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2、裁縫士、侮辱される。




「ヒャッハッハッハッハッハハ」と筋骨隆々とした体をもつジャックはぼくの顔を指さし、思い切り笑った。



「いやいや恐れ入ったぜ、ギーク(嘲笑すべきもの)。まさか“裁縫”なんてスキルが当たるなんてな。流石は聖クシャル様。適材適所ってやつをよくご存じだ。情けないお前にピッタリのスキルだ!」



 ぼくはちょうど今日の晩飯の材料を買うためにアヴァロンの生鮮食品を取り扱うセレロン市場の野菜売り場の列に並んでいたところだった。


 相変わらずセレロン市場は人でにぎわっているようだった。まぁそれもそうか。この街には大体人口が一万人ほどいて、その一万人の食生活をこの巨大な市場が一手に支えるのだから、当然そうなるだろう。お日様がちょうどぼくの真上にあった。ちょっと眩しいなぁ……。



 ぼくは、ヒッヒッヒ、と笑うジャックから目をそらし、あたりを見回し、耳をそばだてる。


 すると、スキルに開眼した人々の声がそこらここらから聞こえてきた。



「おいおい、このスキルすげー! やっぱ当たりのスキルだ、これ!」

「私はなんかすごいスキルをもらったらしいの。なんでも爆裂魔法っていうのを」

「このスキル、すっげぇえええええ」




 いいなぁ、と思った。だって、聞こえてくる声のほとんどは聖クシャル様から授かったスキルを心から喜ぶ声で、恨み言をいう声など聞こえてこない……。



 裁縫というスキルに、こんなに不満をもっているのはぼくだけなんだろうか?



 そんなことを考えてボォーっと立ち尽くしていると、突然「ワッ!!!」とジャックがぼくの耳元で大声をあげた。



「ぎゃあああああ」と叫んだぼくはまた昨日のように飛び上がり、並んでいた列の前の人の背中にしがみついた。



 すると、その人は女性だったので「きゃあああああ! 痴漢!!」と叫び、ぼくの頬を思いっきり引っ叩いた。



 頬を真っ赤にはらしたぼくはそのまま地面に倒れ込んだ。



「ヒャッハッハッハッハッハッハッハ! また引っかかった! またビビりやがった!」と列からはみ出すようにしてぼくの隣で油を売っていたジャックの顔が喜悦に歪む。



「ルルから聞いたけどよぅ、お前冒険者になりたかったんだって? ヒャーッハッハッハッハッハ。無理だろ! 無理! お前が冒険者? はぁ? 大声ぐらいでビビってる奴が? オイオイ冗談はよしてくれよ。お前みたいな雑魚なんて冒険者になれるわけないじゃん。なぁギーク!」



 ぼくは赤く腫れた頬に手を乗せ、立ち上がる。



 そして言った。



「ぼくの名前はギークじゃない。スノウだ」



「黙れよ。ギーク」



「訂正しろ! ぼくの名前はスノウだ!」



 次の瞬間、ぼくのお腹をジャックの硬い拳が貫いた。



「うるせーんだよ。ギーク」



 ぼくは腹を抱え込み、地面をのたうち回る。


 ジャックは満足そうな笑みを浮かべぼくを見下ろした。



「これが俺のスキル【 鉄拳 】だ。痛いだろ? まだスキルレベル1でこの状態だ。将来有望だってオヤジにも言われたぜ。

 わかんだろ? 俺の方がお前よりもずっと冒険者に向いてるってな。

【 裁縫 】と【 鉄拳 】どっちが冒険者に向いてる?

 当然俺だ。お前はただ黙って服を縫ったり、編んだりしてりゃいいんだよ。わかったなギーク? お前みたいな雑魚はそうやって生きてんのがお似合いなんだよ! ヒャーッハッハッハッハッハ!」



 ジャックはまるで勝利宣言でもするようにぼくを馬鹿にした後、そのまま立ち去っていった。


 悔しかった。


 ものすごく悔しかった。


 七月七日。十五歳の七月七日になれば、こんな日など終わると信じていたのに……。



「くそっ」と言い、ぼくはお腹を抱えたまま立ち上がる。まだ痛い。



 裁縫の二文字が頭をよぎる。



 裁縫……、裁縫……。



 どうして聖クシャル様はぼくの望むスキルをお与えにならなかったのだ!



 どうして……っ!










 ぼくはまるまるとしたキャベツを二玉買い、そして家路についた。



 家に帰ると、無言で洗濯物をたたむ妹のルルの後ろ姿が見えた。



「ただいま」というと「おかえり」と、こちらを見ずにルルが返事をする。



 ルルの背中がどことなく寂しそうだった。きっと朝、こんなスキルは嫌だ、とか、さんざんぼくが言ったからだ。



 ぼくは自分のスキルのことを思った。



 裁縫……、裁縫かぁ……。



 一旦頭から追い出してしまおうと、と思った。七月七日にぼくの誇りを取り戻す、という話を……。



 だってスキルが裁縫である以上、もうしょうがないじゃないか。



 こんなところで落ち込んで、これ以上妹に迷惑をかけるわけにはいかない。



 たった二人の兄妹なのだから。



 すると、妹がこちらを振り返り言った。



「ねぇ、食材買ってきたんでしょう? 早いところ調理して食べよう? 今日はどっちが食事当番だっけ?」



「今日はルルさ」とぼくは笑顔で言った。



 すると、ぼくが笑ったのを察したルルは、ここでようやく笑顔になった。



 心がほんのり温かくなるのを感じた。



 裁縫だ。裁縫!



 とにかく、スキルは得た。聖クシャル様は何もくれなかったというわけじゃない。冒険者になって名誉を回復することはできないかもしれないけど、裁縫だって立派なスキルだ。そうさ。そうだろう? とぼくは自分に問いかける。



 だからぼくは食事ができるまでの間、自分のベッドの上で横になった。



 試しにちょっとスキルを使ってみようと思ったのだ。


 でも、スキルの発動ってどうやってやるんだろう?


 どうも勝手が分からない。



「聖クシャル様は説明なしだったからな。裁縫のスキルってどうやって発動するんだろう?」



 すると、目の前にいきなり青く輝く文字が出現した。



 ぼくはその文字に目を凝らす。



 そこにはこう書かれていた。




≪普通の裁縫を選びますか? それとも異次元の裁縫を選びますか?≫




 は?



 ぼくにはさっぱり意味が分からなかった。


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