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最後の異世界人  作者: ピエール鈴木
1章 ラスタフォンの騎士
6/9

第6話 希望を瞳に宿す

 先に空気の変化に気づいたのは、炎魔法の異世界人であった。


「今、ショータイムって聞こえなかったか?」


 2人組のもう1人の男も考える。

 この2人は牢屋でたまたま相部屋になった。

 言葉が通じ、性格も合うためトントン拍子で意気投合し、行動を共にしている。


「俺は今の状況で、精神を病んでいる人間の1人や2人いたところで何の違和感も湧かない。」


「ひょっとしたら、さっき落ちてきた風使いかも知れないぜ?この女もだいぶ手間とらせやがったから、あっちも苦戦してるかもしれねぇ。楽しそうだ。」


 炎魔法の異世界人は髪を引っ張った。

 そこには、女兵士=リリアーレ・イセインの姿があった。

 武器や防具は全て奪われ、炎魔法の異世界人が剣を持っている。

 顔はボコボコ。体も命に関わらないような骨はほとんど折られていた。


「分かった。他の兵士が来る前に早く魔法の範囲を狭めるべきだ。風使いを仕留めてくれ。これは、ネタが割れてないことが重要だ。」


「おう。ただ、この女、治癒魔法持ちだろ。腕だってポンポン生えてきやがった。いくら骨折ってるからといって、人質には向かないんじゃないか?逃げられるかもしれないぞ。人質なら弱そうな村人の方がいいだろ?」


 女兵士の脇腹を蹴る。

 ほとんど反応はない。


「こいつの装備を見ろ。他の兵士とは明らかに違う装飾。量産品じゃない。金がかかってる見た目だ。人質は権力者ってのが、相場だろ。そこら辺の村人より、コイツの方が多少はいい。」


「じゃあ、風使いも金持ちぽかったら、女を殺してあっちを人質にしてもいいか?」


「悪いがそれは止めてくれ。あの大火力で攻撃されるリスクは考えたくない。」


「分かったわ。そんじゃ行ってくる。女から目を離すなよ。」


 炎魔法の異世界人は向かう。空木の元へ。






 僕は風使いを背負う。

 様子を見て誰も近づかない。

 そのまま、家と家の間に入り込み、一歩一歩ゆっくり歩く。


「*●%☆α@◎◆£●〇〇£(お前は一体何なんだ。)」


 風使いが暴れる。当然のことだ。

 ナイフを刺さないか心配だ。

 今は、両手で背負ってる。

 骨折男の時で既に左腕の筋肉は限界だ。


 風使いについては、これを言えば大丈夫。

 これはニルト・ベラと僕を繋いだ言葉。

 彼にも通用する筈。


「ルシュフォール。」


「●◎@α(なるほど。)」


 風使いは予想通りそれ以上暴れない。

 やはり、仲間の1人。仲間じゃなくても味方だ。

 異世界人達は今だ僕に近づかない。


 今は風使いを逃がすことだけが、生きる為の手段。

 古屋さん達を見捨てたようにも映るけど、これしか思いつかなかった。許してくれ。


 この無効化の魔法には恐らく射程距離がある。

 と言うか、全世界だったらチート過ぎる。

 この世界の社会構造すら破壊出来るんじゃないだろうか?


 ともかく、風使いを魔法を使える場所まで移動させる。

 そして、仲間を呼んでもらって何とかしてもらう。


 このままゆっくり歩いて、見えなくなったところで全力ダッシュだ。

 風使いも下ろそう。走れるかな?


 一歩一歩と歩く。ようやく反対の通りに着く。見えなくなったら走る。


「£◆☆☆α@◎〇£●!!(風使いはどこだ!!)」


 ヤバッ!!


 声からして炎魔法の異世界人の男だ。

 僕は既に二回は奴と戦ってるから見つかったら絶対殺される。


 他の人にどっちにいったか聞いてる筈だ。

 もし、彼が英語とかの世界でスタンダードな言葉を使ってる人だったら、どっちに逃げたかすぐバレる。


 急いで、風使いを下ろす。

 そして、一緒に走って逃げる。


 早く効果範囲外へ!!


