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最後の異世界人  作者: ピエール鈴木
1章 ラスタフォンの騎士
8/9

第7.5話 終わった話

 空木弥晴(うつろぎみはる)達が、ベラによって護送されている間の出来事であった。



 ゴッ


「うっ……」


 無効化魔法の異世界人…相棒は老兵の度重なる攻撃によって死の寸前であった。


 炎魔法の異世界人は、相棒の窮地を打破しようと老兵の元へ向かおうとするが、それを土男……が食い止める。

 一時はノックアウト寸前まで追い込んだ筈だが、老兵の登場によって落ち着きを取り戻し、ギリギリのところで粘っている。



 ……この死に損ない、なかなかに骨がある。この状況でなかったら、もっと戦えた。もうじきだ。もうじきケリがつく。



 炎魔法の異世界人は土男との決着を確信した。



 相棒は自身以外、誰にも分からない程の遅いスピードで、魔法の無効化の範囲を縮小している。


 あらかじめ、決めていたことだった。

 これは、窮地に陥った時の一発逆転の一手。


 もう少しで、相棒が魔法を使える距離になる。

 俺が魔法を使う瞬間に急激に効果範囲を狭め、土男に魔法が刺さるようにする。

 俺は土男を瞬殺するだけの簡単なお仕事だ。


 老兵とも距離はとれてる。

 奴は得体が知れない。

 しかし、魔法が使えない状況では気にする必要もない。


 俺は慌てて向かおうとジリジリと距離を縮めているように見せてる。


 我ながら大した役者だ。


 あまり、相棒の近くに行き過ぎると魔法が使えるまでにかかる時間が延びる。

 老兵とも近づく。

 適度にかつ必死に攻める。


 土男はこの策に気づく暇がない。

 老兵は分からないが、理解した所で相棒と距離をとるような愚作を選ばない筈だ。


 あと、少しか………?




 きた。




「オラァ」


 ブォォォォォ

 俺の拳から土男に向けて火炎が放つ。


 キューンッン


「〇*!!(な!!)」


 遅ぇ!!

 お前はもう、燃えカスだ!!

 無効化魔法を縮小した相棒が万が一にも炎に巻き込まれないように手加減する。

 だが、目の前の土男を殺すには十分過ぎる炎だ。


 ヒュン


 ブオオオオオオオオ






「●α◆£▲@◇◎@…◇▲▲…(ルシュフォールさん…腕が…)」


「マジかよ……」


 消え行く炎の先を見て一瞬だけ驚愕する。


「…………」


 狂喜した。

 最も戦いたかった相手が目の前にいる。

 右腕が燃えてなくなり、体の半分以上がズブズブに焦げても尚、老兵の刺さるようなオーラは衰えを見せない。


 そして、この男が魔法が使える場所にいる。

 俺のすぐ目の前だ。


 一撃で消されるかもしれない。

 楽しくて仕方ない。

 これだから、この世界は面白い。


「来いよ。」


 目の前の老兵を煽る。


「言われずとも……お前を最初に殺すつもりだった。」


「敵討ちか。カッコいいねぇ!!」


 殴り飛ばす。




 炎魔法の異世界人は無意識のうちに支援魔法の1つ、身体強化魔法の最高傑作と言われる高位支援魔法“マキシマム(最大強化)”を発動させた。

 これは、支援魔法のエキスパートであったベルセリカ・ミレッジが20年かけて習得した技。



 彼はその領域に僅か数日で到達した。



 それが、異世界人が恐れられる由縁である。



 しかし、高位支援魔法“マキシマム”が最高傑作と言われるのは、その術式が解明され、絶え間ない努力と圧倒的な才能によって誰もが習得可能な技であるからに過ぎない。

 老兵の支援魔法“フルスペック(全能力向上)”は彼がこの世界に登場して以降、史上最強と言われる身体強化魔法。


 つまり、老兵は世界で最強のバフ要員。

 炎魔法の異世界人は目の前の闘争に眼が眩み、その真価に気づけなかった。




 ドゴッ

 ベキッ

 バコッ


「グハッ!!」


 俺の拳は届くことなく、弾き飛ばされた。

 体が吹き飛ぶ。


 肋骨(あばらぼね)が……

 クソ!!


