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カルミナント~魔法世界は銃社会~  作者: 不和焙
第二章 アンブロシウスの守護者
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第四十八話 手の震え

 ――市街地――


 天狗になる、という言葉がある。

 自慢げにする。得意げにする。或いは……自惚れる。

 大体連想できる意味合いはこんな物だろう。


 魔法世界にも天狗と呼ばれる亜人種がいるが、

 言葉通り彼らは種族レベルでプライドが高い生き物だ。

 元々天狗であるが、増長しさらに()()()()()()()()


 ――だが、天狗にもなるだろう。


「アラン君! 後ろ!」


「――ッ! クッソ! 次から次へと!」


 魔法世界における天狗の能力は――四つ。

 読心術や千里眼を複合した特殊能力、即ち『神通力』。

 背中の羽根による風おこし、即ち『風流操作能力』。

 人間に化けたり巨岩を生み出す、即ち『妖術』。

 山火事をも起こす火を吹き出す、即ち『火炎能力』。


 これに加え亜人種でも上位の怪力を持ち

 武術、剣術においても達人級の腕前を有している。


 ――これではやはり天狗にもなるだろう。


 五雷官の一人、≪魔界天狗≫離愁にとって

 目の前の男女など取るに足らない虫ケラ同然であった。

 本堂一刀流の免許皆伝者であるアランですら

 離愁の人外じみた剣捌きには防御に徹するしか無かった。


(……ッ。化け物過ぎる!! これが天狗!)


「ヌルい。」


 アランの腹に蹴りが突き刺さる。

 吹き飛ばされると同時に体内から無理矢理

 全ての空気が吐き出された。


「アラン君!」


「ゲホッ! ゴホッ……!」


「弱い! 脆い! 儚い!

 種族としての基礎がそもそも違うのでござる!」


「っ! このっ!」


 離愁に向かいアリスが殴り掛かった。

 その顔面を彼女の拳が捉えたが天狗はビクともしない。


「軽いな。雑魚にも程があろう。」


「! 離れろ、アリス――」


 ――瞬間。爆炎と暴風が離愁から吹き荒れる。

 立ち上る火柱となりアリスの体を吹き飛ばした。


「がぁあ!!」


「フン。貴様、何故残った?

 見たところ何も有効打を持っていないようだが?」


 離愁は完全にアリスを見下していた。

 炎熱に焦がされ地面を転がった彼女の服はボロボロ。

 這いつくばる姿は小動物のような弱々しさだった。

 だからこそ――


(――だからこそ隙が生まれる。『死を想え(メメント・モリ)』の隙が!

 けどまだ()()()()。一撃で決めるにはもう少し欲しい!)


 アリスはチャンスを伺う。

 彼女のまともな攻撃手段はこのカウンターのみ。

 敵の厄介さをみれば一撃で終わらせるのがベストだ。


 そのためには接近と後退を繰り返し、

 死なない程度のダメージを蓄積すれば良い。

 それだけで良い……はずだった。


「もう飽きたでござる。

 このつまらぬ手合わせも終いにするとしよう。」


「「――ッ!!」」


 刹那、離愁はアランの目の前に瞬間移動した。

 神通力に含まれる能力の一つ。神足通であった。

 二人が気づいた時には既にアランの首元に刃が迫る。


「……取った。」


(――ッ! ダメ……!)



 ――――


「占いの結果。最悪でしたね、アリスさん。」


 昨日出会った不快な占い師の声が聞こえる。

 これは昨日の記憶。カジノに行く前の占い師との会話。

 既に要件を済ませたのにわざわざ呼び止められた。


「なんですか? 朝霧さんたちを待たせているので、

 用事が無ければ早く行きたいんですけど?」


「貴女が試したのは『地続き』のコースを三回。

 この世界と地続きの並行世界とは言わば隣の部屋。

 少し扉を開ければ辿り着いてしまう()()()()()()。」


 その世界でアリスは自殺あるいは自傷をしていた。

 お前にはその可能性があるぞ。

 占い師が言いたいのはつまりこう言う事だろう。

 アリスは言外の言葉を察し嫌気がさす。


「わざわざアナタに言われなくても結構です!