 隣の通りに異世界人はいなかった。

 運がいい。


 走る。走る。ただ、遠くに走る。


 5メートル程後ろから炎魔法の異世界人が出てきた。


「*☆◆@£!!@☆☆!!(おいコラ!!待てや!!)」


 って言ってるんだろうな。待たねーよ。死ぬ。


 命の危険を感じて今まで以上に本気で走る。


 魔法なしの身体能力だけのガチンコの鬼ごっこ。


 相手は剣を持ってる。


 捕まったら死ぬ。


 知らないうちに5メートルあった距離が3メートルに縮んでる。


 逃○中のハンターかよ。


 ナイフを投げる。当たるだろ!!


 避けた!!


 コイツ素で身体強化魔法使ってる。


 しかし、スピードは一時的に落ちた。距離を離す。


 走る。走る。ただ、遠くに走る。


 また、距離が縮んできた。


 野郎、剣を鞘から抜いてやがる。


 投げるとかねぇよな。


 ふと、横を見ると風使いのスピードが落ちてきて、僕より気持ち後ろを走っていた。


 オイオイオイオイ!!!


 風使いなんだから風のように走ってくれよ!!!


 ヤベェ。後ろがマジでヤベェ。


 鼻息が聞こえてくる。


 腹くくるか……


 ここで1発ドロップキック。


 当たった!!!!


 と思ったら、避けられた。


 僕なんかお構い無しに風使いを追いかける。


 多少、炎魔法の異世界人のスピードは落ちた。


 あとは、お前に託す!!!


 走れ!走れ!走れ!


 あ、やってもらいたいことを言わないと。

 仲間を呼んで欲しい……

 何となく、意図が伝わる言葉………


「ルシュフォール!!!!ルシュフォール!!!!ルシュフォール!!!!」


 風使いは指で丸を描いた。

 多分、分かったってことだな。


 次の瞬間…


 風使いは消えた。


 残ったのは、僕と炎魔法の異世界人。


 上を見る。


 ああ……


 星が綺麗だ。


 全力で逃げる!!


 奴も全力で追いかける!!


 無言なのが逆に本気だということを教えてくるから恐い。


 ドカーン!!!


 驚いて空を見る。


 家が宙を舞ってた。


 もう一回見る。


 家が宙を舞ってた。


 もう一回見る。


 やっぱり、家が宙を舞ってた。


 か、風使い。何がしたいんだ。


 そのまま家は……


 惰性で………


 遠くに落ちた。


 ドカーン


「£**◆!(オラァァァァ!)」


 ヤバイ!!


 後ろにいた炎魔法の異世界人が……


 剣を既に振り上げて………


 キューン


 魔法が!!!


「〇◎◎!!!(なに!!!)」


 使える!!!


 でも、もう………


 ヒュン



 男の剣を空を切っていた。


 僕の体は……


 宙を浮いていた。


「風使い!!!」


「◆*▲£☆@〇(これでおあいこだよ。)」


 野郎、ドヤッてやがる。こういうのは言葉じゃなくて雰囲気でわかる。

 だが、サンキューだ。


 ゴオオオオオオオオオオオオ!!


 炎魔法の異世界人にの火球が飛んできた!!


「◎£*◆〇◇α(残念。当たらない。)」


 風使いと僕は、あっさりと火球を避け、隣の通りまで行く。


 隣の通りは、古屋さん達がいた。

 まだ、何とか持ちこたえてる。


 そっか、風使いは人命救助を優先したのか。

 兵士の鏡だぜ。


 最初の家のぶん投げは、遠距離からでも物理で攻撃出来ることを知らせるためだったのか!!


 そして、無効化の魔法使いはそれなら魔法で応戦した方が効果的と判断して魔法を解除。

 これによって一定の距離を取りながら古屋さん達の援護が出来るようになった。


 そしてもう1つ分かったこと。

 それは無効化の能力者が、ここまで無効化魔法の射程距離を伸ばせない、或いは、ほぼ限界だから逃げられて意味がないってことだ。


 ババババババババババババババババババババババババ

 ババババババババババババババババババババババババ


 ただ、これは風使いがこの距離感を維持するから睨みを利かせられる。

 そのため、風使い本人はしっかり援護に入れない。


 今の攻撃は遠すぎて異世界人に有効じゃない。あの感じじゃ、小石を投げられた程度の威力だ。


 高火力の技も厳しいのだろう。古屋さん達を巻き込むリスクがある。


 だったら僕が行く!!!


