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第九話 夜会にて

 久し振りに王が出席する夜会。この煌びやかな場で妹がトゥルペイネン公爵の養女になったことが披露される。

 王の顔色は良くないものの、一段高い場に置かれた椅子に座っている姿にはさすがに威厳があった。その隣に寄り添っている王妃は、警戒するように辺りを見回している。

 とにかく近衛騎士の数が尋常ではない。ライラが引き連れている王太子派の近衛騎士を警戒して、王の警備を増やしているのだろう。

 ティーアの兄であるターヴィは、王と王太子の間という微妙な位置に立っていた。王太子派の振りをしている彼は、有事の際は真っ先に王を守る役目を担っているはずだ。それだけの技量を彼は持っている。


 そんな緊張の中、夜会は開始された。王より短い開会の言葉があり、筆頭貴族であるトゥルペイネン公爵と妹が王に挨拶するために近寄って行った。私も妹の付き添いとして後に続く。

「マリッカ嬢。よく来てくれた。トゥルペイネン公の養女となったことを祝福しよう。噂通りの美しい令嬢だ。その美貌で王都中の女性を虜にしたと名高い叔父上の面影があるな」

 王の叔父とは、私たちの祖父のことだ。『銀の貴公子』と呼ばれていたらしいが、本当のことなのだろうか?

 王の言葉を受け、妹は脚を引き最上級の礼を返す。

「国王陛下におかれましては、お健やかなご様子で、大変喜ばしいと存じます。私のような若輩の者に、過分なお言葉をいただきありがとうございます」

 それなりに淑女らしく様になっている。我が家の侍女の腕が悪いと思わないが、公爵家の侍女の腕は段違いのようで、金のかかっている豪華なドレスと相まって、妹はかなり人目を惹き付けているようだった。


 王太子も妹のことを気にしているのか、チラチラと妹を見ていた。そんな王太子の態度に、ライラは苛つくように妹を睨んでいる。

 伯父と妹は王妃への挨拶を済ませ、少し離れた場所に座っている王太子の前に出た。

「殿下。私の娘となったマリッカだ。貴方の又従妹でもある。我が弟が急逝したため正式にデビューする機会を失った可哀想な娘だ。どうか一曲目のダンスをマリッカと踊ってやってもらえないか」

 伯父はにっこりと笑って王太子を見た。

 貴族子女は十六歳になれば社交界にデビューする。しかし、父が死んでしまったため、妹は正式にデビューできないまま今日に至っていた。そのため、王族への披露が済んでおらず、王太子は妹を初めて間近で見るのかもしれない。今までは妹が王太子に近づこうとすると、ライラに阻止されたようだし。


「わかった。デビュタントの相手を務めるのは私の務めだから」

 王太子の言葉にライラは目を見開き、一層妹を睨む目が鋭くなった。そんなライラを妹は一瞥して、軽く微笑むと悠然と目線を外す。

 私でさえ恐怖を感じるようなライラの目線を受けてこの余裕。妹はあの気弱な母の娘だと思えない気の強さだ。父も穏やかな性格だったのだが、妹はいったい誰に似たのだろうか? 容姿は妹に似ていると言われる私だが、性格は似ても似つかないような気がする。


 しかし、私もライラを恐れている場合ではない。妹と王太子のダンスをライラに邪魔されないように、私も頑張らなければならないのだ。

 私はライラの前に行き、彼女の目をじっと見つめた。彼女が社交界に現れたのは父が死んだ後。私はそれから半年ほど夜会に顔を出したことはなく、最近の夜会では王太子とライラのことを全力で避けていた。そのため、これほど近くで彼女を見るのは初めてだ。


 王太子より三歳下のライラは十八歳。彼女は小柄で可愛らしい容姿だがどこか妖艶である。そんなところが魅力的に見える男も多いのだろうが、私は素朴なティーアの笑顔が好きだが。

「貴方が『銀の貴公子』ね。噂はかねがね聞いていたわ。一度お会いしてみたかったの。本当はね、噂なんて信じていなかったのよ。嘘ばかりだもの。でも、真実を伝える噂もあると今わかったわ」

 こんな場で『銀の貴公子』なんて口にしないでくれ。恥ずかしいじゃないか。そう言いたいがぐっと我慢して、貴公子らしい笑顔を見せる。ティーアの前では強張ってしまう笑顔も、ライラの前ならば難なく儀礼的な笑みを浮かべることができた。


