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クウォーティー・ステイツ

 Elk Cloner:

 個性を持ったプログラム


それはあなたの持つ全てのディスクに乗り込むだろう


それはあなたの持つチップ達に浸透していくだろう


そう、それはCloner!



それは糊のようにあなたに纏わりつくだろう


それはメモリーでさえも改ざんしてしまうだろう


   Clonerを送り込め!







 ――――Elk Cloner、1982年発の世界で最初のコンピュータウイルス。





/ * * * f o r s t a t e ( v o i d ) * * * /



 怒号が鳴り響く。



 高架線から下を通って、コンテナの内を吹き荒れる風。それが地鳴らしでもしているかのように、貨物クレーンを揺すぶり、この浮島全体を揺りかごみたいに揺すっている。



 エルクはその上を、ハヤブサの速度で滑走する。

 ツーホイールの出す猛獣の叫びのような駆動音が、言葉にせずともその速度を代弁している。オーバーヒートしたモーターは度々、弾けるような音を立てている。


 白銀の髪は、港の高出力ライトの白い光の中でよく溶けた。ただ、淡い空の色のようなエルクの瞳だけは鋭く血走っている。それは執念深く、彼は絶対的な意思を持っている。



 首に掛かったウェアラブル・デバイスが、空間に幾つものラインを引いてゆく。


解析開始(プレイ)


 指揮の始まり。エルクが腕を振るい上げると、ただの線はさらに複雑な立体を描き始める。描画範囲の目一杯まで、青白く発光するオブジェクト達が埋め尽くす。


 網膜の刺激。

 活性化した脳内に、映し出された情報が流れ込んでゆく。

 無意識下で読み流す。仕入れた情報をブロックを積み上げ、文字を綴ってゆく。この浮島全体が、エルクの武器である敵の棍棒でもある。どちらが先に主導権を持つか、それに掛かっていた。


 空間上のホログラフィック・キーボードを打ち鳴らし、流れるように呪文を綴る。

 参照された情報の数々。truth(ほんとう)fake(うそ)か、素早く判別して線を引いていく。それを演算、分解、除外を繰り返していく。絵を描くのにも似ている。いくつもの線から正しいものを選び抜き、粗を削り、洗練してゆく。



――そうして生まれたその奇術は、エルクの創り出せた最高の魔法プログラムだった。

「ははっ、良いぞ! 動け!」

 浮島のメインシステムに送り込んだコンピュータ・ワームは、増殖してその効果範囲を広げてゆく。

(死にたくなければ、手を上げろ!)

 一瞬でエルクの『手駒』に成り変わった貨物クレーン達が一斉に、コンテナを持ち上げた。『世界』を操る感覚が、『異能』を操るイメージで、エルクの背筋でゾッと怖気が走った。


 クレーンがコンテナを持ち上げて出来た道を走り、その標的の裏をかいて立ち回る。


 そして捉えた。

 覆面を被る男の姿。


「見つけた」


 小さく呟く。湧き上がる男への執念とは裏腹に、エルクの思考はとても冷静だった。

 標的を追う目はただただ鋭く、それを逃すことはない。エルクの動きをトラッキングして、クレーンの操作によって逃げ道を潰してゆく。


 全てが終わるのに、そう時間は掛からなかった。いつしか男のいる場所は、コンテナに阻まれて袋小路となっていた。


 エルクが男に迫る。狭い、路地の暗闇で、刺し違えるような殺気を抱いて。

 動揺さえも見えない覆面からは、不気味なほど何も感じ取れない。



「――……捕らえたぞ、《Clonerクローナー》」

 低く、抑揚のない、それでいて感情的な含みを持った言葉。エルクは動きのない男の言葉を、じっと待つ。





 そして男は今、初めて覆面を外した。


 地を揺らす豪風は、この時だけ遠のいて聞こえた。


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