 下に下ろすようジェスチャーをする。


 彼は即座に対応してくれた。


 下に下りてから、全力で古屋さん達のところへ走る。


「●〇*◆◆◆α*£α〇●▲☆◎@@@☆●〇α£(低位風魔法“疾風”召喚魔法“シルフ”彼を手助けしてくれ。)」


 足が!!!


 ありがとう。


 スピードが上がる。風のように道を駆け抜けていく。


 隣には人型の獣が走る。


 いくぞ!!!


 獣が風の弾丸を無数に吐く。


 異世界人達が逃げていく。


 道は開かれた!!


 僕は獣の攻撃でも逃げない異世界人を蹴る。蹴る。蹴る。


 今、僕にかかってる魔法は、ルシュフォールさんのものとは性質が異なる。

 ルシュフォールの魔法が、アタック、ディフェンス、スピードの全てを上げることに対し、この魔法はスピード限定。

 足が速くなっても、著しく攻撃力が上がる訳じゃない。

 致命傷とはいかないが、攻撃を止めるには十分だ。


 古屋さんの所まで来た。

 彼女は、幻を作りながら、攻撃が自分や現地人に当たらないようにしている。


「古屋さん!!今は風使いの人の所まで逃げて!!」


「分かりました!!でも、骨が折れてる男の人は?」


 そこなんだよな。どうしようか……


「私も行きます!速く、あの人の所に!」


「ありがとう!!」


 僕と古屋さんは更にその先へ行く。


「動物の人!!もし、分かったら聞いて欲しい。君はこの町の人を守ってくれ!!」


 獣は静かに頭を下げた。

 まさか、分かるとは……


 古屋さんを急いで背負う。

 骨折男より軽い!!

 なんか感動!!


「行きます!!」


「はい!!」


 本気で走る!!

 敵の陣地のど真ん中へ!!


 古屋さんの幻と僕の速力で攻撃を避ける。

 避ける。

 避ける。

 避けまくる。


 火だの水だの雷だの何でも来る。

 殴りかかってくる奴までいる。


 それらを全て避ける。


 古屋さんの幻も凄い。

 僕と古屋さんの2人を正確に描けてるだけじゃなく、足から出てる風のエフェクトまでそれっぽい。


 行ける行けるぞ!


 道の端に追い込まれた!


 壁を駆ける!


 飛ぶ!


 異世界人の肩に着地してそのまま走る。


 骨折男が見えてきた。


 こっちに顔を向けた!


 生きてる!!


 あと、もう少し!!


「£〇●☆@▲@●!!(お前はここで殺す!!)」


 なっ!!


 炎魔法の異世界人が路地の間から出てきた!


 火球を放つ!!


 それは幻に当たる!!


「▲☆〇£●@α◇◆*◎!!(今度は幻の女が一緒か!!)」


 奴は火球を乱射。全ての僕達にめがけて攻撃が当た……


 跳ぶ!!


 自分の身長程の高さに跳んで回避!!


 地面に着地!


 骨折男は目の前に!!


「◆◇@●!!!(させるか!!!)」


 骨折男へ火球を放つ!


 古屋さんがいくら幻を作っても行き先を読まれたらどうしようもない。


 速く火球よりも速く!!


 火球がジリジリと僕らに近づく。


 ビュン!!!


 骨折男の石の弾がこちらに放たれた!!


 姿勢を低く!スピードを落とさない!!


 ビュン!!!

 ドン!!!


 古屋さんの髪の毛を掠って石の弾は火球と激突!!


 助かっ……


 後ろにもう1発!!!


「〇◎☆◇!!!(止まれ!!!)」


 止まらねぇ!!!


 精神魔法を自分にかけっぱなしなんだよ!!!


 追いかけてくる火球。


 即座に骨折男に精神魔法の対象を変える。


 逃げる自分。


 その距離は数十センチ。


 僕よりも先に古屋さんが被弾する。


 ヤバイ!ヤバイ!


 古屋さんに火球がぶつかる寸前……咄嗟に古屋さんを左手に抱える!!


 その足で、骨折男を右手に抱える!!!


 火球がヤバイ!!


 ビュン!!

 ドン!!!


 骨折男~~~!!!


 2人を抱えたまま壁キック!!


 異世界人の頭を飛び越えた!


 これで追撃は、な…


「◎〇@*◆*£@!!!(3人組を殺せ!!!)」


 しまった!!


