エピローグ 自由の都市ーアンブロシウス
――五日目・都市落下地点近郊――
戦闘から数時間後。目に映るのは満天の星空。
寒さが僅かな体力を奪っていくのに、
何故だが落ち着くような温もりを感じる。
「――! こちら朝霧! 硝成を発見しました。」
何度か聞いた声が届いた。
どうやらまだ耳は生きていたようだ。
思わずニヒルな笑みが溢れ出た。
「……! 硝成さん……その怪我じゃもう……」
「ハッ……君らがやったんだろ?
敵同士なんだ、こうなろうが悔いは無いさ。」
粉々に割れた瓦礫のベッド。
下半身の潰れた硝成がそこに寝そべっていた。
服はボロボロに破れ寒空に肌が露出している。
「まだ少しお喋り出来るけど……何か聞きたい?」
「……? その肩の怪我、なんですか?」
朝霧は硝成の肩を指さした。
肌白い身体にへばり付いた真っ黒な傷跡。
明らかに最近付いた物では無い古傷だ。
「よりによってこれかよ。この傷は……」
この傷は、十五年前の古傷だ。
アンブロシウスの下水道。
そこで彼女に手当てして貰った古傷だ。
「……ただの傷だ。劣悪な環境で数日放置し、
稚拙な治療が祟って残った、ただの傷に過ぎない。」
「? そういう傷って魔法で治せないんですか?
空中戦艦とか改造トロールとか、
魔王軍の技術力なら簡単に治せそうなのに。」
「…………」
確かに、と硝成は納得していた。
自分がしてきた選択に今更ながら疑問が浮かぶ。
何故この傷をさっさと消してしまわなかったのか。
ただ、彼女が治療しただけの傷を治さなかったのか。
「…………チッ、くだらねぇ。」
その感情を硝成は知らなかった。
知識として識ってはいたが、知らなかった。
だからこそ――彼は敗けたのだ。
「――ゴボッ!! グッ……ゲホッ!」
「!? 硝成さん……!」
「ハハ……ほら、しょうもない事聞くから……
時間が……ゲホッ! 無くなっちゃった……!」
大量の血を口から吹き出し続ける。
もう僅かな時間も残されていないことを理解した。
静かに見届けようとする朝霧に構わず彼は喋り続ける。
「あー……クソ! 最期に会うのがお前かよ……!
せめて……ゴホッ! せめて彼女が良かったなぁ……!」
「…………」
「こうなったら……最期に嫌がらせをしてやる……!」
血塗れの口元を緩め硝成は朝霧を見つめる。
少し警戒心を抱く朝霧に、硝成は最期の言葉を遺した。
「魔王様が……お前の親を知っていた……!」
「…………え?」
「魔王様は強いぜ? 精々……足掻くんだな……!」
「待っ……! もっと詳しく……!」
――それ以上、返事は返って来なかった。
硝成が最期に遺した『嫌がらせ』。
朝霧の心には、間違いなく刻まれた。
(私の……お父さん!
私たちを……いや、お母さんを置いて消えた……!)
空を見上げれば月が大きい。
朝霧の顔を覗き込むように大地と近付く。
決意の漲った、彼女の顔を覗き込む。
――六日目・カフェ――
アンブロシウスは地上に堕ちた。
幾重にも組まれた巨大な飴の結晶を土台とし、
これはこれで幻想的な見た目となっていた。
もちろん所詮は飴であり時間が経てば消えていく。
そこでデイクを筆頭にアンブロシウスを再び
空中に飛ばすという復興プロジェクトが始動した。
「とはいえ、当分はこの七色の土台の世話になるだろう。
まぁ興行都市の『期間限定の装い』といった所か。」
フィオナはストローを咥えながらそう語る。
本来彼女たちは一週間の休暇期間。
ボーナスは出るが、休暇の延期は通らなかった。
「むー。なら残り二日はとにかく遊ぼう!
まだまだ行きたい場所もいっぱいあるし!」
「ふ、先に帰ったアランたちもそう言っていたな。」
――――
「やだぁあ〜!! 私も! 私も残りますぅ〜!!」
「帰るぞ、アリス! 俺たちは任務で来たんだ!!」
「あぁざぁぎぃりぃざぁあ〜〜〜〜んッ!!」
「朝霧、フィオナさん! コイツの事は気にせず!