「私も貴女の噂を聞き、お会いしたいと思っておりました。想像よりもっと魅力的な方ですね。本当に噂は当てにならない」

 私がそう言うと、ライラはきつかった目を細めてにっこりと笑った。こういう落差に多くの男は魅入られてしまうのかもしれないが、妹で耐性ができているためか、私は別にどうも感じない。

「まぁ、お上手ね」

 そう言ってライラは勝ち誇ったように王太子を見たが、彼は妹の手を取って、ダンスの場に向かっていた。おそらくライラは王太子を嫉妬させたかったのだろうが、思惑が外れて少し悔しそうな顔を見せた。


「私と一曲踊っていただけませんか?」

 そう手を出すと、ライラは躊躇うことなく私の手を取った。

 王太子の護衛であるのに、まるでライラを守るように立っている近衛騎士たちは、私を射殺さんばかりに睨んできたが、この場で攻撃を仕掛けることはないだろう。私は彼らの目線に気づかない振りをして、ライラと共に中央に向かった。


 緩やかな曲が始まり、王と王妃が退出していくのが見える。多くの近衛騎士が付き従っているが、ターヴィは会場に残っていた。


 場の中央では王太子と妹のダンスが始まっていた。最近では他の令嬢がライラを恐れて王太子に近づかなかったようなので、来場者はファーストダンスを妹と踊る王太子に驚いている。

 私たちも踊りの輪に加わった。近衛騎士の大半はライラについてくる。しかし、何人かは妹の方を見ていた。

 こんな奴らでは、何かあった場合に対処できないのではないかと心配になる。そこはターヴィ頼みかもしれないが。


「妹さんを養女に出したとのことだけど、寂しくなるわね。公爵令嬢として嫁ぎ先が決まっているのかしら。王族の血が入っているマリッカ様なら良い縁談に恵まれるでしょうね」

 王太子を奪われると思って焦っているのだろう。踊りながらもライラは私に探りを入れてきた。

「いえ、未だに婚約者も決まっていませんからね。私も心配しているのですよ」

 そう言えば、妹は男性に人気がないらしい。十六歳にもなって婚約の申し込みもないのだから。そんな妹が王太子を色仕掛けでライラから奪うなど、可能なのだろうか?

 私は心配になって王太子を見ると、彼は満更でもない様子だった。

 王太子はこんな作戦に易々と引っ掛かってしまうのか? 国の将来が不安になる。


「よろしければ、知り合いを紹介できますよ。女性に大人気の近衛騎士だっていますから。私を頼っていただければ嬉しいわ」

 知り合いの近衛騎士とは、護衛対象者を放っておいて女の尻を追いかけるような奴なら、こちらからお断りだ。

「マリッカの結婚は伯父に任せているので、私は口が出せないのです」

 ライラは早く妹を嫁にやりたいらしい。ただ、公爵令嬢になってしまった妹は、家格の合う家が少なくなったのは確かだ。


 王太子ほどではないが、ライラと私もかなり注目を集めていた。『銀の貴公子』と笑われているのではないかと思うと気が重い。しかし、ライラは注目されるのが快感なのか、王太子に嫉妬させたいのか、殊更私に身を寄せてくる。

 心配になって王太子の方を見ると、妹と見つめ合って楽しそうに踊っていた。王太子はこちらを気にする様子もない。


 ダンスを踊る輪の外で、私を睨んでいたはずの近衛騎士たちの多くが、王太子の方を注目している。本来彼らは王太子の護衛であるので、それは職務としては正しいが、今までライラだけを見ていた奴らが、ここにきて任務に目覚めるとは思えない。いったい何が起こっているのだろうか。

 

「最近、殿下が冷たいのよ。王都の平民の間で私を貶めるような噂が流れていて、それを気にしているみたいなの。私はあの女に殺されかけた被害者なのに、酷いですよね」

 ライラは頬を染めて私を見上げながら同意を求めるが、女性の血だらけの髪を晒して、更に燃やしてしまうような真似をすれば、冷たくされても仕方ないと思うけどね。私だったらそんな女は絶対に嫌だから。