 精神魔法は、骨折男のままだった。


 殺せ!殺せ!


 俺には効かねぇ!!!


 よし、抑えた……


 古屋さんが引っ掻いてきてる。可愛いなオイ。

 即座に古屋さんに精神魔法を移す。


 あれ、皆こっちに向いてる?


 3人を殺せだった!!


 もう、引き返すのは無理だ!


 風使いと反対の方向になるけど……


 走りきる!!!


「古屋さん!」


「はい!」


 姿勢を低くして攻撃を避ける!


 体が消えた。


 光学迷彩がきた。


 ハードに動いてるから完璧じゃないけど…


 異世界人達が辺りをキョロキョロと見る。


 よし、これで巻いたか?


「◆〇◎◇☆〇◆!!!(逃がさんぞ!!!)」


 オイ。マジかよ。追いかけてくるのかよ。


 そうだ。アイツ素で身体強化魔法だった。


 しかも、何でこっち分かるんだよ!!


 異世界人達が集まる中心部へ突入。家が潰れてる場所だ。


 そういえば、女の兵士いたな。あの人どうしてるんだろう?


 もう、助けるしかねぇ!!


 瓦礫の上を登る!!


 跳ぶ!!


 上から周りを見る。兵士っぽい奴を探す!


 あれ、なんか縄で縛られてる奴。


 絶対、あれだ!!!


「◆〇◎●◇◇@*●▲!!(空は格好の的だぞ!!)」


 何!?


 火球だと!!?


 何で光学迷彩をかけてる僕たちの場所を正確に撃ち込んでくるんだ?


 骨折男、迎撃してくれ!


 あれ、撃たない…


 死んだか!?


 オイ!大丈夫か?


 揺らす。反応はある。じゃあ、なぜ?


 地面に着地。


 そのまま、真っ直ぐ女兵士の元へ。


 火球が近づいてくる。


 骨折男は何もしない。

 頼む。速く撃ってくれ!

 今度は、何発連続か分からないんだ!

 急いでくれ!


 火球がすぐ後ろに!


 まさかコイツ……


「●@◇〇◆◆◇@!!!」


 骨折男は何かを唱えた。


 その瞬間……


 土壁が無数に現れて異世界人を凪ぎ払う!

 火球を相殺する。

 更に後ろの火球も相殺、相殺、相殺!!!


 大技きた~~!!!


 そのまま、僕らは一直線に女兵士へ向かう。


 あと、もう少し……

 本当にもう少しなんだ。


 女兵士が見えてきた。

 しかし、その隣には2人組のもう片方。

 家の瓦礫から跳んだ時、女兵士ばかり探していたせいで見落としてた。


 この男は僕の中で最大の危険人物。

 無効化魔法の持ち主の最有力候補。

 さっきまでの戦いで、炎魔法の異世界人が無効化を使ってこないことから、奴の可能性は低い。

 古屋さんとこの町で会った時の件から、ここまで無効化魔法を使ったと推測される時に必ずいたのは、この男のみ。

 一番出くわしたくなかった……


 だが……行くしかない!!

 今、僕らの存在は炎魔法の異世界人にしかバレていない。

 バレる前に女兵士を奪う。


「◇▲◆**◎◆▲α££!!(無効化を使え!!)」

「◆●●(分かった)」


 ギュイーン


 魔法が………

 僕らの姿が見える。

 体重くなって、スピードが落ちる。


 止まったら終わりだ。


 なんとしてでも走る!


 走るんだ!!


 ヒューーーーーーー


 この音もしかして……


 チラリと、上を見る。


 ……………今度は一回で理解した。


 家だ……


 多分、風使いは僕らがここまで入ってきてることを無効化の魔法で理解した。

 だから、あえて僕らの頭上に狙い撃った。

 その心は………


 ともかく走れ!!!


「古屋さん。首に捕まって!!」


「分かりました!」


 異世界人が沢山いる。今、古屋さんを下ろして走れば、確実にはぐれる。


 冷静に状況を見極めながら空を見て呆気にとられてる異世界人を避ける避ける。


 そして、女兵士が目の前に!!


 無効化魔法の異世界人が僕らに気づく。

 女兵士の体を踏みつけてとらせないようにする。


 ヒューーーーーーー


「£α*◇☆▲!!(早くしろ!!)」


 炎魔法の異世界人が怒号を上げる。


「………」


 無効化魔法の異世界人は無言で僕らを見ている。


 空から落ちてくる家。女兵士を奪おうとする僕ら。

 お前はどっちをとる。


 女兵士と自分の命。




 どっちをとる?




