第四十四話 解放宣言
――朝霧サイド――
トロールの襲撃を返り討ちにした朝霧たちは、
各地でも同様の騒ぎが起きていると知る。
「他の所は苦戦しているらしい。」
「フィオナ隊員の場所では人質が出たとか。」
先輩局員たちは後処理をしながら話し合っていた。
一方で朝霧たち新人組は硝成の手当を行う。
「いやーお恥ずかしい、危うく誘拐されるところでした!」
「…………」
「あのー朝霧さん? 聞いてます?」
「へ? あいや、ごめんなさい。」
朝霧の様子は何処か変であった。
それはアリスで無くても目に見えて分かるほどだ。
そして、硝成が事情を問うと朝霧は急に頭を下げた。
「……ごめんなさい! 私さっき、硝成さんを助けずに
攻撃を向けられた住民を助けようとしました。
危うく硝成さんが連れ去られてしまう所なのに。」
朝霧の態度に硝成は意外そうに驚いた。
確かにあの場面で最重要なのは硝成の安全ではある。
だが住民たちの身を護るのも封魔局の仕事だ。
「何が駄目なの? それ?」
「昨晩、百朧さんにアドバイスを貰いました。
封魔局員として……『捨てる判断』をしろ、と。」
魔法世界全体の治安を護るのが封魔局。
であれば、時には非情な判断を下せなければならない。
だが朝霧にはその判断が下せなかった。
「朝霧さん……」
アリスの眼に靄が映った。
しかし硝成はいつもの飄々した口調で返す。
「ふーん。どうなの? 君はソレ出来そう?」
「それは……」
「アドバイスっていうのは自分をより良くするための物。
もし自分に合わないならそれはアドバイスじゃないさ。」
「そんな、百朧さんは私のためを思って……」
「アドバイスなんてそんなモノさ!
良いと思えたなら取り入れればいいし、
違うと思えば心の中で『うるせぇバカ!』と捨てちゃえ。
とにかく、そんな事で悩むのは時間の無駄だぜ?」
「――!」
不誠実な意見だ。
だが朝霧の心情を変化させるには十分だ。
少なくとも、心に掛かっていた靄は晴れていた。
「ありがとうございます。楽になりました。」
「それは良かった。さて、それよりも……」
硝成は切り替えると他の封魔局員たちに向き直す。
そして、今までの飄々とした態度を一変させた。
「遂に魔王軍が動き出してしまった。猶予は無い。
僕も腹を括って話すとしましょう……
アンブロシウスの守護者の現在。メセナの現状を。」
曰く、メセナはアンブロシウス事変で既に壊れていた。
記憶を引き継ぐ事が出来なくなった彼女は
自分が何者なのかすらも徐々に曖昧になっていった。
そして数週間前……アンブロシウスへの攻撃を
開始した魔王軍によってその隙を突かれてしまったのだ。
「なるほどな? 記憶が毎回リセットされるのなら、
ニセの出来事だって偽装し放題、利用し放題と。」
「けど魔王軍からしたら随分ラッキーだったな。
偶然メセナにそんな呪いが掛けられていたから――」
「――そこです。これは僕が雇った探偵の推理ですが
メセナに呪いを掛けた張本人。怠惰のサギトの正体。
それは『魔王軍の尖兵』だったのではないでしょうか?」
「「!?」」
朝霧たちは動揺に似た衝撃を受ける。
オーナーから聞いた怠惰のサギトの印象は
決して悪い物では無かった。むしろ……
「怠惰のサギトはメセナさんを助けたのでは?」
「彼女を助けるのに記憶を消す必要は無いでしょ?」
アンブロシウスに来て怠惰の行った『事実』は三つ。
メセナに数日間接触し懐柔したこと。
領主邸を襲撃し当時の領主を殺害したこと。
そして、メセナに呪いを掛けたこと。
「最高指導者の殺害と最大戦力の弱体化。
どちらもこの街に対する破壊工作に他ならない。」
「だが魔王軍が出来たのは戦後で、
怠惰が現れたのは十五年も前のことだぞ?」
「その時には既に現れていたでしょ?
後に魔王軍の前身となるアビスフィア帝国を建国した
個人活動家――通称≪天帝≫が。」
「じゃあ……つまり!?」
「えぇ……『怠惰のサギト』および『暴食のサギト』。
二つの災害は共に≪天帝≫の配下に違い無い!」
先輩局員たちは顔を見合わせ頷いた。
ただちにこの情報を共有しようと通信を開始する。
そんな中、朝霧は硝成に囁くように問う。
(それって、森泉さんの推理ですか?)
