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短いです

 その音は『ジジジ』なのか、いやもしかしたら『ピピピ』なのかも知れない。

 音の種類はともかく、その雑音は直接頭の中に伝わる音だ。――にしても、エルクの深い眠りを打ち破るには到底及ばないほどの音量だったようだが。


 とにかく、何かが彼の頭の近くで鳴っているのだ。さらに、眠気が抜けていくにつれ、その雑音は轟音となる。


「ん……なに」


 寝相の悪さで揉みくちゃになった布団を、エルクが煩わしそうに放り出す。部屋の様相は人の性格そのものだと云うが、確かにその通りだった。足場のないほど徹底的に散らかった部屋に、誰も入り込む隙などない。実際のところ、姉と両親以外の人間をここに招き入れたことは一度もない。そんな部屋だが、部屋にある物の場所を把握している部屋主にとっては、大分、都合の良い場所のようだ。

 エルクは起き上がると、また少しの間動けなかった。血の気が薄い、そんな時は大抵、寝不足である時だ。もっと言うと自分がいつ寝たのかさえ分からない。時計を確認しようと携帯端末を手にかけた、その時。


 ふと気づいた。窓から短く伸びる日の光に。


(あれ、ここの窓って南向き……)


 気付きたくもなかった事実に、気付いてしまった。分かりやすく、焦りの感情が


「あああぁぁやっちまった!」


 急いで端末を取り上げて時刻を確認しようとする。しかしインジェクターに映ったのは待機画面では無く、電話コールを示す画面。

 そこでようやく、耳元の音が着信音だということに気付いた。

 手をかざしてそれに応える。そして聞こえたのは、姉の声だった。


『もしもしエルク……やっと出てくれた』

「あー、おはよう姉ちゃん」

『おはよう、ってもう十二時も近いんだけど。また《朝起きれなかった的な》病気?』

「あの時はしょうがなかったんだって、元はと言えば姉ちゃんが……いや」


 そこで今になって、昨日のことを思い出し始めた。


『え、何?って電話切れ……てない。まさかエルク、また立って寝てないよね?』


 そう言えば、昨日はあのまま一睡もせずに朝を迎えた――。そう、一晩中探しても手がかりを見つけられなかった。

 見間違いではない。あの『Cloner』の文字。


『もしもし、エルクまた夜更かししたんでしょ』

「――ケイ先生」

『……へ?』

「連絡遅れてすみません。今日は休まさせていただきますよろしくおねがい」

『エルク、言い方だけ丁寧にしたところで欠課は――』


 問答無用で切った。端末を投げ捨て、すぐさまデスクトップに飛び付いた。思い出したようにホロキーボードを表示させ、ログや昨日組んだコードの残骸を見返す。


 昨日の混線した記憶の中に、有用なピースを探る。


「どこだ……昨日のうちに見付けられなかったのか、ようやく掴んだ尻尾なのに?!」


 こうなれば何であれ、昨日の最初から振り返ってゆく。起床、睡眠、二度寝、姉ちゃん、首筋に痛み、睡眠不足……――


――『最近、眠れてないでしょ』


 姉の言った言葉でふと、昨日見た最後の時刻を思い出す。

 たしか最後に椅子を立った時、日が昇っていて……それで端末を開いてそこにあった時刻は、六時。それから仮眠を取ろうとベッドに入り――


挙句、気づけばこの時間。



 エルクはついにキーボードから手を離し、背もたれに脱力した。今更、学校の欠課などどうなっても良い。とは言え、引き換えの結果がこれでは意味がない。

 白旗の代わりに、両腕を投げ下ろす。


 ふと、机の横に乱雑に並べられたカフェイン飲料に目を通す。夜通し作業するためによく使っている物だ。昨日まで半箱分は残っていたのに今はその全てが空だ。


「あれが限界……ってことか」


 そうしているうちに、記憶が曖昧になるまで追い込んでいたのだろう。ただ、エルクの持つ情報網が劣ったのだ。さらに昨日のうちで更に危ない橋を二、三度は渡っているはずだ。それを持ってしても見つけられない。


 ――完全に自分の力量不足だ。


 ハッカーの世界というのは、ピンキリなのだ。簡単な偽装さえ見破れない素人から、一晩で何世紀を跨いでも突破されないセキュリティーを編み出す天才までいる。とは言えそれは、区切りが曖昧であることが原因だ。

 後者の『天才』に至っては、まず脳の造りそのものからして違う。比較のしようがない。


「結局ここで足止めか。……あ」


 そこで生まれた考えは、エルクの頭の中では新鮮であって、よくよく考えれば簡単な答え。


 エルクの力量で無理なら、『天才』にでも任せてしまえば良い。


「ラック居るか?」

『はい、いつでも』


 健気な人工知能エージェントの軽快な声音が流れた。エルクにとってAIたちの融通の良さは、彼らを好きな理由の一つでもある。ラックがもし人間であったら、どれだけ良い友人になったことか。



「《HaL》に連絡する。『助けが必要だ』って」


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