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15/21

15、裁縫士、やっと自分の力に気づく。




 ぼくはゆっくりと、こちらに向かってくる一団を遠くから見つめながら、これからどうなってしまうのだろう、と想像した。



 きっと、あの釘のついたこんぼうでいいだけ痛めつけられるのだろう。



 ぼくは皆のオモチャとして殴られ、いたぶられ、尊厳を奪われるのだろう。



 その想像が、痛みが、とてもリアルに頭の中で再現される。



 怖い。



 怖いよ。



 嫌だ。



 そんなの嫌だ。



 気づけば、全身がひきつけでも起こしたかのように震えていた。



 いつもこうだった。15年間ずっとこう。頭の上には目には見えない透明な天井があって、ぼくは15年間ずっとその天井に跳ね返され続けてきた。



 それがぼくの人生だった。



 ほんの少しでも調子に乗ると、生意気だ、というセリフと共に他の皆から手痛い仕返しを喰らう人生。



 ……。



 ぼくは、ただぼくでいたかっただけなのに。



 臆病で皆から痛めつけられてへらへらしているギークじゃなく、前を向いて、皆と同じように笑い合えるスノウでいたかっただけなのに……。



 ただ、それだけなのに……。



 ……。



 ……。



 すると、そんな時だった。



 前に見たことのある文字が、ぼくの瞳に写された。



≪ENEMY≫という文字だ。



 その文字が赤く点滅していた。



 ……。



 その文字は、ジャックたち一団を指しているようだった。



 これは……なんだろう?



 よく分からなかった。



 文字も読めない。



 すると、次に例の設問が現れた。いつも通りのあの設問。




()る方ですか? それとも、()らない方ですか?≫




 恐怖で苛立っていたぼくは設問に適当に返事をする。



≪何を塗りますか?≫



 現在ロック中

 マンドレーク

 オモト

 現在ロック中

 キニーネ

 クサノオウ

 現在ロック中

 現在ロック中

 クララ

 現在ロック中

 現在ロック中

 イワスナイソギンチャク

 ウミヘビ

 オニダルマオコゼ

 現在ロック中




 まったく、と思ったところで、ぼくはふとあることに気づく。



 そういえば、母さんの手帳に載っていたような気がする。



 女性のような名前。



 クララ。



 クララだ。



 たしか、沢山飲ませると、しびれる薬草だって書いてあった気がする。



 ひょっとして……。



 ――クララ。



 と、ぼくは心の中で唱えた。



 すると、また瞳に映る文字が変化する。



≪オートですか? マニュアルですか?≫



 意味がちっとも分からないので適当に答える。



 ――マニュアル。



≪では、ロックどうぞ、ロック以降はこっちが勝手にやりま~す≫



 ロック?



 言葉の意味がよく分からなかった。



 だけど、ぼくはたぶん本能に導かれるまま、瞳がその人物を捉える。



 ゆっくりとにやけ顔でこちらに向かってくる一団の左端にいる男。



【 小さいものが大きく見える目 】のおかげで、遠くにいる彼の顔がよく見えた。



 すると、ピッ、という音がぼくの頭の中で鳴った。また≪ENEMY≫という文字が瞳に映し出される。今度はその人物だけが赤く光って見えた。



 すると、次の瞬間、ぼくの両手が黒い渦の中に吸い込まれていった。



 両手には知らないうちに針が握られていた。



 この時に既に予感はあった。



 もしかして、という予感。



 今思えばあの時、モンスターが襲ってきたときもこんな感じだった。



 あの時も針を握ったぼくの手は黒い渦に飲み込まれていった。



 そこから自分の手がどこで何をしていたかは知らない。



 だが、どこかで感じていた。



 街でハンドの噂を聞くたびに感じてきた違和感。いや、既視感と言った方がいいのか。



 そう、たぶんぼくはそれを見たことがないにも関わらず、どこか知っていたような気がしたのだ。



 感覚的に知っていた気がしたのだ。



 そして、今度はハッキリと見えた。



【 小さいものが大きく見える目 】のおかげで、今度はハッキリと。



≪ENEMY≫と表示されいた男の傍に黒い渦が出現し、そこから飛び出した手が彼を襲ったのだ。いや、もっと正確にいえば、その手に握りしめられていた針が彼を突き刺したのだ。



 黒い渦と手は、一秒もしないうちに消え去り、ぼくの手元に戻ってくる。



 針に刺された男は地面をのたうち回り、やがて動かなくなった。



 どうやら、しびれて動けなくなったらしい。



 ぼくは慌てふためくジャックたち一団を次々とロックしてゆく。



 そのたびにぼくの手元からぼくの手は消え、針を突き刺し戻ってきた。手に男達を突き刺した時の感触が残っていた。




 ああ、そうか……。そうだったのか……、とぼくは思った。



 情けなく地面に這いつくばる彼らを見てそう思わざるを得なかった。





 ぼくだったのだ。



 ハンド、というアヴァロンを騒がしているSランクの冒険者とは……、ぼくのことだったのだ。



 そうだ。もうこれはそういうことなのだ。だから、ぼくは確かめるようにそれを口にだした。





「ぼくが……ハンド……。ぼくが……この街で最強の能力者……」





 暗く重々しい心に光が射してゆくような気がした。



 気づけば、膝の震えが止まっていた。



 反撃の時だ。



 ぼくの本能がそう告げていた。


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