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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第二章 アンブロシウスの守護者
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第五十話 華胥之夢

 甲板には風があった。激しく寂しい冷たい風。

 人間の耳にもはっきり聞こえる風切り音が喧しい。


 もうじき夕刻。アンブロシウスに夜が来る。

 雲の中へと沈む夕陽が命の儚さを想起させた。


「…………」


 コツ、コツ、と甲板を上がる人影が一つ。

 夕焼けに赤く照らされて、冷たい突風に急かされる。

 それでもその人影は冷静に一歩を刻む。


「……僕の推理はこうだ。」


 何も無い空間の前でピタリと立ち止まると

 人影は寒さで口を震わせながら語り出す。


「この街を攻撃する上で最大の鬼門は、

 やはりアンブロシウスの守護者。彼女の対処となる。」


 アンブロシウスの守護者――メセナ。

 ホムンクルスである彼女はこの街の最大戦力。

 祝福は『シンデレラ』。相手に恨まれるほど強くなる。

 彼女に敵対心を持てば、それを餌にされてしまう。

 加えて彼女は『匂い』で悪意を察知するという。


 彼女の特性を認知すればするほど

 この街に対しての襲撃計画など進められない。


「しかし魔王軍は彼女を支配下に置くことに成功した。

 それはただ封魔局を敵と認識させただけでは無い。

 悪意あるはずの魔王軍を認識の外に追いやった。

 これは一体何をしたのか?」


 封魔局を敵と認識させるだけなら方法はいくつかある。

 例えばメセナが敵と認識する()()を踏ませればいい。

 だが今回は違う。メセナは魔王軍と敵対していない。

 ここまで大きく行動したのに魔王軍は襲われない。


「いくら何でも都合が良すぎるな。

 加えてグレーゾーンの一般人にも攻撃をしたとか。

 これはもう……『匂い』を()()()()()()()()だろ。」


 敵味方の判別基準『匂い』。

 本来は目に見えない悪意に対して有効となる特性だが、

 もしこれが狂えばメセナは悪意を見抜けない。


「だが、ただ狂わせたのとは訳が違う。

 魔王軍を敵と認識させない。封魔局を敵と認識させる。

 これは明らかに()()()()()()()()()()()。」


 男は一歩前へと踏み出す。

 虚無の空間へ探るように手を伸ばした。


「一般人にも度々攻撃させたのは……本番前の実証実験か?

 どちらにせよ、あまりに高度な技術が必要だ。

 臭いとかとはまた違う、メセナだけが感じられる匂い。

 それを正しく狂わせコントロールするなんてな。」


 何かを感じ取り男は手を止める。


「認識の阻害……いや()()

 他人の感覚器官に干渉し都合の良い状態に陥れる。

 そんな魔術は知らないし強欲が死んでからの一ヶ月間で

 新たに編み出すのは困難だ。が、祝福なら有り得る。」


 男はふぅと呼吸を整え手をかざす。


「ソフィアクルース。

 今此処に――あらゆる秘密は暴かれる。」


 刹那、空間は大きく歪みだした。

 人間の認識。意識の矛盾。空間の崩壊。

 誰も居なかった甲板に三人の男女が現れた。


 一人は朝霧。無傷の状態で倒れている。

 一人はメセナ。項垂(うなだ)れるように座り込む。

 そしてもう一人は……


「地元の降霊術師ぃ? 守護者の協力者ぁ?

