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最後の異世界人  作者: ピエール鈴木
1章 ラスタフォンの騎士
7/9

第7話 ほんの少しの勇気が今を変える

 ルシュフォールさんが遂に来た。

 無効化魔法の異世界人がいるから魔法は使えないけど……

 でも、あの人だったらどうにかなる。

 そんな気がした。


 いや……


 そんな気しかしない!!


 2人組は、ルシュフォールさんに釘付けだ。

 こちらのことは完全に無視してる。

 あの2人にとっても彼の存在は無視できないんだ。


 問題はニルト・ベラ。

 アイツは何者なんだ?


「●%◇@◆£▲*◎@◇%〇●%●☆」


 ベラはルシュフォールさんに何かを言った。

 そしてルシュフォールさんに向けてゆっくりと近づく。


 ルシュフォールさんもベラを見る。

 全員があの2人の様子を伺っている。


「●〇◎◎▲◆◇◇◇£▲*◎◎〇〇〇」


 ルシュフォールさんが返答した。ポケットから何かを取り出す。細い棒?


「£◇◆◆●@%▲*◎☆α◆●◎」


 ベラが笑ってる。そして細い棒を受け取る。

 長さはおよそ、10センチ。武器か?


「α☆%α£◆▲●☆%@*◇?」


「●▲£α@☆☆*◎〇£◆」


 ルシュフォールさんが、今度はポケットから小さな箱を出す。

 その箱から小さな棒を出す。

 棒を箱に擦った。

 小さな火花が走る。

 棒に火が灯る。


「*☆@α▲◎◆◆▲▲α@@☆☆▲!!!」


 ベラの声が一際大きくなった。

 一体何を話しているんだ?


「◆◎*〇●☆£●◇α▲」


 ルシュフォールさんが小さく返答する。

 表情は真顔のまま。


 ベラは貰った棒を口に咥える。

 ルシュフォールさんはその棒の先にそっと火のついた小さな棒を当てる。


 煙が出た。

 煙草だった。


 薄暗い穴の底で煙草の火が小さく輝く。

 ベラは美味しそうに煙草を吹かす。


「〇▲α◇●◆◎*☆α◇●」


「◆▲〇◇α☆◎£@%▲◇●α☆*◎◎αα」


「▲%@££◎*●◇◆◆££@◎◎££@%▲@」


 2人で何かを話している。

 こんなときに、普通に話しているのだから緊張感が無さすぎる。


 しかし、周りは動かない。

 あまりに普通すぎる2人の空間に誰も近づけない。


 他の人を見る。


 古屋さんは地面に倒れて顔をこちらに向けてない。

 気を失ったか?


 骨折男は無言で2人を見ている。

 コイツに戦意は一切感じられない。

 もう、なるようになれということか?


 女兵士は無効化魔法の異世界人に髪を引っ張られ、地面を這っている。顔は見えない。


 無効化魔法の異世界人は棒立ちだった。

 動きは見られない。


 炎魔法の異世界人は土男を殴る手を止めていた。

 怪訝な顔で2人を見ている。


 土男は言葉が分かるのか呆れ返ったような顔で2人を見ている。

 まだ戦える感じを出してはいるが、脚にダメージが溜まっているように見える。


 ベラは煙草を吸った。


 ルシュフォールさんはベラにもう1つ小さな袋を渡した。ベラはその中に、吸い殻を入れる。

 携帯灰皿だ。こんなところに持ってくるなんて几帳面な人だ……


 ……………


 煙草を吸い終えたベラは携帯灰皿に吸い殻と残った煙草を入れてルシュフォールさんに返す。

 ルシュフォールさんはそれを黙って受け取った。


 ベラがこちらに向かってきた。

 無効化魔法の異世界人は無言のまま。

 静かに跳ね上がる緊張感が空気で伝わる。


 仲間ではないのか?


