第十話 世界唯一の名探偵
年期の入った木製の建物。
外の壁にはツタが這ってヒビを入れる。
中では懐中電灯の灯り二つが暗闇を裂く。
内部も荒れ果て床に物が散乱していた。
森泉はどんどん奥へ入り周囲を照らす。
朝霧も警察時代の経験を生かし怪しい箇所を
調べるが何かの発見には至らない。
そんな中、ふと先ほどまでの
この建物の状態を思い出す。
風景に溶け込み朝霧の目には完全に
森にしか見えなかった隠蔽。
もし先ほどと同じ術があれば朝霧に
それを見破る力は無い。
「森泉さん。さっきの手をかざすやつ、
あれどうやるんですか?」
「どうやるって、真似する気か?
あれは僕の祝福だ。祝、福。分かるか?」
真面目な質問を煽りで返され、
朝霧はぷくっと膨れた顔を森泉に向ける。
「個々人の異能力! そのくらい知ってます!」
「ふむ、じゃあ『魔術』と『魔法』の違いは?」
「え?」
「魔術と魔法の違いだ。早くしろ。」
「……負けました!」
「対戦ありがとうございました。」
悔しそうに肩を震わせる朝霧に対して、
森泉は勝ち誇った笑みを向ける。
そしてとても簡単なレクチャーを始めた。
「まず大前提として『魔法』が大枠だ。
魔術も祝福も、全部を引っ括めて魔法と呼ぶ。」
「え? じゃあ『魔術』と『祝福』の違いは?」
「お前がさっき言った通り『祝福』は『個々人の異能』だ。
真似しようと思っても出来るような物じゃない。
それに対して『魔術』とは『習得可能な技術』の事だ。」
「あ!」
朝霧は探偵の発言と共にこれまでの経験を想起させる。
例えば彼女の身近な所で言うのなら、
フィオナは糸の能力に加えて治癒魔法も多用していた。
この場合、糸がフィオナの祝福であり、
治癒魔法は他の者でも扱える魔術という事になる。
「なるほど……それで森泉さんの祝福は?」
「僕の祝福は『あらゆる隠蔽を解除する祝福』だ。
隠すという意思があれば全て暴ける。
試しに何か僕から見えないように隠してみろ。」
言われるがまま落ちていた瓦礫を手の中で隠す。
森泉は同じように手をかざし、呪文を唱える。
すると、朝霧の手がくるんと独りでに動き、
森泉の目に瓦礫を見せつけた。
驚くべきことは朝霧の意思に関せず
動いたことと、物理的な隠蔽すら暴いたことだ。
朝霧は素直な感想を示す。
「気持ち悪っ!」
「は? なんだとお前。」
「あ、いやすいません……!
でもこれなら怪しい所に片っ端から使えますね!」
「――ふざけるな!
そもそもこれは僕自身がそこに何かあると
確信してない場合は発動すら出来ない。
世界唯一の探偵たる僕に当てずっぽうをしろと!?」
全く気が合わない事に朝霧は頭を抱える。
恐らく探偵は彼女の一挙手一投足を
余すこと無く局長へと報告するのだろう。
どうにか関係悪化は避けたいと朝霧は悩む。
「あれ、そういえばなんで世界唯一なんですか?
他に探偵はいないんですか?」
「口より手を動かしたらどうだ?
まぁいいだろう、答えてやる。」
(いちいち何か言わないと会話出来ないのか?
この人は……)
そう考えていると森泉が話し出す。
「理由は単純。割に合わないからだ。
魔法使いは皆祝福を持っている。
それは『触れるだけで人を殺せる』物もあれば、
それこそ『ちょっと料理がおいしくなる』程度の
物まで幅広く存在している。」
漁りながら彼は口を動かす。
「あまりにも多すぎる犯行の選択肢。
そんなものを相手に探偵をやるなど正気じゃない。」
「なら、なんで森泉さんは探偵に?」
「……僕の祝福にはもう一つ大きな制約がある。
生み出す魔力が特殊過ぎて魔術に転用できない。
つまり魔術が使えない。」
――魔術。
祝福によって生み出される魔力を使い、
誰でも再現可能な術のこと。
そして顔合わせの際に森泉本人が言っていた、
戦闘能力が無い、という発言。
ここから導き出される答えは一つしかない。
「つまり森泉さんって、
隠蔽解除しか魔法が使えないんですか?」
朝霧に煽りのつもりは無かったが睨まれる。
思わずしまった、と視線を逸らした。
やがて一階を調べ終え、二人は階段を上る。
するとその途中で再び森泉が話し出す。
「希にいるんだ、祝福しか使えない魔法使いが。
大抵の場合はその祝福が反則的なまでに
強いことが多いが、僕のはサポート特化過ぎた。
結果、秘密を暴いて回る探偵しか脳のない男になった。」
皮肉男の突然の自虐に申し訳なくなり、
朝霧は黙々と捜査に戻る。
そのとき――
「「っ!?」」
――下から物音がした。直後一階に明かりが灯る。
二人は即座に屈み光が漏れる階段を注視した。
(どうしますか!? 森泉さん!)