 ――騙るなよ(ダウト)。魔王軍第四席≪無法地帯(カオスマスター)≫。」


 硝石という石がある。それは混沌の素。火薬の原料。

 したがって、硝という字には火薬の意味が含まれる。

 本名なので偶然ではあるが、その名は『火薬と成る』。


「何を言っているのかな? 探偵さん?」


 甲板にいたもう一人の男――硝成。

 彼はいつもの飄々とした態度で森泉を迎えた。


「妄想は勝手だけど、せめて証拠が欲しいなぁ!」


「メセナの自宅であるボロ小屋に行った。」


「……? それが何か? 僕はメセナの協力者。

 連絡を取り合うためにあの小屋には何度か通った。

 例えあの場に僕の私物があっても何の根拠にも……」


「見つけたのは……包丁だ。」


 森泉は発見していた。

 濡れた台所に閉まってあった包丁。

 乾いた血がびっしりと付いた異物だ。


「血の付いた……包丁?」


「やはり知らなかったようだな。まぁ無理も無い。

 その包丁は台所に普通に仕舞われていたからな。

 恐らく……隠したかったのだろう。」


「それが一体なんだと?」


「だが隠したかったのなら……何故血を拭き取らない?」


 異物は不自然で無い場所に仕舞われていた。

 もし誰かに見られたく無いだけなら拭き取れば良い。

 拭き取れなかったのなら捨ててしまえば良い。

 どちらにせよ、隠す意味など無いのだ。


「となれば、あの包丁は必要だったんだ。

 血という要素も含め、あの小屋に置いておく必要が。」


「…………」


「台所は濡れていた。日常的に使っていたのだろう。

 あの包丁が目に留まる可能性は十分に考えられる。

 日頃からあの小屋で生活をしていたメセナなら、な。」


 森泉は項垂れるメセナに視線を向ける。

 恐らく意識が無いのだろう。沈黙を続けていた。


「つまりあの包丁は他人に見られたく無く、

 それでいてメセナ本人だけには見せたい置き手紙。

 昨日までの記憶を失った()()()()()()()()()()()。」


「あぁ……なるほどね。乾いた血の付いた包丁ってのは

 何時間も前に肉を傷付けたぞ、というサインか。」


「そうだ。なんとも皮肉な話だが、

 彼女には()()()()()()()()という発想があった。」


 森泉はメセナに向けて手をかざす。

 彼の使える唯一の魔法。隠蔽の開示。

 瞬間、メセナの上着がはだけ腕の素肌が露出する。

 そこには黒く変色した傷跡。否、刻まれた文字だ。


NEC(ネクロマンサー) IS() ENEMY(敵だ)


「だとよ、降霊術師(ネクロマンサー)?」


 硝成はため息を付いた。

 苦笑い。呆れた態度でメセナを眺める。

 そして――


「――記憶が勝手に消えるからと油断しちゃった。

 そうか……彼女は勘付いていたのか。僕の正体に。」


 森泉は警戒心を強めた。

 間合いを見測り強襲に備える。


「この一ヶ月、彼女の感覚器官をバグらせるために

 何度か接触したからなぁ〜。そりゃ何処かでバレるか!

 ハハハ! 決行日前に協力者の降霊術師として

 対面出来なかったのは、むしろ運が良かったんだな!」


 森泉に見向きもせず大層愉快そうに笑っている。

 しばらく笑い続けた後、その声はピタリと止んだ。


 ――瞬間。紫色の爆発。

 硝成の魔術攻撃が甲板に打ち付けられた。

 爆煙から退く森泉は硝成から溢れ出す魔力に戦慄する。


「…………これが本来のお前か。」


 煙の中から歩み出る硝成。

 霊魂を使い魔とし悪鬼のようなオーラを纏う。

 紫色の魔人。まさにそう形容出来る貫禄だ。


「知ってるかい、探偵さん? 中国の昔話。

 華胥(かしょ)と呼ばれる伝説上の国のことを。」


「……三皇五帝の一人、黄帝が夢の中で見たという理想郷。

 そこに為政者は無く人々の心には欲も悪意も無い。

 随分と都合の良い楽園らしいが……それがどうした?」


「親切に推理の訂正をしてやってるのさ!