「◎◆〇◇◇●@▲%£α*●!!」


 炎魔法の異世界人が何かを言った。

 恐らく、無効化魔法の異世界人に対してだ。

 しかし、彼は無言のまま。


 ベラは無効化魔法の異世界人に近づく。しかし、無効化魔法の異世界人の方を見ていない。

 その視線は、僕よりも更に奥の空洞の先に向いている。

 眼中にないってことなのか……


 遂に無効化魔法の異世界人に前に立った。

 足を止める。

 ベラは視線を動かさずに一言告げた。



「▲@◇」



 きっと「よこせ」と言った。そんな気がする。


 ……………


 少しの沈黙が流れた。


 無効化魔法の異世界人は無言のまま、女兵士を引っ張りあげてベラに渡す。


 ベラは笑った。

 無効化魔法の異世界人は何も言わない。


 ベラはそのまま女兵士を担ぎ上げて歩き始める。


 僕の前に立った。


「◎@ウツロギ▲☆α**●◇●◆α☆▲〇◎£α」


 僕に対して何かを言った。

 しかし、何を言ったか分からない。


 ベラは僕と骨折男を担ぎ、更に古屋さんを抱える。

 助けてくれるのだろうか?

 屋根では死にかねない一撃を僕に浴びせたのになぜ?


 そのまま、穴の奥へ。


 僕の意識はそっと消え失せた。

 今はまだ……


 死にたくない。






「ベルセリカを殺したのはどちらだ?」


 地面に転がる玉を見ながらルシュフォールが呟いた。

 残された異世界人2人の顔は驚愕の色に変わった。


 ………………


「分かる言葉で話してる筈だが、答えるつもりはないということか?」


 ルシュフォールが放つ近寄りがたい空気が少しずつ増す。

 彼は怒っていた。


 無効化魔法の異世界人が返事をした。


「お前は何者だ?この世界にも英語を話す人間がいるのか?」


「質問する前に答えろ。」

「俺だ。」


 炎魔法の異世界人が2人の会話に割って入る。


「そうか……私の名はルシュフォール。この世界に英語を理解する者は僅かだ。これ以上、話すことはない。」


 ルシュフォールは話し終えた瞬間走り出した。

 既に弱っている無効化魔法の異世界人から片付けようとする。


 無効化魔法の異世界人はそれを迎え撃つ。


 炎魔法の異世界人も加勢に入ろうとするが、土男がそれを邪魔する。


「退けろ!!死に損ないが!!」


 戦いは再び始まった。






 目覚めると日の出だった。

 僕は家のベッドの上で寝ていた。

 生きていた……

 すぐに体を確認する。

 痛みはない。

 火傷も全て無くなってる。

 これも魔法なのか?


 服はこの世界の物になっている。

 血は一滴もついていなかった。

 この足に残る感触さえなければ、昨日の惨劇を忘れてしまえそうだ。

 しかし、覚えている。

 僕は昨日、15人殺した。

 はっきり覚えている。


空木(うつろぎ)、丁度良かった。」


 部屋の入り口にルシュフォールさんがいる。

 今、来たところなのか?


「ルシュフォールさん!!異世界人の2人組はどうなりました!?」


「取り逃がした。」


「そうですか……」


 ルシュフォールさんがベッドの近くに置いてある椅子に座る。


「空木、古屋という女だが、あれはどういうことだ?」


 !!!

 僕の中で昨日の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 そうだ。昨日、古屋さんにはルシュフォールさんに殺されないようにお願いをしようと話していた。

 しかし、僕は朝まで寝ていた。

 もう、殺されているのか?


 骨折男はどうなった?

 最初は石の弾で攻撃されたから警戒していたけど、何だかんだ助けてもらってた。彼も死んで欲しくない。


 もう、遅いのか……?


「ルシュフォールさん、古屋さんと骨が折れていた男は殺してしまったのですか!!?」


 心拍数が上がる。恐ろしい返答を聞きたくない。

 体が強ばる。


「俺のことを殺人鬼とでも思っているのか。」


 ルシュフォールさんは苦笑していた。

 僕はそれを見て少し安心した。


「心配しなくていい。今、2人には町や畑の消火作業に協力してもらっている。処遇については決めていない。」


「はい……ありがとうございます。」


 ありがとうございますと言った理由は分からない。

 でも、生きてた。

 良かった。

 そういえば、あの人達はどうなっているだろう?


