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14/21

14、裁縫士、父と母の墓に向かう。




 ぼくはアヴァロンの街から出て、郊外のウェブリオの丘に向かって歩いていた。



 空がとっても青い。



 そして何故か空気が美味しい気がした。



「街の外に出るなんて久々だなぁ」



 ウェブリオの丘は街から出て3kmほど離れたところにある小高い丘だ。今日は、用事があってそこにいくのだ。



 そこには父さんと母さんのお墓があった。



 今日は別にお参りにいく日じゃなかったのだけど、この間のエロスさんの言ったことがどうしても気になっていくことになったのだ。



 あの日、冒険者の酒場で飲み、家に帰ってから、ぼくは薬草に関する図書がないか、自分の家の中を引っ掻き回した。当然、ルルは激怒した。



「もうなんなのお兄ちゃん! こんなに散らかして!」


「いや、母さんの薬草手帳あったじゃないか。あれを探してるんだ」


「え? お兄ちゃん忘れちゃったの?」


「え?」


「あれは、確か母さんの墓の前に埋めたじゃない。覚えてない?」


「あれ? そうだっけ?」


「そうよ。水を侵入させない、という不思議な袋まで買って埋めたじゃない。これがあった方が、母さんが寂しくないだろうから、って理由でさ」



 そうだ。そうだった。



 母さんならすべてを知っている気がした。



 ぼくの疑問に答えてくれる気がした。





 ぼくはウェブリオの丘に向かって一歩ずつ足を踏みしめる。



 草を踏んだやわらかな感触が、とても懐かしい気がした。



 アヴァロンの街は、石畳と土ばかりで、草がそんなに生えていない。だから、きっとそんな気持ちになったのだろう。父さんと母さんが居た頃は、よく四人でハイキングしたっけ……。



 ぼくは、あぜ道をすすむ。



 そういえば、出発前にちよがどうしてもついて行きたい、って言ってなぁ。たけど、ぼくはそれを断ることにした。どうしてもぼく一人で確かめたかったのだ。




 ようやく丘に着いたぼくは、それを見上げた。思わず「おお」という声が口から漏れた。ウェブリオの丘だ。緩やかな丘ではあるが、丘の上まで随分ある。



 ぼくはその丘を登る。



 一歩一歩確実に。



 丘のてっぺん近くまでくると、二つの墓石が見えてきた。父さんと母さんの墓だ。



 ぼくは、ゆっくりとそこまで歩くと「やあ」と二人に声をかけた。もちろん墓石は答えない。



「今年は少し早く来たんだ。どうしても用があってね」



 ぼくはそう言い終わると、背中に担いでいたショベルで母さんの墓石の前の土を掘る。



 掘っているうちに段々と記憶が蘇ってきた。



 泣いている妹と、ほとんど無表情で土を掘る四年前のぼく。



 父さんと母さんは四年前に死んだ。



 ぼくはお兄ちゃんとして、妹を不安にさせてはいけないと思った。だから、無我夢中で土を掘ったんだ。



『きっと、これがあった方が母さんは寂しくないだろうから』



 そう言って、ぼくは薬草手帳を不思議な袋につめ、それを木箱にいれ、その木箱を穴の中に入れた。


 そう、あれが、あの日ぼくができた精一杯の贈り物だったんだ。







 ショベルの先に感触があった。


 ぼくはショベルを放り投げ、ゆっくりと“それ”を取り出す。



「あった」



 木箱だった。あの日、埋めた木箱。


 木箱をあけると、水や虫が出てきた。そして、その中に例の不思議な袋に包まれた母さんの薬草手帳があった。


 ぼくは急いでそれを取り出す。


 あの日のままの手帳だった。


 どこも濡れてない。


 ぼくは、立ったまま、さっそく手帳のページをめくる。


 パラパラ、パラパラ、と。


 手が止まる。それはしびれ草に関する部分だった。上から下まで文字がびっしり書いてある。


 ――すごい情報量だ。


 そして、その次のページに手を伸ばそうとしたその時だった。


 めくる手帳の先に奇妙な一団が見えたのだ。


 恐らく、七、八人ほどの集団……。



 その一団がこっちに向かってゆっくりと近づいてくるようだった。



 ――なんだろう、あの人たち……。



 不思議だ。ここには父さんと母さんの墓しかないのに。



 この丘を登っている、ということはこの丘に用でもあるのだろうか? でも、一体どんな用事があるというのか?



 ――まさか!



 ぼくは縫い物スキル【 小さいものが大きく見える目 】を実行した。



 すると、近づいてくる一団の正体が分かった。



 ジャックだ。


 ジャックと、悪ガキ共だ。悪ガキ共は釘のついたこんぼうを握りしめており、その悪ガキどもを率いるジャックの手にはメリケンサックがつけられていた。



 心臓が早鐘を打つように、バクンバクンと音をたてる。



 ぼくはジャックの言葉を思い出していた。


 あの時の言葉だ。



『いいか、覚えとけよギーク。絶対にこの借りは返すからな! 忘れんじゃねーぞ!』



「あわわわわ」と、声が自然と口から漏れる。


 お礼参りだ。狙いはぼくだ。ジャックはぼくに復讐しにきたんだ! きっとあいつは、ぼくと妹が離れる瞬間をずっと狙ってたんだ。



 ぼくの顔は恐怖で凍り付き、そのまま草むらの上にへたり込んだ。



 ぼくの胸を恐怖と言う名の魔が包み込んでいった。


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