6、裁縫士、舌戦を行う。
「うぉおお、これいいな」
「安くて良い品質! こういう品を探してたんだよ、俺は!」
「すいません。これ男性モノしかありませんが、女性モノは売ってないのですか?」
ぼくの家の前には人だかりができていた。
通りを行き交う人々も、好奇の目でその人だかりを見ている。
まるで、あれは何なのだろう? 何がおきているのだろう? と言いたげな表情で……。
ぼくは興奮するモンスターをなだめるように皆に言って聞かせる。
「皆さん押さないでくださいね! ちゃんと皆さんの分はありますから」
それでも彼らの興奮は収まらない。
ぼくの家の前には、食卓テーブルが置かれ、そこに山のように衣類が積まれていた。皆がそこに手を伸ばす。
「毎度あり~♪」というルルの声が通りに響き、テーブルの脇に置かれた木箱の中にどんどんコインが溜まってゆく。
皆、先を争うようにしてぼくの作った服を買っていく。
どんどん、どんどん買っていく。
上手くいった、と思った。
ぼくの考えた計画は見事に的中したのだ。
すると、視界の端っこに“あいつ”が映った。
あいつ――ジャックが……。
「こらぁああああ! ギークぅうううう!」とジャックは顔を真っ赤にさせ、やってきた。
ジャックは、ぼくの目の前で立ち止まると、まるでそこに客なんていないかのように叫ぶ。
「これ、どういうことだ! これぇええええ!」とジャックはテーブルに積まれた衣類を指さす。
「それがどうかしたの?」と、ぼくが言うと、ジャックは顔を紅潮させたまま怒鳴った。
「あれは俺の服だ!」
家の前に置かれたテーブルの上に衣類は山のように積み上げられているが、別に沢山の種類があるわけではなかった。むしろ、たった三種類しかない。
足首と腰をぎゅっと縛る紐のついた濃いグリーンの羊毛のズボン。
襟付きの白い長袖のコットンのシャツ。
そして、その色違いのブラウン色をした長袖のシャツ。
この三種類だけだ。
接客中のルルが、心配そうな顔でこちらを覗く。
ぼくは、視線だけで、大丈夫、とルルに伝えた。
そう、大丈夫。ここはぼくだけで決着をつける。
ぼくはジャックを人だかりから引き離すように誘導し、それからジャックの言い分に正面から反論した。
「もうジャックに服は返したよね? 二枚のシャツに、ズボン」
「ふざけるな! あそこで売ってるアレは、俺の持っていたシャツとズボンと全く同じじゃねーか!」
「だから?」とぼくが言うと、ジャックは胸ぐらを掴んできた。
「この泥棒野郎が調子にのってんじゃねーぞ!」
「泥棒? ぼくのどこが泥棒なんだ? 借りた服は返したはずだ。しかもレンタル代金までつけてね。ぼくは、その三着を借りるために君に170ベイルも支払った。それもたった三日間借りただけ。それでジャックも納得していたじゃないか。ラッキーな取引だったぜ、とか言いながら」
「それは、てめーが泥棒したと知るまえだ!」
「何度も言うけど、泥棒じゃない。君から服を借りただけ。そのことに君も同意していた。そして、もう服は返した。あそこに置かれているのは、ぼくの裁縫スキルによって作ったものだ」
「だから、よく分かんねーけど、お前には目の前の服と同じものを作る能力でもあるんだろう? だから俺の服と同じものを作った。そういうことを俺に言わずにコソコソやるのを泥棒っていうーんだよ! この卑怯者め!」
はぁ、とぼくは大きな溜息をついた。話が全く噛み合ってない。
「なぁジャック。泥棒、というのは君のものを盗む行為を言うはずだ。違うかい?」
「うるせぇえええ!」
「ぼくは服を君にキチンと返した。それに法外なレンタル料金まで支払った。それで納得できないなら、どこにでも訴えるがいい! どうせ笑われるのは君の方だ!」
ジャックは血走った目で拳を振り上げる。
「ギィィィクゥウウウウウウてめぇええええええ!!」
ぼくは思わず目をつぶる。
……。
……あれ? まだ殴られて……ない……のか?
片目を恐る恐るあけると、客に羽交い絞めにして止められているジャックの姿が見えた。
それも一人ではない。大人三人がジャックを取り押さえてくれたのだ。
「な、なんだてめーらは!」とジャックは叫ぶ。
「この店の客だよ」と客の男は冷静な声で言った。すると、別の男もしゃべり始める。
「ここの店を利用するのは初めてだけど、こんな品質のいいものをこんな低価格で売ってくれて本当に助かるな、と思ってるよ。それに今の話を聞かせてもらっていたけど、ようするに君はこの品を処分しろっていいたいんだろう? それは駄目だ。そんなことはさせない」
すると、騒ぎを見に来たやじ馬がジャックに向かって次々とやじを飛ばす。
「そうだ! 帰れ帰れ筋肉ダルマ!」
「帰れよ駄々っ子!」
「借りたものを返したんなら、それ盗みって言わねーから!」
「自分のデザインだ、って主張できるのは、その洋服を作った人ぐらいのもんで、あんたもその服を買ったただの客じゃん!」
ジャックは顔を益々真っ赤にさせ、うるせぇえええ! と叫んだ。
皆、ぼくの味方だった。
ジャックは、自分を羽交い絞めにしている客を振りほどくと、ぼくに向かって指をさした。
「いいか、覚えとけよギーク。絶対にこの借りは返すからな! 忘れんじゃねーぞ!」
そんな捨て台詞を残し、ジャックは急いで姿を消した。きっと、これ以上ここにいることに耐えられなくなったのだろう。
ぼくは、何だか力が抜ける思いだった。
とりあえず、山を乗り越えた気分だった。
こちらを見ていた妹が笑顔になる。
「やったね、お兄ちゃん!」
「うん」とぼくも笑顔でうなずく。
別に戦いで勝ったわけじゃないけど、ほんの少しだけジャックにやり返すことができた気がした。
ぼくは首をコキコキ鳴らすと、気を取り直し、商売をはじめる。
ぼくは笑顔でお客様にシャツを手渡した。
心に爽やかな風が吹いた。
すると、そんな安心した空気を一変させるような悲鳴に似た声が聞こえてくる。
「キャー!」と誰かが叫んだ。
皆同じ方角を見て、固まっている。
なんだ、と思いぼくもそちらを向いた。
ぼくは目を大きく見開く。
その瞳には、ここアヴァロンで暴れ狂うモンスターの集団が映っていた。