第三十ニ話 亡者のジョーカー
硝成と朝霧。
コイントップの二名の対立に観客は熱狂していた。
第六ターンを目前にして会場は熱気に満ちる。
それを良しとしたのか、オーナーは二人を更に煽った。
「素晴らしい……ッ! 素晴らしいですぞ……ッ!
硝成様は朝霧様を落とせるのか!?
そして、朝霧様はこのまま逃げ切れるのか!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
硝成 109(−109)
朝霧 237(+109)
ラニサ 34
―――――――――――――――――――――――
「さぁ……! 運命の第六ターン、スタートです!」
トランプが空中よりばら撒かれた。
空中操作のイカサマが消えた今、
朝霧に配られるカードはこれまで以上に強かった。
(――! クイーンだ!!
ジョーカーがさっきのターンで消費されたから、
今これよりも強いのはキングだけ……!)
朝霧は今まで以上に多く、五十枚を賭けた。
だがしかし……
「硝成様! ラニサ様! 両者共にキングッ!
最下位はまたまた朝霧様でございます!」
(――ッ!)
やはりイカサマは継続して行われている。
不正を行わない朝霧が正攻法で勝つのは難しい。
朝霧が勝利するためには不正追求が必須だ。
「不正の指摘です!
硝成さんはカードを取り替えている!」
「具体的にはどのように?」
「え……?」
「私の祝福はいささか条件が厳しいのです。
具体的どのような手段かは追求していただきたい。
それとぉ……」
オーナーは目を細めながら朝霧のもとに降りる。
そして、顔を朝霧の耳元に寄せ囁いた。
(指摘の回数はある程度控えていただきたい。
ゲーム進行が遅れますし、何より見苦しい。)
(――!? そんな……!)
(デント様のような大物なら滑稽で面白いですが……
素人の貴女が行えば不快なモノになりかねない。
せっかく会場が盛り上がっているのですから……ねぇ?)
ここでオーナーを不快にさせれば
得られる物も得られなくなるかもしれない。
朝霧は俯いたまま静かにコクリと頷いた。
「フフ……ここは紳士ルールで、ね?
さて、朝霧様! 追求はありますかな?」
「…………ありません。」
―参加者――――――所持コイン――――――――
硝成 159(+50)
朝霧 137(−100)
ラニサ 84(+50)
―――――――――――――――――――――――
「あぁ……! このままじゃ朝霧さんが……!」
モニターに映し出されたコイン変動に
観客席にいたアリスは怯えていた。
再び集合してたフィオナも焦りの色が隠せなかった。
「……とにかく! 我々の出来るサポートをするぞ!」
「サポートってもう一度同じのをですか?
恐らくあの男に同じ手は通用しないんじゃ?」
(……っ! 確かにそうだ……!
かくなる上は私の糸で本当にイカサマをするか?
上手く行けばそれもブラフと思わせられるんじゃ……)
「――外野が騒がしそうだな。閉じちゃおうか!」
そう言うと硝成は頭の上で指を鳴らす。
――瞬間、朝霧たちを隔離するように
ステージ上を覆うような光の結界が展開された。
「ほう! 魔法遮断の結界ですか?」
「えぇそうです、オーナー。
外から来るあらゆる魔法を弾く障壁です。
不正でも無いですし、構いませんよね?」
オーナーはしばらくの間アゴ髭を撫で回すと、
ニカッと口角を鋭く上げた。
「えぇ、いいでしょう! ゲーム続行です!」
(そんな……! これじゃあ本当に、
フィオナたちのサポートを受けられない……!)
糸電話は追求された。外部との連携は見込めない。
相手は堂々とイカサマを続ける。しかし、
朝霧には単身でその不正を暴くだけの知識が無い。
「第七ターンスタート! ……オープン!
朝霧さま、またまた敗北でございます!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
硝成 174(+15)
朝霧 107(−30)
ラニサ 99(+15)
―――――――――――――――――――――――
目標ボーダーである百枚がすぐそこまで迫る。
オーナーの要求により少額の賭けは実質禁止された。
チラリと客席を見るとフィオナたちが焦っている。
万策尽きたのだろう。表情から読み取れた。
「さぁ! どなたか追求はございますでしょうか?」
(分かんないよ……分かんない……!)
