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最後の異世界人  作者: ピエール鈴木
1章 ラスタフォンの騎士
2/9

第2話 天から与えられた才覚は運命を決する道標

 牢屋から出て監獄の入口にいる。人里から離れたこの場所は、辺りを見回すと木々がうっそうとしていた。地面や壁には血痕が残っている。かなりの量だ。きっと、牢屋から逃げた出した人達のものだろう。


 素人目に見ても、けっして小さくはない争いがあったことが分かる。亡くなった人もいるのだろう。しかし、遺体はどこにもなかった。兵士や業者と思われる人達が地面を水で洗い流している。ホースもないのに手から水が出ている。魔法だろう。


 古屋さんや筋肉男も、亡くなってしまったのだろうか。自分もどうなることやら。でも、不思議と怒りや恐怖はこみ上げてこない。何か夢見ているような、地に足がついていない浮遊感だけが、かろうじて感じられる。


「ノイさん……で良かったですか?」


「はい。問題ないです。何でしょう?」


「牢屋から逃げた人達は、どこに行ったんですか?」


「自分の故郷返ったのでしょう。彼等もまた被害者です。」


 …………それなら幸せか…


「被害者とは、ここに連れてこられたという意味ですか?」


「はい。少人数であれば、全員受け入れる道ありましたが、人数が人数でしたので、食料足りなくてですね……」


 口減らしのためか。仕方ないで片付けていいのだろうか?そもそも、本当のことなのだろうか?


「異世界人がそれほど多く来たんですか?」


「……現在把握しているだけで、十数万人規模です。」


「10万?ここにそれだけの人がいたんですか?」


「この牢獄、いくつかあるうちの1つ過ぎません。洗浄終わり次第、他の牢獄いる異世界人移動させる手筈です。どこも定員超えていますので……」


 同じことが繰り返されるのか。体が更に宙に浮いた気がした。嘘ならいいのだけど……


「僕はどうなるのですか?」


「言語や基本的な法律、魔法の扱い方学んだ上で生活してもらいます。元の世界へ戻す手段ない以上、この世界で生きるか死ぬかです。」


「分かりました。認められるように努めます。」


 僕が生きるべきか死ぬべきか分からない。でも、生きてしまったなら、簡単に死ねない。死ぬべきじゃない。そんな気がする。そう言い聞かせる。


「馬車来ました。行きましょう。」




 豪華な装飾が施された馬車には、ノイさんとシーロンさん、そして数名の護衛が乗っていた。僕が暴れた時の対策か。魔法の1つも使えず、ナイフの1つも持っていない僕にここまでする必要などないのに……せいぜい、護衛を1人つければ十分過ぎるのではないか?


 馬車が走り出す。スピードがみるみる上がって森を走り抜けていく。その速さは、車や鉄道とも全く変わらない。いや、こっちの方が速い可能性すらある。


「凄いですね。僕の世界では馬車が廃れて車と言う機械の塊が道を走っているのですが、この世界の馬車はそれより速いかもしれません。」


「精鋭馬に魔法付与して強化してますので、見事なものでしょう。鉄道はもっと速いですよ。」


 鉄道があるのか。もし、普通の生活が出来るようになったら乗ってみよう。


「そろそろ、結界抜けます。御者が魔法かけますので、驚かないように。」


「わ、分かりました。」


 ギョイン!!


「わっ!」


 体に何かがまとわりついている。これが魔法なのか……


 キュン


「結界を抜けました。」


 外を見ると木々はなくなり、畑が姿を見せた。その奥には町が広がり、3階建ての大きな建物もいくつか建っている。

 道の端っこで追いかけっこをする子供と目が合った。あっという間に駆け抜けていく馬車から巻き起こる風に綺麗な髪の毛が揺れていた。


 この世界のありふれた日常に、ほんの少しだけ親近感を感じられた。







 先ほど、丘の上から見下ろした町にたどり着いた。


 ノイさんは、僕が暫くこの町に預けられることを告げた後、シーロンさん達と馬車に乗って去っていった。忙しい人なのだろう。


 僕は、面倒くさそうに無言で案内する役人に連れられ、役所の留置所に入れられた。しっかり、鍵もかけられた。また、牢屋で生活か。数日後には言葉の通じる人が首都から来るとのことなので、その時に出してもらえるかもしれない。今は待つしかないんだ。


 鉄格子に触れる。流石に今度は電気が通っていなかった。多少は信頼されていると受け取っていいのか?それとも、設備投資の予算がなかっただけなのか?

