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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第三章 藍の鳥は届かない
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プロローグ 青い鳥の捕らえ方

 空に見えるものと言えば何だろうか?

 星? 月? 太陽? あるいは……鳥?

 確かに全てが正解だ、他の街であるならば。


 この街の空には何も無い。あるのは分厚い岩の屋根。


 絢爛と呼ぶに足る街並みがそこにはあった。

 荘厳と呼ぶに足る領主邸がそこにはあった。

 岩肌にも鍾乳石のように建物が生えている。

 全てがオレンジの灯りで統一された地下空間。


 いや、()()()にも目を向けよう。


 地下空間は二つの領域に分かたれていた。

 さっき説明した黄金と見紛う都市中心街。

 その場所は周囲三六〇度を()()()に覆われている。


 ヘコみの底には集合墓地と封印された炭鉱。

 そして……()が生まれ育った貧民街。


 ――空はもっと明るいはずだ、広いはずだ。


 彼にとってこの街は窮屈そのものだった。

 貧民街だから、という訳では無い。

 ()に住んでいたとしても同じ思いを抱いただろう。


 ――この街は狭すぎる。俺たちにとっては狭すぎる!


 明るい中心街に嫌悪する。暗い貧民街など論外だ。

 力無き彼は精一杯の反抗を世界にぶつけた。

 悪友たちと義賊紛いの児戯に興じる。


 ――俺はもっと上に行く! この街すらも飛び越えて!


 中心街を荒らしに荒らす。

 ギリギリ笑えるガキのやんちゃ。

 ……当人たちは本気なのだがね?


 そんな時、彼は一つの『星』を見たそうだ。


 いつもと変わらぬギラつく街の金色。

 その輝きにすら負けないほどの光を見た。

 それは鳥籠の中の小さな一羽(ひとり)

 窓から空を見上げた小さく可憐な女性だった。


 彼は一目で惚れ込んだ。女の美しさもさることながら

 その目が、その心が同じ気持ちを抱いていたからだ。


「この街は窮屈だな……」


「同感だ。気が合うな!」


 窓の外から声を掛ける。女はひどく驚いた。

 だが彼女も、未熟ながらそれなりの立場の人間。

 すぐに冷静になり彼に向き合った。


「何の用かな、不審者君?

 ここが()()()と知っての愚行なんだろうな?」


「うあ!? 本当だ! てことは領主のご令嬢か!」


「アホなのか? 君は?」


 女は呆れ、後ろ手に握ったハンドベルを鳴らした。

 すぐさま使用人たちが入室していく。

 不審者は身を翻しそのまま空を()()()()()


「捕まるか! 俺には見えない翼がある! あばよ!」


「何だったんだ、彼は?」


 去りゆく不審者の背中を眺め、

 女はすっかり呆れて溜め息を溢す。


「全く……自由そうだな。」


 女はどこか物寂しくそう呟いた。



 ――翌日――


「――また来たのかね? 私は暇じゃ無いんだが?」


「顔を見たくなった! 少し話をしようぜ!」


「じぃやー。また不審者が来たぞー。」


 再び不審者は追い払われた。

 次は無いぞと老執事は怒鳴り散らす。

 だが女は内心、確信に似た予感を抱いていた。



 ――さらに翌日――


「…………またか。」


「これ干し肉! 行きつけの肉屋のだ!」


「レディへの贈り物としては最低ランクだな。」


 ベルが再び鳴らされる。

 顔を真っ赤に染め上げた老執事が突入した。

 彼は慌てて干し肉を女に渡して逃げ出した。


「まったく……アレは何がしたいんだか……」


 少し悩んだ後、女はカプと肉に噛み付く。

 味や風味を楽しむより他の感想が思い浮かんだ。


「……硬いな。」



 ――――


 その後も彼は通い続けた。

 来ては一方的に話をしていき、追い出される。

 どうせ使用人が来るのだからと、

 そのうち女はベルを鳴らさなくなった。


「で、そのとき俺が相手を蹴飛ばしてやった!」


「まったく……最後まで聞いてみればただの武勇伝か。」


「うぐっ……」


「それに意外性も全く無い。平坦、実に平坦な物語だ。」


 女の酷評に彼は打ちのめされていた。

 問いかける声が震えていたのを今でも覚えている。


「つまらなかったか?」


「そう言ったつもりだが?

 まぁ、しかし……自由そうで羨ましいよ。」


 女の口元が優しく緩む。

 彼にはその笑顔がとても美しく映ったようだ。


「折角だ。今度は私からも話をしよう。」


 切り替えるように女は言った。

 親交を深めるチャンスと思ったのだろうか、

 彼は身体の半分を部屋の中に侵入させた。


「君は『青い鳥』という生き物を知っているかね?」


「あ、あぁ! そりゃあ……もちろん、知って……る?」


「知っている訳無いだろう。

 先日、父に謁見してきた行商人の作り話だ。」


「謀ったな……!」


 悔しがる彼を見て女はクスッと微笑んだ。

 そして歌を詠むように澄んだ声で物語を奏でる。


「――青い鳥は幸せの象徴。

 しかしそれは、求めても求めても届かぬ神秘の領域。

 焦がれ続ければ……やがて身を滅ぼす呪いの類い。」


「ヒェ! 何か怖ぇな、俺もよく――」


「――黙って聞け(せいしゅくに)。」


「……はい。」


「さて、そんな青い鳥だが……

 なんと実に容易い『捕らえ方』があるらしい。」


 その言葉に彼は興味を惹かれ聞き入った。

 今にして思えば、我ながら、上手く話せていた。


「それは――」



 ――現在・ゴエティア連絡橋――


「――隊長さん、起きてください。

 間もなくゴエティアに到着しますよ?」


「ん、あぁ済まない。

 あまりに快適だったので眠ってしまっていた。」


 水上都市に繋がる一本の巨大連絡橋。

 その上を走る一台のタクシーで彼女は目覚める。


「ふふ、流石は封魔局の隊長さん!

 嬉しいことを言ってくれるねぇ!」


()してくれ。つい昨日まで謹慎中だったのだから。」


 やがてタクシーは封魔局本部前に停車する。

 うっすらと感じる潮風を嗅ぎながら、

 彼女はその地をじっくりと踏みしめる。


「応援してるよ! ミストリナ隊長!」


「感謝する。……さて、行くとしようか!」


 女は胸を張って一歩を踏み出した。

 世界は今日も平穏だ。不穏なほどに平穏だ。


 悪意は既に力を貯めた。露悪を極めて引火を待つ。

 青い鳥は何処へ行く? 藍の鳥はいつ届く?

 今は答えも出ない物語。苦しむ様こそ美しい。


 ――世界は今日も平穏だ。不穏なほどに平穏だ。


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