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12/21

12、裁縫士、板倉宗家、十五代目棟梁板倉光重が娘、板倉ちよに求婚される。




 へー、よく分からないけど、スノウ=ガードという人と結婚するのかぁ、と最初他人事のように受け止めたが、直後にこう思った。



 でも、それ、ぼくと同じ名前の人だ。



 ん?



 あれ? 偶然ぼくと同じ名前の人と結婚するから、同姓同名のぼくに挨拶をしにきた?



 ん? あれ?



 状況がうまく呑み込めない。



 いや、ちょっとまてよ。



 ふつつかものですが末永くよろしくお願いします、ってどうしてぼくに言うんだろう? あれ? ぼくと同じ名前だから、ぼくに言っているのか? ぼくの体を使って練習してるのかな? うん? あれ? うぅん??




 その“板倉ちよ”と名乗る女性の言葉は、ぼくを酷く混乱させた。



 一つ一つ彼女の言葉を頭の中で再生させる。



 宗家? 棟梁? 十五代目? そもそも板倉家ってなんだろう?



 だから、ぼくは思い切ってちよさんに声をかけてみた。



「あ、あの……」


「なんでございましょう?」


「そ、その……スノウ=ガードという方と結婚されるのですか?」


「ええ、そうでございます」


「その、え~と……。では、こちらで何をされているのですか?」


「はい?」と、ちよは目をパチクリさせる。だから、ぼくは諭すように言った。


「え~とですねぇ、ちよさんは、ぼくではなく、結婚されるご本人を相手に挨拶をされた方がいいと思うのですけど……」


「はい。だから、今しております」


「へぇ~、なるほど、今しておられるのですか」


「はい」


「へぇ~」


 あれ? うん? 今?


 ぼくは、キョロキョロと首をふり、周囲を見回す。


 ここにいるのはぼくだけのように思えるのだけど……。


「すいませんが、そのガードさんはどちらに?」


「えっと……、わたくしは今そのスノウ=ガード様と話しております」


「へぇ~、今話しているのですかぁ……」


「はい」


「へぇ~」と言い、また辺りを見回した。



 ん? 今話している?



「えっと……」


「はい?」


「あのぅ、ぼくには、あなたと今話しているのがぼくしかいないように思えるのですけど……」


「ええ、そうでございます」


「え?」


「だから、その通りでございます。スノウ様」


 ……。


 ん?


「あぁ~っと……。え~っと……。ちょちょちょちょちょっと待ってね。え~っと。つまり、君と結婚するスノウ=ガードというのは……」


「だから、あなた様です。わたくしの目の前の、あ な た 様 です」と言って、ちよはぼくを指さした。まっすぐ伸びた人差し指が、ぼくの額に向けられていた。



 ……。


 …………。


 ……………………。


 汗が一気に噴き出した。


 え? ぼく? ぼくが? ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと待ってよ。はい!? はぁいい??



 疑問符の嵐がぼくの頭を襲う。


 足下が突然ふらつく。


 意味が分からなかった。


 15年生きてきて、これほど意味不明な出来事に遭遇したのは初めてだった。


 結婚? ぼくが結婚することになった!?? なにそれ?



「ご、ごめんなさい。す、少し……というか、とても、とっても混乱していまして……。どうしてぼくと君が結婚するのですか?」


「そう決まってしまったからでございます」


「ちょちょちょちょちょっと待ってください。ごめんなさい、全然理解できないのです。ぼくたち、そもそもこうやって言葉を交わすのも初めてですよね?」


「そうかもしれませんが、おちよはもう決めました。あなた様しかおりません」


「ちよさん、ちょっと落ち着いてください」


「おちよは落ち着いております。旦那様こそおちついてくださいませ」


 旦那様……。


 ぼくは眩暈がした。


 正直言って美女に求婚されるのは悪い気がしないが、いやいやそういう問題じゃない。すると、板倉ちよは、口をそっと開いた。



「我が国には“花嫁修業”という言葉がございます。それは、自分の夫となるに相応しい相手を探し諸国をめぐる修行のことを申します。修行はとても辛いもの。ありきたりな夫でもよい、というものは旅などせず、自らの土地に留まりますが、わたくしは世界一の夫が欲しいと思いました。

 そうして、旅をすること一年。ようやくわたくしは見つけたのです。あなた様を……」


 ちよは熱っぽく続ける。


「初めて命を助けられました。わたくしの命はあなた様がいなければ終わっていたのです……。この感動があなたに分かりますか? そればかりか、あなた様は宿の代金まで払ってくれました。見も知らずのわたくしのために自分の懐を痛めたのです。そのような殿方など、どこにおりましょう? 皆利己的で、自己が肥大した欲望の先立つ恥知らずばかり……。だから、わたくしは見つけた、と思ったのです。わたくしの夫になるのはこの人しかいない、と。わたくしはこの人と添い遂げるべきなのだ、と」



 ぼくは板倉ちよをみた。


 目がまぶしいほどに輝きこちらをしっかりと見据えていた。


 ど、どうしよう……。どうしたらいいのだろう……。



 頭がどうにかなってしまいそうだった。


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