 まあ、後者だな…


 今までのことを整理してみよう。

 僕は異世界に転移させられ、一晩中歩き回った後、兵士に拿捕(だほ)されて牢屋に投獄された。2、3日経過した後、口減らしのために行われた虐殺でたまたま生き残った僕は、これから異世界で生きるためにこの国の言語を勉強する。


 こんなところか。考えれば考える程に不思議だが、僕を生かすことに何の意味があるのだろう。そもそも、この国の人達からすれば、異世界人の来訪はただの厄介事だ。

 わざわざ余所者を助ける義理などない。この世界の他国の人間でもないのだから、殺したところでそれを追求される可能性も低い。厄介事を払いのける。それでいいのではないか?


 きっと、僕を生かすメリットがある筈だ。そう考えるのが自然だ。それは一体何だ?希少生物みたいに珍しいから大事にしようと言う人も一定数いるからか?

 僕は珍獣か。辛いな。


 他にメリットがあるとすれば、科学や文化の進歩のためか。異世界の情報は異世界人からしか得られないだろうから、その可能性は高い。


 そういえば、彼等はやけに異世界人への対応が良かった。普通、身元不明者が10万人も現れたらパニックになる筈だ。ニュースとか大して見ない僕でも容易に想像がつく。

 事件に発展して流血沙汰になるのも時間の問題。にも関わらず、兵士は僕を殺さず牢屋に投獄した。中にはノイさんのように言葉を話せる人もいるくらいだ。


 少なくとも、異世界人の来訪は、初めてではない。そして、鉄道があるとも言っていた。それが異世界人から得た知識によるものだとしたら……スマホ……ポケットに入れとけば良かった……


 あれ、何でこんなに冷静なんだ。こういう本の読みすぎで、現実と夢の区別がついてないのかもしれないな……






 夜になった。辺りが何故か騒がしい。町だからだろうか?

 しかし、窓の1つもない牢屋にいる僕には外の状況を知る術などない。祭りでもやってるのだろうか?


 遠くから足音が聞こえてくる。

 次第にそれは大きくなっていき、僕の目の前に1人の老人が現れた。


「お前が空木弥晴(うつろぎみはる)だな。牢から出す。着いてこい。」


「え?え?あ、はい。言葉が分かる人は数日後に来るって……」


「いいから来い。」


 ガチャ


「はい!」


 外に連れ出されると遠くで火の手が上がっていた。火の手と反対の方向に逃げ惑う人達がいる。


「何が起きたんですか!?」


「暴動だ。お前が昼間に出てきた牢獄で新たに収監された異世界人達が脱獄した。」


「えっ?でも、牢獄の警備は……手薄じゃ……ない筈ですよね?」


「その通りだ。しかし、脱獄された。あまり話している余裕はない。出来る限り、最小限の被害で鎮圧するぞ。」


「えっえっ?いや、僕、戦うとか無理ですよ!」


 建物の間から薄汚い服を着た男が現れた。頭から血をかぶり、笑っている。明らかにまずい。

 手には、農家から奪ったであろう鎌を持っている。逃げないと……


「*◎▲▲◆%◇◇!!!!」


「殺しすぎて精神が壊れてしまったか。眠らせてやろう。」


 老人が前に出る。危ないだろ!!


「逃げましょう!!!」


「何を言ってる。お前も異世界人だろ。自分の力でこの世界を生き抜いてみせろ。」


「だから!!生きるために!!!」


「◆▲●@α*☆☆☆!!!!」


 バッ!


