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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第二章 アンブロシウスの守護者
128/666

第五十四話 倶利伽羅龍王

 ――――


 当初の目的は滅びの力『サギト』の研究だった。

 権能『厭人(ベルフェゴー)の檻(ルプリズン)』は常時発動型の絶対防御結界。

 強くはあるが、私生活が不便で仕方ない。


 そんな時、当時のアンブロシウスでは

 領主が生物実験にご執心中だという噂を耳にした。

 彼は期待を胸にアンブロシウスへ赴いた。


 しかし、そこに居たのは一人の少女。

 行われていたのは優秀な(いち)を犠牲にして

 無能な多を救わんとする愚行であった。


 それは彼が怠惰となった原因に似ていた。

 心の底から同情した。少女の責務を嫌悪した。


 ――彼はアンブロシウスの守護者を終わらせたかった。


 だから彼は諸悪の根源として領主を殺した。

 奴さえ殺せば束縛から開放出来ると信じていた。

 しかし、それは半分間違っていた。


 彼女を束縛していたのは、()()()()()()()だ。


 護るべき者そのものがメセナの枷。

 それでも彼女はその責務を果たし続けるだろう。

 彼女が励むほど、周囲はより重たい枷となるのに。


 だが十五年前は全てを解決する時間が足りなかった。

 既に事件を聞きつけた封魔局員たちが乗り込み

 メセナを救うために手を回す余裕は存在しなかった。


 加えて領主亡きこの街の治安は悪化するだろう。

 そして激務に追われるメセナなら祝福を強化するため

 より自分が恨まれるように立ち回るかもしれない。

 それはあまりに不憫なことである。


 だから彼は、ニコラスは……問題を未来に託した。


 ――いずれ俺の……「知り合い」が君を尋ねる。


 ――俺がもう一度、お前を助けに此処へ来る。


 擬似権能『恐怖公の示教(アスタロトレコード)』。

 その能力は――本体から自律した分身の作成。

 本体(ニコラス)は獄内に鎮座し、分身(ニック)が世界を放浪する。

 正に怠惰。天才が自身のために作り出した擬似権能。


 これさえ完成すればまたメセナに会える。

 再開出来れば、今度こそメセナを救うと決意した。

 だがそれが何時になるかは本人にも分からない。

 そこで、時間稼ぎのため、さらなる保険を掛けた。


 それこそが記憶消去の真意である。


 守護者としての経験を、蓄積を消し去り貯めさせない。

 戦闘経験は毎回リセットされ、祝福の詳細も分からない。

 そんな状態にすればメセナは大きく弱体化する。


 そうして守護者の責務も果たせなくなれば

 民衆からの期待も薄れ誰もメセナに放任しなくなる。

 どうせ後任の領主や封魔局も配属されるだろうから

 あわよくばニックが来るまでも無く引退すると考えた。


「やがて君は緩やかな『終わり』を向かえられる。

 ……そう考えてたけど、その乱暴な計画は裏目に出た。」


 まず、後任の領主も封魔局も来ることは無かった。

 理由は単純。天帝との武力衝突が始まったからだ。

 魔法連合直轄地でのテロ。度重なる要人の暗殺。

 交通の便が悪い空中都市まで手が回らなかった。


 また、想定よりもメセナが強かった。

 記憶が消えてもなお刻まれた使命に従い、

 効果も知らない祝福をその場で使いこなし戦い続けた。


 もちろん弱体化こそしているのだが、

 民衆の期待を応えるには十分すぎる強さだった。

 ……いや、強くあろうと戦い続けた。


「君は頑張り続けた、俺の想定を越えるほど。

 記憶が消え続けてもなお、思い出が消え続けてもなお。

 君はそれほどまでに……それほどまでに……!」


 ――私やっぱり、この街のことが大好きなんだって。


「この街を()()()()()……! 自己を犠牲に出来るほどに……!

 そして君の想いに、今日彼らは『返事』を返した。」


 ニックはメセナの身体を抑え込む。

 かなり弱っているが彼女は未だ暴走している。

 ニックを振り払おうと弱々しく暴れていた。


「終わらせようとしたのは……愚かだった。

 それは君の想いを無下にする、最大の侮辱だった……!」


 今なおメセナは暴れ続ける。

 立ち上がろうと、街を護ろうと藻掻いていた。

 その想い受け止めるように男は強く抱きしめる。


「だから、俺自身の贖罪も兼ねて言おう……!

