13、裁縫士、二人の女性に翻弄され、酒場に逃げる。
最近、妹のルルが怖い。
というよりも、いつもどこか不機嫌なのだ。
「あのさ」と声をかけても無視されるし、聞こえないのかな、と思って少し大声で話しかけると「聞こえてるわよ!」って怒鳴るんだ。
なら、返事ぐらいしてくれてもいいのに……。
ちよさんは、というと……、あれからぼくの家に転がり込み、四六時中ぼくにベッタリだった。どんなに断っても帰らないのだから、仕方ない。
ぼくの異次元裁縫スキルで服を複製すると「さすがはわたくしの旦那様ですわ」とぼくを褒めてくれる。褒められるのは嬉しいけど、いくらなんでも褒めすぎではないだろうか? ぼくが服を作ったり、スキルを発動させるたびにぼくを褒めるのだ。そしてニコニコ顔でうっとりとぼくを眺めてくる。
服を買い付けるために外に行くときもついてくるし、寝るときも気づけば同じベッドの中にいることが多い。
そして、いつだって、その視線がずっとまとわりつくようにぼくから離れないのだ。
まるで、一日中監視されているかのようだった。
このアヴァロン街の獄に繋がれている囚人だって、刑務官からここまで見張られてはいないだろうに……。
そんなこともあって、ぼくは二人の女性に翻弄されていた。
妹は毛を逆立たせた猫みたいにいつも怒っているし、ちよさんはぼくのためだけの最高の刑務官となっていた。
だから、ぼくは少し独りになりたかった。
誰からも責められず、監視されない自由を満喫したかったのだ。
「ふーん。だから、ここに油を売りに来たのね?」と眼鏡をかけたエロスさんが妖艶な笑みを浮かべる。
ぼくは力なくうなずいた。
ここは冒険者の集まる酒場。掲示板に貼りだされたクエストを受注したり、たのしく他の冒険者とお喋りできる場所でもあった。
エロスさんは、ここの酒場のスタッフで、冒険者に酒を出したり、掲示物の貼り換えなどをしながらここで働いている看板娘だ。まぁ娘というよりはお姉さんという感じだが……。
「で、私に女心を教えてほしいってわけ?」
「べ、別にそういうことじゃあ…………」
「正直に言っちゃいなさいよ。誰にも相談できないからここに来たんでしょう?」
「…………そ、そういうわけでは……」
「困ったものねぇ。あ、とりあえずお酒はビールでいいかしら?」
「え? でも、ぼく」
「生誕祭を終えたんでしょう? じゃあもう大人よ。ビールでいいわね。注ぐわよ」
ぼくの了解を待たずにエロスさんはジョッキに並々とビールを注いでゆく。
エロスさんは強引だ。基本的に彼女はそういう人だった。
「よっし、少年」と言いながらエロスさんはカウンター席に座るぼくの前にジョッキを置いた。そして、自らも座り、頬杖をした。
「ほら、スノウ君、なんでも私に話してごらんなさい」とエロスさんは笑った。「でも、さっきまでの話で私にはすべてが分かってしまったわ」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ。私を誰だと思ってるの? 幼少期から恋愛を続けて20年の歴戦の戦士なのよ。なんだってわかるわ。ズバリ、どうしてルルちゃんが怒っているか知りたいのね?」
「…………ええ。妹が何を怒っているか分からないんです。そりゃあ、ちよさんがうちに居つくようになって、その分の負担がルルに行っているのは確かです。ご飯も三人分になったし、家に知らない人が増えたわけだから気が休まらないだろうし」
「ノンノン。そういうことじゃないわスノウ君」
「え?」
「だって、たしか君の妹は血のつながってない兄妹よね?」
「ええ……」
「なら恋よ! これは恋! 自分だけのお兄ちゃん、と思っていたところにいきなり恋敵が現れたんですもの! これはイライラして当然だわ。私は今日ほど確信持った日はないわ。恋だわ! 禁断の恋! これは燃えるシュツエーションだわ!」
ぼくは眉をひそめた。
「あのですね! ぼくらは普通の兄妹ですよ? ふざけてないで、もうちょっと真面目に考えてくださいよ」
「大真面目よ。本当に甘いわねぇ。そして、全然女心を分かってないわスノウ君は。あ~そうそう。そういえば、この話皆に話しても大丈夫? とっても面白そうな話だから冒険者皆で共有して酒の肴にしたいの」
「ちょちょちょちょと、やめてくださいよエロスさん! それに、それだけを聞きに来たんじゃないんですよ」
「おっとっと。そうなの?」
「ぼく、自分のスキルで色々分からないことがあって……」
「ふーん。どういうところが分からないのかしら? なんでもお姉さんに相談してごらんなさい」
だから、ぼくは≪塗りますか? それとも塗りませんか?≫という設問と、そのあとの≪何を塗りますか≫という設問のあとに出てきた沢山の何かの名称をエロスさんに教えた。冒険者をサポートし続けてきた彼女なら何か分かるかもしれない、と思ったからだ。
「つまり、それを針に塗る、ということかしら?」
「さ、さぁ……」
「うーん。何かしらねぇ。私がかろうじてわかるのは“マンドレーク”ぐらいね」
「え? それが何か分かるのですか?」
「ええ、それは別名“マンドラゴラ”と呼ばれる植物よ。引っこ抜いたら叫びによって人を殺すと呼ばれている植物。薬草、と言った方がいいかしら。一説によると、マンドラゴラを使った不老不死の研究が行われていた時代もあったそうね」
「へぇ~」とぼくは言った。
「そういえば、スノウ君のお母さん……、サンドラさんもたしか薬師じゃなかったかしら? そうよね? 死ぬ前はよくイケメンの旦那さんと薬草探しに行ってたわよね?」
あ、っと思った。そういえば、そうだ。
「案外、すぐ近くにあなたの能力のヒントはあるかもよ」とエロスは笑った。