第二十九話 脱落者
新年あけましておめでとうございます。
先日ブックマーク数が目標にしていた10を突破いたしました。誠にありがとうございます。今年もこの調子で継続していきたいです。
また、この5日間は連続して毎朝9時頃に投稿を行う予定です。
今年もよろしくおねがいします。
朝霧は思わず立ち上がった。
あり得ない。不可能だ。目の前にはエースが五枚。
理論上どうのとか確率上どうだという次元では無い。
「おかしいじゃないですかっ!?
こんな……こんなの! イカサマがあるとしか……!」
「おや、朝霧様! イカサマの指摘ですかな?
ではイカサマをした人物とその手段をどうぞ!」
「いや……そんなのっ……!」
分かるわけが無い。
そんな目で周りの人間を見てはいなかった。
オーナーは問答無用とばかりに宣告した。
「敗者の賭け金は三枚ですので倍の六枚を失います!
今回は勝者五名ですので賭け金の最も多かった
硝成様が二枚受け取る事となります!
現在の所持コイン数はご覧の通りでございます!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
デント 131(+1)
サトリ 89(+1)
レーゼル 71(+1)
ラニサ 45(+1)
硝成 38(+2)
朝霧 6(−6)
―――――――――――――――――――――――
「朝霧様! いきなり半分を失いました!
ここからの巻き返しは可能なのでしょうか!?」
オーナーの煽り文句に観客たちが湧き立つ。
置いてけぼりの朝霧に観客席から声が聞こえた。
それはフィオナの声だった。
「桃香! そのゲームは恐らく……」
「おっと、プレイヤー以外の声掛けはNGですぞ!」
(む! ならば……)
フィオナは細い、細い一本の糸を伸ばした。
朝霧の首筋を伝うように背後から耳に当てる。
『桃香! 聞こえるか? そのまま静かに聞いてくれ!』
(フィオナ!?)
『原理は違うが糸電話のような物だ。
こちらからの一方通行だが許してほしい。』
朝霧は着席に合わせてコクリと頷く。
フィオナはその小さな合図に気付いたようだ。
『理解しているかもしれないが、
これはイカサマを容認したゲームだ。』
朝霧は負けた分のコインを支払いながら聞き続けた。
魔法世界の賭け事において不正行為の防止は困難。
全ての魔法を一括で封じる魔術は存在していない。
少なくとも民間で扱えるほどの普及はしていない。
『いつしか、如何に上手く騙せるかの勝負になった。』
(なるほど……? ゲームの本質がただの運勝負なのも
ゲーム内で行われる賭け金の変動が小さいのも、
イカサマ前提のルールだからってことね。)
そうなれば不利なのは朝霧だ。
彼女には不正の技術もそれに役立つ魔術も無い。
問答無用でイカサマを仕掛ける相手には敵わない。
『――安心しろ。こちらには厄視の眼もいる。
彼女の目で視て、我々でサポートをする!
イカサマを看破して……この勝負勝つぞ!』
(うん!)
朝霧は心の中で大きく頷いた。
覚悟の眼差しを向けながら対戦の席に座った。
――――
朝霧は落ち着きテーブルを見据える。
捨て札は非公開情報。場にはエースとジョーカー。
『まずは確認だ。柄の被ったエースを出したのは誰だ?
名前を言っていくから該当者で糸を揺らしてくれ。』
(場のエースは……ハートが二枚ある!)
完全にあり得ない札は被ったハートのエース。
それを出したのはレーゼルとラニサの二名だ。
『レーゼルとラニサだな。
以降はYESなら二回、NOなら一回揺らしてくれ。』
クイッ クイッ
朝霧は二回ほど糸を揺らした。
YESの合図だ。フィオナはクスッと笑う。
『とにかく現状では判別は不可能だ。
ここは無難にゲームを続行して様子を見よう。』
第二ターンが開始される。
再び空中から舞い落ちるカードが
綺麗にプレイヤーたちの手元に収まった。
(来たカードは……二と六と九……弱い。)
『桃香は不正ペナルティを受けることは無い。』
朝霧にとってこのルール自体は有利だ。
ペナルティで半額を一気に失う事は無い。
『一枚だけ出せば最下位でも二枚しか減らない。
良くない考え方だが、あと二回は負けても脱落しない。
実際に何のカードを出すかは桃香が決めなさい。』
(オッケー、フィオナ。
ここは九を出して……賭け金は一枚!)
オーナーの号令と共に開示される。
場のカードは上から順にキング三枚とジャック二枚。
そして、朝霧が出した九が一枚であった。
「勝者三名! 負け金総額十二枚!
