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第五話 罪人は

 ベッドに横たわる人物を私から隠すように、ティーアは天蓋のカーテンを閉めた。姿は見えなくなったが、私にはその人物が王太子の元婚約者であるユスティーナとしか思えない。

 斬首されて髪を王宮前広場に晒されたはずの彼女が、なぜここにいるのだろうか。疑問は尽きないが、弱っているティーアに問い質すより、何か食べさせる方が先だ。

 立ち上がっただけでふらついているティーアの手を取り、部屋の隅に置かれたティーテーブルまでゆっくりと連れて行った。


 たったに十歩ほど歩いただけで、ティーアは崩れるように椅子に座ってしまった。

「ティーア、大丈夫か?」

 抱き上げて運んだ方が良かったと思ったが、彼女はもう私の婚約者でないと思い至る。

 夜は更けてきて、ランプの炎が揺れる薄暗い部屋にティーアと二人きりだと思うと、妙に緊張してきた。

 以前にもこの部屋に入ったことはあるが、当然昼間であり、侍女が壁際に控えていた。


「はい。オリヴェル様、大丈夫です」

 ティーアも緊張しているのか、いつもより声が硬かった。私は彼女の向かいに座って、ターヴィが戻るのを黙って待っていた。



 それほど待つこともなく、盆を持ったターヴィが帰ってきた。

「ティーア、待たせたな。野菜を煮込んだスープとおまえの好きな果物の盛り合わせだ。ゆっくりと食べろ」

 ターヴィはテーブルの上に盆を置き、自ら配膳を行った。

 果物はともかく、野菜のスープは手間暇がかかっていそうだ。三日も食べていないというティーアのために、前から用意してあったのだろう。


 ティーアが野菜スープをスプーンですくい、ゆっくりと口に運んだ。

「温かい。それに、とても美味しいわ。ターヴィお兄様、ありがとう」

「できるだけ食べて力をつけろよ。それがヴァロのためだからな」

 ターヴィの励ましに小さく頷いたティーアは、小さく切られた果物を口に入れた。

「甘いわ」

 そんなティーアを私は黙って見つめていた。彼女の中に消えていくスープや果物が、真っ白だった彼女の頬に赤みをさしているように感じる。それはランプの光を受けているだけかもしれないが、かつての精気にあふれるティーアが戻ってきてくれるようだった。


 ゆっくりと時間をかけてティーアは完食した。

「ティーア、頑張ったね」

 私は思わずそう声をかける。

「オリヴェル殿のお陰です。今までティーアは泣いてばかりで、俺の言葉など全く聞いてくれなかったのに。無理を言って来てもらって本当に良かった。心から礼を言う」

 ターヴィは腕を胸に当て、騎士の礼をとった。


「お役に立てたのなら私も来たかいがありました。ところで、何があったか、話していただけるのでしょうね」

 ここまで関わってしまったのだ。知らぬ存じぬで通るはずはない。それならば、全てを知りたいと私は思う。

 ティーアは不安そうにターヴィを見上げている。しかし、彼は大丈夫だと言うように微笑んだ。


「本当に済まない。ここまで巻き込んでしまったのだ。オリヴェル殿が望むのならば全てを話そう。しかし、他言は無用だ。もし違えるのならば、私は貴方の敵となる」

「わかった。約束しよう」

 ターヴィの腰につけた剣は決して飾りではない。彼はとても優秀な近衛騎士と聞いている。私はもちろん命は惜しい。それに、ティーアを危険に晒すような真似をするつもりもなかった。


「ここ最近、国王陛下の体調が優れない。そのため、王は退位して王太子殿下に王位を継承しようとしている」

 ターヴィが静かに話し出した。

 王が体調不良であることは私も知っていた。だからこそ、いつ王が代わっても持ちこえることができるようにと、領地を盤石な状態にするため駆けずり回っていたのだ。ティーアとの結婚後は落ち着いて生活できるようにしておきたかった。

 そのせいで彼女に構うことができず、随分と寂しい思いをさせたのだろう。


「王妃陛下は、最近の王太子の所業を不安に思っていた。幼い時から決まっていたユスティーナとの婚約を勝手に破棄して、侯爵家の庶子で、最近娘と認められたばかりのライラと婚約したいと言ってきたのだから。ライラは将来の王妃として相応しくないと、王妃陛下は王太子殿下を説得したが、聞き入れなかった。それで、王妃陛下はとりあえずライラと殿下を婚約させて、彼女が王太子妃としての適性がないとわからせようとした。しかし、殿下はライラと結婚できると浮かれてしまっていて、現実から目を背け続けた。第二王子殿下はまだ十三歳と幼く、王位を継がせるのには心もとない。焦った王妃陛下はライラを排除しようとした」

「何だって! それではライラに暗殺者を送ったのは王妃陛下なのか?」

 私は思わず訊き返した。それなのになぜユスティーナの罪となっているのだろうか。


 ターヴィは大きく頷くと、再び話し出す。

「ライラの暗殺を防いだのは俺だったのだ。俺は王太子殿下よりライラの護衛を頼まれていたからな。そして、ライラはすぐに暗殺はユスティーナのせいだと騒ぎ立てた。そのため、闇に葬ることもできず、王妃陛下と公爵の話し合いにより、ユスティーナの罪とすることになった」

「そんな馬鹿な。何もしていない女性に罪を被せるなんて」

 いくら何でも酷すぎないか。


「しかし、王太子が王となった後、王妃陛下が婚約者を暗殺しようとしているのが知られてしまうと、陛下の命が危なくなる。そうなれば、新王を止める者が誰もいなくなる。それだけは避けたいと公爵は考えたらしい。それに、ライラに嫌われているユスティーナの命も危ない。それならば、死んだことにした方が安全だと考えた。そして、騎士団長もそれに乗ったのだ。そして、ライラの命を助けたため、王太子殿下に信用されている俺が、ユスティーナを匿うことを命じられた」

 そして、国の犠牲になったユスティーナは、髪を短く切って処刑されたことにしたのか?


「あの夜会の時、ティーアが抱き合っていたのはユスティーナ嬢か?」

「はい。あの日、私は目立つドレスを着て、夜会に来ていることを印象付けました。そして、髪を切り男装をして牢を抜け出したユスティーナ様と庭で合流し、お兄様と入れ替わって馬車に戻る予定でした。その時、ずっと牢に入れられていたためかユスティーナ様がふらついたので、私が支えていたのです」

「なぜ、私に話してくれなかった。私はそんなに頼りない男か? 君を裏切るような男だと思ったのか?」

 今のようにティーアが正直に話してくれていたら、私は彼女との婚約を解消しようなどとは思わなかった。ティーアを全力で守ってやろうとしたはずだ。


「ごめんなさい。忙しいオリヴェル様の負担になりたくなかった。オリヴェル様を煩わせてしまうと嫌われるのではないかと怖かったの。だって、オリヴェル様は出会った頃から益々素敵になっていくのに、私は平凡なままだもの」

 涙目になって、ティーアはそんなことを言っていた。

「俺がオリヴェル殿にも話すなと止めていたんだ。どうか、妹を責めないでやってくれ」

 ターヴィが頭を下げている。

 益々魅力的になっているのはティーアだと私は思っていた。

 


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