 祝福なら都合よく感覚器官を狂わせ操れても

 不思議じゃない、そういう推理だったろ?」


 硝成は両手を大きく広げた。

 夕暮れの赤い空に堂々たる姿を晒す。


「だが僕の祝福『華胥之夢(カショノユメ)』もそこまで万能じゃない。

 催眠能力なのはその通りだけど、その本来の効果は

 対象者の理想を現実のように幻覚させるだけ!

 操れたのはメセナ専用に()()()()()したからなんだ。」


「……一ヶ月でか? 頑張ったな。」


「そう! それ!

 僕すっごく頑張ったんだよ? だからさぁ――」


 自分の顔に手を押し当て硝成は俯いた。

 だが、手の隙間から覗かせる目は鋭く睨む。


「――台無しにしてんじゃねぇよ。」


 瞬間、戦艦から大量のトロールたちが飛散した。

 森泉を囲うように、空を埋め尽くすように展開する。


「まだこんなに居たのか。」


「知っているかい、探偵さん。

 戦況は徐々に僕たち魔王軍に傾いている。

 各地に散った幹部たちは必要な仕事をこなした!」


 トロールの一部は街へと降りる。

 それに追従するように魔王軍兵士も街へと向かった。

 瞬く間に街のあちこちで火が上がる。


「探偵さん! 魔術も使えないアンタに何が出来る!?

 この街は既にメセナという唯一の防衛装置を失った!

 ここからたった一人で……何が変えられる!」


 硝成は両手を広げた。

 それを合図にトロールたちが一斉に砲塔を向けた。

 しかし森泉は下らなそうな溜め息を零す。


「世界唯一の探偵と言われているが

 ぶっちゃけ一人で探偵業は不可能だ。

 浮気調査の尾行でも裏口で簡単に撒かれる。」


「あ? 何の話を――」


「――だから僕は、平気で他人の力を頼るって話だ。」



 ――メイン浮遊補助機構――


 アンブロシウス内部。

 機械仕掛けのその空間では戦闘が起きていた。


「ハカシ様……! 助け……がぁあ!!」


「――ッ! こんな所まで……!」


 人質のデイクを盾にハカシは焦っていた。

 しかし光の剣が狂いなくハカシのみを攻撃した。


「このっ……! しつこいぞ! ()()()()!!」


「こっちの台詞だ! 戦艦下で素直に負けとけ!」


 ――追駆。≪騎士聖≫アーサー。



 ――市街地――


 二つの泡を浮かし水没した市街地。

 その原因である半魚人クウォンダはたじろいだ。

 突如発生した無数の火柱。その熱気に動揺した。


(ごぼっ! この炎は!?)


 泡の中でアランは目撃した。

 市街地を真横に横断する極太の火炎。

 その先にいた、一人の封魔局員を。


「焼き払え――『神炎廻帰(ゾロアスター)』!」


「水が……! 蒸発スル……爆発スルッ!!」


 火柱を中心に衝撃波が突き抜ける。

 クウォンダを吹き飛ばしアランたちの泡を破裂させた。


「ッ! アリス……! 生きてるか!?」


「けほっ! こほっ!」


 アランはアリスの呼吸を確認し安堵する。

 そんな彼らの元に倒した敵を抱え()が現れた。


「一応結界は貼ったが諸共吹き飛ばして悪かったな。

 良くここまで耐えてくれた、二人とも!」


 ――現着。≪火竜≫ドレイク。



 ――空中戦艦――


「……戦況が覆っていく、だと!?

 ッ! トロール共、此処はいい! 下に迎え!」


 硝成は無線を片手に困惑する。

 そんな彼とは裏腹に森泉はゆっくりと歩き出す。


「さっきの質問だが、僕に何が変えられる、か。

 悪いが僕はこの戦いで何かを変えるつもりは無い。」


「はぁ? じゃあ何しに此処へ……?」


 眠れる朝霧の前に森泉は屈む。

 首を触れ脈を測ると硝成に対して振り向いた。


「単純だ。俺は朝霧(こいつ)を助けに来た……!」


 ――参戦。森泉彰。


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