「私ならば、貴女のような魅力的な女性に冷たくするなんて、とてもできそうにもないけれどね。殿下は随分と情の薄い方だ」

「そうよね。ヤルヴィレフト子爵は情の深い方なのね」

 そんな演技のような物言いをされても、褒められている気はしない。

「どうか、オリヴェルとお呼びください」

「まあ、それではお名前で呼ばせていただきますね。オリヴェル様、貴方の領地は随分と豊かだと聞いたのですけれど」

「小さな領地ですが有名な鉱山がありますからね。かなり豊かだとは思いますよ」


 元々トゥルペイネン公爵領の一部で、鉱山が点在する場所であったが、領民も少なく手つかずの鉱山も多かった。公爵家の次男だった父が子爵位とその領地を継ぐことになり、父は他領地からも人を入れて、領内の鉱山を自由に採掘させた。それと同時に全国から優秀な鉱山や金属精製の技術者、鉱物の鑑定士や宝石の加工職人、町の治安を守る兵士などを集めて来た。

 採掘者は適正な価格で鉱石を売る。買い取るのは父の代理人だ。頑張れば大金を得ることができるため、採掘量は大幅に跳ね上がった。


 他領地からやって来る人が増え、物資の流通量が多くなる。領地は一気に活気づいた。

 鉱山からは金銀などの金属や宝石類の他に、燃える石が産出した。これは我が領地だけの特産品だ。我が領地は岩場が多いので森や林は少ないが、薪がなくても燃える石のお陰で領民は冬でも温かく過ごすことができる。煮炊きにも困ることはない。


 父はこうして領地を発展させていった。領地からの収入は広大な領地を持つ公爵には及ばないが、侯爵には負けていない。没落気味のライラの実家などよりは桁違いに多いだろう。また、優秀な兵士を多く抱えているので、軍事力もかなりなものである。王都の騎士団にも勝るとも劣らないほどだ。

 その父が急死してしまい、私が後を継ぐことになった。鉱石の買い取り価格や売却価格を決めたり、購入希望が殺到している燃える石の取引先と取引量を決めたりと、やることが膨大にある。


「宝石も金銀も採掘できるのですよね」

「そうですね。我が国一の採掘量を誇っております」

 加工技術だってこの国一である。宝石類は我が領地の鑑定書がなければ価値がないとまで言われているくらいだ。

 父は国王の従弟であり、資本力と軍事力は国でも有数になってしまった。だからこそ、父は力を持たない子爵の令嬢であるティーアと私を婚約させた。分をわきまえてこれ以上権力を求めないと王宮に知らしめるためだ。


「最近、王太子殿下があまり贈り物をしてくださらないの。最高の権力を持っていても、それほどお金持ちではないみたい」

 体調不良とはいえ、王が健在の今、王太子が自由にできる金額はそれほど多くはないだろう。王妃になったとしても、その身を飾る宝石も黄金も、それは国の威信のためであり、国家財産となる。

 王家の私的な財産は私より少ないはずだ。財産がおおければその管理が大変なだけだが。

「オリヴェル様なら、愛しい方に宝石を贈るのでしょう?」

「そうですね。この世で一番大きなルビーでも、私は用意できますよ。貴女が片手で持つことができるのならば、差し上げますが」

 先日かなり大きなルビーの原石が産出した。その重さはなんと大人一人分ほどもある。

「まあ、世界一なんて素敵。私を飾るのには最適ですね」

 あの大きさなら、墓標にできるかもしれないが。



 ようやくダンスも終わり、私は飲み物を取りに行った。すると、若い男たちがたむろしている。爵位のあまり高くない貴族の子弟のようだ。

「マリッカ嬢は公爵家の養女になったらしい。益々高嶺の花になってしまった」

「最初から高嶺の花だっただろうが。未婚貴族女性の中では一番王族の血が濃く入っているのだから。しかも、兄はあのヤルヴィレフト子爵だぞ。高貴な血と比類なき美貌を持ち、国でも有数の資産家なんだ」

「でも、あの兄でさえ、前は子爵令嬢と婚約していたではないか。子爵の妹なら、俺たちにも希望はあったのに。でも今では公爵令嬢だからな」

「マリッカ嬢がただの男爵令嬢でも、俺達では無理だと思うぞ。あの公爵令息とあっちの伯爵令息が取り合っていると聞いた」

 そんなことを男たちは言い合っていた。マリッカはかなり人気があるらしく、少し安心した。


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