 君は『アンブロシウスの守護者』のままでいい!

 けど! この街は俺たちが思うよりずっと強い!

 独りで抱え込む必要なんか――何処にも無いんだ!」


 ――瞬間、メセナの動きが鈍ったのを感じ取る。

 と同時に、その身体に解呪の魔法を流し込んだ。


「もう誰も……君独りを犠牲にはしない。

 だから君も、自分自身を許してやってくれ。」


 魔力が二人を覆った。それは鮮やかな青白い光。

 まるで浄化されたかのような美しい色が

 二人だけの空間を作るように包み込む。


「……ばか。記憶無いのって苦しいんだよ?」


 憑き物が落ちたような顔でメセナは呟く。

 それを聞き、安堵したかのようにニックは笑った。


「本当にゴメン。それについては弁明も無い。」


「許す。おかえり、ニック。」


「……! ただいま、メセナ!」



 ――空中戦艦――


 バン、と硝成は機材を叩いた。

 ワナワナと震えた目は憎しみを以てモニターを見つめる。

 映し出された街の様子。戦う市民。倒されるトロール。

 そしてメセナとニックの熱い抱擁だ。


「ふざけるな……! 今更、今更になって……!」


 腹立たしい。怒りが煮え滾る。

 市民にも、封魔局にも、そしてニックにも。


ニック(あのおとこ)は確か……小屋の周りを嗅ぎ回っていたから

 実験ついでに消させた男……! 奴が怠惰の……!)


「ふっ、怠惰のサギトはどうせ監獄(アバドン)の奥。

 参戦は無いと高を括っていたのが貴様の敗因だ。」


「……! そういえばお前、情報を隠していたな?

 朝霧から聞いたよ。俺に言わなかった情報があると。

 それは……確か……サギトの発言……!」


 いずれ俺の……「知り合い」が君を尋ねる。

 これはニックとして再来することを示唆する言葉だ。

 森泉がそれを意図的に隠したとするなら……


「気づいていたのか、お前?

 怠惰のサギトがニックで……戻ってくることを?」


「あくまで予想の域を出てはいなかったがな。

 それに擬似権能というのは予想外だった。」


 座ったまま息を整え探偵は語る。


「朝霧に調べろと急かされていてな。

 知人に確認させたら身元不明の不審者だと言われたよ。

 その情報を持ってからオーナーの昔話を聞けば、

 まぁサギト本人と連想くらいは出来る。」


「……それを俺に隠した。

 つまりお前はその段階で既に俺を疑っていたな?」 


 今更か?と森泉は呆れる。

 ややフラつきながら、手すりに体重を乗せ立ち上がる。


「疑ったのは()()()()()()だぞ。

 ニック殺害現場でお前は声を掛けてきた。

 それは封魔局の捜査も終わった数時間後の話だ。

 仕事も無いのにお前はあそこで何をしていた?」


 既に仕事を終えた人間が居残る必要は無い。

 だが彼は森泉に接近し、都合よく依頼をした。

 これは偶然を装い接触を図った事に他ならない。


「だからお前には『真実』を隠し『事実』のみを伝えた。

 少しでも見誤ってくれればそれで良かったが、

 どうやらかなり効いていたようだな?」


「黙れ……! まだだ、まだ終わっていない……!」


「もう諦めろ。戦況が読めない訳じゃないだろ?

 トロールたちは二人の隊長と市民が粗方片付けた。

 メセナもお前の呪縛から解放されたようだし――」


 ――バン、と再び硝成は物に当たった。

 今まで見せたことの無いその鋭い目付きに

 森泉も思わず言葉を(つぐ)んだ。


「メセナはまた取り戻せばいい。

 今は……この街をぶっ壊せさえすればそれでいい……!」


「? おい待て。お前らの目的はこの街の占拠じゃ?」


 森泉の言葉も無視し硝成は無線を手にした。

 掛ける先はただ一つ。一番信頼する部下のもとだ。


「ハカシィ! 作戦を最終段階へ移行せよ!」



 ――メイン浮遊補助機構――


 ハカシの身体は飴により固められていた。

 壁に貼り付けられるように拘束され、

 呼吸の為に開けられた口元以外は塞がれていた。

 呪文対策で硬直させられているが舌は動く。


『作戦を最終段階へ移行せよ!』


「――――ッ!」


 ハカシは舌を前歯で丸めた。

 そうする事で中には深い()が出来る。


(抜かったな、アーサー!