 男が鎌を投げてきた。僕の方向に。

 僕はただ、自分に向かってくる鎌を見続けることしか出来ない。体は1ミリも動かない。それに反して心は全力で生きる手段を模索している。


 いつだってそうだ。僕の人生は考えるだけで、動き出さなかった。

 習慣が染み着いているらしい。

 僕に相応しい終わり方だ。




「支援魔法“フルスペック(全能力向上)”」




 ガッ


 老人が鎌の持ち手を掴んでいた。僕の命は寸前で彼に救われた。


「返そう。」


 ヒュッ



 スパンッ!!



 鎌が男の首を切り裂いた。男は静かに崩れ去った。

 老人は僕の方へ振り向く。


「あ、ありがとうございます……」


「何故、魔法を解いた?」


「え?」


「先ほどまでお前が使っていた中位精神魔法“安らぎ”であれば、あの速度の鎌を避けるくらい出来ただろう。」


 僕は……魔法を使っていたのか?

 使ってる感覚はないのだけど……


「いや……その…分かりません……」


「本当に自覚がなかったのか。…仕方ない。ここにいても危険だ。避難者達と一緒に逃げろ。牢屋にいるよりは安全な筈だ。」


 火の手はすぐそこまで来ている。この人が僕を外に出してくれなければ、ここで僕の命は終わっていた。


「は、はい……」


 ……本当にそれでいいのか?

 ……何もせずに逃げていいのか?

 ……町を襲っているのは異世界人だろ。知り合いはきっといないけど、同じ世界の人がやっていることを無視していいのか?

 それが僕のやり方なのか?


「待ってください!!出来ることはありますか!?」


 既に走り始めていた老人は、少し遠いところで振り返った。暗くてよく見えなかったが、微かに口角が上がっているような気がした。


「この町の兵士は既にほとんどが殺されているだろう。人手が欲しい。助かる。人を殺めるかもしれないが…いいのか?」


「はい。行きます!どのみち、ここで終わるはずの命でした。今生きてるだけで儲け物です。」


「着いてこい。支援魔法“フルスペック”」


 ピィィィン


 体が熱く燃えるような感覚がした。

 戦場へ最初の一歩を踏み出す。

 強化された体は予想よりも大きく前へ進み、転倒しそうになるが、転ぶ前に反対の足を前に出す。


 そして、迷いを振り切るように全力で走り出した。


 老人のすぐ後ろに着いて走る。


「名前を教えてもらってもいいですか?」


「すまない。名乗り忘れていたな。私はルシュフォール。お前と同じ異世界人だ。」


 老人は確かにそう答えた。

 顔には大量のシワが深く折り重なっていて、頭なんか禿げまくっているのに、首から下は自衛隊の人みたいな無駄のない引き締まった体。このあまりに釣り合わないパーツが組み合わさってる人間など自分の目で見たことがない。

 それが今、自分は異世界人と言った。

 僕を少しでも油断させるための嘘かもしれない。

 でも…………何故か猛烈に頼もしい。


 僕はこんな人になるのだろうか…


 こんな人になれるのだろうか……


「余所見をするな。敵だ。」


「はい。すみません。」


「●◆◇☆α*@●▲!!!」


 敵は仲間を呼んでいるようだった。僕はそれを見て止まろうとしたが、ルシュフォールさんは気にせずに距離を詰める。僕も遅れて追いかけた。


「●◆▲〇〇・*α!!」


 あと、10メートルのところで相手が魔法を打とうとして手を向ける。

 どう避けるか?

 今度は避けられるか?

 ともかく、避けることだけが頭をよぎる。


 気がついた時にはルシュフォールさんは目の前にいなかった。


 バキッ!!

 グシャ!!


 敵が彼の腕に貫かれた。

 それだけじゃない。

 頭がどこかに飛んでいった。シャボン玉のように……

 でも、屋根に落ちただけで壊れて消えなかった。

 敵の体はさっきまでの興奮した叫び声など忘れてしまったかのように、呆気なく崩れ去った。


 無言で吐いていた。

 死というビジョンがあの日を思い出させた。どれだけ忘れようとしても、決して拭いきれないあの日を……


 控えめに言って後悔した。

 僕は結局、逃げるのがダサいから着いてきただけだった。覚悟などできていなかった。

 少し遠くにある死体1つ直視できない。

 僕にはこんなことはできない。出来るはずがなかったんだ。


 それでも、やっとのことで顔を上げたとき、死体は5つに増えていた。ルシュフォールさんは血にまみれていた。しかし、鎌を投げた男と違い、狂気的なものはどこにも感じない。

