第三十話 推測
歓声が響く。熱狂が包み込む。
人間が奈落の底へと落下したことを無邪気に喜ぶ。
「さぁ! ゲームを続行いたしましょう!」
「……ま、待ってください……ッ!」
朝霧は立ち上がり異議を申し立てた。
異様な空気に。異常なゲームに。
「さっきの人は……生きていますよね?!」
「ふむ。貴女はどうです?
貴女はこの穴から落ちて無事でいられますか?」
「――ッ!! ふざけないで!! 人の命を何だと……!」
再びドッと歓声が起きた。
朝霧を嘲笑うかのような不愉快な笑い声だ。
異常だ。オーナーも客も、普通では無い。
そしてそれは、参加者たちも同じだった。
「あちゃー……デスゲームだったか。
安易に参加したのは間違いだったなー。」
「私は会長の意に従うまで。」
「おい、早くゲームを再開しろ。」
朝霧は、あまりにも周りが平静であるがために
おかしいのは自分の方ではないかとすら思えていた。
だが、やはりこんなゲームに参加など出来ない。
「それはいけませんねぇ、朝霧様。
このゲームは原則! 途中離脱不可でございます!
気付きませんでしたかな? このステージには
内にあるものを閉じ込める結界がございます!」
「ッ!? こんなの……こんなの!」
納得出来ない。
人が死んでしまうゲームなど続行出来ない。
朝霧のそんな感情を読み取ったのか、
オーナーは不遜に笑った。
「ふむ、ではこうしましょう。」
「……?」
「皆様! えぇそう! プレイヤーの皆々様!
ここで今宵のみの『特別ルール』を追加いたします!」
会場中からどよめきの声が聞こえる。
プレイヤーたちも思わず意識をそちらに向けた。
そんな視線を一身に浴びながら、
オーナーは新たなルールを宣言する。
「もしコイン百枚以上を所有し勝利した方!
特別に私がディナーにご招待いたします!」
……オーナーの提案に会場の誰もが首を傾げた。
(食事にありつける……てことか?)
(まぁ権力者との会食。得られる物もある……か?)
(おっさんとディナー? 要らんが。)
疑問に思ったのは朝霧も同じだった。
だがフィオナだけはその意図に気づき戦慄した。
「不味いな。これは実質……桃香個人への制限だ。」
「? どういうことですか、フィオナさん?」
「思い出してくれ。我々がここへ来た目的は
オーナーと面会して情報を得る事だ。」
アンブロシウスの守護者『メセナ』の情報を得る。
それが彼女たちの目的だ。であれば……
(そうか! ディナーにありつければ対話が出来る!
…………いや待って、違う! むしろ逆だ!)
オーナーの思惑に朝霧も気付いたようだった。
表情から観戦席のフィオナたちにもその事が伝わった。
「どうやら……桃香も気付いたようだな。
仮に誰かが百枚以上を持ってゲームをクリアした時、
オーナーはその人物とディナーをしてしまう。
つまり……今夜の面会の機会を失ってしまう。」
「――! いや、でも……
今なら封魔局の権力で押入ればいいのでは?
こんな真っ黒なゲームをしているのだから……」
アランの問いにフィオナは首を振った。
そして朝霧にも聞こえるように糸を口元に寄せる。
『桃香も聞こえるな?
このゲームは死人が出ているが、死体は出ていない。
それどころか、血の一滴すらも客には見えていない。
つまり……本当に死者がいるという証拠が無い!』
死体は奈落の遥か底。いや、もしかしたら
アンブロシウスから落とされているのかもしれない。
運営側がステージを用意している以上、
死体を隠蔽してしまうことなど容易いのだろう。
『これでは封魔局の権力で押し入ったとしても、
何の証拠も得られずに無意味に終わってしまう。
我々の本来の目的である情報収集も出来ずに、だ。
つまり……我々はゲームを続けるしかなくなった。』
続けなければオーナーの口は閉ざされる。
それではここまで来た意味が無くなってしまう。
今のアンブロシウスで朝霧たちが優先するべきは……
「脳内での議論は終わりましたかな?
それで、如何いたしますかな――朝霧様?」
不平不満を飲み込むように朝霧は深呼吸をした。
そして――
「ゲームを続けます。」
―参加者――――――所持コイン――――――――
レーゼル 139
硝成 119
デント 94
ラニサ 36
朝霧 2
―――――――――――――――――――――――
ゲーム再開。第四ターン。
過去三ゲームで使われたトランプたちが
まるで逆再生映像のようにオーナーの手元に戻る。
(おや……トランプの枚数が……少なくなっていますね。)
そんな事を考えながらオーナーは山札を切る。
そして、再度三枚のカードがプレイヤーに配られた。
(……私の勝利条件は『コイン百枚以上所持での勝利』。
けど現状あるのはたった二枚だけ……!)