 二対一。


 あの老兵、自分だけでなく土男にも身体強化魔法をかけていた。

 戦力外が相手が鬼に化けた。


 ギュイン!

 ギュイン!


 線状の無効化。

 敵2人の魔法だけを的確に切ってきたな。

 2人がスピードが落ちる。


 相棒も出し惜しみはなしときた。

 だったら俺も…


「▼@∩◆〇◆▲◆(俺が無効化に行く。)」


「◆▲〇●£∩@(頼むぞジャック。)」


 ドカーン!!!!


 壁に叩きつけられた瞬間、次の行動に移る。

 それと同時に、土男は無効化魔法の効果範囲から外れて魔法をかける。


 関係ねぇ。


「殺れ!!サラマンダー!!」


 これは、俺がナイフ女と殺り合う中で身につけた切り札。

 サラマンダーは俺の炎魔法を強化する。

 加えて、独立した思考を持って行動する。


「メテオ!!」


 狙いは老兵一択。

 洞窟を埋め尽くす炎魔法と共に自分も老兵に襲いかかる。

 土男はついでだ。

 ついでに殺す。


 相棒は、無効化魔法で対応出来る。

 もろに食らうのはコイツらだけだ。


 無効化魔法の異世界人は、阿吽の呼吸で老兵に魔法が当たるように無効化を解除する。

 魔法を使っている土男の対策は足下を含めて的確に行っている。



 ゴオオオオオオオオ!!!!


 老兵と土男を包み込むように最大火力の火球が炸裂する。

 確実に当たる。

 消炭になれ!!


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!


 ン!!?


 上から土や石と家が降りかかる。

 野郎!!

 洞窟ごと俺らを潰す気かよ!!

 あれは、ただの土とただの石にただの家だ。

 無効化魔法が意味をなさない。


 キューン


 ドカーン!!!!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!!


 全員が生き埋めになった。






「身体強化魔法がなければ死んでたぜ。」


 地面を掘って何とか地上に這い上がる。

 難を逃れ……


 目の前に炎!!?


 いや…


 足!!!!!


 バキッ!!!!




 途切れ行く意識…




 た……た…かえ


 これを強引に精神魔法で引き戻し、状況を分析する。


 間違いねぇ。

 老兵の野郎だ。

 俺より早く地上に上がってやがった。


 即座に反撃の火球。


 これを老兵は回避。


 バキッバキッ!!


 また、頭……


 ぶっ殺す!!!


 俺は地面から体を捻り出し、攻撃に移る。


 が…老兵がいない……


 バキッ!!


「グハッ」


 今度は腹かよ……

 サラマンダー、俺ごと燃やせ。


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!!


 炎の操作で自分の体だけに炎が当たらないようにする。


 バッ!!

 バキッ!!


 顔面に拳が当たる。

 だが、予想通り。

 それを待っていた。


「メテオ!!!!」


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!


 ゼロ距離。

 吹っ飛んでいくのをこの目で見た。

 ざまぁねぇな。


 バカみたいに向かってくるからだぞ。


 炎を消す。


 少し遠くで老兵だったものが立っている。

 両腕が焼け落ち、目も耳も鼻も失くなった可燃ごみが立っている。


 念のため、もう1発。


「メテ……」


 ドカーン!!!!!


 家が頭に落ちた。

 風使い。

 安全地帯で調子こいてんじゃねぇよ。


 サラマンダー!!!


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!


 家を吹き飛ばす。


 可燃ごみは未だ立っている。

 それどころか、こっちに近づいて来てやがる。

 死んでねぇ。

 ここまで来ると、不気味を越えて素直に尊敬しちまう。


「メテオ!!」


 勿論、老兵は回避する。

 回避すると分かってなければ、見失ってしまう速度だ。

 遠距離の風使いは無視して、老兵と未だ現れない土男に意識を半々で向ける。


 あの老兵に現在有効なのは炎のみ。

 殴り合っても分が悪い。

 精神魔法は何故だかこの世界の兵士に効果がない。

 大声など更に無意味。


 炎で丁寧に押しきる!!