「炎魔法の兵士や、町に残ってた現地の方は大丈夫ですか?」


「ああ。全員元気だ。」


「良かった……」


 救えた命があった。

 それだけで胸が熱くなってくる。


「それでだ空木。古屋について聞きたいのだが。」


「は、はい!すみません横路に逸れてしまって……古屋さんについてですが……」



 出会った経緯から僕が意識を失うまでの話を一通りした。

 骨折男の活躍も少し盛り気味で話した。


 そして、ここからが本題だ。


「あの2人の命を何とか助けてもらえませんか?」


「そうか。現在、ラスタフォン王国……空木が異世界転移によって来たこの世界の国だ。この国が下した異世界人の受け入れに関する指示の中で考えると、脱獄は死罪だ。最終的に2人は殺す他ない。」


「そんな………でも、そこを何とか!!」


「……………」


「お願いします。」


 僕は頭を下げた。何としてでも助けて欲しい。

 新参者の僕には、彼女達にこの国で生きる権利など与えられない。

 ルシュフォールさんの力がいる。この国の人間の力添えがいる。


 床の上に座り直した。

 地面に頭をつけた。

 これしか出来ない。

 僕はなんて矮小なのだろうか。



「……あの2人については、我々兵士とて即刻死罪にすることができない。決めあぐねているのだ。」


「え?」


「お前達が助けた民衆から陳情を受けてしまってな。マックス……炎魔法の兵士からもだ。」


「それなら……助けてくれるんですか?」


 希望の光が射し込んだ。


「但し、条件をつける。そうでもしないと、上に申し立てができない。お前も責任を被れ。」


「はい。どんなものでも構いません。」


 ルシュフォールさんは目を細めながら、説明し始めた。



「1つは、お前達3人が国の兵士に必ずなること。定年を迎えるまで兵士を辞めることは許さない。」



「もう1つは、この国が滅ぶまで国に忠誠を誓うこと。具体的に言うと許可のない渡航を一切禁ずる。」



「そして、最後の1つは、国への反逆行為の禁止だ。」



「つまり、この国に一生仕えろということだ。これは1人が破れば全員即刻死罪だ。」



 ルシュフォールさんは更に目を細めて僕の瞳の奥を覗き込む。


 僕の答えは決まっていた。昨日、既に決めていた。


「分かりました。この国に一生仕えます。」


 ルシュフォールさんは少しだけ残念そうに、そしてそれ以上に嬉しそうにしていた。どちらも微かにだけど。


「他の2人からも同様の返事をもらえている。後はお前だけだった。」


「そうだったんですか!?」


「ああ。他の2人はお前まで責任を被らせたくないと初めは拒んだが、納得させた。あとは、上に掛け合うだけだ。」


「お願いします。」


「期待はするな。許可が下りなかったら2人は即刻処刑だ。」


「はい。分かりました。しかし、口約束だけでいいのですか?」


 後になって言われてないことまで、強制されると困る。せめて、書面には残しておきたい。


「許可が下りれば、首都で契約魔法をかけることになる。正確な内容はその際に決める。ただ、今話したものと大きく変わることはない。禁止事項等の細かい内容を明確にする程度だ。」


