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9、裁縫士、最強の能力者の話を耳にする。

 すごい冒険者がいるらしい、という噂話を耳にするようになった。



 いま、街はその話題で持ちきりだ。



 しかも、アヴァロンの住民の興味をくすぐったのが、その冒険者は正体不明の最強の冒険者である、ということだった。





「ハンド?」とぼくは聞き返す。すると妹は肩をすくめた。



「ええ、それが例の正体不明の人間離れした冒険者のニックネームらしいわよ。男か女かも分からないから“(ハンド)”なんて名付けたのね」



「ふーん」と、ぼくは気のない返事をして、少し乱れた売り物のシャツをもう一度折り畳み、綺麗に折りたたまれたシャツの上に重ねた。



「この間私たちを救ってくれたのもその人かもしれないね」



「……そうだね」



 あの日のことが脳裏に蘇る。混乱し過ぎてほとんど断片的な記憶しか残ってないが、あの文字だけは覚えている。ENEMYという文字。あの文字が視界に映り、そして、気づけば周りの敵が皆倒されていた……。



 あれは何だったのだろう?



 あれは何かの能力なのだろうか?



 ひょっとして、あれでぼくがモンスターを倒したのだろうか?



 いやいや、と、ぼくは首を横に振る。



 だって、ぼくのスキルは裁縫スキル。服を縫ったり、編んだりするスキルで、戦闘とは無縁の能力のはずだ。



 でも、ならば何故ぼくと妹の周りのモンスターが、あんなにバタバタと都合よく倒れたのだろう?



 うーん。



 よく分からなかった。たぶん偶然例のハンドさんが助けてくれたのかもしれない。もしも、そうだとしたら……。



「何かお礼しなきゃいけないかもな」と、ぼくはボソリと言った。



「え?」と妹はぼくの顔をのぞく。「ハンドさんに?」



「そうだよ。ぼくと妹を救ってくれて、どうもありがとうございます、ってさ。謝礼の一つでもすべきだろう?」



「でも、別にハンドさんに助けてもらったと決まったわけじゃないじゃないし……」



「まぁそうだけど」



「でしょう? それに勝手に私たちを助けたのだから、お金なんて請求されても困るわ」



 お金の話になると、いつも妹はこんな感じだ。仁義も慈悲もあったものではない。



 このケチな体質を治さないと、きっと結婚相手を探すのに苦労するだろうなぁ、と思った。



「あ、そうそうお金と言えば……」と言って、妹から沢山のコインが入った木箱を渡される。



 意味が分からずぼくがボォーっとしていると、妹が眉をひそめた。



「分からない? これ、リーン金融への返済のお金。というか、この際元本分も返してきてよ。いつまでこの商売も続けられるか分からないし、返せるうちに返しちゃおうよ」



 ああ、そうか、借金の話か。



 ぼくは二三度頷くと、木箱を受け取った。



 お金に関して、基本的にぼくは妹の言いなりだ。



 それからぼくは、ほとんど何も考えず木箱をもって歩き始める。



 リーン金融は、商業地区にあるので、そこまで歩いて行かなければならない。




 歩いている途中に、そういえば、と思った。



 ハンドとは一体何者なのだろう……。



 ぼくはボォーっとした頭で考える。



 よく分からなかった。旅で訪れた冒険者が偶然アヴァロンを通りかかり戦ってくれたのかもしれないし、自覚のない冒険者がやったことかもしれない。



 そういえば、その異空間から飛び出してきた手には、針が握られていた、という話だった。



 針か……。



 となると、ハンドは、ぼくと同じような針を使うスキルの持ち主かもしれない。



 針……、針を使うスキルかぁ……。



「まさかね」と鼻を鳴らし、ぼくは石畳の上を往く。



 コツコツ、と足を鳴らし、リーン金融まで。


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