 サラマンダーで2対1だ。


「メテオ」




「メテオ」




「メテオ」


 ギュイン!!


「メテオ!!!!!」




 最後の一撃がようやく、命中する。


 …………あれ、呼吸が……


 炎の使いすぎで大気中の酸素濃度が下がったと考え、炎で風を巻き起こし、空気を入れ替える。


 しかし、呼吸が上手く出来ない。


「ゲホッゲホッ……ゲホッ」


 ビチャビチャビチャビチャ


 気がつくと、頭から大量出血。

 胸から肋骨が飛び出し、大量出血。


 ヤベェ……


「ゲホッ…ゲホッ……」


 ビチャビチャ


 どうやら俺は、燃えてないごみだったようだ。

 精神魔法と精神力だけでこの世界に残っている。


 まだ、死ぬつもりはない。


 老兵を再び見る。


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!

 ドカーン!!!


 頭上に落ちてくる家をサラマンダーの火球で冷静に対処する。


 まだ、戦える。



 スパンッ



 ???


 自分の体が見える。

 飛び出した肋骨を改めて見るとかなり気持ち悪い。


 そうか……

 俺は、首を切られたのか。


 誰に……?


 俺の背後には……


 つい、数分前まで全身がへし折れていた女兵士が立っていた。

 土男の野郎が連れてきたに違いない。

 通りで出てこない訳だよ。


 ザクッ!

 シュッ

 スパン!!


 俺の心臓を貫いて、足と胴まで切り離しやがった。

 ご丁寧なねーちゃんだ。

 普通そこまでやるか?


 俺は、ナイフ女の首を切り落とした後、それ以上体を傷つける真似はしなかった。

 俺だって一応、最低限の常識は分かってるつもりだ。

 これは、やりすぎだろ。


 だがよ。

 そこまでやるならよ。

 生首男にも悪あがきさせてくれよ。


 サラマンダー!!!!!

 俺ごと女を燃やせ!!!


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!!!!


 もう、俺に炎を操作する力はない。

 相討ちだ。


 首だけの俺は女兵士を鋭く睨む。

 女兵士は、目を見開いていた。

 だろーな……


 ドカーン!!!!


 結論から言おう。

 俺も女兵士も燃えていなかった。


 こちらから背後の状況を伺うことは出来ない。

 だが、今の火球を防いだのが老兵ということだけは察しがついた。


 もう、何も言えねぇ。

 完敗だ。


「∩£●▲▼◇∋〇◆◎*%!!(ルシュフォールさん!!)」


「……………」


 女兵士は、俺のことなど一切気にせず、老兵の元に向かう。

 治癒魔法をかけるか……

 便利なものだな……


 ボコボコ!!


 土男が止めを刺しにきたか。

 いや、止めは既に刺されてるか……


「治癒魔法だけで、地上まで上がるのは大変だったよ。」


 俺の目の前に現れたのは、無効化魔法の異世界人。

 相棒だった。


 敵2人も気づく。だが、もう遅い。



 ギョゥン……



「◇◆〇@∋(消えた……)」


「………◆*▲〇◎▼◇●∋α●▼▼◎〇(転移魔法まで使えたか。逃げられたな。)」






 町の外れの森に2人の異世界人はいた。


「治癒魔法を使うぞ。」


 無効化魔法の異世界人は、炎魔法の異世界人を連れて逃げていた。町の外れの森の中まで避難した彼は相棒に治癒魔法をかける。


 徐々に元どおりになる体を見て、危険なところは越えたことを理解し安堵する。


 ドカーン!!!!!!