 女兵士を縛る縄に、僕の左手をかけた………


 ヒューーーーーーー


「◇◎*α●▲☆!!!(速く魔法を解かないと死ぬぞ!!!)」


 キューンンッ

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 炎魔法の異世界人は家に目掛けて最大火力の火球を放った。


 しかし、僕らは魔法を使えない。


 コイツ……


 魔法の解除ではなく、射程距離を変化させた……


 自分の命と女兵士どちらもとってきた。


 こちらが引っ張ろうとすると、相手は更に足の力を強める。


 女兵士が口が血を吐く。

 相当、痛めつけられたんだな。

 これ以上はまずい。

 少しだけ力を抜く。


 そして睨み合う。


 燃えた家の瓦礫が辺りに落ちてくる。


 それでも、睨み合う。


 瓦礫はまるで僕らを避けるかのように、周りに落ちていく。


 僕が今なお動かないのは、負け惜しみじゃない。

 そして、相手もそれを理解している。

 風使いには、次の手があると……


 ヒューーーーーーー

 ヒューーーーーーー

 ヒューーーーーーー


 今度は3発同時。

 炎魔法の異世界人は僕らに意識を向けられない。

 他の異世界人は、この場から逃げようと走る。


 僕と無効化魔法の異世界人は無言で睨み合う。


 沈黙を破ったのは一本のナイフだった。


 そのナイフは、無効化魔法の異世界人の顔面に向けて放たれた。


 彼はそれを右手の甲で受け止める。

 手にナイフが刺さった。


 しかし、彼は動じない。

 隙を感じさせない。


 トン…


 小さな音が後ろで聞こえた。

 次の瞬間理解する。


 強い。風使いと同等だ。


 それは、こちらに向かって歩く。

 僕の1メートル程後ろに立った。


「α*◎◇☆▲£◆£◆?ダーンチョー。生きてますかー?」


 その声は、戦場に似つかわしくない可愛らしい声だった。女性アイドルの声に近い。

 逆に気持ち悪い。


「◇*α◎◇☆◎*(ベル。私を笑いに来たか。)」


 女兵士は自嘲気味に笑う。


「◇α◆£●☆◎£*(イエイエ。生きてて良かったですよ。)」

 ギュン

 シュッ!


 アイドル系女子(命名)は一瞬で距離をとった。

 恐らく、無効化魔法の異世界人が魔法の範囲を広げた。


「α◇£☆●▲☆£☆☆(それ、私には通用しませんから。)」


 シュッ


 無効化魔法の異世界人は首を横にずらした。


 ダン!


 そこにナイフが突き刺さる。

 頬には切り傷。

 そこから血が流れていく。


「●◇α*◎☆▲£◇◆(足を避けないと死んじゃいますよ。)」


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 ドカーン!!!!!!!!!!!


 炎魔法の異世界人が家を迎撃する。

 再び、瓦礫が落ちてくる。

 しかし、今度は一撃目と違う。

 僕達以外の場所に落ちてくる瓦礫が明らかに多い。

 あの野郎。壊す場所や落とす角度を調整し始めたな。


 アイドル系女子の元にも大量の瓦礫が落ちるが、彼女はそれを簡単に避けながらナイフを放つ。

 無効化魔法の異世界人はそれを避ける。

 しかし、足は離さない。


 ギュイン


 スタッ


「£☆◎α●*☆▲@〇(直線的にも撃てるんですね。)」


「……………」


 ギュインギュインギュインギュインギュイン


 タッタッタッタッタッ


 シュッ

 ダン!


 ギュイン

 シュッ

 タッ

 ダン!


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 ドカーン!!!!!!!!!!!!