 用事が終わったなら――」


「――三回引いて、三回とも散々な人生。

 これは寧ろ……素晴らしい事じゃありませんか?」


 アリスは予想外の言葉に困惑する。

 困惑したため占い師の次の言葉を待った。

 口角を上げる占い師の言葉に耳を傾けた。


「この世界の貴女は今尚欠損無く快活です。

 これはつまり……()()()()()をしているという事。

 独りでは潰れてしまう貴女の心を保てるだけの、

 良きご友人との出会いが出来ているという事です。」


「……!」


 アリスは朝霧たちに振り返った。

 そして過去に出会った隊長の顔を思い出す。

 並行世界(よそ)がどうあれ、今のアリスは生きている。


「死した並行世界に報いると言う訳ではありませんが、

 どうか幸福に溢れた今の貴女を誇ってください。

 占い師からの……細やかなアドバイスでした。」


「……肝に、命じときます。」



 ――――


 刃がアランの首を刎ねる事は無かった。

 逆に離愁は刀を落とし心臓を抑えていた。


「ヅッ!? こ……これは!?」


「! アリスか!」


 それは無意識、いや咄嗟の発動。

 アランを守るため使()()()()()()()切り札であった。


(しまっ! 死を想え(メメント・モリ)、撃っちゃった!)


「貴様……か? 貴様だな!」


 離愁に切り札の存在がバレてしまった。

 死を想え(メメント・モリ)は厄を溜め込み発生源に跳ね返す技。

 一度発動してしまうともう一度厄を溜める必要がある。

 そして何より……


「神通力『他心通』…………なるほど?

 受けたダメージに対するカウンターといった所か。

 であれば、もう攻撃しなければ良いのでござるな?」


 アリスに攻撃を加えない。

 これだけで簡単に対処されてしまうのだ。


「! アラン君、後ろ!」


 その声と同時にアランは背後に迫る殺気に気づく。

 薄皮一枚、ギリギリの所でその凶刃を回避した。


「貴様からだ。真剣勝負といこう、劣等種。」


 離愁は標的をアラン一人に絞った。

 相手は剣技はもちろん全ての面で圧倒的な格上。


 刀を握るその手はガクガクと震えている。

 その恐怖の感情をギリッと噛み潰し立ち向かった。

 がすぐに金属が弾ける音が響く。刀が折れる音だ。


 同時に首元に迫る殺気。咄嗟に鉄の装甲を生み出す。

 切断こそされなかったが殴られたような衝撃が走った。


「……ぐっ!? このっ!」


「無駄でござる。」


 離愁の攻撃は重く、鋭く、速い。

 差が出ているのは純粋な剣の腕前。

 薄皮一枚。数ミリの誤差で生き延びている現状。

 遂には肉に刃が届く。アランの体を地に伏せさせた。


「トドメだ。」


(っ……! あぁクソ! こんなはずじゃ無かった……!

 俺は封魔局に入って……名声を得て……それで……!)


「死ね――」


 ――刹那、離愁の前にアリスが立ちはだかった。

 アランを守るように両手を広げ離愁を睨む。

 カウンターを警戒した離愁は刃を止めた。


「あ? なんでござる?」


「なっ!? バカ、離れろ!

 手の内が割れた今、もう半端な攻撃はしてこないぞ!

 邪魔をすれば一撃で殺されてしまう……!」


「うるさい! ならさっさと起きてください!」


 もうアリスに策など無い。

 立ちはだかるのも蛮勇による愚策だ。

 そんなアリスの頬に離愁は刃を添える。


「どうやら本当に何も無いのか。解せぬな。」


「えぇ、自分でも良く分かりません。

 怖いはずなのに……とても不思議です。

 ……けど一つだけ確信出来ることがあります。」


 アリスの手は震えてはいなかった。

 刃から伝わる殺気は他人よりも良く視えている。

 自分が助かる見込みなど全く無い事も理解していた。


 心は恐怖を覚えている。だが、震えは無い。

 なぜなら――


「……朝霧さんなら絶対同じ事をしたはずです!」


(――!)


 アランの脳に、いや心臓に衝撃が走る。

 入隊当初は敵対心を燃やしていた相手、朝霧。

 しかし今やアランよりも圧倒的に活躍していた。


 迫りくる複数のトロールたちを彼女は瞬殺した。

 あの時アランは僅かなサポートしか出来なかったのに。


 朝霧だけでは無い。アリスにも負けている。

 カジノでのイカサマでもメセナとの戦闘でも、

 アリスと厄視の眼は良く働いている。

 剣を振るしか出来ないアランよりもよっぽど有用だ。


(俺が一番活躍出来ていない……!

 名声を得て、道場の尊厳を取り戻すんだろ!?)