 ただ、淡々と周りを見渡していた。

 場馴れしてる……


「空木。こいつの首を踏め。まだ生きてる。」


 突然ルシュフォールさんが目の前に現れた。

 一瞬のことで情報の処理が追いつかないが、下をみると肺を貫かれてヒューヒュー言ってる女がいる。

 臭いが鼻を通る。


 もう1回吐いた。吐くものなどないのに……


「……はい……?」


 やっとのことで出した声はそれだけだった。


「踏めなければ逃げろ。それがいい。」


 後半は聞こえなかった。

 踏めなければ逃げろ。

 ……逃げたら僕はどうなるんだ?

 話の通じる人なんてそうそういない。

 運良く会えても味方とは限らない。

 ノイさんも、多分、ルシュフォールさんもそうだ。古屋さんはどうだろう?死んでる人のことを考えても無駄か……

 この世界で味方なんていない。

 尤も、あの世界でもいなかったか。いや、いたかも…


 逃げれば、ルシュフォールさんからの評価は必ず下がる。それはダメだ。数少ない話の通じる人。その人からの評価は僕にとって死活問題。

 逃げるなどあり得ない。

 そうだ。首を踏めばいいんだ。

 なに。首を踏むだけじゃないか。

 それだけで、僕の今後が少しでも良いものに傾けばそれでいいじゃないか。

 踏まれる人はどうなるかって?

 踏んでみないと分からないじゃないか。


 首に足をかけようとする。

 でも、踏めない。

 人を踏むなんて失礼だ。

 これまでの常識が僕の行動を全力で抑制しようとする。

 ……ダメだ。踏まないとダメだ。


 ようやく、足が首に触れる。

 命を摘み取る感覚が脳へ直に入ってくる。

 これは踏むだけ…踏むだけ……踏むだけ踏むだけ踏むだけ踏むだけ

 …………………


 最後は何も考えていなかった。真っ白になった。


 ただ、僕は踏み抜いた。


 踏み抜いてみると、罪悪感はそれほどなく、以外とあっさりしていた。


 1度経験済みだとそれほどこないんだな。


 きっと次は躊躇なく踏める。そう確信した。


「すみません。ルシュフォールさん、もう大丈夫です。」


「先を急ぐぞ。」


「はい。」






 グシャ!!


 攻撃される前に終わらせる。それを可能にするのは、圧倒的な身体能力だ。


 ルシュフォールさんは動きに抑揚をつけて瞬間的に全力を出すことで、相手の予想を超える一撃を放ち、少しずつだが確実に暴徒を制圧していく。


 僕は、ルシュフォールさんが一撃で制圧しきれなかった人に最後の一撃を加える。泣いている人、もがいている人、睨み付けてくる人を見ながら、次から次へと首を踏みつけて静かにさせる。


 作業的にやっていることも相まって、精神は不思議と踏むほどに落ち着いてくる。僕は破綻者ではないはずだ。余計なことを考える暇はない。そう思うことにする。


「▲●@◆◇α£〇!!」


 ルシュフォールさんが声を聞いて立ち止まる。僕も人を踏んだ後、すぐに足をよけて止まる。


「町の人ですか?」


「罠の可能性もある。注意しろ。」


「はい。」


 ルシュフォールさんは静かに歩き、建物の奥を確認する。彼が手を上げたので、僕も歩み寄って確認する。そこには、壁に囲まれて逃げられなくなった兵士が3人の異世界人に向けて、炎の魔法を無我夢中に撃っていた。異世界人は、それを水の魔法や風の魔法でいなしながら少しずつ追い詰めている。


「どうします?」


「話が聞きたい。助けるぞ。」


 異世界人は僕らに背中を見せている。こちらから仕掛けるチャンスだ。低い姿勢をとって音をたてないように慎重に歩く。崩れた建物の隙間に体を通す。木の板を踏み抜きそうになって冷や汗が出る。