 無効化魔法の射程距離外で風使いがほくそ笑む。


「〇◇£◎∋@◆α%%▼£◇●£(シルフを偵察に回して正解だった。)」






 風使いは土男が洞窟を掘り始めた地点に戻ると、4人の人間がいた。


 2人は知っている。

 1人は町に到着する前に自分達龍仙部隊の4人を足止めした謎の大男。筋肉ムキムキの奴だ。

 もう1人は、僕が風魔法で送り出した少年。恐らくは検査の合格者、空木弥晴(うつろぎみはる)だ。


 シルフが戻るまでに時間がかかる。

 意識があるのは、大男しかいない。

 慎重に近づいて話しかけた。


「どういうことだ?」


「俺もさっぱり。」


「惚けるな。」


「マジマジ。大真面。そうだ、ニーナによろしく言っといてくれ。」


 大男は俺から逃げていく。

 倒れている人間が3人もいる。

 追うのは諦めた。


「よろしくって言うなら、名前ぐらい伝えろよ……」


 状況を整理する。


 ベルがいなくなって、炎魔法の異世界人が洞窟内に侵入するところは見ていた。

 しかし、無効化魔法の異世界人がいることから、加勢に行くのは躊躇(ちゅうちょ)した。万が一全滅した際に、その顛末を説明する者が必要だからだ。

 最低でも、無効化魔法の使い手がいることぐらいは伝えないと今後に響く。


 その後、ルシュフォールさんともう1人が洞窟内に侵入した。

 洞窟が崩れ、地上で炎魔法の異世界人とルシュフォールさんが戦っていた。

 途中、団長が加勢してその後、火球が1発。

 そこで戦闘は終ったように見られる。


 3人の体を叩いても、誰も目覚めない。

 まあ、向こうにはルシュフォールさんがいるし、心配することはないか。


 風魔法で3人を運び、近くの1階建ての家に入る。異世界人がいないか入念に確認した後に、3人をそれぞれベッドとソファーに寝かせた。


 空木と思われる少年を含め、全員に外傷はなかった。

 俺と会ったときの少年はたしか半身火傷だった。

 団長が治したのだろう。


 この家が独り身の家だったため、ソファーが1つにベッドが1つ。

 少しだけ悩んだあげく、ソファーに30代程の青年。ベッドに残りの2人を寝かせて外に出る。


 ルシュフォールさん達がいた。

 女兵士…リリアーレ団長と土男…ジャック・ドエルもいる。

 1人だけいない。


「ベルはどうしたんすか?」


「ここは戦地だ。団長、先にローランの体を治してやってくれ。」


 ジャックが団長に促した。


「そうだな。」


 団長は俺を直視できていない。

 察した。

 この話は戦いが終わるまで聞かないことにする。


「*α@◆◆〇∋◇▼∩£▲?(俺に出来ることはあるか?)」


 30代の青年が家から出てきた。

 ルシュフォールさんは、青年の元に向かう。

 青年は後退りしかけたが、途中で踏みとどまった。

 話をするつもりだ。


 そのまま、朝まで異世界人との戦いに明け暮れ、昼まで火事の消火作業に加わった。






「昨晩の戦闘の報告をするか。」


 ルシュフォールさんから切り出した。

 普段なら、団長から話し始めるのだが、今回はあえてルシュフォールさんなのだろう。

 生け捕りにした異世界人達の目の前で龍仙部隊が8人が一堂に集まっている。異世界人達は、皆死んだ目をしている。


「後方の僕らから話しますね。」


 毒使いで部隊のサブリーダーでもあるスージが最初に話し始める。ベルがいないことは言及しないか。

 奴らしい。


「特段の問題はありませんでした。強いて言うなら、8人の異世界人と思われる者が攻撃を仕掛けましたが、アトラスとニーナの2人で対処出来ました。8人全員が1人で行動しており、組織だった動きは見られなかったです。異世界人の中でも使用している言語が違うとの話も聞きますので、その辺りが原因と推測してます。」


 角眼鏡の位置を直しながらスージは答えた。

 淡白で事務的だ。

 コイツには感情がないのかよ。

 精神魔法で常に感情抑制をかけてるから仕方ないか……

 いや、やっぱりムカつく。

 ベルがいないんだぞ。

 もう少し、狼狽えたふりぐらいしてもいいだろ。


「それだったら、団長が救難信号を上げた時に増援を寄越してくれて良かったじゃないかよ。」


 俺は今の状況があまりにやるせなくてスージに悪態を吐く(つく)