 契約魔法……

 便利な物があるな。


「契約魔法ですか……異世界人、全員に契約魔法をかければいいんじゃないですか?話の流れからして、契約を破ったら死ぬとかもいけるんですよね?」


「殺すことも可能だ。しかし、今回の異世界転移は契約魔法でどうにかなる規模ではない。だから、これは特例だ。他言はするな。特に他の異世界人にだ。」


 契約魔法でどうにもならない規模。術者の人数に対して異世界人の数が多すぎるということか。


「はい。変なトラブルは僕としても避けたいので、秘密にします。」


 僕が返事をすると、ルシュフォールさんは立ち上がった。


「立てるなら、消火作業を手伝え。」


「分かりました。」


 地面から立ち上がる。

 体が軽い。

 とても昨日、九死に一生を得るような経験をしたとは思えない程だ。


 魔法は途轍もない。

 僕の世界で使えたら、ノーベル賞が幾つとれるとかの次元じゃない。

 これは産業革命の領域だ。


「来い。」


「はい。」


 ルシュフォールさんの後ろに付いていく。

 外に出ると遠目に燃えている家があって、幾人かの人が燃えていない家を壊したり、水をかけたりしている。


「リリアーレ……お前が救出した女兵士が全体をまとめている。言葉は通じないが、何とか指示してくれる筈だ。彼女はこの先にいる。」


「ルシュフォールさんは行かないんですか?」


「見回りがある。市街地の探索は終えたが、町の周辺に異世界人が潜んでいる可能性があるからな。」


「大変ですね…」


「それはお前も一緒だ。魔法をかけとく。よく働け。支援魔法“フルスペック”」


 キュイーン


「え、消火作業を手伝う僕なんかに使っていいんですか?」


「本来、魔法は生活を豊かにするためにある。」


 言われてみれば、そうだ。

 魔法は平和的に利用すれば、生活を豊かにするのだ。

 戦闘への利用は本来の使い方じゃないんだ……


「言付けを受け取っている。別れる前に伝えておきたい。」


「はい。何ですか?」


「火球の中で体が焼けながらも走り抜けようとするあなた達が、自分に戦う勇気をくれた。あなた達の幸せを願っている。ありがとう…………お前達が助けた民衆からだ。」


「………………」


「ここまで言われて、2人を殺すという決断は我々にはできない。答えは、ほぼ決まっていた。」


 ルシュフォールさんは家を飛び越える。

 どこかに消えていった。


 この世界はきっと悪いところじゃない。




 女兵士改めてリリアーレさんのところへ走る。

 フルスペックはやはり強力だ。

 正直、異常と言える速度で体が動く。


 リリアーレさんの元に着いた。

 燃えてない家を崩していて若干(すす)を被っているが、顔に間違いはない。

 昨日、骨が折れまくっていたのに元気なものだ。

 こうでもないと兵士は務まらないのか。


 よく見ると絶世の美女とまではいかないけど、綺麗な顔の人だ。

 鎧を着ていないから、本当に兵士か疑ってしまう程だ。

 なんか……妙に緊張してきた。


 何て話せば……

 いや、話しても意味ないのか……

 だったら、ジェスチャー?

 伝わるかな……


「@◇▲ウツロギ?」


「あ、あ、はい。」


 なんか、僕の名前を言った。

 とりあえず、頭を縦に振る。

 なんか、必要以上にキョドってるな。


 彼女は長い髪の毛を横に流しながら、僕に近づく。

 澄まし顔でニコリと笑いながらだ。

 なんか、更にドキッとしてくる。


 リリアーレさんが僕の前に立つ。

 僕より身長高かった……

 まあ、僕の身長175センチにならないぐらいだし、僕より高い女性も普通にいるか……


 彼女はペコリと深くお辞儀をしようとしたが、それを身振り手振りで制する。


 ひょっとしたら、昨日のお礼かもしれないけど、僕は結果的に何もできていない。

 骨折男の護送も出来ず、現地人の避難も風使いに任せ、リリアーレさんの救出も最後はベラが受け持った。

 お礼されるような事など何もない。

 逆に申し訳なくなる。


 ベラ。そういえばあの男はどこにいるんだ?

 彼には、お礼を言わないとな。


 僕はすぐさま、燃えてる家に指を指し、次に自分に指を指す。

 彼女もすぐにその内容を理解し、僕に町の外れに行くように土に絵を書きながら教えてくれた。


 察しがいい。指示も分かりやすい。流石、ルシュフォールさんの仲間だ。



 リリアーレさんに言われた場所に着くと、そこは畑だった。

 土男がいた。

 これ以上、火が畑に回らないように魔法で畑を掘り起こしていた。


 僕が来ると彼は無言でスコップを手渡し、まだ土を降り起こせていない場所を指差す。

 掘れってことか。


 僕は走ってそこに向かう。


 少し遠い場所で、風使いが魔法で川から水を運んで火を消し止めている。

 みんな頑張ってるんだな。

 僕も頑張らないと!


