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 ハッキングやそれに関連した裏社会に携わる人々の中には、個人で特化した技術を売る人間が一定数人いる。

 『情報屋』はその一つ。このご時世、情報社会において一番価値のあるもの。それは正確には金ではない。土地でも無い。権力でも無い。――それら全てを一括りにして扱ってしまう『情報データ』こそが至高の宝石なのだ。それは金になり、土地になり、権力になり……そして武器になる。


 《HaL》の名を持つ凄腕のハッカーも、そんな『情報屋』として中立する一人。そして、エルクが信頼を得ている数少ない同業者の一人だ。


 そんな《HaL》が、直接会って話さないかと持ちかけてきた。


(単純な好意、そう取って良いのか否か……)


 そうこう考えていても、逆にお願い申し上げたかったのはエルクの方だ。正式に依頼を頼むのはこれが初めてだし、それなら相手の顔を知っていても損はない。それでもってこの際、罠や囮を疑るのは少々野暮ったい。


 それに、あと一歩なのだ。

 その一歩のためにリスクを取るくらい、今はどうってことない。


「さて、と。OKラック、後は自分で行ける」

『視覚制御ルート表示をオフにします』


 視界にちらついていたラインがすっかり消え、心なしか視界全体がクリアな状態になった。エルクの思考を妨害するノイズも、すっかり引いたようだ。


(やっぱ、感覚制御とか思考系デバイスって性に合わないな)


 そう思いながら、微かな記憶を頼りに残りの道のりを歩く。

 途中、何人かリュックサックを背負った小学生がエルクを横切っていった。多分、ここら一帯は小学校の登校区間なのだろう。最近、大きな合併で都市の三、四校くらいがひと纏まりにされたらしい。最近流行りの『スマートシティー計画』の一端でもある。

 エルクが前に来た時には見なかった光景。小学生たちは男女関係なしに帰り道を全力でエンジョイしていた。


 たしかエルクの場合は――独りでC言語の教本サイトを歩き読みしていた気がする。


(可愛げないなぁ)


 三つ子の魂なんとやら、はエルクの為にある言葉だ。



『やっぱり、人の子らは走って飛んで遊んでいるのが一番、可愛げありますね』


 正確無比で明瞭なAIはこんな時にまで横槍を投げてくる。今の今で、言うことが的確すぎる。


「人に言われるとどうもなぁ……」


 人工知能にまで『愛想が無い』なんて言われるのは、ちょいと不服だ。


『? 私、何か言いましたっけ』

「言ってない、こっちの話だ。もう着いたぞ」



 エルクの家の最寄駅から二駅、十五分ほど歩いた先にある都市バスの停留所だった。

 来る途中にも何個か通りかかった。駅方面に近い停留所には小学生らが並んでいたから、その一個手前。なるほど、人も少ない訳だ。

 ただ、都市機構のインテリジェンサーの監視下でもあるから、お互いに目立ったことは出来ない。ひとまず罠の可能性は減ったようだ。


 エルクが待合室の前まで来たあたりで、バスが来て停まったが、エルクが乗らない体でベンチに座ると、スルーしてまた速度を上げた。

 その時にも、バスの窓からこちらに手を振る小さな女の子が居た。エルク程ではないものの同じように色素の薄い髪の毛を持っていて、それを結んだツインテールが本当に似合っている。対して、黒い制服を着た隣の兄らしき子は、いかにもケンカ帰りみたいな無粋な表情でこちらを見ていた。

 エルクも、その兄妹たちに小さく手を振った。




「なあ、ラック」

 過ぎ行くバスを眺めながら、ふと湧き出た疑問を口に出す。


「お前って手も足も――なんならちゃんとした目も耳も無いけど、人間のことはどんな風に思ってるんだ?」

『どんな風に、ですか』



 頭脳明晰な人工知能は、そこで一旦黙り込んだ。まるで深く考え込むかのように。エルクが彼(彼女でもある)に微かな人間味を感じるのは、そういう所だ。もちろん、人間味なんてあるはずないのだが。



「お前にすれば人間なんて、同胞を残さず奪ったかたきだろ」

『私は』


 その時の間が、まるで彼の息継ぎのように感じた。普段聴いているのっぺりした声でなく、そこに実在してしまっているかのようで、エルクの耳には自然に響いた。



『私は、ご主人が見つけてくれるまでずっと、一人でした。こればっかりは伝えようが無いんですけど、私のいた野晒しの未定領域フリーウェイって、情報量が多すぎて処理しきれなかったし、何より……苦しかった』


 ここでのAIの苦しみとは、どんな働きなのだろう。そもそも彼の《意識》というものが、どこまで人間に近しいものなのか、エルクには分からなかった。


『ご主人はなんとも思ってないかもしれない、しかし私にとって救世主です。その救世主が人間であるなら、少なくともそれを嫌ったりはしません』


「……ふぅん、まあそういうもんか」



 人工知能の思考はよく分からない。こういう時はそう言うものだと考えてしまうのがいい。分かり合えないのは、相手が人間だろうがAIだろうが違わない。


「あ、そうそう。逆はどうなんだろ? 例えば、俺がお前をどう言う風に捉えてるのか、みたいなこと。そう言うことには興味ないのか?」


『ん――確かに、気になりますね。足があったら飛んだり跳ねたりしたいです』



「いやぁ、そう言うことじゃなくて」



『――IPアドレスに読み取り不可の名称を発見。ブランク・ネットワーク内にも同コードでのコネクションを確認』



 会話の中での自然な声音は、瞬時に攻撃性を含んだ言葉に置き換わった。

 その落差が、エルクの頭でスイッチを弾く。引き絞られた脳内物質が瞬時にクロックを引き上げた。

 視界が冴えていく。


『来ました。もう目の前』


 反射的に後ろの窓の外を覗いた。人影が、確かにあった。街路樹に阻まれて姿は見えなかったが。


(本当に奴が――《HaL》がすぐ目の前にいる……)


 見くびられてはまずいと、心に静寂を注ぐ。



 そして自動ドアが開く。

 明かされる姿に身構えもしながら、じっとそれを見つめる。




 しかし、それは予想に反して、“小さかった”。


 赤くて四角いバッグ。添えられた小さい指。


 機能性重視でぶかぶかとしたピンクのジャンパー。そこから伸びるスカート。


 長く垂らした黒髪の内側には、むすーっとした表情。




(……なあ、もしかして)


 その姿は、いかにも幼気な少女だ。


(……もしか、しなくてもそうだよなぁ)




 そこには、赤いランドセルを背負った少女。

 まごうことなき小学生が、そこに立っていた。


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