 2人の静かな攻防と炎魔法の異世界人の派手過ぎる迎撃が実に対象的だった。


 僕らは動かなかった。

 いや、下手に動いたら死ぬ。

 動けなかった。


 このまま待つのがいい。

 ルシュフォールさんの仲間は8人いると言っていた。


 まだ、5人控えてる。

 時間が経つ程に奴等は不利になっていく。


 僕がすべきことは、ここで引っ張り続けること。


 無効化魔法の異世界人を釘付けにする事。


 彼の魔法の効果範囲を固定し続ける事。


 それが最適解だ。



 状況が変化したのは、4発目の家が爆発した瞬間。


 突然、僕らの周りの地面が沈んだ。

 そのまま、落ちていく。


 無効化魔法の異世界人はバランスを崩した。

 地面にまで魔法の無効化をしていなかったんだ。

 想定していない攻撃に動揺しない人間なんていない。


 その隙に女兵士を引っ張るが、相手は直ぐに手で縄を掴んで離そうとしない。


 無言の睨み合いが再び続く。


 無効化魔法の異世界人は決して魔法を解かなかった。

 それがアドバンテージであることをしっかり理解していた。

 恐らく、効果の範囲を炎魔法の異世界人に当たらないギリギリに設定している筈。


 穴まで落ちた。高さは5メートル程だった。双方地面に着くまでに体勢を立て直しており、怪我人はいない。

 女兵士がグッタリしてる程度だ。


 穴にはずっと掘り進んできたような空洞があった。

 そこから、鎧を着こんだ1人の男が出てくる。

 身長は1メートル50センチ。しかし、横の方に体格が大きく、暗い穴のそこでも、筋肉質なことは分かった。


 この人もルシュフォールさんの仲間か……

 既に無効化魔法の効果範囲だろう。

 一体何をするつもりだ。


 男はただ、無言で僕ら、いや無効化魔法の異世界人の元へ進む。


 そして、対面した。


 無効化魔法を察知できるアイドル系女子でも倒せないとなると次は物理で勝負に出たか。


 この方法は、2人組を分断するという意味合いでも効果的だ。

 上の方は恐らく、アイドル系女子と遠距離から風使いが戦っているのだろう。


 炎魔法の異世界人、奴も分が悪いだろう。



 無効化魔法の異世界人と土男(命名)が遂に拳をつき合わせた。戦闘開始の合図だ。


 無効化魔法の異世界人は、女兵士から手を離した。

 次の瞬間、土男の顔面に掌底がめり込む。

 土男に効いてる素振りはない。


 僕はすかさず女兵士を引っ張り上げた。

 よく見る、全身の骨という骨が折られてる。

 この中で一番重症だ。

 古屋さんに女兵士を任せ、自分は骨折男を背負う。

 あの空洞の奥へ逃げる。

 それが、僕達のすべきことだ。


 しかし、どう進む。

 空洞までは2人が殴りあってるところを通らないといけない。

 無効化魔法の異世界人が、簡単に通してくれるとも思えない。


 じゃあ、加勢するか?


 これも厳しい。


 2人とも見たとこプロだ。

 動きが洗練されてる。

 割って入ったところで、1発KOになるのが目に見える。


 それに、無効化魔法の異世界人の身長は1メートル90センチ超え。ルシュフォールさんと何ら変わらない体格。


 僕の本気のパンチがまとも効くか怪しい。


 逃げる方向に考えるべきだ。

 隙だ。隙を見つける。


 無効化魔法の異世界人の蹴り。

 土男のボディブロー。

 異世界人の踵落とし。

 土男のアッパー。


 一進一退の攻防が続く。


 異世界人の方が突然、ナイフを左手に持って切りかかる。

 土男はそれをギリギリで回避。

 肩の鎧に傷が出きる。


 あのナイフは、アイドル系女子のナイフだ。

 一本くすねてきたのか。


 土男もナイフを出した。


 お互いに少し距離を取る。

 隙が見当たらない。逃げる瞬間が分からない。


 互いに攻撃し合う。

 僕はそれを息を飲んで見守る。


 ナイフを出してから、鎧を着ている土男が優勢になった。


 無効化魔法の異世界人はスーツ姿。

 防御力が違いすぎる。


 いずれ勝負が決する。

 それを感じ始めたとき……


 無効化魔法の異世界人が突然膝を着いた。


 土男の攻撃が効き始めたのか?

 違う。そういう感じじゃない。

 どこか意識が朦朧としてるというか……


 まさか……

 毒か?

 アイドル系女子が投げたナイフに仕込まれてたのか?


 すかさず、土男が顔面を殴り飛ばす。

 そして、追撃で腹に蹴りを入れる。


 よし!

 今なら逃げられる!!


 ドカーン!!!


 炎?