ゆっくり休んでくれ! じゃあまた、休み明けに!」
――――
「楽しいな。桃香の仲間は!」
「お恥ずかしい限り……」
二人は顔を見合わせ吹き出した。
休暇は残り二日間、行きたい所は盛り沢山。
朝食代わりの軽食を終え、二人は街に繰り出した。
たくさんの服を買い占める。
たくさんの食事を味わった。
たくさんのゲームを楽しんだ。
たくさんの想い出を作り出した。
そして七日目。
――高度八千メートル・天ノ澪標――
「この場所は空中都市が出来るよりも前からあった。
曰く、とある名も無き魔法使いが、
この風景を独り占めするために作った場所らしい。」
アンブロシウスは地上に落ちた。
しかし観光名所の此処だけは独立して浮いている。
オーナーに掛け合い、朝霧たちは特別に辿り着く。
「澪標。この天空で一体何の目印かと思ったが……
当時の人々が都市建設をする上での基準だったか。」
「そ。元々空にあったこの場所は、
アンブロシウスを造る上での始点となっていた。
そして多分、復興の際にも活用されるだろうね。」
何も無い空中に無秩序に建てるより、
何かの目印を基準にした方が都市計画も立てやすい。
最初は魔法使いの特等席、そして都市計画の基準に、
最後には都市の観光名所にと役割を変えて行く。
「……その時々で役割が変わる場所。
何だか感慨深い場所ですね、ニックさん。」
ニックは微笑み手の中を見つめた。
そこには誰かから貰った一輪の花。
しわしわに萎れているが、彼にとっては宝物だ。
「今頃、監獄は大騒ぎだろうね。
なにせ、サギトの分身が自由行動してるんだから!」
「だろうな。悪いがその身体は拘束および廃棄する。」
「いいよ、その代わり……」
ニックは二人の元に近づいた。
そして一輪の萎れた花を結界で包み込む。
「これを、本体に届けてくれ。」
朝霧は頷き、それを受け取った。
するとニックは再び雲海の絶景に心を浸らせる。
「最後に、一つ聞いても良いかな?」
「はい、なんですか?」
太陽が眩しい。雲海が美しい。
朗らかな風を背に受けながら、
ニックはポツリと問い掛ける。
「――どうだった? アンブロシウスは?」
二人は顔を見合わせる。
苦悩も窮地も不快な思いも確かにあった。
しかし言葉は交わさずとも二人の思いは同じである。
「とっっっても楽しかったです!」
「私も、かなり有意義な休暇だった。」
「――そっか! それは良かった!」
ニックは自分の事のように笑顔を返す。
それを称賛するように風が花びらを拭き上げた。
花びらはやがて地上に落ちる。
アンブロシウスの空へと舞い落ちる。
アンブロシウスはこれからが大変だろう。
復興に当てる金。復興までの治安。
オーナーを始め、多くの人間が苦労するだろう。
しかし、朝霧たちには一切の心配は無い。
「襲撃だぁ! 闇社会の人間がやってきたぞ!」
「なに!? 早く、メセナちゃんに伝えろ!」
アンブロシウスには守護者がいる。
強く頼もしい守護者がいる。
「流石メセナちゃん! まさに快刀乱麻!」
「もう! みんな、私が来るまで応戦しないでください!
庇護対象のみんなが怪我したら本末転倒なんです!」
「なぁーに言ってんだ! 皆で守んだろうがよ!」
アンブロシウスの守護者がいる。守護者たちがいる。
今やこの街は魔法世界で最も難攻不落の大要塞。
「それよりどうだい? 今朝焼いたパンがあるぜ?」
「やった! 食べます!」
此処は自由の都市。治外法権の楽園。
原初の三都市にして今は地に伏す空中都市。
やがて再び宙へと浮かび、今も人々は自由を謳う。
金と酒気と怒号が飛び交う娯楽の聖地。
滞在ですか? ようこそおいでませ。
何かあればお申し付けください!
此処は自由の都市――アンブロシウス。
作者です。ここまでのご視聴ありがとうございました。
また、新規ブックマーク登録者も増え、多くの後悔や反省もありましたが、今までしてきたことは全てが間違いでは無かったのだなと自信に繋がっています。ありがとうございました。
物語はまだまだ続きますが、ここで『怠惰』より一言。
「ーーどうだった? アンブロシウスは?」