 兵士がこちらに気づいて視線を一瞬合わせた。しかし、空気を読んでかすぐに異世界人達を睨み、ここぞとばかりに火球を乱射する。


 火球が壁にぶつかる音でこちらの動きが気づかれづらくなった。今だと思ったその時、ルシュフォールさんは既に相手の背後をとっていた。

 3人の異世界人は、気づく間もなく制圧された。

 僕、何もやってないな……


 それから暫く兵士とルシュフォールさんが話をしていた。現地語でよく分からないので、僕は数メートル離れた場所に立って周囲を確認していた。素人がやって意味があるか分からないが、何かしてないと落ち着かない。


 空を見上げると煙が増えているような気がする。火事が広がっている。早く消火すべきだ。猶予はけっして長くない。


 でも、良かった。兵士を救えて……

 これで、救いのない殺しじゃなくなる……そう思えた。


 ルシュフォールさんが手招きをした。すぐに近くへ走る。


「手短に説明する。標的の数は推定50~200人程。先ほどまでに36人始末しているため、残りは多くても150人程度だ。最初に通信設備を破壊し、その後、食料庫に火を放ったことから、敵にこの世界に詳しい者が紛れている可能性が出てきた。身なりの汚い異世界人だけが敵とは限らない。ここで生きている者は全員疑ってかかれ。」


「味方の数は?」


「元々町の警備をしていた兵士の9割が、監獄の警備に動員されていた。既に壊滅状態だ。もうじき、俺の仲間が8人来る。それまでは、この3人で戦うしかないだろう。」


 150人を3人で食い止めるか。増援が来ても11人……

 これまでの戦闘で、ルシュフォールさんが常人より明らかに強いことは分かった。仲間も強い筈だ。

 だが、僕はどうだ。せいぜいルシュフォールさんの後ろで金魚の糞みたいにくっついているのが限界。

 異世界人の中には僕らを容赦なく攻撃する者もいる。死の1文字が現実味を帯びてきた。


 つい、10数分前まで他人の首を踏むのにさんざん戸惑ってたのに、今度は自分の首を踏まれることに肝を冷やしている。

 ホントに忙しいやつだ……


 なんだか、落ち着いてきた。

 視界は鮮明だ。

 僕は死なない。


「監獄が近い市街地の北側は十分探索した。これからは、逃げ遅れた住民を探しながら、避難民が移動している町の南側の街道まで撤退する。俺が先頭、空木が2番目、兵士が3番目だ。行くぞ。」


「はい!」


「支援魔法“フルスペック”」


 ルシュフォールさんは、身体能力強化の魔法を兵士にもかけた後、走り出した。僕もそれに続く。

 町の中を蛇行しながら声をかけて、逃げ遅れた人を探す。

 僕達は仕掛ける側から仕掛けられる側に変わった。緊張感が増す。


 突如家の中から放たれた石の弾丸が僕を狙った。

 鎌の時と違って今度は冷静に対処する。

 強化もされてる。

 今だに自分の魔法は使えないが、避けられる筈だ。


 初弾を避けた。

 しかし、初段の背後に隠れた二弾目を見落としていた。

 読みが甘かった。死が僕に近づく。


「●▲◆◇◇@▲〇!!」


 後ろの兵士が火球で風を相殺した。

 動くものをあれだけ精密に撃ち落とせるなんて、実はこの兵士もかなりの人ではないのだろうか。

 ありがとう。言葉が通じればお礼が出来たのに残念だ。


 バキッ!!


 ルシュフォールさんは木造の壁ごと建物内にいる敵を殴り飛ばした。こんなことまで出来るのかよ。

 殴り飛ばしたかと思ったが、その後、腕を引っ張って壁を破って敵を引きずり出す。


 30代の中背中肉の男だった。この男も身体強化をしているのかかろうじて生きているが、両腕両足の骨がまずい方向に向いてる。壁を壊して引っ張り出されたんだから当然か。


「空木、後でこの男から聞きたいことがある。男を連れて撤退し、避難民と合流しろ。この道を真っ直ぐ進めば街道にたどり着く。敵の攻撃は気にせず、走り抜けろ。」


「分かりました。」


「あと、俺の仲間と会ったらこの紙を渡せ。それで伝わる。」


「はい。」


 折れた骨に触れないように、慎重に男を背負う。

 男はとても軽かった。ルシュフォールさんの魔法のおかげだな。


 男が呻き声を上げる。

 男の姿は痛そうってレベルでは全くなく、絶対に確実に痛いのだが、多少は我慢できないのか?

