21、英雄の誕生は永遠に……。
ラボク将軍は、丘の上でパニックに陥っていた。
「はわわわわわわわわわ、ちょっと! これなに? 何がおきてるの!? もう! なんなのこれ!!」
ラボクは歯を鳴らし、何度も目をパチクリさせながら、叫ぶ。
次々と自分の軍隊がやられていったからである。
しかも、ほとんど皆、アヴァロンの街に到達する前にやられてしまった。
アヴァロンを取り囲んでいた残りの兵士たちも半狂乱状態で、武器を放り投げ、南部へ……、自分の故郷へ逃げてゆく。
「こら! 待ちなさい! 待ちなさいって言ってるじゃない! こらぁああああああ! こらああああああああああああ!!」とラボクが叫んでも誰も聞く耳をもたない。
皆、我先に、と逃げていく。
酷い兵士になると、ラボクのすぐ脇を通り抜けて逃げていく輩もいた。
ラボクの顔がだんだんと青くなっていく。
「どどどどどどどどうしましょう。これだけの失態を犯したとあれば、わたしだって、きっとただじゃ済まない。ししししし死刑だってあるかもぉぉぉぉぉぉ」
街一つ落とせず全滅。
これは明らかに何らかの刑罰に問われるべき事案のようにラボクにも思えた。
「やややややややばいわ。どどどどどどーーーしましょう……」
逃げる。
逃げるしかない。
ラボクは鎧を脱ぎ捨て、剣を放り投げ、逃げ出した。
もはや恥も外聞もない。
これは言い訳のしようもない負け戦だからだ。
「ちくしょーーー! ちくしょぉおおおおお!!」
背筋をピンと伸ばし、ラボクは走る。
どこまでもどこまでも走って逃げてゆく。どこまでも……どこまでも……。
…………。
……。
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「やったあああああああああああああああああああ!」と声をあげルルが抱き着いてきた。「すごいわ! すごいわお兄ちゃん!!」
ぼくは流石に疲れて返事できなかった。
次いで笑顔のジャックと、未だに何が起こっていたのか理解していないちよさんがハシゴをのぼって櫓の二階部分にやってきた。
「流石だぜスノウ!!」とジャックが抱き着いてきて、首をかしげたままのちよさんがおぼつかない口調で何かを言った。
「あ、あの……え~~と……おめでとうございます。おめでとうございますでよいのでしょうか旦那様?」
その口調にぼくは思わず笑ってしまった。
笑うだなんて失礼なのは分かってるけど、ぼくは笑いたかったんだ。
アヴァロンの街で一斉に「ハンド! ハンド!」という大合唱が鳴り響いていた。
皆、ハンドの仕業だと思ったらしい。
いや、合ってるのか。だって、ぼくがハンドなのだから。
「分かるかスノウ! お前はな、今日英雄になったんだよ! なぁ分かるか?」とジャックはぼくの肩を揺らして熱っぽく叫んだ。
英雄。
英雄かぁ……。
いつだって人から侮られていたぼくが……英雄……。
ぼくはギュッと握りこぶしを作った。
ぼくの耳にいつまでも……本当にいつまでもハンドの大合唱が鳴り響いていた……。
この戦はのちに『アヴァロンの奇跡』と呼ばれ、ミッドランド王国の崩壊を救った戦として語り継がれることになる。
そして、その際、一人の英雄が誕生したことが記録には残されている。
その名はスノウ。スノウ=ガード。
歴史書によれば、これは彼にとっての初戦であったと記されている。
アヴァロンを救ったスノウは、その功績を認められミッドランド王国の騎士へと取り立てられ、魔族との戦闘や、外国との戦闘に引っ張りだこであったそうである。
記録では、スノウには常に女性が二人つきまとっていたらしい。
血の繋がっていない妹と、遠く東の国のご令嬢。
この二人は常に張り合い、騎士スノウからの寵愛を受けようとしたが、結局、スノウはどちらか一方を選ぶことはできなかったらしい。
その優柔不断さを彼の幼馴染のジャックは「如何にも奴らしい決断だ」と笑ったそうである。
ああ、そうそう。
結局彼のスキルがどういうスキルであったのか、ということについて歴史書には記されていない。
だから皆、裁縫スキルが最強なのだ、と今も気づかず生活している。
だって、そんなこと普通思わないよね?
でも、だからこそスノウは最強の英雄にまで上り詰めたのだろう。
裁縫スキルに栄光あれ!