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親説得のパラドックス

作者: 相浦アキラ

 寝室で一人、綾香の風呂上りを待つ。


 今日、俺達は結婚初夜を迎える。

 まあやる事はとっくの昔にやっているのだが。

 ゴム無しでの行為は初めてだ。……緊張する。

 昂る気持ちを抑えたくて、新調したばかりのダブルベッドに倒れ込む。


「ウグオッ……!」


 女の呻き声に思わず飛びのく。……何か……いる!

 慌てて羽根布団を捲ると、


「こんばんは!」


 女が寝そべっていた。

 ボロボロの迷彩柄のタンクトップと、同じくボロボロのダメージジーンズを身にまとった20前後の女。

 髪もボサボサだし、全体的に薄汚れている。

 化粧っ気のない顔も、お世辞にも平均以上とは言えない。

 ……その上、何だか臭い。


「そんなジロジロみないでくださいよ……照れるなあ」


「えっと……どなたですか?」


「あなたの娘ですよ、お父さん」


 いや、全く覚えが無い。

 この女……頭が少しアレなのだろうか。


「そんな引かないでくださいよ! 未来から来たんです!」


「未来から!?」


「証拠もありますよ。お父さんが見てるドラマの展開だったら、何でも言い当ててあげます!」


「ネタバレは止めてくれ! 信じるから!」


 ……いや、流石に信じてはいないが。


 しかし……顔をよく見たら、綾香にも俺にも似ている気がする。

 細い目は俺にそっくりだし、大きな鼻は綾香と瓜二つだ。

 まさか……


「本当なのか……?」


「本当です!」


 ……本当……なのかもしれない。


「一体何が目的だ」


「安心してください! 親殺しのパラドックスみたいに、お父さんを殺したりはしません! 一つお願いがあって、遠路はるばる尋ねて来たのです!」


「お願いだって?」


「はい! お父さん……単刀直入に申し上げます……」


 俺は生唾を飲み込んで、娘が続けるのを待つ。





「お母さんと、生セックスしないでください!」


 お母さんっていうと……


「綾香とか?」


「そうです!」


「それだと君が生まれて来ない事になるが……」


「それでいいんです。私は生まれて来たくないんです!」


 ちょっと待て……頭がこんがらがって来たぞ。


「そもそも……親殺しのパラドックスはどうなってる? この場合は『親説得のパラドックス』という事になりそうだが……どのみち理屈に合わないだろ! 俺が仮に綾香とのナマ行為を止めて君が生まれて来なくなるなら、君は何故ここにいる?」


「詳しいことは言えませんが……要するに並行宇宙が沢山あるということです」


「だとしたら、俺が綾香とナマ行為をしてもしなくても、結局君は生まれる事になるんじゃないか?」


「そこも大丈夫です。方法は言えませんが、私の世界軸をこの世界に合わせてあります。ですので、私が生まれてこない事が確定したらすぐに私も消失します」


 いまいち納得できないが……一応筋は通っている気はする。

 まあそこはいいだろう。

 それよりも……もっと気になる事がある。


「どうして君はそうまでして生まれて来るのを嫌がる。お父さんにちょっと話してみなさい」


「……詳しいことは言えませんが、未来の世界は地獄なんです」


 娘のボロボロな姿で、そんな予感はしていたが。

 実際に言われるとショックだった。


「そんなに酷いのか?」


「はい。地獄も地獄ですよ。電気も水道も止まり、人肉を求めて各地で人々が殺し合い、出生率は0.1を割り込みました。生まれた子供も大半がすぐに食べられるか奴隷にされます……その上第三次せ……おっと、これは言ったらダメでした」