 …………まさか……


「●αα◎◎◎◎!!(援護助かったぜ!!)」


 ドン!


 炎魔法の異世界人だ。


 上から現れたということは、アイドル系女子が取り逃がしたのか?

 いや、最悪の場合………


「〇@!!◎α@£!!(オラ!!お前らにプレゼントだ!!)」


 ヒュー

 ゴロゴロゴロゴロ


 炎魔法の異世界人から投げられた玉のような物は僕らの方に転がってきた。

 暗くてよく見えない。

 玉はそのまま僕らの元まで転がり止まった。


「〇@…(なッ…)」


 最初に土男が気がついた。一瞬驚愕の表情を見せた後、すぐに元の表情に戻る。


「▲…▲…(あ…あ…)」


 次に古屋さんに背負われてる女兵士が気がついた。呼吸することすら忘れてしまってるのではと思わせるほど、体が硬直している。


「ひぃっ!!」


 次は古屋さん。体がふらふらしてる。


 骨折男は何も言わない。


 僕はそれが何か理解していた。

 今まで意図的に見なかった。

 現実から目を背けていたかった。

 しかし、見ないといけない。

 これを見ないと後の戦いに適応できない。

 相手の戦力を把握しないといけない。


 そっと、見つめる。


 生首だった。勿論、それは女だった。


 目は閉じられていた。


 これは炎魔法の異世界人の僅かな気遣いだろうか?

 いや、そんなことをする柄には見えない。


「£●α*☆▲@◎●◆●●◎◇◆!(お葬式のところ悪いんだけどよ。混ぜてくれよ喧嘩!)」


 アイツはジリジリとこちらへ距離を詰める。

 土男も向かい合う。

 僕らに一瞬逃げろと促した。


 炎魔法の異世界人は、身長が相方と同じくらい。そして体格は更にデカイ。


 今まで散々、コイツの身体能力には驚かされた。

 無効化魔法の異世界人より殴り合いは強いだろう。


 土男がナイフを持ってるからといって勝機は薄い。

 土男も無効化魔法の異世界人に相当殴られていた。

 連戦は体に堪える筈だ。


 それでも、僕らに逃げろと促した。

 捨て石になる覚悟がある。

 僕らはそれに応えないと。


 走り始める。早く無効化魔法の効果範囲外へ。


 無効化魔法の異世界人が立ち上がった。こちらを追いかけてくる。

 土男は炎魔法の異世界人に気をとられていて、対処出来ない。

 無効化魔法の異世界人が追いかけてきたら、いつまでも魔法が使えない。


 こっちは人を背負いながら走ってる。

 相手の方が速い。

 逃げ切るのは絶望的だ。


 ドサッ


 僕の体は突然動かなくなった。

 いくら踏ん張っても、もう力は出ない。

 これが限界か……


空木(うつろぎ)さん!!立って!!」


「相手の目的は、女兵士だ。君達だけでも逃げろ。」


「いや、駄目だよ。だって今までずっと。」


「つべこべ言わずに逃げろ!!」


「嫌だ。だって……」


 ボコッ!!


 古屋さんが殴り飛ばされた。

 無効化魔法の異世界人が女兵士を奪い取る。

 古屋さんは、脳震盪(のうしんとう)を起こしたのか、フラフラして立ち上がれない。

 あ…あ…あ……


「◇@▲☆◆●◎α*▲〇(君達はよくやったよ。)」


 無効化魔法の異世界人が何かを言った。


 体は動かない。


 僕らはここまでなのか?


 ドカーン!!!!!!!!!!!


「α£◎!!◆●£◎●◆*〇〇@◇%〇*●●◎▲▲*◎£α(うお!!魔法が使えなくなった。久し振りの感覚だぜ。エキサイティング。エキサイティング~。)」


 それは、ハイエナのような血に飢えた殺意だった。

 いや、彼の場合はイビ○ジョーと言うのが正確か。

 ニルト・ベラ………

 お前は敵なのか?味方なのか?


 そしてもう1つ………


 ドン。


 ゴゴゴゴゴコゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 それは、鷹のような静かな殺意。

 研ぎ澄まされたオーラ。



 遂にきた。

 僕が知る中で最強の男が……



 異世界人を瞬殺する老兵が……



「ルシュフォールさん!!あんたしかいないんだ!!どうにかしてくれ!!!」


「承知した。」

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