 掘り起こせていない場所に着くと他にも穴を掘っている人がいた。

 古屋さんだ……


 なんか、もう、色々な想いが溢れてきたけど、最初に口から出た言葉は単純なものだった。


「古屋さん……体、大丈夫?」


 僕に気がついた古屋さんは初めは驚いた顔をしていた。

 次に、安心したような顔になり………

 起こり出しそうな顔になり………

 泣きそうな顔になり………

 最後はほんのり笑顔を浮かべながら泣いていた。


「空木さんこそ、まだ寝てた方がいいんじゃないですか?私達だけでも何とか出来ますので……」


 彼女のなんともいえない表情を見て、僕ももらい泣きしてしまった。

 彼女にはこんな顔は見せたくなかったんだけど、今さら隠しても遅い。


 もう、抱き締めてしまいたい。


 でも、そんな心の叫びを理性が必死に抑える。


 窮地を乗り越えたばかりで変な気を起こしてるだけだ。

 彼女とは、まだ出会ってものの2日、3日の間柄だろ。

 こんなところで彼女との関係性を壊すのは後々が危険すぎる。数少ない味方と言える人だろ。自分の生存戦略を打算計算しろ。


 少し、落ち着いてきた……

 顔を服の袖で拭って、涙をとる。


「もう体は元気なので、何かしていた方が気が紛れます。話を変えますが、ルシュフォールさんから提案されたあの件ですが、僕も同意したので、後は上に掛け合うだけみたいです。」