次も最下位となってしまった場合、
たとえ一枚しか賭けなくても負けてしまう。
『桃香……そのまま静かに聞いてくれ――』
――――
「皆様決まりました! それでは……オープン!」
場のカードたちが開示される。賭け金は当然一枚のみ。
そして、朝霧の賭けたカードはやはり最下位だった。
―参加者――――――所持コイン――――――――
レーゼル 202(+63)
硝成 88(−31)
デント 74(−20)
ラニサ 26(−10)
朝霧 0(−2)
―――――――――――――――――――――――
「フォウッ!! 俺の一人勝ちじゃねぇか!」
「ふむ……これは決まりましたな、それでは――」
「――はい!」
朝霧は大きく手を伸ばす。その手は緊張で震えていた。
唇をグッと噛み締めてオーナーの目をまっすぐ見つめる。
「如何されましたかな? 朝霧様?」
「イカサマの……指摘をします!」
その言葉に会場中からは喝采が向けられた。
観客の中でも朝霧の逆転を見たい者が多いのだろう。
会場のボルテージが上がるのを肌で感じながら、
オーナーは愉しそうにいつもの言葉を述べる。
「ではイカサマをした人物とその手段をどうぞ!」
朝霧はゴクリと唾を飲み込むと、
フィオナの言葉を脳内で再生するように繰り返した。
桃香。……そのまま静かに聞いてくれ。
このままでは他の者より先に指摘することは不可能。
そこで……予め人物と手段を桃香に伝える。
人物と手段を事前に教える。
即ち――ただの『予想』を使って勝負に出るのだ。
「こんな方法で大丈夫なんですか、フィオナさん……?」
「危ない賭けだ。だが後が無いのも事実。
それに……根拠が伴えば『憶測』は『推測』に変わる。」
フィオナは過去のターンを思い起こした。
第一ターン。被ったエースを出したのは二人。
不敗神話保持者レーゼルとメイドのラニサ。
どちらかがイカサマをしたのは確定だ。
続く第二ターン。
朝霧以外が出したのはキング三枚とジャック二枚。
そして、勝ったのはサトリ、レーゼル、硝成。
ジョーカーとエースが前のターンで消化された以上、
普通に行えばキングは最強のカードである。
「二回連続で最強のカードを手にした三人。
その中でイカサマが確定的なのは……レーゼルだ。
山札から厚さ数ミリの任意のカードを識別して、
バレずにテレポートさせるのは流石に困難だろう。
ならば、行ったイカサマとは……」
朝霧はレーゼルをまっすぐ指さした。
「レーゼルさん。一ターン目の時、
貴方はカードの『書き換え』をしましたね?」
ただの考察に過ぎない。
だが、言うだけならタダのルールだ。
審判の光が咎人を包み込む。
「『罪ありき』! お見事でございます、朝霧様!
なんと脱落となるギリギリで不正を言い当てた!」
『溜め込んだのは二百ニ枚。不正のツケを払うんだな。
その半分の百一枚。これで桃香は条件クリアだ。』
歓声が朝霧を称賛した。
先ほどよりも更に大きな喝采を以て言祝した。
朝霧は疲れたようにぐったりと椅子に座り込んだ。
安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろす。
すると――
「はーい! 追撃、追撃!」
無邪気に硝成が手をあげる。
そして、先ほど朝霧に指摘されたレーゼルを指差す。
「レーゼルさん。
ずっーと『共感覚』の魔術を使ってるでしょ?
ミラータッチって言うんだったっけ、アレ?
一戦目はそれでサトリさんの思考を読んで
朝霧さんの手札を察知してたでしょ?」
「――!!」
「『罪ありき』ぃ! 追撃成功! 即ち――――」
―参加者――――――所持コイン――――――――
レーゼル 0(−202)
硝成 189(+101)
デント 64
ラニサ 26
朝霧 101(+101)
―――――――――――――――――――――――
レーゼルの床が抜け落ちる。
成人男性の野太い絶叫が朝霧の足元でこだました。
その叫び声が朝霧の耳に嫌にこびり付く。
(……私が……私が指摘したから……追撃が……!)
『桃香、落ち着け! 君が指摘しなくても誰かがやった。
それに今の私たちにはどうすることも出来ない!』
フィオナは必死に朝霧を落ち着かせ、
次のゲームに向けて考えを共有しようとした。
その時――
「おい、不正の指摘だ。」
「おぉデント様! それではどうぞ!」
「朝霧。耳に……そりゃ糸か?
観客席の奴から情報を得ているな?」
瞬間、朝霧の座席が光で輝らされる。
光が真っ赤な輝きを見せるとオーナーはほくそ笑んだ。
「『罪ありき』。」