コインの遷移はこちら!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
デント 127(−4)
サトリ 93(+6)
レーゼル 75(+2)
ラニサ 39(−6)
硝成 42(+4)
朝霧 4(−2)
―――――――――――――――――――――――
再び朝霧の負けだ。もはや賭け金は当初の三分の一。
焦りで背中が汗ばんでいくのが分かった。
「どうだ、アリス? 視えたか?」
「駄目です。賭け事をやっている時点で
相手を出し抜こうっていう靄が全員に出てます。」
(チッ! 当然か……それに相手の引きの良さ。
誰がイカサマをしているのか、と考えるのは無駄だな。
いつ、どうやって不正をしたのか、そこが重要……!)
周囲のプレイヤーは異様なまで引きが良い。
イカサマ無しの朝霧では勝負にすらならない。
『桃香! すまないがもう一戦してくれ。
次で必ず……イカサマを見つけ出す!』
クイッ クイッ
信頼しているのだろう。間髪入れずにYESの合図だ。
フィオナはまじまじとステージに目を光らせる。
勝負の第三ターン。
朝霧のカードはやはりパッとしない。
最大の数字とたった一枚のコインを投げる。
「オープン! おおっと、サトリ様の一人勝ち!
コイン七十五枚が一気に一人のもとに流れました!」
―参加者――――――所持コイン――――――――
デント 94(−33)
サトリ 168(+75)
レーゼル 55(−20)
ラニサ 36(−3)
硝成 35(−7)
朝霧 2(−2)
―――――――――――――――――――――――
『分かったぞ! 今の不正は――』
「――はーい! 僕不正見つけちゃいました。」
息巻くフィオナが朝霧に伝える前に、
参加者の一人硝成が軽い口調で手を上げた。
「ではイカサマをした人物とその手段をどうぞ!」
「サトリさん、すり替えてるね。
捨て札のカードから転移魔術を使用して、ね?」
「…………」
男は眉一つ動かす事無く平静を保っていた。
長年ギャンブラーをして培った技術なのだろう。
だがしかし、指摘された後では意味が無い。
「それでは失礼しまして……審判の時!」
オーナーは天空に向けるように手を伸ばした。
彼から発せられた光が天井で反射し、
指摘されたプレイヤーに降り注ぐ。
「祝福発動――『光の天秤』。」
瞬間、光は真っ赤に発光した。
「『罪ありき』! 告発成功でございます!」
オーナーの祝福は罪を判別する光。
真っ赤に発光すれば『罪ありき』。
青白い発光を見せれば『敬虔なり』となる。
『クソ! 先を越されてしまった!
この伝達方法では他人よりもラグが生まれるか!』
後悔するフィオナを他所に
オーナーはゲームを続行しようとしていた。
「ではコインの推移はご覧の――」
「――あー、待った。なら俺も不正の指摘だ。」
オーナーを遮ったのは前評判で
不敗神話保持者と言われたレーゼルだった。
「ほう! ではレーゼル様、告発を!」
「サトリ、最初のターンで『視覚』を飛ばしていた。
封魔局の嬢ちゃん……朝霧だったか?
その子の手札をカンニングして一瞬口が緩んでた。」
「え!?」
再びオーナーの光が男を包み込んだ。
そしてこれも、真っ赤に光る。
「『罪ありき』! いやー、素晴らしい!
最初のターンの不正をこのタイミングで!」
(あれ? そういえばそうだ。何で今?)
朝霧は疑問に思いレーゼルの方を眺めた。
そんな感情すら見透かされたのか、
彼はあえて分かるようにニヤリと笑った。
「指摘によりサトリ様は現在の所持コイン、
その半数を失う事となります! そして!
連続指摘により更に半数のコインをロスト!」
サトリはバンと机を叩いた。
先ほどまでのポーカーフェイスは既に無く。
悔しさで唇を噛み締めていた。
(え? え? まさか!)
―参加者――――――所持コイン――――――――
デント 94
サトリ 0(−168)
レーゼル 139(+84)
ラニサ 36
硝成 119(+84)
朝霧 2
―――――――――――――――――――――――
サトリの所持コインがゼロとなった。
二回目の指摘はコイン再分配の前のタイミング。
ペナルティは『その時』の枚数を基準としているのだ。
レーゼルはそのタイミングを狙って刺し込んだのだ。
「二回連続でイカサマがバレたのです!
そのような間抜け、この場には不釣り合いでしょう!
早速一人目の脱落者が決まりました!」
突如、彼が座っていた席の床がポッカリと開く。
下は奈落。深い深い闇の中へと男は落下した。
「な――ッ!!!?」
「フフ……フハハハ!! やはりギャンブルは楽しい!
さぁ続けましょうか! メインゲーム『失楽園』!」