3、裁縫士、はじめての異次元裁縫
ぼくはベッドの上で盛んに目をパチクリさせた。
目の前にはずっと“あの”青い表示がある。
≪普通の裁縫を選びますか? それとも、異次元の裁縫を選びますか?≫
異次元の裁縫? と、またぼくは頭の中で唱える。
疑問符の波が頭を揺らす。
異次元?
やっぱり、何度考えてもよくわからない。普通の裁縫と異次元の裁縫では何が違うのだろう? いやいや、そもそも異次元って?
なんだか恐い気がしたが、ぼくはその言葉の響きが放つ興味に勝てそうになかった。
「よし、じゃあ異次元の裁縫!」と、ぼくが言っても、青い文字に変化はない。
「ん? 異次元の裁縫を選択する!」と再度言うが、やはり変化はない。
ぼくは溜息をついた。
もっと誰かに詳しくスキルを使いこなす方法を聞いておくべきだった。
「だけど、スキルは千差万別っていうしなぁ……」
ぼくは空中に表示された青い文字をなぞってみる。うん。やっぱり変化はない。次は指で押してみようか。ぼくは≪異次元の裁縫≫と、空中に浮き出ている文字を連打する。うーん。反応なし……。
じゃあ次は、心の中で唱えてみようかなぁ。
――異次元の裁縫。
すると、ようやく青い文字が変化していった。
なんだ。心の中で唱えるものなのか、と思ったのも束の間。
何やらまた変な文字が表示された。
≪塗る方ですか? それとも、塗らない方ですか?≫
……。
何を言っているのか分からない。
完全に意味不明だ。
塗る? 塗らない? なにそれ? バターでも塗ろうというのだろうか? そもそも何に塗るのだろう? というよりも、どうしてこんな設問があるのだろう? 設問の意味すら分からない。ひょっとして文字を間違えたんじゃないか? 塗る、じゃなくて、紡ぐ、とか……。いや……そんなわけないか……。
……。
でも、物は試し、と言うしなぁ……。
……………………。
――えーと、じゃあ、その…………塗る方で……。
すると、また新たに青い文字が表示される。
≪そのスキルレベルでは、まだ塗ることはできません≫
「なら、なんで選択画面がでてきたのさ!」とぼくは青い文字に向かってツッコミを入れた。
すると、画面がいつの間にか例の訳の分からない設問に戻っていた。
≪塗る方ですか? それとも、塗らない方ですか?≫
……。
スキルと言うのは、皆こういう訳の分からないものばかりなのだろうか? ジャックの【 鉄拳 】なんて軽く使いこなしているように見えたけど……。
――じゃあ、あの……塗らない方でお願いします。
すると、新しい項目が現れる。
≪縫い物ですか? 編み物ですか?≫
ぼくはやっと裁縫らしき項目が現れほっとした。
――え~っと……その……じゃあ編み物で……。
≪ウールですか? ジュートですか? コットンですか? アクリルですか? リネンですか? モヘアですか?≫
「え? え? え?」
ぼくには編み物の知識なんてなかった。だから、どれも聞きなれない単語ばかりであった。コットン? というか、アクリルってなに?
――あ、あの……じゃあリネンで……。
≪極太ですか? 中細ですか? 合太ですか? 並太ですか? それとも、ある意味外国人並みの超極太ですか?≫
外国人並み、という言い回しが気になったが、とりあえずこれは糸の太さの話をしているのかもしれない、と、なんとなく想像がついた。でも合太って?
――ええ~とじゃあ極太でお願いします。
≪次に、モデルの指定を行います≫
モデル? と思いながらなんとなく、目に入ったのは自分の着ている服だった。
≪モデル了解≫と、青い表示が出てくると、次に自分の両腕が独りでに動き始める。
「え? ちょっ、なに? なんだこれ?」
ぼくの手にはいつのまにか細い棒のようなものが握られていて、どこからか出てきたリネンの太い糸を高速で編んでゆく。なにこれ? なんだこれ? ちょ! 腕が、手の動きが止まらない!
棒針を握る手の動きに合わせ、異次元空間からするすると伸びる糸が、猛スピードで編み込まれ、どんどん“ある形”に近づいてゆく。
「ど、ど、どうしちゃったのお兄ちゃん! それ!」と、いつの間にかぼくの部屋に入り込んだ妹が目を丸くさせた。
もちろん、ぼくだって目を丸くしていた。
だって、ぼくの両手には自分の来ている服とそっくりな服があったのだから。
本当に、ぼくの来ている服と……瓜二つ。
ほんの数分。それがこの服を作るのにかかった時間だった……。
思わず口から言葉が漏れた。
「す、すごい……」