 あの時なら、ランザックの魔法で増援の1人ぐらい向かわせられた。


「確かにアトラスか僕のうち1人をそちらに送ることは、出来たかも知れません。しかし、戦いの基本として攻撃よりも防衛の方が重視されます。住民の護衛には戦力を余分に配置するぐらいが十分と判断しました。」


 教科書野郎が……

 …コイツに当たっても仕方ないな。

 理屈で論破されるのがオチだ。


「住民の方はどうだった。」


 ルシュフォールさんが話を変える。


「大変、興奮している人もおりました。家族がいないから戻ると言う人を静止する方が、異世界人よりも大変でした。住民の護衛につきましては、アトラスとニーナの2人で住民の周りを覆うように魔法を張らせました。手薄な所もありましたが、前方の5人のおかげか攻撃は少なく、避難してきた住民の中では死者を出さずにすみました。」


 避難場所での死者は0か。

 かなり、少ない人数で救援に向かわされたことを考えれば、十分過ぎる成果だな。


「それなら良かった。」


「しかし、避難民の総数は726人でした。この市街地は1000人規模ですので、正確な死者数はこれから調べるとしてもかなりの人が亡くなったかと思います。」


 龍仙部隊が5人がかりで戦わないといけない相手がいた。まだ、潜伏しているかもしれない。その程度ですんで良かったと思う。


「そうか……」


 ルシュフォールさんは言葉を詰まらせた。

 でも、俺は十分上手くいった方だと思うぞ。


「補足はありませんか?」


 スージは他の後方の3人に声をかける。

 最初に口を開いたのは、老婆のニーナだった。


「増援部隊が来れば、私達も増援に向かえたのだけどね。リリアーレ達には悪いことをしてしまった。すまないね。」


「いえ……そんなこと…今回の件は私の失態で……」


 団長が下を向いて答えた。


「ところでさ、この町の死者はどの程度なんだい?早く除霊をしておかないと後々大変だろ。」


 アトラスが話を変える。

 普段は少し空気の読めない奴だけど、こういう時は頼れるんだよな。


「俺の昨晩のKILL数は100人超えだぞ。アトラスはこれから忙しいぞ!」


 ちょっとふざけてみる。

 これが俺のいつものスタンスだ。

 ベルのことが分かってから、気が滅入ってしまっていたが、いつまでもそんな調子でやってられない。

 そろそろ、上げてくか。


「…………」

「それは流石に不謹慎だよローラン。」


 スージは呆れ返ったような顔でこちらを見ている。

 見かねたニーナから説教を食らってしまった。

 まあ、いつもの流れだ。

 少し、調子が戻ってきた。


「アトラスが話振ってきたんだ。怒るならアイツを怒ってくれよ。そう言えば、筋肉ムキムキの男からニーナによろしくって言伝を頼まれてよ。でも、名前を言ってかなくて誰か分からねぇのさ。元カレか?」


「バカ言ってないの。私の元カレって一体何歳だと思ってるのさ?」


「ベラだ。」


 !!?

 !!!


 ルシュフォールさん告げた。

 ベラ……

 まさか……狂人ニルト・ベラか?

 常に戦いに生きる傭兵。(くぐ)り抜けてきた死線は、砂の数とも星の数とも言われてるとか……

 うちの国の最強に喧嘩を売ったとか……

 大物じゃねぇか。


 ニーナはどんな関係性なんだ?

