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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
序章 ようこそ愛しき共犯者
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第十二話 己の正義

 ――魔獣。それは魔法使いにより連れ込まれた生物が

 魔法世界の環境に適応し凶暴化した姿。

 或いは魔術実験により改造された生物の総称だ。


 大きいものから小さいものまで種類は様々。

 その多くは都市の外、魔法世界に点在している

 ()()()()を住処としている。はずなのだが――


「ギシャア――――!」


 緑色の恐竜のような魔獣が天に向けて咆哮する。

 そしてバタバタと土煙を上げ、建物を破壊し始めた。


 するとその直後、

 暴れる魔獣の足元を覆い隠す土煙の中から

 朝霧を抱えた森泉が抜け出す。

 少年の居た場所から魔獣が出現する寸前、

 彼は朝霧を引き離し避難に成功していたのだ。


 そして森泉は即座に瓦礫の陰へと逃げ込むと、

 物陰から冷静に状況を整理し始める。


「住民の避難誘導は既にハウンドがしているな。

 おーい? 生きてるか朝霧?」


「っ……森泉さん! 何ですかあれは!?

 それに、さっきの少年は何処に!?」


「見てなかったか? あの少年が()()()()()()。」


「!? ……少年の祝福?」


「その可能性もあるが……朝霧。

 お前爆発の直前に何か見てはいないのか?」


 彼の言葉で朝霧は熟考を始める。

 そしてすぐに彼女は思い当たる。


「歯形を見ました。」


「! なるほど、奴か。」


 何かの結論に辿り着き探偵はハッとした。

 そして何が分かったのかと尋ねる朝霧に対し、

 彼は魔獣の手を見るように指示を飛ばす。


 言われるがまま朝霧は魔獣を観察した。


 指定された部位は鋭い爪を携えた魔獣の左手。

 初見時にはさほどの違和感は無かったが、

 同じ魔獣の右手と比較して朝霧はようやく気付く。


「指の数が違う?」


「ああ、恐らく切り取られたのだろう。

 現場に残し、()()()()()()()()()()()にな……」


「え、それって――」


「――さっきの少年は僕らが追っていた連続殺人、

 いや、連続誘拐の被害者の可能性が高い。」


 その言葉に朝霧は、

 先日森の中で聞かされた事件の詳細を思い出す。

 大人は惨殺され子供はパーツしか見つからない怪事件。

 状況もタイミングも何もかもがピタリと嵌っていた。


「そん、な……!」


 ショックで朝霧は狼狽えた。

 するとそんな彼女たちを見つけて、

 ショットガンを抱えたハウンドが滑り込んだ。


「おい探偵! 何が起きた!?」


「少年が魔獣に変身した。恐らく今回の事件の被害者だ。

 あと多分、犯人の正体も分かったぞ。」


「なに!?」


「黒幕に並ぶ()()()()()の一つ『魔王軍』。

 その最高幹部、魔王執政補佐官の一人ボガートだ。」



 ――――


 ミラトスを一望出来る建物の屋上にて、

 遠くに見える粉塵を眺める男が一人。

 焼けた肌にピンク色のモヒカン頭が特徴的な

 魔王執政補佐官の一人、第九席ボガートだ。


 町に響き渡る悲鳴とサイレン。

 常人なら嫌悪感を抱くであろうその音に

 ボガートは酔いしれていた。


「ヒャハハ! 中央都市ゴエティアの目と鼻の先。

 都市ミラトスでの大惨事。きっと()()()も満足される。」


 悪の魔法使いが蔓延る『闇社会』。

 其処にはあまりにも強大過ぎるがために

 魔法連合から特別視される者たちがいた。


 重要処理対象――通称『特異点』である。


 彼はその一角、暴食の魔王の配下。

 祝福は『魔獣化』で付いた異名は≪猛獣使い(ビーストマスター)≫。

 彼が噛みついた人間は年齢、性別問わず一律に

 ボガートの意に従う魔獣と化す。


 また魔獣化のタイミングは遠隔で操作可能であり、

 ――魔獣となった者は、()()()()()()()()()()



 ――――


「人に……戻れない?」


 森泉から敵の正体を聞き朝霧は酷く狼狽した。

 建物を壊しながら暴れる魔獣。

 見ず知らずとはいえあれが無実の少年であり、

 救う術が無いことを教えられたのだ。


「封魔局員には()()()()での『殺害許可』がある。

 市民に被害が出るくらいなら、終わらせてやるぞ。」


 ハウンドはショットガンを構えて告げた。

 その目は本気だ。魔獣と化した子供を殺す気だ。


「で、でも……」


「……もういい、貴様には期待していない。」


 朝霧の返事を待たずにハウンドは飛び出した。

 そして魔獣の気を引くためショットガンを数発放つ。


 すると魔獣の体に当たった弾丸は

 接触と同時に空気を揺らすほどの爆発を起こした。

 恐らく弾丸か銃身に何らかの仕掛けがあっただろう。


 しかし魔獣は爆発にも怯む事無くハウンドを襲う。

 そしてハウンドが単騎で立ち向かっている間、

 朝霧は未だ覚悟が決められないでいた。


(子供を……殺すの?)