朝霧は俯き、膝の上で拳を握って震えていた。
その様子を眺めながら硝成はふくみ笑いで煽った。
「諦めな? ここから先はもう消化試合だ。
あの時僕の提案を拒んだ君が――愚かだったんだ。」
朝霧の目に涙が貯まる。
脱落による死の恐怖よりも、悔しさが勝った。
ここまで来て全て無に帰してしまうことへの悔しさだ。
(助けて……アリス、アラン……!
助けて……フィオナ……! 誰かぁ……!)
オーナーは再びカード配布に移ろうとしていた。
追求のラストチャンス。朝霧の唇は震えていた。
「助けて…………森泉さん――」
「――ソフィアクルース、あらゆる秘密は暴かれる。」
突如、魔力遮断の障壁が爆音を立て揺れ始めた。
驚く硝成が上を見上げた時には既に、
結界は砕かれたガラスのように崩壊を開始した。
――しかし、異変はそれだけでは止まらない。
テーブル中央、対戦で消費された捨て札の山が
爆発でもしたかのように宙を舞って裏返る。
会場からはどよめきの声が上がっていた。
「――ッ!? この術は……!」
(森泉さん……! あれ……この捨て札……!)
混乱の喧騒の中で朝霧はテーブルのカードを見つめた。
そこにあったのは……二枚のジョーカーであった。
一枚は五ターン目にデントが出したカード。
そして残り一枚は……先ほど硝成が捨てたものだ。
(もしジョーカーに書き換えたのなら使えばいい。
わざわざ捨て札に置いたのは……)
「オーナー様。ラニサ、不正を指摘します。」
(――!? しまった……! 先を越されてしまった!)
これまで不動であったラニサが動く。
そして、その小さい指を硝成に向けた。
だがその内容は朝霧の思っている物とは別物だった。
「そこの降霊術師様は、今までずっと……
幽霊を使って全員の手札を覗いていましたね?」
(……え?)
「『罪ありき』! まずは一つ!」
オーナーの言葉に朝霧はハッとした。
ここで朝霧がジョーカー二枚の謎を解けば
硝成は連続指摘により脱落させられる。
ラニサはそのタイミングを見て別の指摘をしたのだ。
(つまり私が……私がこの人を……)
落とせてしまう。殺せてしまう。
朝霧の手に命を奪えるスイッチが舞い込んだのだ。
それを理解し、彼女の口は閉じてしまった。
(おいおい……マジか、朝霧桃香。
まさかこの期に及んでまだ怖気づいているのか?)
「朝霧様、指摘はございますか?」
「…………」
(とんだ甘ちゃんだな。このままゲームを続ければ
イカサマ無しの運勝負に持ち込めるだろうな。)
硝成は黙り込んでしまった朝霧を嘲笑し、
打算的に先の先までに思考を巡らせた。
「なぁ……朝霧桃香――」
「…………ッ! なん……ですか……」
「そりゃ別に悪くも無い一般人は殺せないよな!
――けど人生は『有限』! 悩む時間とかマジで無駄!
沢山の死を見てきた……降霊術師からの助言だぜ!」
「――!!」
朝霧は仲間たちに目を向けた。
彼らと、特にフィオナと共にここまで来たのだ。
朝霧個人のエゴでその努力を無駄には出来ない。
朝霧は硝成のイカサマについて追求した。
「硝成さんは捨て札でイカサマをしていました……」
「ほう! 具体的には?」
「捨て札にある強いカードを『コピー』し、
山札内での強カードの枚数を徐々に多くしていた。
普通なら他人も強化しちゃうイカサマだけど……
貴方にはデントさんにもバレない空中操作術がある。
それで自分だけ有利なカードを呼び込んでいた。」
(それでいい……朝霧桃香。)
硝成は捨て札の二枚のジョーカーを見つめる。
片方は捨て札という墓場に残るデントの遺品だ。
(降霊術師が敗れた亡者にしてやられる。
フッ! 中々皮肉が効いてていいじゃないか。)
「それでは……審判の時ッ!」
光が硝成を包み込む。そして――
「『罪ありき』! 連続追求成功!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
硝成 0(−174)
朝霧 194(+87)
ラニサ 186(+87)
―――――――――――――――――――――――
「硝成様脱落でございます!」
「はいはーい。バイバイ、朝霧桃香!」
最期まで飄々とした態度で男は奈落へと消えた。
朝霧は自責の思いでその光景を目に焼き付けた。
「さて……と。決まりましたな、結果。然らば……
――エクセレント!! ラニサ様、朝霧様!」
空気を揺らすほどの大喝采が勝者を包みこんだ。
――――
ステージが元の位置に戻ると、
朝霧を押し倒す勢いでアリスが突進してきた。
「朝霧ざぁぁあ――――んッ!!!!