「ありがとうございます。空木さんにまで話が行ってしまってすみません。」


 涙を拭いながら古屋さんが謝る。

 謝らせてしまった。

 僕がやりたいからやっているだけの部分もあるので、申し訳なくなってくる。


「いえいえ!!そんな頭を下げなくても。昨日、古屋さんに提案した時点で決めていたことなので、大丈夫です。骨折男はどこにいるんですか?」


「骨折男……ホワードさんですね。こことは別のところで同じように防火線を作ってます。」


「分かりました。そしたら、近くで僕も穴を掘ってます。」


 それから暫く防火線を作る。

 魔法の力をここでも強く感じる。

 土が紙のように軽い。普通に穴を掘るより、何倍も速い。


 古屋さんにも支援魔法がかかっているらしく、凄まじい速度で穴を掘っている。

 素であの速度だったら、ムキムキだ。

 見た目は華奢だし、魔法込みと思うことにする。


 土男は土魔法を扱うだけあって仕事が速い。

 ボコボコと音を立てながら、僕らよりも更に速く放火線を作っていく。


 体感で2時間程経った。着実に畑に燃え広がった炎を囲むように防火線が構築されていく。


 戻ってくる町の人々も増えてきた。

 本格的な消火作業が始まる。


 川から水を汲んでバケツリレーをして建物や畑の鎮火に取り掛かる。

 防火線の造成は土男に任せ、僕らもバケツリレーに加わる。

 風魔法や、水魔法で消火をする人達も増えてきた。

 何かをする時は、魔法がある世界でも人海戦術が最も有効なことを理解する。

 誰か1人、強い人間が無双するようなことは、簡単にはないのだろう。


 途中、骨折男……確かホワードさんにも会った。

 感謝とか例の件を伝えようとしたが、言葉が通じないから難しいものがある。

 今はお互いに消火作業に専念しようということで、ホワードさんからジェスチャーで提案があって、話すことをやめた。

 改めて見ると、そんなに嫌な感じはしないな。


 途中、リリアーレさんが水筒を持ってきて、手渡してくれた。

 気がつくと、フルスペックが切れていて、大量の汗をかいていた。ありがたく受け取る。

 周りの町の人達も地に腰を下ろして会話をしている。

 休憩ってことだろう。

 僕と古屋さんも地面に座る。

 水が美味しい。体を動かした後の水が美味しいのは、どんなところでも一緒だな。


「火が全て消えたら、昨日のことも忘れられないかな?」


 古屋さんから口を開いた。

 …………それは無理だよ。


「忘れられるといいね。」


「はい……」


「そう言えば、古屋さんは誰から支援魔法をかけてもらったの?」


「支援……筋力を強化する魔法ですね。ルシュフォールさんからかけてもらいました。もう、魔法が切れたみたいで大変です。」


「それなら、ここ以外のところで何かした方がいいですよ。ここは、見たとこ男しかいないし、古屋さんにはキツイと思いますよ。」


「いえ、ここに残ります。言葉が通じないので、ここを離れたら手持ち無沙汰になりそうで……」


「あ、確かに。言葉が通じないって大変ですよね。他の人が目の前で自分の陰口を話してても気づけないです。」


「はい。自分がどう思われてるか分からないですよね。」


 …………なんか、どんどん暗い話になるな。


 これ以上、会話はしなかった。

 お互いに暗くなるのが分かったから。

 変に不安を煽っても何も変わらない。

 ならば、話さない方がいい。



 土から小さなモグラが出てきた。

 キョロキョロと辺りを見渡してる。

 火事で元いたところから逃げてきたのかな?


