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ちなみに《beast》も実際にあるマルウェア、らしい。

 矢文というものが何かのメッセージを伝達するためのものならば、まさにこれは現代の矢文だろう。


「怪しんで調べたは良いものの……ドンピシャか」


 エルクが数年前から稼働させているマルウェア保管サーバー、その脆弱性をを鋭く突き抜くように現れたのは、他のどのコンピュータウイルスにも似て非なるもの――変わり種。そのコードを解析して取り出された数字の羅列は、あからさまに暗号を示すものだった。

 それも、『エルク』という一人のハッカーだけを狙って。


「うーん、こんな事ってあるのか?俺だけを標的にするスパイウェア」

『ご主人もすっかり有名人ですね』

「皮肉だな」


 確かに、この半年ほどで散々暴れた。ニュースになるほどの事件も多々あった。それを考えると、今まで目を付けられなかったという方がおかしい。

 確か半年前なら……エルクが自暴自棄になっていた節もある。


「ま、それなら……当てつけと受け取って良いわけだ、この暗号」


 出鱈目に見える数字の羅列、もちろん解号キーは無い。これが第一関門だとでもいうのか、テキストは何項かに分けられている。


『何パターンかの解号を試しましょうか?』

「いや――これくらいなら、自分の頭だけで解いてみる」


 ペンと紙だけを用意し、早速頭の中でコードを二進数に変換する。コンピュータのビットの様子を想像し、何度も反転や置換を繰り返し、意味のありそうな形に変えていく。

 単純な事で、要は因数分解と同じような要領だ。パズルとも似ている。それを何度も繰り返し繰り返し……書き連ねて出来たのは、おそらく座標と時間、文章。



――名乗りを上げぬ臆病者に制裁を下す。《野獣ビースト》は必ずお前を暴く。

   器量が確かであるなら、お前には逃げも隠れも必要ない筈だ。



「とりあえず穏やかじゃないのは分かった。ラック、座標の場所は?」

『都心ですね。秋葉原にある電気屋エイディオンが指定されています』

「……都心住みってのはバレてるみたいだ。まあ、ラグの短さで察しは付くのか」


 しかし、それ以上の情報を向こうが知っているということもあり得る。平日で午後6時という時間の指定も学生の視点からして妙に良心的に思える。


『ご主人、その類の誘いは無視でいいんじゃないですか?』


 何か思うところがあったのか、ラックがいつにも無く消極的な意見を述べてきた。

 気持ち(AIにそんなものがあるのか)も分からなくもない。半年前のエルクなら、何も考える気なく賭けに走ってまで相手を暴こうとしていただろう。今になって、あれらの行動がどれだけ危うい事なのか気付いた。

 もしあの時足が着いてしまっていたら、一瞬で刑務所行きになっていた。そしたらラックも無事ではいられなくなる。自身の居るディスクがスキャンされ、消去される。このAIはそのことを危惧しているのだ。


 かく言うエルクも、そんなリスクはもう背負いたくない。第一にハッカーである以上、本当の姿リアルを晒す必要などどこにも無い。

 もう感情に振り回される必要も無い。いつものように、見定め、見極め、攻略するだけだ。


「……行こう」

『本気ですか、ご主人?』

「十分本気だ。これは挑発で、俺を誘き出そうとしてる」


 それさえも考えずに突っ走っていた半年前の自分より、今の自分はずっと冷静である事。そのことを十分理解している。だからこその、結論。

 リスクを負うことは向こうも同じだ。よくよく考えれば、エルクの行動原理など向こうは一切知らないのだ。

 持ち得る情報量は同じ。それなら、引く必要なんてものも一切ない。


「無理に詮索しなければ大丈夫だろ。逆にこっちから、動向を探ってやる」



/*――――――*/



「《beast》……まさか!?」


 突如、ブレーカーの落ちる音と共に、建物から電気が消えた。

 ビル内に居た客のざわめきと動揺が、次第に大きくなっていく。



――――18:02――



「クソっ、IPアドレスを取られた!」


 エルクは思わずそう叫んだ。

 こちらから動向を探るつもりが、尻尾だけ抑えられてそのまま逃げられた。


『ご主人、相手方のネットワーク阻害は?』

「間に合った。コンマミリ秒でも遅かったら死んでたが」


 咄嗟の判断で命令したが、上手くいった。簡易的に通信阻害を引き起こさせる、エルクお得意の自作マルウェアだ。仕組みや構造は単純で、ただの『ねこだまし』的な意味合いが強い。

 ただそれも時間の問題だ。対処に時間がかかるとしても絶対に解かれる。


「ネット接続されないローカルのパソコン内で待ち伏せ……盲点だった」


 今時、電気屋のコンピュータがローカルサーバーで繋がっているのも驚きだが――それはさておき、確かにこの方法なら、見つかることはまず無い。


 ようやくブレーカーも復旧したらしく、再び眩う照明に照らされる。


「奴を追うんだラック、周辺地図と奴の場所を特定しろ」

『特定しました、距離30メートル。サウンドアークス製のヘッドフォンを付けてます。カラーは青』


 距離30メートル。つまりほぼ真下。おそらく一階にあるメインコンピュータの近くだ。


「……ここからはハッキングでのおちょくり合いじゃ無い。追いかけっこだ」


 地図が表示される。自分を示す矢印と、それと全く同じ場所に赤い点がある。

 ネットワーク阻害にも欠点がある。それは、ネットに一切繋がらない相手のコンピュータを攻撃できないこと。

 位置を特定できるのは、ネットとの通信とは別でプライベートな周辺機器――例えばヘッドフォンや体内埋め込み機器インプラント――があるからだ。それも、あまりにも離れていると特定できなくなる。


 時間との戦い。すでに考える時間は与えられていない。


「ちくしょう!」


 エルクは階段へと駆けた。相手が立ち止まっている、おそらくネット阻害に困惑している今が間合いを詰める大チャンスだ。

 しかし相手もそこで捕まるほど間抜けでは無い。すぐに赤い点は動き出し、道路の方へと進んでいく。


 電気屋を出る頃には、何か乗り物を使ったのだろう、かなりの距離が話されていた。

 エルクは辺りを見渡す。何年経っても変わらぬ喧騒とサブカルチャーの都は、何を探すにも不自由だ。


「見つけたっ」


 なんとか直ぐに、レンタル用のセグウェイがある駐車場を見つけた。すぐさま電子決済を終えると、自分の足とモーターの馬力が地を蹴り上げた。


「急ぐぞ、ラック!」

『わかりました、追尾を続けます』


 一人とAIとセグウェイは、雑多な都市の道路へと繰り出した。


エルクとラックって他作品でいう『コンビ』に入るんですかね?

まあ、書いてるうちに色々分かるだろうけど。


セグウェイはなんか未来っぽいのを想像してます。

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