 信じられないし、信じたくない。


「嘘だよな?」


「嘘じゃありません。これが真実です。お父さんが無責任なナマ行為をしたせいで、私はあんな地獄を生きるハメになったんです!」


 何なんだ、この勝ち誇ったような表情は。

 きっとこの子は、あれだ、反抗期みたいなもんだろう。

 産んでくれって頼んだ訳じゃない、みたいな。


 ふざけやがって。

 ここは親としてガツンと言ってやらないと。


「偉そうにするな! ……とにかく、俺は責任を取ってお前を育てていくつもりだ!」


「なんですか責任って!」


「……とにかくちゃんと養ってやる! 一応蓄えもあるし」


「蓄え? 馬鹿にしないでください! 未来の世界では一兆円あってもモヤシすら買えないんですよ?」


 酷過ぎる……あまりにも……。


「でも、あれがあるだろ。あの……貧しくても幸せ的な……家族の幸せ的な奴が……ね?」


「お父さんは私が10歳の時に……最低のクズ行為をやった後蒸発しました。お母さんはその後すぐ発狂して蒸発しました。一人残された私は何度も死にかけながらも、体を売って、干し麦とカメムシを食べて辛うじて生きてきました」


 ……駄目だ……悲惨すぎて何も言い返せない。


「未来の世界では、反出生主義という考え方が流行しています」


「なんだそりゃ」


「子供を産む事を、不誠実で不道徳な行為だと断ずる考え方です」


「…………」


「私は生まれる事に同意した訳ではありません。……なのに勝手にこんな地獄に放り出されて、そのうち無様に死ぬんです。そして通りがかりの誰かに犯された後、残さず食べられるんです。もう嫌なんです。そんなの」


 俺だっていやだよ……うんざりしてきた。


「でも、お父さんがナマでしなければ、私は死ななくて済むんです。最初から存在しなくて済めば、全てが解決するんです」


 俺は、完全にその気が無くなるのを感じていた。

 ……さっきまであんなに昂っていたのに。幸せな家庭を築くつもりでいたのに。


「反出生主義団体のトップで、大富豪のアレクセイさん。彼が、タイムマシンを各国に無償提供してくださいました。チャンスは一回だけなんです。お願いします! お母さんとナマでやらないでください!」


「……お父さんに、何かしてやれることはないか?」


「ありません。……しいて言えば、ゴムを付ける事です」


 俺は俯きながらも、大きく頷いた。


「分かった……ただ、一つだけ頼んでいいか?」


「可能ならば」


「抱きしめさせてくれ」


 わかりました。そう呟いた彼女の背中に、そっと手を回した。

 ――やっぱりこの子は、俺の娘なんだ。


 本能的にそう感じた。途端に、涙が溢れ出てくる。


「約束する。俺はもう二度と、ナマでやらない」


「ありがとう。お父さん」


 そして、彼女は逃げるように部屋を出て行った。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇


 

 あれから一か月後。

 綾香は子供を作る気が無くなった俺に離婚を叩きつけ、俺も受け入れた。

 あいつは子供を欲しがっていたからな……無理も無い。


 今夜も無駄に広い寂しい部屋でカップラーメンにお湯を注ぎ、テレビをつける。


「……続いてのニュースです。反出生主義を掲げる宗教団体、救魂会が、先日12日、15時ごろ家宅捜索を受け、幹部およびメンバーら20人が住居侵入容疑で逮捕されました。容疑者らは少なくとも半年ほど前から、西岡市付近で住居侵入を繰り返してきたとの事です。侵入した住居の住人に対し、未来から来た子孫を名乗り、『ナマセックスをするな』などと要求をしていたとの事です。調べに対し、容疑者の一人である幹部の女は『信者を増やしたいから反出生主義を掲げていただけだったが、信者達に強く要求されて具体的な行動に移らざるを得なくなった』と供述しています」


 息を吸い込み、思い切り長い溜息をついた。

 やはり、あの子は俺の娘でも何でもなかったのかもしれない。

 ただの変な宗教団体の一員だったのかも知れない。


 分からないが……あの子が俺の娘であって欲しい。

 心からそう思えた。


 あの子の背中が、とても暖かかったから。



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