 ニーナを見た。

 老婆はどこか懐かしそうな顔をしてルシュフォールさんを見ていた。


「ベラだって!!?」


 ジジイが目をかっ開いた。

 目はないんだが、瞼がかっ開いた。

 さっきから寝てるか起きてるかよく分からないボケジジイでも目を覚ます奴なんだな。


「アイツにゃ昔こっぴどくやられたんだ!チクショー出てこいボケナス!」


「ランザック。少しは静かに出来ないのかい。」


 ニーナに頭叩かれてやがる。いい様だ。

 思わず、笑ってしまう。

 辺りが少し和んだ。


「あれ!!ベルちゃんはどこ行っちゃったの!?てか、呼ばないでいいのかい!?」


 辺りが再び静まり返る。

 ニーナは顔が引きつってる。

 団長はまた、お通夜になった。

 ジジイ、ホントに寝てたんだな……


「ベルセリカは戦死しました。」


 団長の口から静かに告げられた。

 ランザックも流石に真面目な顔になる。

 戦闘時の顔になったジジイは少し考えた後、質問する。


「相手は?」


「最低でも炎魔法と精神魔法を扱う者です。炎魔法については、装備も精霊も無しに装備と精霊込みのローランと互角です。」


「ローラン。手加減したのか?」


「いや、本気だった。団長を巻き込むリスクはあったけど、逃げている住民を守るために撃った。奴は俺の本気と互角だ。」


 そうなんだよな。それだけの奴がいたんだ。


「私がルシュフォールさんへ加勢した時には、精霊を召喚してました。精霊による火力補正も加味すると、ローランより上です。」


 マジかよ……

 精霊さん、何で異世界人の味方なんてしちゃうのさ?


「仕留められたのか?」


「いえ、もう1人の異世界人が転移魔法持ちでしたので、逃げられました。」


 ジジイは頭を悩ませた。

 俺も精霊持ちのあれとは正直戦いたくない。


「ということは、また、どこかで戦わねばいけないか……」


「はい。すみません。」


 あのルシュフォールさんから逃げられたのかよ。

 でも、異世界人も転移魔法を覚えて数日だ。

 流石に長距離の移動は出来ないだろ。

 て、もしかして……


「あ、俺…と言うかシルフなんだけど、その2人やっつけたかも。」


「どういうことだ?」


 ルシュフォールさんが少し食い気味に聞いてきた。

 俺、めっちゃ活躍してるかも!


「あの場での戦闘が終わった直後に町の外れでシルフが高火力の突風を巻き起こしたので、転移先でばったり会ったかも知れません。」


「死体は確認したか?」


「いえ、時間がなかったのでしてません。遺体の回収ついでにこれから確認に行きますね。」


「よろしく頼む。」


 ベルの敵をやっつけたかもしれない。

 出来れば、俺の手で殺したかったんだ。

 実際はシルフがやったから少しだけ消化不良の感が否めないけど、殺したなら何でもいい。


「あまり、期待は出来ないですね。」


 スージが話に水を差す。

 んなこと、俺も分かってるわ。


「炎使いだが、俺の蹴りで死ななかった。防壁を張ったようには見られなかった。炎魔法と精神魔法の他に支援魔法があることも確実だ。」


 ルシュフォールさんが、炎魔法の異世界人の能力を付け加えた。

 フルスペックで死なないとなると、使ったとされる支援魔法も限られてくる。高位支援魔法と見ていいだろう。


「俺から転移魔法を使ったもう1人について説明させてくれ。」


 ここで初めて半ドワーフのジャックが口を開く。

 ベルから団長が人質にとられてることを聞くまでは、ジャックの土魔法で地面から1発ドカンと殺ってやるつもりだったから危なかった。

 ベルが無効化使いを特定した後、ジャックが地面に引きずり下ろして団長の救出と無効化使いの相手をしていたのだろう。

 無効化使いの能力構成はジャックが最も理解してる筈だ。


「転移使いに関しては、転移魔法の他に治癒魔法と魔法の無効化、これは可能性の領域だが、支援魔法も持っているかもしれない。そうでないと、崩れた土砂の中に埋もれてから這い上がれたことの説明がつかない。」


