7、裁縫士、モンスターハウスにビビる。
モンスターハウス、という言葉がこの世界には存在する。
それは別にモンスターの棲み処を指しているわけではない。
その言葉の意味するところは“モンスターの集団”という意味だった。
一口にモンスターと言っても様々なモンスターがいる。肉食のモンスターもいれば、草食のモンスターもいる。もちろん集団で行動するモンスターもいて、それが時々街を襲う場合だってある。
それが、つまり、今の状況だった。
ぼくは、衣類全てを自分の家の中に投げ入れると、妹の手をとり、家の中に入り、素早く扉を閉めた。
モンスターハウスなんて何年ぶりだろう? 2年ぶりぐらいか?
どんなモンスターが襲ってきたのか分からなかったけど、とにかく、ぼくらにできることと言えばこれだけ。ただ、どこかにジッと身をひそめる。そうしていれば安全なはずだった。
「ふー、とりあえず落ち着こうか」と、ぼくが妹に声をかけると、妹のルルは溜息をついた。
「お兄ちゃんこそ、本当にビビり過ぎ」
「え?」
自分の体を見回すと、確かに膝がガクガク震えていた。
「あ~、さっきジャックを追い返した時はお兄ちゃんカッコいい! って思ったのになぁ」
「う~~、だって怖いでしょ、普通モンスターなんて」
「何言ってるのよ。ビビってる人は臆病な人ばかりよ。見なさいよ」と言って妹は木窓をあけた。ぼくは恐る恐る木窓から外の様子を覗く。
すると、剣を片手に笑っている女剣士や、裸のまま「かかってこーい」と叫ぶ男がいた。
「なんて命知らずだ」と、ぼくは呆れるように言った。
そんなぼくの言葉を聞いて妹はいよいよ深い溜息をつく。
「モンスターハウスなんて一時間もしないうちに討伐されちゃうじゃん。むしろモンスター狩りイベントみたいになってるじゃない。毎回。誰が一番倒したか、みたいなノリでさ」
「でも、大けがする人だっているでしょ! ほら、2年前のモンスターハウスでは、お隣のサンチョさんだって怪我したよ」
「あれはサンチョさんが酔っぱらってただけ。普段野菜を売ることしかしてないくせに、酔っぱらって気が大きくなって、こんぼう片手にモンスターに挑みかかったんだって……。それでお腹をガブッて噛まれたみたい」
「へ、へ~~~そうだったんだ……」
「分かった? だから大したことなんてないのよモンスターハウスなんて」
なんだか、急いで家の中に隠れたぼくがまるで臆病者みたいじゃないか、と思った。
「ねぇ、そういえばさ、あそこにまだ売り物残ってるんだけど」と妹のルルは木窓から倒れたテーブルに向かって指さした。たしかにまだ何枚か残っているようだった。
「いいよ。あれぐらい」とぼくが言うと「もったいないでしょ!」と妹が大きく目を開き反論してきた。
「ダメダメ!」とぼくが言っても妹は全く聞く耳を持たなかった。
「ちょっと取ってくるね」と言って、妹は扉をあけ、外に飛び出す。
すると、ちょうどその時だった。
扉を開けたとたん、通りを歩いていたバッファローのようなモンスターが妹の方に向かって突っ込んできた。
妹はあれだけ強がっていたくせに「はわわわわわ」と言って腰を抜かした。
何をやってるんだ、と思ってぼくも咄嗟に通りに飛び出したけど、迫りくるモンスターを前にすると、同じように腰を抜かしてしまった。
ぼくの頭の中はパニックになっていた。
ヤバイヤバイヤバイ。
だから、色んな表記を見逃していたのだろう。
瞳に赤い文字が映り、そこには≪ENEMY≫と表示されていた。そして、たぶん無意識のうちに、色々な選択をしていた。
≪塗る方ですか? それとも、塗らない方ですか?≫
≪オートですか? マニュアルですか?≫
≪では対象をロックしときま~す≫
ピッピッピッピ。という不思議な音が頭の中に響き。≪ENEMY≫という文字が増えてゆく。
それから、ぼくの両手が黒い闇の中に吸い込まれ、そして、高速で動き始める。
「はわわわわわわわ」と呟くぼくの頭の中は益々混乱してゆく。
自分に何が起こっているのかなんて分からなかったし、周りで何が起こっていたかなど分かるはずがなかった。
気づいた時にはすべてが終わっていた。バッファローのようなモンスター、鳥のようなモンスター、猿のようなモンスター、ワニのようなモンスターすべてが倒れていた。
モンスターたち全部、まるで体中が痺れているみたいにピクピクしている。
な、な、な、な、な、な、なにが起こっているのだろう?
ぼくにはさっぱり訳が分からなかった。