幕間のニ 冥闇の城
――――
其処は、まるで深海。まるで深淵。
天より差す緑の光が古びた城を照らしていた。
其処は、まるで廃墟。まるで遺跡。
忘れ去られた宮殿に亡霊達が跋扈する。
――此処は亡霊達の居城『レヴェナント』。
闇社会の王、特異点≪黒幕≫。彼が治める冥闇の城。
その城の一室で、亡霊の一人が声を発した――
「えー……ではこれより新人歓迎会を行います。」
気だるそうに司会する女の名はシックス。
死んだ目でマイクを握り、長机の前に立つ。
「えー……まずは本日の主役から自己紹介を……」
「元ヘッジホッグの一員……レベッカ。
今回、新たに『アヴァリス』の名を貰いました。」
強欲のサギト、ガイエスが黒幕に託した遺品。
透過の祝福を持った元盗賊の少女、レベッカである。
また彼女の横では狼のヘラウスが寝ていた。
今回亡霊達へ正式加入するにあたり、
彼女には新たなコードネームが与えられたのだ。
それが『アヴァリス』。強欲を意味する言葉だ。
「頭領を偲んでいただき、ありがとうございます。」
「ほーい。じゃあ続いて参加者の紹介。」
アヴァリスに対して机を挟んだ反対側。
和装を纏った赤髪の男が起立する。
「では拙者! 吸血鬼の厭世、よろしく!」
「はいどうもー。以上一名でしたー。」
「……」
「……」
場の空気がどんよりと暗くなる。
気を使ってか、アヴァリスは小さく拍手した。
「って、少ないでしょうがッ!?」
「マイクを投げると危ないであろう、シックス殿。」
「三人! 私含め三人って! 司会いらないでしょ!?」
「じゃんけん、負けたであろう? 諦めよ。」
シックスはあぐらで座ると
乾杯も待たずに酒をあおり顔面を赤くした。
「あーあーあー。弱いくせにあんなに飲んで……」
「ヒック! うるしゃあーい!
オードブルも私が食べりゅう〜〜〜〜!」
がっつくシックスに呆れながら
厭世はアヴァリスのグラスに飲み物を注いだ。
「ど、どうもで――」
「――寒凪に、盃交わす、新たな子。」
「……? ん? なんです?」
「俳句だ。どうだ、お主も一句?」
アヴァリスは癖の強い先輩二人に動揺していた。
動揺というよりむしろ、引いていた。
すると――
コツ コツ コツ
――音が近づく。足音ともう一つ。
まるで足が三本あるかのような歪な足音だ。
「うげぇ……ヒック! アイツが来ちゃあ〜〜」
扉が開く、と同時にアヴァリスは背筋が凍る。
寒気。悪寒。冷たい威圧。生物としての危険信号。
目の前に現れたその人物に本能が戦慄していた。
それは寝ていたはずのヘラウスも同じだった。
「――慄くな、強欲の狼共。」
現れたのは杖を突き、黒いローブで全身を覆った男。
フードを被りペストマスクで口元を隠しているが、
目元から病的な青白い髪と肌が露出していた。
全体的に老人のような印象を与えるが、
肌艶はむしろシックスと同年代と思える物だった。
(! この男は確か、亡霊達の……!)
「これは副長殿。先に初めていますぞ。」
「……のようだな。シックスがかなり赤い。何杯目だ?」
「いっぱーい! ヒック!」
男の名はネメシス。亡霊達の副長。
即ち、黒幕が最も信頼する右腕的存在である。
「しかし、副長殿は待機中であったはずでは?
確か――件の空中都市へ乗り込めるように、と。」
(ッ! アンブロシウスか!)
「無くなった。リーダーの命令だ。
今回は我々亡霊達での介入はしないそうだ。」
魔王軍の動向は彼らも警戒していた。
場合によっては介入もあり得たと言う事だ。
「珍しいー、ヒック!
リーダーが漁夫しにゃいなんてぇ、理由は〜?」
「アンブロシウスの守護者……ですね?」
アヴァリスが話に割って入った。
メネシスはそんな彼女に視線を向ける。
「……! すみません、出過ぎました。」
「問題無い。そういえば強欲のサギトは
よくアンブロシウスに出入りしていたな?
やはり守護者とも殺り合っていたか?」
「いえ、頭領があの街には行くのは換金目的でした。
頭領曰く守護者は街の治安を害する者を匂いで
判別しているから、潜伏に徹すれば出会わないと。」
なるほど、と相づちを打つと、
そのままネメシスは彼女たちに背を向ける。
「おや、副長殿。歓迎会には参加しないので?」
「いらにゃい! か、え、れ! か、え、れ!」
「歓迎はしている。だが仕事は山積みだ。
それに……いや、何でも無い。」
酒気を帯びた声を背にネメシスは立ち去った。
暗い通路を征く道中、亡霊の副長は思慮に耽る。
(今、守護者は封魔局を襲っているそうだ……
それは彼らが治安を害しているから? それとも……)
窓の外には緑の光。閉鎖的な世界に声を吐く。
「お前はどう思う? リーダー。」
――アンブロシウス・とある工房――
多くの機材、多くの物品が散らかった油臭い工房。
暗がりの中で鉄をいじる主に、外から女が声をかける。
「御免ください。連絡ありがとうございます。」
「……フィオナか。修理は既に終わっている。」
男は机を指さした。ソレは真っ黒な五本の筒。
銀のアタッシュケースに整然と並んでいた。
――同時刻・空港――
「朝霧さん! こっちです!」
朝霧、アラン、アリスの三人は空港にいた。
彼女たちの目的は物品回収。
アランたちが増援に来た際に持ち込んだ――
「――おまたせ、『赫岩の牙』!」
メセナとの再接触が迫る。魔王軍の暗躍が続く。
未だ後手に回る封魔局であったが、希望はある。
準備を整えているのはこちらも同じ。
朝霧とフィオナ。二人は各々の武器を手に取った。