「無効化魔法ね。」


 ニーナが目を細めた。


「これを想定していなかったばかりに皆に迷惑をかけてしまった。申し訳ない。」


 団長が改めて謝る。


「すみません。俺も団長と一緒に捕まりかけました。異世界人の1人が助けてくれなければ、今頃、もっとこちらの被害は大きかったと思います。」


 団長だけに謝らせるのも気が引けた。

 俺の失態でもある。

 ただ、あの異世界人、空木弥晴(うつろぎみはる)の俺を逃がした行動は、龍仙部隊で町に来た4人の全滅を避ける上で外すことの出来ない大きなターニングポイントだった。

 あそこで俺まで捕まっていたら、ベルとジャックの2人でルシュフォールさんが来るまで持ちこたえるのは無理だったかもしれない。


「ルシュフォールさん。」


「なんだ?」


「ベラが運んで俺のところまで連れてきた3人のうちの1人、身長が170センチと少しくらいの少年が空木ですよね。」


「ああ、間違いない。」


「俺、そいつに助けられたんですよ。あの少年大した根性ですよ。半身火傷で大勢の敵がいる中、颯爽(奇声をあげながら)とやって来たんですよ。そんでもって、俺と無効化魔法の範囲外に逃げたら、今度は助けたい人がいるから下ろせって促してくるんですよね。」


「で、下ろしたのか。」


「はい。一応、死なないように魔法はかけましたよ。そしたら、もう、あっという間に戦地のど真ん中に走っていって、いい具合に撹乱(かくらん)してくれましたよ。そのおかげで、住民の避難はすんなりいきました。正直、ベラと一緒に来た時はどんだけ敵の陣地のど真ん中に入ったんだよって思いましたよ。」


 ジャックも話に入ってくる。


「穴を空けたときにその少年が団長を縛っていた縄を掴んでいた。恐らく団長の救出に向かったのだろう。最初は敵か味方か分からなかった。ベルから無効化使いの風貌を教えてもらっていなかったら、彼も攻撃するところだった。」


「マジか。そこまで考えてたのかよ。ルシュフォールさん、彼きっと将来の龍仙部隊の隊員ですよ。期待のホープですよ。」


 空木少年の活躍を多少脚色をつけて皆に話した。

 皆、相づちを打ちながら真面目に聞いている。


「ローラン。あまり、空木を過大評価するな。そういう空気が伝わるとアイツが増長する原因になる。」


「分かってますよ。アイツの前ではいつも通りクールにいきますから。」


 ルシュフォールさんは軽く笑みを浮かべた。


「ルシュフォールさんを困らせるな。」


 スージが横槍を入れてくる。

 あの野郎……


「ローラン。」


 団長が俺に声をかけた。

 そろそろお通夜はやめてくれないかな。

 職業柄仕方ないことだろ。


「何だい団長。」


「ベルについてはすまなかった。申し訳ない。」


 団長は深く頭を下げた。

 顔を上げた時、瞳から二筋の涙が溢れ落ちた。


「戦犯は団長と俺です。団長が気に病むことじゃありません。」


「しかし……ベルとローランは……」


「もう、終わった話です。」


 これは、終わってしまった話。

 決して描かれることのない物語。


「だから、そんなに泣かないで下さいよ。」


 ルシュフォールさんは静に煙草を吹かした。


「除菌済みだ。顔を拭け。」


 スージが布キレをそっと団長に渡した。

 服でも破ったのかな。


 アトラスとジジイは泣いている。

 お前らが泣いてどうすんだよ。


 ジャックは何をしていいか分からず、少しだけオドオドしてるように見える。普段は表情がほとんど変わらない奴だが、今回ばかりは、多少感情の揺らぎが分かる。


 ニーナは地面に座って魔法を唱え始めた。

 辺りには花が咲いては枯れ、また、咲き乱れる。

 いつかは…巡り会えるか……


 その後は、俺たちの前方側の部隊の話をした。

 ベラによって足止めを食らったこと。

 町についてからは4方向に別れて異世界人の掃討に当たったこと。その影響で、団長の信号弾発射から増援の到着が遅れ、これが奇跡的に全滅を防いだこと。

 異世界人2人の撃退後、町内外の異世界人の掃討に当たったが、牢獄から逃げ出したと想定される異世界人の数より大幅に少ない成果だったこと。


 最後はルシュフォールさんの話になった。

 ベラが本事件の主犯であったことや、ベラや2人組の異世界人の戦闘能力について等色々な話や考察を聞いた。

 そして、最後にこう締め括った。


「無効化魔法は、前回の大規模転移の際にも現れた極めて厄介な魔法の1つだ。これの対策は今後講じていく必要がある。そして、今回のベルセリカ・ミレッジの死因についてだが、一因としては、お前達のほぼ全員が異世界人を甘く見ていたことだ。それはベルセリカも同様だ。異世界人(やつら)は戦いの中で進化していく。これから更に厳しい戦いが待っている。心してかかれ。」