 これでは、自分のいる場所を「ここですよ!!」と言ってるようなものだ。格好の的になる。

 どうしよう……


 中位精神魔法“安らぎ”


 そうだ。僕はさっきまでこの魔法を使ってたとルシュフォールさんは言った。名前からして精神を落ち着かせるようなものの筈だ。

 これなら、痛みはなくならなくても、興奮状態は抑えられる。

 でも、どうやって使うんだ?


「ルシュフォールさん。さっき僕が使ってた精神魔法ってどうやって使うんですか?」


「俺は専門外だ。しかし、魔法を使うための最初の動作は全て共通している。周りの空気からマナを集めろ。あとは、感覚だ。術式書があれば別のやり方もあるが、完成魔法を発動をさせるなら感覚としか言えん。申し訳ない。」


「い、いえ、そんな…」


 周りからマナ……魔法を作る材料だよな……を集めるのか。

 なるほど分からん。


 男の呻き声が耳を通る。非常に痛々しい。

 情報を聞き出すなら怪我の応急措置もするはずだ。

 早く医者の元へ連れていってやりたい。


 うだうだしてる時間はない。思い出せ思い出せ。使ってた時の感覚を…動作を…感情を…


 床に寝っ転がっていた。

 ルシュフォールさんがやって来た。

 階段を上った。

 鎌の男を見つけた。

 何も考えていなかった。

 本当にそうか?

 焦り

 恐怖

 好奇心

 怒り……


 安心……これだ。


「中位精神魔法“安らぎ”」


 発動した。あとは、感覚。背中にいる男まで効果範囲を伸ばすように……

 体を引っ張って伸ばすように……

 きた。

 男の体に魔法が触れた。

 確かにそう知覚した。


 男はほんの少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。多分、痛みを取り除く能力はないから注意するに越したことはないけど、多少マシになった。


「行きます!」


 全力で走り出す。

 揺れや急な移動はできる限り抑えて全力を出す。

 慌てず急ぐってやつだ。

 しかし、魔法の維持は難しい。

 ルシュフォールさんや兵士と離れている以上、僕の死亡率は増した。

 両手が塞がっているから即座に反撃できない。

 武器の1つもない。

 遠距離攻撃をされたら部が悪過ぎる。

 精神を乱すには十分すぎる環境だ。


 この魔法は恐らく、平静を欠いた状態で使えない。

 さらに、魔法をかけられる対象は1人が限界。

 自分の分はない。

 落ち着け、気を散らすな。

 やらなければならないことだけやれ。


 ともかく走ることだけに集中した。




 前に誰かがいる?


 遠くに人影が3つあった。

 敵かもしれない。

 速度を落として、慎重に歩く。男のうめき声が出る。近くに行くとバレるな。

 ここは、1度迂回した方がいいか?

 しかし、町の人だと一緒に避難させた方がいい。

 でも、言葉が通じないから話しようがないな。

 もう少し、近くに行って服装を見るべきだ。判断はそれからでも遅くない。


 大きな音が出ないように、走りながら近づく。バレて攻撃されたらすぐに逃げよう。


 姿がはっきり分かる場所まできた。物陰に隠れてもう少し観察する。手前にいる2人は体格からして男性。明らかに異世界人。既に何人か殺してるな。


 奥に座り込んでいるのは女性。服装は、異世界人のものと言うより、現地人のそれだ。だが、髪の毛のボサボサした手入れされていない感じは、牢屋に入れられて録に洗髪が出来ていない異世界人の髪を思わせる。


 こういう身なりにずぼらな現地人もいるのか?

 それとも、現地人の服に着替えた異世界人か?



 男の1人が女に炎を放った。女は地面に伏せてそれをギリギリ避ける。明らかに男は女を殺そうとしてる。

 異世界人同士のいざこざにも見えなくはないが、この町の住人かもしれない。

 だが、僕が行ってどうにかなるのか?