(こんなとこに来るのは犯人しかいない。
外の隠蔽が解けていることで僕らの存在にも、
恐らく気づいているだろうな。
……? どうした? 早く捕らえてこい。)
(はぁ!?)
(戦闘がお前の役目だろう?
一階で既に証拠は得ている。さぁ行け。)
マジかこいつ、と思いながら
朝霧がゆっくりと階段に近づく。
直後、激しい音に彼女は思わず後ろへ振り向く。
階段とは反対側。
森泉の後ろの床が耳障りな音を立て穴を開けたのだ。
そしてその穴から飛び出した黒い影が森泉を襲う。
瞬時に構える森泉だったが、
彼はすぐに体勢を崩され投げ飛ばされた。
「のわぁーーーー!!」
情けない悲鳴と共に隣の壁を突き抜ける。
やがて廊下では朝霧と人影のみが静かに対峙した。
影を注視してみるとその人物像がうっすらと見える。
黒いパーカーに金色の髪をみせる、女性だ。
直後、暗闇にナイフの光が輝く。
朝霧は赫岩の牙を抜刀し刃を向け女に突進した。
だが女はひらりと身を翻し朝霧の頭上を華麗に越える。
(クッ! 身軽だ。面で攻撃しなきゃ捕らえられない!)
朝霧が大剣を大きく振りかぶる。
縦の一振りでなぎ払おうとしたのだ。
しかし――
ザクッ!
狭い屋内、朝霧の大剣は天井に刺さり停止する。
そんな隙は逃さないと言わんばかりに
女は朝霧との距離を詰めた。
ナイフが煌めく。朝霧の首をめがけ殺意が迫る。
殺される――
「――ハイ、チーズ。」
カシャ、という音と共に、
女の顔をフラッシュが照らした。
森泉だ。彼が自身の携帯で写真を撮ったのだ。
そして驚く女の動きは止まる。
すると森泉は携帯を操作し画面を女に向けた。
「送信完了。封魔局三番隊、ドレイク隊長宛だ。
分かるよな? ≪火龍≫のドレイクさんだ。」
その言葉に刺激されたように、
歯をぐっと噛みしめ女が標的を森泉に移す。
ナイフの光が弧を描き森泉へ向かった。
――が、森泉はその腕を握り攻撃を受け止めた。
そして彼は女に顔を近づけ凄む。
「違うだろ? 顔も隠れ家も既に暴かれた。
お前が今すべきだったのは僕らの殺害じゃなく、
一刻も早く逃走することだった。」
「っ……!」
「まぁもう逃がさねぇけど?」
「――ッ!」
不服そうな表情を見せると、
女は森泉の腹を蹴飛ばし拘束を解く。
また情けない悲鳴を上げ悶絶する森泉を置き、
女は廊下の窓ガラスを突き破り夜の森へと消え去った。
そんな女の後を、
朝霧が慌てて追跡しようと窓に乗り出したその時――
「――待て! 何のつもりだ? 朝霧。」
森泉が彼女を静止する。
「何って、追跡を……」
「この狭さで大剣を振るようなお前が、
森の中を逃げる身軽な犯人を、か?」
皮肉が嫌に心に刺さる。
朝霧が追ったところで危険が増えるだけだろう。
しかし――
「しかし、このまま逃しては……!」
「安心しろ。コレがあるからな。」
「……発信器?」
見せられたのは携帯の画面。
赤い点が移動する様子が表示されている。
森泉が腕を掴んだ一瞬、
恐らくそこで仕込んだのだろう。
「これが、魔術が使えない僕のやり方だ。」
「ならコレを使って追跡を――」
「――するのは正規の封魔局員だ。
僕は情報を渡して終了だ。」
「え、なぜ?」
「いいか? 仕事を長く続けるコツは
自分の領分を超えない事だ。」
――二日後・封魔局本部――
以前通された空き部屋、家の無い朝霧に
割り当てられた彼女の部屋に通信がかかる。
通信の主はドレイク隊長。
おふざけは無くすぐに来るようにと急かされる。
――――
本部の一室。
部屋には朝霧の他にドレイク、フィオナ、森泉。
そして初めて合う封魔局員二人がいた。
見知らぬ女性局員が口を開く。
「初めまして、朝霧。私は六番隊隊長ミストリナ。
早速だが昨晩、そこの探偵の依頼で犯人の追跡を
行っていた私の部下三名が……
――死体で発見された。」