「くだらぬな。どの道順番は関係無い。

 貴様から先に死ぬでござる。」


「なら……! 気持ちで負ける訳にはいかねぇよなァ!?」


 咆哮。同時に腕を伸ばす。

 ――刹那、その掌から槍条の鉄器が撃ち出された。


「ッ!?」


 突如アリスの背後から突き出された槍。

 それは離愁の右目を刺し潰した。

 咄嗟に刀で斬り払ったが失った右目は帰ってこない。


「ぐぉ!? おのれ……!」


 ボタボタと大粒の血。

 片目を抑えながら天狗は睨む。


「おのれ……! 劣等種風情がぁあ!!」


 激昂した天狗は迫る。

 アランはもう一度受けてたった。

 恐怖はあるがもう手は震えていない。


 剣士の打ち合いは拮抗する。

 完全な格上だったが隻眼にしたことで対抗出来た。

 離愁の顔からは余裕が消える。

 遂にはナメて併用していなかった能力を使い始める。


「山火事! 旋風! 天狗礫! 神足通!」


 爆炎が立ち昇る。突風が吹き荒れる。

 大岩が飛来する。神速で背後に回られる。


 手数の多さはやはり脅威。

 時間を掛ければ掛けるほど不利になるだろう。


「なら、俺の全霊を以て終わらせる……ッ!」


 残った魔力の全てを一振りの刀に込める。

 出来上がるのは超巨大な刀身。

 手数の多さなど小賢しく思えるほどの武力の象徴。

 巨岩の如きその刃を振り下ろす。


(なんと巨大な……! こんな攻撃、避けきれ――)


「断ち切れ――『夕立ち』!!」


 地響きが周囲に駆け巡った。

 魔力を切らしアランはその場に倒れ込む。

 霞んだ目で敵を倒せたか確認する。


「っ……お……おのれ……」


(!? こいつ……まだ!)


 そこには重傷を負うもまだ動く離愁がいた。

 両腕が今にも崩れ落ちそうな状態で立っている。

 ボロボロであるが、その羽根はまだ健在だ。


(そうだ……! 此奴らは足止めに……過ぎない!

 ここで時間と体力を……浪費する訳には……!)


 そう言い聞かせ天狗は羽根を広げた時、

 丁度石礫を握るアリスが視界に入った。

 その石は離愁の妖術で生み出した物である。


「! まさか――」


「――おまたせ、『死を想え《メメント・モリ》』。」


 鋭利な石で自分の手を突き刺す。

 同時に離愁は心臓を直接殴られたような

 痛みに襲われた。


「ごはッ……! こんな……劣等種……如きにィッ!」


 戦闘エリア『市街地』。

 勝者――アラン、アリス。



 ――――


「動けます? アラン君?」


 アリスがアランの顔を覗き込む。二人共既に満身創痍。

 アランに至ってた起き上がる事も出来ない状態だった。


「無理だ……改めて思ったが、お前はすげぇ奴だよ。」


「なんです急に? なんか凄く気味が悪いです。」


「張っ倒すぞ。」


 アリスはアランの治療を始めた。

 治癒魔術を駆使し少しでも体力を戻す。


「ひー、怖い怖い。

 というか私なんて朝霧さんと比べたらまだまだですよ。」


「あ? 比較対象朝霧なのか? お前?」


「ナチュラルに見下してません、それ?

 アラン君だって越えたい目標は朝霧さんでしょ?」


 そうだな、とアランは同意した。

 二人は改めて朝霧の強さを理解し目標とする。

 とはいえ今はもう互いにヘトヘトだ。

 少し休む必要があった。


「あら? バカ天狗負けちゃったノ?」


「「――!?」」


 聞き覚えの無い声に反応する。

 周囲を警戒するが声の主は見当たらない。


「ウフフフ! でも敵も弱ってイル!

 アハハハ! なら殺そう! たくさん痛ぶってカラ!」


 瞬間、辺り一面から水が溢れ出す。

 たちまち水は湖ほどの質量となり二人を飲み込んだ。


(ぐぶッ!? マズイ……息が!)


(魔力だってほとんど残っていない……!)


「アハハハハ! どう? どう? 苦しイ?

 ワタシは五雷官≪人魚姫≫クウォンダ。

 二人とも苦しむ様でワタシを楽しませて頂ダイ!」


 戦闘エリア『市街地』――継戦。

 封魔局員アラン、アリスVS五雷官クウォンダ。


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