒せれば闇社会全体の取引に大打撃を与えられる。」
「『亡霊達』だけなら規模も大きく無いですしね。
机上の空論かもしれませんが、彼らのみを相手取れば
今ある封魔局の戦力でも充分撃破可能かと。」
「どうだかなー。他の特異点に備え温存したいなら
今よりもう少しだけ優秀な戦力が無いと不安だな。」
隊長たちの中では意見が飛び交う。
だが、最初に撃破すべきは黒幕という意見で纏まった。
「うむ。では最優先目標は黒幕としよう。
しかしやはり……戦力不足は否めないな。」
「それなら局長。私から意見と言う名の要望が。」
「? なんだね、ミストリナ?」
ミストリナはニカッ、と八重歯を見せ笑う。
そして宣言するかのように高らかに言い放った。
「新たに隊長を増やしましょう!
私からは――朝霧桃香を推薦したい。」