「「「「「「「はい。」」」」」」」


「そして、今回最大の失態を犯したのは私だ。ニルト・ベラにこだわり過ぎた。私も異世界人の驚異を忘れていた。」


 誰も返事は返さなかった。


「リリアーレ。空木達を呼んできてくれ。」


「分かりました。」


 団長は走っていく。


 異世界人の大規模転移はまだ終息を見せない。

 戦いの火蓋は切られたばかりだ。

 いや、まだ始まってすらいないのかもしれない。


 過去に2回あったとされる大規模転移においては、いずれも異世界人が既存の国を侵略して国家を作り上げるまでに至ったと学校で習ってきた。

 異世界人がこの世界にもたらす悪影響はこれだけではない。


 俺は精霊に愛でられた世界の守り手。

 悲劇は繰り返させない。




 捕獲した異世界人達の処刑を終えた後、俺は真っ先にシルフが突風を放った地点に向かった。

 しかし、遺体と思われる物は1つもなかった。

龍仙部隊の面々

・ルシュフォール(U字禿げの老兵)

・リリアーレ(団長、女兵士)

・ローラン(風使い、軽い奴)

・ジャック(土男、半ドワーフ)

・ベルセリカ(アイドル系女子、話好き)

・スージ(副団長、角眼鏡)

・ニーナ(老婆、お局さん)

・アトラス(空気読めない、涙脆い)

・ランザック(居眠り失明ジジイ)


伝えきれなかった裏話

 空木が6話でリリアーレと無効化魔法の異世界人の元まで来た時に、ローランが風魔法で家を投げた理由ですが、無効化魔法の異世界人の居場所をおおよそ特定したため、反応を確認するために投げてみたのが半分。攻撃の要となるジャックが地面を掘り進んでいることを悟られないように爆音を鳴らして注意を逸らす意図が半分でした。

 空木達がいることは全く予想していなかったです。

 無効化魔法の異世界人の居場所の特定は、二度目の大規模な無効化魔法が発動された後、即座に外周へ魔法を撃ちながら無効化の範囲を確認したことがきっかけです。無効化の範囲が地面と空中で半球の形になっていることに気づき、弧の長さから半径を計算して位置を特定しました。


 ジャックがリリアーレと空木達の存在に気がつくのは、ベルセリカが無効化魔法の異世界人と炎魔法の異世界人の注意を地面から逸らすためにローランから指示されて2人組の場所に向かった時にたまたま見つかって、それをベルセリカが精神魔法で地面にいるジャックに伝えたためです。

 ローランにも、リリアーレ生存の連絡がされましたが、ベルセリカの負担を軽くするため、彼はあえて家を投げ続けてました。ベルセリカは空木達も確認していますが、誰か分からなかったので、近くにいるジャックにのみ伝えた形になります。


 龍仙部隊の3人は、リリアーレが死んでいることを前提として2人組の殲滅に動いていたので、ここで計画が狂う形になりました。


 ベルセリカの死因は、炎魔法の異世界人が戦闘中に突如、支援魔法の身体強化を使えるようになったことと、精霊サラマンダーの出現による炎魔法の強化が大きな原因です。他には、無効化魔法の異世界人がジャックと格闘をしている間、テキトウに周囲へ線状の無効化魔法を打ち続けていたことが1つ。ベルセリカ自身が炎魔法の異世界人と無効化魔法の異世界人の合流を阻止するように立ち回りざるを得なかったことが1つ。そして、炎魔法の異世界人の精神魔法によって多勢に無勢を強いられたことが1つありました。


 ここまで不利だと龍仙部隊ではルシュフォールとローラン以外は、誰でも死ぬレベルです。


 本来は劇中でしっかり説明したかったのですが、ベルセリカが死亡して説明できる場面が作れなかったため、ここに書いておきます。

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