 ……もう、これ以上近づくべきじゃない。

 現地人だったら申し訳ないけど、僕はあの人を……見捨てる。

 あの女は異世界人だ。

 そうなんだ。

 それで間違いない。

 仲間同士で精々殺し合ってくれ。

 僕はそれを避けて颯爽と逃げるんだ。


 そう結論づけて、この場から去ろうと立ち上がりかけたとき、折れた骨に触れたのか、骨折男が一際大きな呻き声を上げた。

 しまった……

 精神魔法を、解いてしまっていた。


 男達はそれに気づいて振り返った。


「▲◆£%◎●◆!?」


 心拍数が極限まで上がる。耳に心臓の鼓動が聞こえるくらいだ。

 骨折男を捨てて逃げることを考えた。

 この骨折男を見捨ててもアイツらは仲間だから何とかしてくれるだろ。そうだ。そのはずだ。

 よし、逃げよう。


 ……それが僕のやり方なのか?


 …………


 この骨折男を看病してくれる人があの中にいるのか?

 いないとしたら……僕が見捨てたら僕が実質殺すようなものじゃないか……

 あの女にしたってそうだ。異世界人か現地人か知らないが、僕が助けなかったら……多分殺される。

 2つも命を捨てておめおめと逃げ帰るのか?


 帰る場所もないのに?



 罪悪感が蘇る。

 僕は殺した沢山の人を……

 そもそも、生きる資格などあるのか?

 いっそ、ここで華々しく散った方がいいんじゃないか?


 玉砕することが頭をよぎる。

 しかし、生存本能がそれを阻止した。


 絶対に逃げるべきだ。勝算なんて皆無だろ。どっからどう考えても火を撒き散らす奴と、ちょっと落ち着く変な電波流せる奴が戦ったら火の勝ちだろ。

 ちょっと落ち着く電波流してどうやって勝つのよ。

 無理無理。天地がひっくり返っても無理。


 とりあえず、状況を確認しよう。

 バレてないかもしれない。

 僕の考えすぎかもしれない。

 見てからでも遅くないはず。


 骨折男を背負ったままで、物陰から顔を上げた。

 バッチリ、3人と目があった。

 女は髪を引っ張られてる。

 愚策だった。


 上を見た。星が綺麗だ。


 タバコがあったら吸いたい。


 穴があったら入りたい。



 生きる手段があれば……生きたい……


 脳は全力で思考した。

 目はありとあらゆる方向を見た。

 女を引きずりながら男達は僕に近づいてく。

 背中の骨折男は呻き声を上げてる。

 建物を見た。

 空を見た。

 足元を見た。

 自分の服が見えた。


 ……異世界に来たときから、同じ服だったんだな。


 いける。行ける活ける生ける。


 仲間アピールすればいけるんじゃないか!!

 そんなことすらしなくていい。普通に歩いて近づけばいけるやつですよこれ!!


 普通に骨折男を背負って近づいた。


 男達は、立ち止まった。どこか警戒してるように見えるのは気のせいだろうか?


 火の魔法を使う男が手を向けた。そして火を放った。

 僕の横を火が通った。当たってたら確実に死んでた。

 きっと、威嚇射撃だ。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。


 どうする。僕が切れるカードは、ちょっと落ち着く変な電波。

 しかも、この精神状態じゃ使えないときた。


 次の瞬間、骨折男すら落として僕は地に伏していた。


「大変申し訳ございませんでした!どうかお救いを!!」


 言葉が通じないことは分かっている。それでも、謝り倒して許してもらう他なかった。


「●◎*▲£◆●◎%!!」


 男は僕の頭を踏んだ。何を言ってるか分からない。

 もう、どうにでもなれ。


「……空木(うつろぎ)さん?」


 消え入りそうな声だった。

 でも、その主が誰なのか……

 僕は知っていた。


「……古屋さん。」

10月31日(土)後半を中心に大幅に修正しました。修正前だと空木くんがサイコパス過ぎて、私の描く空木くんと違いすぎるので、できる限り彼のキャラが伝わるようにしたつもりです。

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