(? えぇ。この世界に探偵は彼だけです。)
(あの人、メセナさんの過去を誰に聞いたんです?)
硝成は一瞬目を丸くすると
面白そうに、からかうようにニヤついた。
(誰でしょうね? 本人に聞いてみては?)
ふぅん、と気の抜けた返事をすると、
朝霧は先輩局員たちに呼び出された。
とにかく今は襲来した魔王の対処が優先。
朝霧には応援要請の場所に向かうよう指示が下りた。
その時――
――ゴォォォオオッッ!!
爆音と共に閃光が飛来した。
青黒い負のオーラを全身に纏い『ソレ』は降り立つ。
「な!? どうして此処に!?」
「敵を捕捉、排除する。」
「――ッ!? 総員退避!」
女は手のひらを局員たちにかざす。
と、同時に莫大なエネルギーが空間を抉りとる。
しかし、その光が局員を殺す事は無かった。
「? 攻撃、受け止められた。貴女は誰?」
余波の土煙が晴れると、
そこには硝成を守るように大剣を構えた朝霧がいた。
「アンブロシウスの守護者……いや、メセナ!!」
「! 僕の名前を知っている? 殺しそこねた敵か?」
メセナは四肢に魔力を込めると、
朝霧の静止も聞かず一瞬でその間合いを消し去った。
「ちゃんと、殺す。」
「待っ……!」
会話の余裕も無い連撃が続く。
一撃一撃がドス黒い魔力を纏った重撃。
自然と朝霧は防戦一方となる、が――
「――飛翔剣!!」
「ッ!?」
アランの斬撃がメセナを引き剥がす。
それを合図に封魔局員たちがメセナを囲んだ。
「アラン! 皆!」
「朝霧、話し合いは後だ。まずは無力化するぞ!」
朝霧は頷きブレスレットの装飾に触れる。
狂気限定顕在・≪序≫。本気で向かう。
封魔局対アンブロシウスの守護者。衝突が始まった。
「ッ!? 守護者め、素早い!」
「近接専門以外は近づくな! 接近戦は朝霧に任せろ!」
「飛行手段もある! 決して上を取らせるな!」
封魔局員の連携は素晴らしく、
朝霧を主軸に数の理でメセナに対抗する。
見る見るうちにメセナを追い込んでいった。
(っ……! マズイ。一旦距離を……)
「今だ! アリス!」
メセナの背後にアリスが迫った。
青黒いオーラを貫きメセナの背中に指を押し当てる。
「負のオーラなら専売特許! 『死を想え』!」
「ヅッ!? ガァァアッ!!」
確実なダメージがメセナに入る。
遂にアンブロシウスの守護者に膝をつかせた。
が――
「!? アリス、離れて!」
メセナの足元。影が壊れた噴水のように吹き出した。
黒い煙状の影が彼女の体を包み込む。
すると、その影の中から顔が浮かび上がった。
「困りますよ、封魔局。
彼女は我々の大事な大事な現地協力者。」
「お前まさか、魔王軍か!?」
「いかにも。そして皆様、上をご覧ください。」
見上げた先には巨大な機械。
アンブロシウスのさらに上空を覆う鋼の物体。
朝霧の元の世界には存在しない代物だが、
それが何なのかは直感出来た。
「空中戦艦……!?」
戦艦が真上を飛行する。
その結果。この場所一帯に大きな影が差し掛かった。
「ッ! しまっ!」
メセナたちに視線を戻すと、
既に体のほとんどが地面に引きずり込まれていた。
「では皆様。私はこれで……」
逃すまいと大剣を叩きつけた。
しかし既にそこには何も居なかった。
――直後、戦艦から大音量の放送が流れる。
『我々は暴食の魔王軍。繰り返す。暴食の魔王軍なり!
これは宣戦布告であり、解放宣言である!』
各地で民衆たちが天を仰ぐ。
指を差し、眉を潜め、ざわつきながら聞き入った。
『アンブロシウスの民衆たちよ。我々は味方だ!
既に我々はアンブロシウスの守護者と盟約を交わした!
我々の目的は、この街の完全独立! 故に解放宣言!』
各地で封魔局員たちが空を睨む。
ハットを抑え、糸を伸ばし、大剣を握りしめた。
『帝国時代より敵は唯一つ! 魔法連合――封魔局なり!』
二章第三十九話にてメセナの「祝福名」を公開する改稿を加えました。詳しくは活動報告をご覧ください。