 まぁ影を操った事も無ければ気付かぬだろうよ!)


 口の中からは影の舌。

 鞭のようにしなると浮遊補助機構に斬撃を入れる。

 切り込みからバチバチと火花が散り、

 その直後周囲を巻き込む爆発を引き起こした。


(お先に失礼します、硝成様……!)


 動けないハカシは炎に呑まれる。

 五雷官筆頭ハカシ――死亡。

 及び、メイン浮遊制御機構――大破。



 ――――


「っ!? 何、この揺れ!?」


 アンブロシウス全土に巨大な振動が起きる。

 地震とは無縁な空中都市。街は大混乱に陥った。

 朝霧たちも振動を受け咄嗟に身を屈める。


『全市民に告ぐ!

 都市内部のメイン浮遊制御機構が破壊されました!

 しかし既に外部の予備機構が動作中! 落ち着いて!』


 オーナーのアナウンスが都市に響く。

 それと同時に上空の空中戦艦が動き始めた。


「戦艦が……! まさか!」



 ――――


(まさか、コイツ……! この街を()()()気か!?)


 森泉は硝成に飛び掛かる。

 いや、正確には彼の持つ操縦桿へ飛び掛かる。

 破壊が出来ればそれで良い。

 森泉は一撃で操縦桿を蹴り飛ばした。


「――――賢き愚者より愚かな賢者へ。

 我が『陰謀』を持って貴殿らを嘲笑おう。」


(……いや違う!? この詠唱は……!!)


「既に魔法は人の手に。既に科学は魔法の域に。

 なれば常世の愚者はその一切を此処に束ねる。」


 それはかつて、砂漠の国でベーゼが見せた技。

 機械と共に進化してきた魔法世界の奥義。


(ッ! 硝成の身体に機械が……()()()()()()()()()!)


 森泉はこの場からの離脱を試みた。

 しかし艦橋はもちろん戦艦全体がそれを拒む。


(マズイ……! 呑み込ま……! ……!)


『魔力同調、成功。肉体融合、適正。機械術式、臨界。

 ――従え、我が傀儡。汝「破邪明王」の化身。

 これが貴様らの贖罪ならば、我が炎剣が糾弾する。

 最上位機械魔術――「機械生命(イクシード)融合式(アーティファクト)」!!』


 民衆たちは天を畏れる。戦士たちが天を仰ぐ。

 その視線を一身に浴びながら空中戦艦は変貌を遂げた。

 現れたのは戦艦の直径と同等の巨大な両刃の剣。

 そして、その周囲に巻き付くような黒龍であった。


 アンブロシウス全土――刮目せよ。

 其れは機械仕掛けの龍。罪過を焼く裁きの化身。

 名を――『倶利伽羅龍王(くりからりゅうおう)』。


『照準固定。目標、北方浮遊補助機構!』


 朝霧たちはその声にハッとした。

 浮遊補助機構は全部で四基ある。

 全部で……四基。


 それは何も「四つの残機がある」という事ではない。

 メイン機構同等の出力にするには()()()()という事だ。

 一つでも欠ければ都市を支えられないという事だ。


「待っ……!」


 黒龍の剣から火炎が放たれた。

 夜天を真っ赤に染め上げ、目標に着弾する。

 直後――アンブロシウスは落下を始めた。


『終わりだ――堕ちろ、アンブロシウス!!』


 ――空中都市、墜落開始。

 この街が終わる。数分も経てば消えて無くなる。


「ニック。私は……続けていいんだよね?」


 アンブロシウス未曾有の危機。

 そんな時、彼女は立ち上がった。


「独りで抱え込まなければね?」


「分かった……

 なら()はまだ――アンブロシウスの守護者だ。」


 アンブロシウスの守護者――再臨(テイクオフ)

 最後の戦いに青白い閃光が飛び立った。


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