よがっだよぉぉおおおお!!!!」
「うがっ! ありがとう、ありがとうアリス。」
号泣し抱きつくアリスの背後にフィオナたちも着く。
そんな彼女たちに拍手と共にオーナーが近づいた。
「よくぞ全ての試練を乗り越えましたな! 朝霧様!」
「オーナー……分かっていますよね?
貴方は……! 人殺しのゲームを……!」
朝霧は思わず睨んだ。
だがオーナーはそんな彼女を笑い飛ばす。
「ぷ! アッハッハッハ!
そうでしたか、そうでしたか!」
「何が可笑しいんですか……!」
「いぃえね? ハハハ! あちらをご覧ください。」
オーナーの指した先は会場の窓の一角。
そこにいたのは――
「いやー、ギャンブルたのしー! ね、デントさん?」
「黙れ硝成。俺たち二人はお前に引導渡されてんだ。」
「あーあ、負けたー! なぁレーゼンよぉ?
俺、昼の部と合わせてこれで二連敗だぜ?」
――硝成を始めとした脱落者たちがいた。
朝霧たち四人は目をパチパチさせ戸惑った。
「え……? これって……?」
「私一言も『負けたら死ぬ』なんて言ってませんよ?
貴女は落ちたらどうなりますか、と聞いただけです!」
朝霧はオーナーとの会話を思い起こした。
確かに彼の口からは一言も殺人の話は出なかった。
雰囲気的に、恐らく常連客は知っていたのだろう。
「いやー! 真剣でしたねぇ!? 朝霧様!」
「……あ、あ、あぁ!」
朝霧は自身が切った啖呵の数々を思い起こす。
やがて、羞恥心にまみれ顔を覆ってしまった。
そんな朝霧をからかうようにオーナーは笑った。
「朝霧様のおかげで夜の部は大盛況でございます!
ご覧ください。あそこで騒ぐ彼らを!」
「……ふぇ?」
視線の先は換金所。
観客だった多くのギャンブラーたちが
紙切れを片手にその一角に雪崩込んでいた。
「大穴だー! 朝霧に賭けて良かった!」
「ちくしょー! 普通デントに賭けるだろぉ!?」
「ばーか! 『ギャンブル好きの封魔局員』だぜ?
前評判からして普通じゃねぇってぇの!」
彼らは賭けていたのだ。
メインゲーム『失楽園』の裏で勝者を予測して。
朝霧はその事実を知りさらにワナワナと震えた。
「私たちの頑張りをっ! 賭け事にっ!」
「ハッハッハ! ギャンブルとは、
ディーラーが稼げるように出来ているのですよ!」
またもオーナーは高笑いを上げた。
モヤモヤが残りながらも朝霧は周囲の様子を眺める。
彼らは皆、楽しそうだった。
(まぁ……それならいっか。)
「――さて、余興はこのくらいにして……」
オーナーが声色を変えた。先ほどまでとは打って変わり
真面目な目付きで朝霧たちの顔を直視する。
「約束のディナーでもしながら聞かせていただきます。
――封魔局が元領主邸に来た『目的』を。」
二十九話〜三十一話についての改稿について
昨日上記の話にて改稿を行いました。
二十九と三十話についてはただの誤字修正です。
三十一話については自分の中で気になる矛盾点を見つけたので表現を変更しました。
展開の大きな変更はございません。
また、新たにブックマーク登録ありがとうございます。大変うれしく、自信につながっております。