 出会って間も無い子供だった。

 ほとんど会話もしなかった知らない子供だった。

 それでも朝霧はしかとその目で見てしまった。


 今際の際に「ごめんなさい」と発した彼の表情(かお)を。

 自分では無く相手を気遣い述べられた最期の言葉を。


 悪の魔法使いと戦う準備は出来ていた。

 正義のヒーローになる心持ちは出来ていた。

 しかし利用された子供を殺す準備などしていない。

 そんな覚悟など決まっているはずが無かった。


 目の前に居るのは決して悪とは呼べぬ敵。

 現実とは――善悪の区別が曖昧な世界だった。


(わたっ……私は……!)


「死ぬまでそこで震えとく気か?」


 ここ数日で何度も聞いた皮肉の声がした。

 だが今では逆に落ち着きさえ感じてしまう。

 声の主に助けを求めるように朝霧は顔を上げた。


「何だその目は? 背中を押しはしないぞ?

 選択肢も与えない。重要な判断こそ他人に任せるな。」


「っ……じゃあどうすれば?」


「最後に人間を突き動かすのは結局、感情だ。

 善悪を見失ったのならお前の中の『正義』に従え。」


「……!」


 朝霧は言葉に突き動かされて顔を上げた。

 視界に映るのは一人果敢に闘うハウンド。

 脳裏に浮かぶのは森泉を囲むミラトス住民。

 そして魔獣になる直前の少年の謝罪。


 ――あらゆる命を助けたい、

 しかし全てを尊重出来るほどの力は

 今の朝霧には備わっていない。


(力が足りない。経験が足りない。なにより……

 今の自分には圧倒的に選択肢が足りていない!)


 大剣にそっと手を伸ばす。

 そして彼女は吐息を漏らすように

 弱々しく、また細々と呟いた。


「ねぇ、森泉さん……

 無実の子供が死ぬのも魔法世界じゃ常識?」


「今は常識だ。不服なら社会を変えろ。」


「ふ……自分の領分を越えるのね。わかった――」


 ハウンドの弾が切れる。

 そしてリロードしようとするその隙を突き、

 魔獣が爪を振りかざした。


 ――刹那、甲高い金属音が鳴り響く。


 朝霧が割って入り爪を大剣で受け止めたのだ。

 やがてハウンドがリロードを済ませると

 魔獣の眼球を狙って弾を放つ。

 爆発が再び空気を揺らし魔獣を怯ませた。


 即座に朝霧は化け物の左手を切り落とす。

 そして激しい叫び声と共に魔獣は倒れた。


「俺の銃じゃ効きが悪い!

 朝霧――お前が終わらせてやるんだ!」


「……了解。」


 魔獣の腕から肩に乗り、頭に到達する。

 そして彼女は大剣を下に向けると、

 魔獣の脳天目掛けてその刃を突き立てた。


(ごめんなさい――)


「ギシャア――――――!!!!!!」


 激しい断末魔と共に血が噴き出す。

 数秒後、魔獣はその姿のまま絶命した。


 それと同時に――雨が降る。

 魔獣の返り血を洗い流す滝のような雨が。

 やがてハウンドと森泉が駆け寄ると、

 朝霧は雲の深い空を見上げた。


「森泉さん……私、封魔局に入りたい。

 封魔局に入ってこの世から悲しむ人を無くしたい。」


「随分大きく出たな。

 ま……それがお前の意志なら尊重するよ。」


 この選択が正しいのかは分からない。

 そもそも己が正義に従うという判断基準が

 正しいのかも分かっていない。


 それでも――彼女の中で覚悟は決まった。


 朝霧の目から流れる水滴が、

 雨か血かそれとも別のものなのか、

 その場の誰も判別出来なかった。



 ――――


 その直後、ハウンドの無線が鳴り響く。

 通信の相手は敵拠点候補地に赴いたミストリナ。

 ――と共に出撃した六番隊部隊員からであった。


『報告! 魔獣三体襲来! 魔獣三体襲来!

 大至急増援を! ミストリナ隊長が危ない!』


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