4、裁縫士、商売を始める。
「ね、ねぇルル……。なんというか……本当にやるの? ぼく、まだ自信がないよ……」
「心配性なんだからお兄ちゃんは! 大丈夫よ」
そう言って妹のルルは家の通りの前で大声を張り上げた。
「さぁ安いよ! 安いよ! 早い者勝ちだよ!」
叫ぶ妹の手前には、生活感を感じさせる染みがこびりついたテーブルと、その上に、無地の黒い服――ぼくと全く同じ服――が奇麗に折りたたまれて置かれていた。
あれは、昨日ぼくが作った服だ。
あれからぼくは、何時間もスキルを発動しっぱなしで服を作ったのだ。MPが空になるまで……、本当に何十着も……。
全部、ぼくと同じ黒い無地の服……。
本当は違う服も作りたかったのだけど、スキルの扱い方がよく分からないせいで、ぼくの着ている衣服しか作れなかったのだ。
~~3時間後~~
「う~ん、全然売れないわねぇ、どうしてかしら」と妹は眉をひそめた。
それは……、と言いかけてぼくはやめた。
ぼくのルルは美人で賢いのだけど、少々抜けてるところがある。
ぼくはテーブルの上に山のように積み上げられた無地の衣服を見やる。無地の黒い服の所々に茶色い模様があった。
まぁ、模様と言うよりかは汚れなんだけど……。昨日ジャックに攻撃され、そして地面でのたうち回った時についた汚れだ。どうもこのスキルはそこまで完全に再現してしまったらしい。おかげで、テーブルに置かれたこの衣類すべてがまるでボロボロに汚れた服に見えた。
なのに、ルルはほとんどセレロン市場で売っている新品の衣類と変わらない強気な値段を設定した。
それから、ぼくはテーブルにかかれた値札を凝視する。
30ベイルだ。なんと30ベイル。こんな汚れたように見える衣服に、誰がそんな金など出すのだろう……。
「もう! どうして買わないのよ!」とルルはキレ始める。
行商人の一行。買い物籠を持った主婦。遊びまわる子供達が、さきほどからぼくの家の前の通りを素通りしてゆく。中にはチラッとこちらを見る人もいるのだが、それだけだ。皆誰も買おうとしない。原因は明らかなんだけど……。うーん、アドバイスした方がいいのだろうか?
「ルル? いいかな? 提案があるんだけどぉ」
「ちょっとお兄ちゃんは黙ってて! 今考えてるところなの!」
……。
それからルルは、一時間に値段を1ベイルずつ下げていった。
そして10ベイルまで下げたところでようやく買い手が見つかった。
そして、5ベイルまで下げると流石に客が殺到し、完売した。
ようやく日が沈みかけた頃、服を売って稼いだ小銭を数えていた妹は「……170ベイル……」と不満気に言った。
「十分だよ、最初にしては」とぼくはフォローする。
そう、汚れのような模様があったにしては十分すぎる稼ぎだ。
「30着完売してこの値段よ? 900ベイルになるはずだったのよ? それがたったの170ベイル。もう! お兄ちゃんは欲がないんだから!」
お前がありすぎなんだよ……、と密かに思った。
ぼくはここで自分のスキルステータスを呼び出す。
呼び出し方は、妹が昼間客と喧嘩している間に見つけた。
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スノウ=ガード
裁縫士
称号:駆け出し裁縫士
普通の裁縫スキルレベル1 0/12
異次元裁縫スキルレベル2 8/24
スキルセットA:なし
スキルセットB:なし
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これが、ぼくのスキルステータス。
ぼくに分かるのは、裁縫士、と書かれた箇所だけだ。
他はほとんど分からない。
……。
知らなければならない。
ぼくは自分のスキルの強みも弱みも知らなければならない。
まずは知るところから。
そこからはじめよう。