 モグラの頭をツンと軽く突っつく。

 モグラはビックリして物凄い速度で逃げていく。


「今の酷くないですか~」


 古屋さんがクスリと笑った。


「いやー、出てきたら叩きたくならない?」


「それ、モグラ叩きじゃないですか。」


「うん。それだ。ゲーセンがあったら、やりたくなってきた。」


「ですね。あ、こっちにも出てきました。」


 古屋さんが指差した方向に、少し大きいモグラがもう一匹ひょっこりと出てきた。


「次は古屋さんですよ。」


「私も共犯にするんですか。」


 ニコニコしながら、古屋さんが植物の茎でモグラを突っつく。

 モグラはビックリして今度は穴に潜った。


「古屋さんもやりたいんじゃないですか。」


「やれと言われたので仕方なく。」


 意地悪そうな顔で彼女が笑う。

 僕も自然と笑顔になれた。


 モグラに感謝。




 この頃、骨折男改めホワードは少し遠くで、空木(うつろぎ)と古屋を見ていた。


「今のファインプレー、俺だからな。」




 休憩が終わってバケツリレーが再開する。

 何となく、彼女の顔が少しだけ明るくなった気がする。

 心は良くも悪くも人に伝わるもの。

 きっと僕の顔も……

 消火は着々と進んでいく。



 太陽が頂点に昇る頃、ようやく消火作業は終わった。

 消火作業を終えると町の叔母さん達が、炊き出しを渡してくれた。この町の残り少ないであろう食料をありがたくいただく。

 味付けが日本と違っていて素直に美味しいとは思えなかったけど、きっと慣れだろう。

 異世界にきてから初めてのまともな食事。

 感慨深いな。

 ……ごちそうさまでした。


 することが無くなった僕と古屋さんは、骨折男……じゃなくてホワードさんと合流し、近くにいたリリアーレさんの所に向かう。


 リリアーレさんも僕らを探していたようだ。

 行く当てなんてないから逃げやしないのに、きっちりしてる。


 彼女に案内されるままに、町の外れの人気がないところに向かうと、そこにはルシュフォールさんや、他の仲間達がいた。

 昨日、見なかった顔もいる。ルシュフォールさんとリリアーレさんと風使いと土男を合わせて8人。

 アイドル系女子が死んだから、これで全員か。


 そして、この他に異世界人と思われる人達。

 全員が暗い顔をしている。


 僕はあの人達が辿る運命を理解した。

 そして、それをわざわざ僕らに見せる理由も察した。

 それは、古屋さんとホワードさんも同様だろう。


「3人には念のため、話しておく。今から、ラスタフォンに敵対した者の末路を見せる。先ほど、町の人からいただいた昼食を戻すんじゃないぞ。」


 ルシュフォールさんは、ホワードさんにも分かるように別の言葉でも話していた。

 呼び出すなら、ご飯の前にしてくれよ。

 いや、この後のご飯は喉に通らないか……


 ルシュフォールさんが手を上げた。

 角眼鏡の男が何かを唱えた。


「▲@◇◎◆〇%£α●*〇%(中位毒魔法“一酸化炭素(CO)”)」


 異世界人達全員の意識が切れた。


「ルシュフォールさん。今のは?」


「毒魔法だ。」


「色々あるんですね……僕は国を敵に回す真似はしません。」


「私もです。」


 古屋さんも僕に賛同した。

 ホワードさんもやや遅れて何かを話した。


 この3人の誰も、ご飯を戻すようなことはしなかった。

 昨日の晩で散々、これまでの常識が打ち砕かれた。

 この程度で表立って動じる者は、ここにはいないということだ。


 ……聞きたかったことを確認するか。


「すみません。ニルト・ベラはどこにいるんですか?昨日のお礼が言いたくてですね。」


 ルシュフォールさんの眉がピクリと動いた。

 まずいことを言ってしまったか?

 恐らくはルシュフォールさんと戦っていたし、敵だったのか?


「あの男は今回の事件の首謀者だ。例を言う必要などない。」


 まさか、首謀者とは……

 どおりで強い。

 逆に納得だ。


「3人にとっては大変かもしれないが、もうじき町を出ることになった。」


「古屋さんとホワードさんの件とも関係しているんですか?」


「ああ、首都へ向かうことになる。」


「契約魔法……ですか。つまり、認められたということで、いいですか?」


「まだ、確定ではない。念のため、お前も含めて3人の人物像を確認しておきたいとのことだ。」


「分かりました。そこで決定するんですね。」


「そうだ。しかし、現時点でほぼ確定したも同然だ。案ずることはない。」


「ありがとうございます。」


 3人で改めてルシュフォールさんにお礼をする。

 ホワードさんには、お礼の後でルシュフォールさんが説明した。


 町を出るのは、補給部隊が町に到着してからとのことだ。

 そこで馬車を1台もらい受けるとのことだ。

 この町に来た時の馬車は、ベラによって破壊されてしまい、その結果、ルシュフォールさんの仲間……龍仙部隊の到着が遅れたという話も聞いた。


 昨晩の戦闘を反省すると、部隊の中心人物でメインのヒーラーであるリリアーレさんが早々に脱落したことで、かなり厳しい状態だったという。

 部隊の面々のうち、ルシュフォールさんはベラと戦っていて、サブのヒーラーを含む4人は避難民の護衛にあたっていたため、あれ以上の増援は来なかった。

 そのため、僕らがやった炎魔法の兵士に加勢してからの一連の流れについては、ルシュフォールさんも一定の評価をしているとのことだった。


 結論。

 なんか知らないうちに、活躍してたらしい。

 若干……

 ホントに若干……

 謙遜なしでけっこうマジで若干だけど……


 ルシュフォールさんのフルスペックと、風使いの魔法がなかったら、僕は何回死んでたんだろうな……

 古屋さんとホワードさんと、燃えた家に潰されて死亡。

 ベラにワンパンされて死亡。

 ホワードさんとリリアーレさんの救出に向かった時なんかは、きっと10回ぐらいは死んでるんだろうな……


 ルシュフォールさんからも、これからはあまり無理をするなとお叱りを受けた。気をつけよう。


 その後は、市街地に散在する死体を回収した。

 町の人と判別出来るものは、教会に引き取ってもらった。後は、教会の方で遺族に引き渡すとのことだ。


 異世界人の死体は、全てまとめて除霊してから焼却した。

 除霊をしないと悪霊になるとのことだ。

 前の世界とは色々と世界のシステムが違うようだ。

 焼却後は、町の外れに穴を掘って埋めた。

 一体何人埋めたか分からない。

 それだけ、膨大な数だった。


 埋葬を終えたのを見計らったように、補給部隊が町に到着した。

 リリアーレさんが、補給部隊の隊長に引き継ぎを行った後、馬車をもらって出発することになった。

 補給部隊の兵士からは、龍仙部隊と共に行動する妙な一般人と思われたのか、奇異の目で見られたが、それは無視した。


 僕らは首都へ向かう。これから、どうなるかは分からないが、この国に良心があることを信じるしかない。

空木弥晴のKILL数 15+1

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